「SUGOI JAPAN」のエンタメ小説50選にノミネートされた50作品50作家の英訳状況

2014年10月1日

 「マンガ、アニメ、ラノベ、エンタメ小説。日本のスゴイ!を、世界のスゴイ!へ」
 「日本の傑作を世界へ羽ばたかせたい」

 こんな言葉を掲げた「SUGOI JAPAN」(スゴイジャパン)というプロジェクトが今年(2014年)始まりました。「公式サイト」によれば、主催はSUGOI JAPAN 実行委員会(読売新聞社および、『ユリイカ』元編集長の山本充、『ダ・ヴィンチ』元編集長の横里隆)で、外務省や経済産業省などが後援に名を連ねています。

 そのメインとなる事業は、2005年以降の「マンガ」「アニメ」「ラノベ」「エンタメ小説」を対象とした「国民投票」。本日、2014年10月1日に4部門それぞれのノミネート50作が発表されました。「エンタメ小説」部門には綾辻行人、伊坂幸太郎、海堂尊、今野敏、城平京、高野和明、月村了衛、辻村深月、法月綸太郎、東山彰良、古野まほろ、道尾秀介、皆川博子、湊かなえ、宮部みゆき、横山秀夫、米澤穂信らの作品も入っているので、ミステリファン的にも要注目の企画です。

  • 「SUGOI JAPAN」国民投票
    • 投票期間:2014年10月1日~12月31日
    • 結果発表:2015年3月12日、イベント「SUGOI JAPAN AWARD 2015」にて
  「これを世界で大ヒットさせたい!」という作品に、あなたの熱い一票を! (公式サイトトップページより)


※それぞれの50作は選定委員のみが選び出したのではなく、ネットで募集された一般推薦(募集期間:6月23日~7月31日)や、大学サークルからの推薦、業界関係者からの推薦、各ジャンル10名の「セレクター」からの推薦などが反映されているそうです。
※「エンタメ小説」のセレクター10名は、選定委員の3名のほかに、(敬称略)いするぎりょうこ、海老原豊、円堂都司昭、倉本さおり、香月祥宏、末國善己、千街晶之。

 各部門につき最大で3作品まで選んで投票できるそうです。ミステリファン的には、「エンタメ小説」部門のノミネート50作の選定に、杉江松恋氏や千街晶之氏、円堂都司昭氏、末國善己氏が関わっている点に注目ですね。
 なお、この「SUGOI JAPAN」国民投票で1位になったり上位になったりするとどうなるかは、公式サイトには明示されていません。海外進出(基本は英語圏進出?)を後押ししてくれる、ということだとは思うのですが。


Index

 さて、このページでは、「エンタメ小説」部門にノミネートされた50作品50作家の、現時点での英語圏への進出状況をまとめています。もちろん、「世界進出/海外進出」=「英語圏進出」ではないことは百も承知です。普段から日本の小説の海外での翻訳出版事情を追っている私からすれば、日本の小説が中国語に翻訳されるのも、韓国語やタイ語に翻訳されるのも、フランス語や英語に翻訳されるのも等しくうれしいことです。
 とはいえ、「英訳」が出版されることが、ある小説が世界中へ広まっていくための1つの鍵になっていることは確かです。日本語が読める書籍編集者、日本語が翻訳できる翻訳者は(台湾や中国、韓国、タイを除けば)世界中にはごく少数しかいませんが、英語が読める書籍編集者、英語が翻訳できる翻訳者は世界中にいます。別に「英訳されれば、英訳版からの『重訳』で他言語に翻訳されていくかもしれない」ということだけでなく、たとえば日本の小説の英訳版を読んだフランスの編集者が、原典(日本語)からの翻訳出版を決めてくれる、ということもあるかもしれません。

 「世界で大ヒットさせたい!」という作品に投票する今回の企画ですが、まずは現時点で、ノミネート作・ノミネート作家が英語圏でどれぐらい受容されているのかを見るのも、なかなか興味深いことではないかと思います。

(1)選定50作のうち、既に英訳のあるもの

(刊行予定のものも含む)
作家 選定作 英訳
4 山本弘 アイの物語 The Stories of Ibis (2010年4月)
13 伊藤計劃 虐殺器官 Genocidal Organ (2012年8月)
16 角田光代 八日目の蝉 The Eighth Day (2010年5月)
17 湊かなえ 告白 Confessions (2014年8月)
23 綾辻行人 Another(上・下) Another (電子書籍版は2013年に発売済み、紙版は2014年10月◆予定)
27 上田早夕里 華竜の宮(上・下) 英訳出版の企画が進行中(ご本人のフェイスブックページの告知より)
33 高野和明 ジェノサイド(上・下) Genocide of One (2014年12月◆予定)

  • 山本弘 … ほかに『MM9』が英訳されている。
  • 伊藤計劃 … ほかに『ハーモニー』『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』「The Indifference Engine」「From the Nothing, With Love」が英訳されている。『ハーモニー』はフランス語版やハンガリー語版も出版されている。
  • 角田光代 … ほかに『対岸の彼女』JLPP)が英訳されている。(ほかに短編もいくつか英訳がある)
  • 湊かなえ … 英訳は『告白』のみ。『告白』は欧米ではほかにイタリア語版が出版されている。
  • 綾辻行人 … ほかに短編「心の闇」が英訳されている。
  • 上田早夕里 … 『ゼウスの檻』および、短編集『魚舟・獣舟(うおぶね・けものぶね)』収録作の「魚舟・獣舟」「くさびらの道」が英訳されている。
  • 高野和明 … 英訳は『ジェノサイド』のみ。『ジェノサイド』は2015年1月にはドイツ語版も発売予定。また、イタリア語版の出版契約もすでに結ばれているそうだ。

JLPP … 文化庁の「現代日本文学の翻訳・普及事業」(Japanese Literature Publishing Project : JLPP)。この事業で英訳出版されたものについては、タイトルの後ろに(JLPP)と注記する。

(2)選定50作のうち、収録作の一部が英訳されているもの

作家 選定作 英訳
2 伊坂幸太郎 死神の精度 表題作「死神の精度」のみ英訳あり
43 酉島伝法 皆勤の徒 表題作「皆勤の徒」のみ英訳あり
  • 短編「死神の精度」 … 「The Precision of the Agent of Death」のタイトルで米国『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』2006年7月号に掲載され、その後アンソロジー『Passport to Crime』(2007)に収録された。
  • 短編「皆勤の徒」 … 「Sisyphean」のタイトルでアンソロジー『Phantasm Japan』(2014年9月)に収録。

  • 伊坂幸太郎 … ほかに講談社USAにより長編『ゴールデンスランバー』が英訳出版されているが、あまり読まれていないようである。エージェント会社「コルク」が村上春樹作品の英訳で知られるフィリップ・ガブリエル(Philip Gabriel)氏に翻訳を依頼し、英語圏への本格的な進出を狙っている。
  • 酉島伝法 … 英訳はこの1編のみ。

(3)選定作以外の作品が英訳されている作家

(3-1)英訳単行本が出ている作家

作家 選定作(英訳なし)
14 松浦理英子 犬身(上・下)
18 貴志祐介 新世界より(上・中・下)
19 筒井康隆 ダンシング・ヴァニティ
21 舞城王太郎 ディスコ探偵水曜日(上・中・下)
22 桐野夏生 東京島
24 冲方丁 天地明察(上・下)
26 星野智幸 俺俺
36 小野不由美 残穢
37 宮部みゆき ソロモンの偽証
38 皆川博子 双頭のバビロン
39 川上弘美 七夜物語(上・下)
40 水村美苗 母の遺産 -新聞小説
44 万城目学 とっぴんぱらりの風太郎
50 奥泉光 東京自叙伝
※星野智幸『俺俺』は2011年の大江健三郎賞に選ばれており、英訳または仏訳、独訳の出版が約束されている。

  • 松浦理英子 … 『親指Pの修業時代』(JLPP)が英訳されている。
  • 貴志祐介 … 『クリムゾンの迷宮』が英訳されている。
  • 筒井康隆 … 『家族八景』『ヘル』(JLPP)、『パプリカ』『時をかける少女』のほか、短編「ポルノ惑星のサルモネラ人間」を表題作とする英訳短編集(13編収録)が出版されている。(ほかにも短編の英訳あり)
  • 舞城王太郎 … 2014年11月に『阿修羅ガール』(JLPP)が英訳出版される予定。ほかに短編「ドリルホール・イン・マイ・ブレイン」が英訳されている。
  • 桐野夏生 … 長編では『OUT』『グロテスク』『リアルワールド』『女神記』が英訳されている(ほかに短編もいくつか英訳あり)。2015年5月には『IN』が英訳出版される予定。
  • 冲方丁 … 『マルドゥック・スクランブル』『蒼穹のファフナー』が英訳されている。
  • 星野智幸 … 『ロンリー・ハーツ・キラー』が英訳されているほか、「われら猫の子」を表題作とする英訳作品集『We, the Children of Cats』が出ている。『We, the Children of Cats』は短編集『われら猫の子』から「紙女」、「ててなし子クラブ」、「チノ」、「われら猫の子」、「エア」の5編を収録するほか、「砂の惑星」、「裏切り日記」、「溶けた月のためのミロンガ」を収録している。
  • 小野不由美 … 《十二国記》の『月の影 影の海』『風の海 迷宮の岸』『東の海神 西の滄海』『風の万里 黎明の空』が英訳されているが、出版社がライトノベルの英訳出版から撤退してしまったため、続巻の英訳予定はない。
  • 宮部みゆき … 『火車』『R.P.G.』『クロスファイア』『魔術はささやく』『龍は眠る』『ブレイブ・ストーリー』『英雄の書』『ICO 霧の城』、怪談短編集『あやし』および短編「チヨ子」が英訳されている。また、『模倣犯』クリーク・アンド・リバー社により電子版のみで英訳出版予定
  • 皆川博子 … 長編『開かせていただき光栄です』が英訳出版される予定(2014年8月刊行予定だったが、延期された)。短編では「文月の使者」「夕陽が沈む」が英訳されている。
  • 川上弘美 … 『真鶴(まなづる)』(JLPP)と『センセイの鞄』が英訳されている(ほかに短編もいくつか英訳されている)。『センセイの鞄』英訳版は2012年マン・アジアン文学賞最終候補、2014年インディペンデント外国小説賞最終候補。
  • 水村美苗 … 『本格小説』(JLPP)が英訳されている。この作品は米国ロチェスター大学が主催する最優秀翻訳書籍賞(Best Translated Book Awards)の2014年の小説部門で「次点」(runner-up)に選ばれた。また、評論書『日本語が亡びるとき』が2015年1月に英訳出版される予定。
  • 万城目学 … 『偉大なる、しゅららぼん』が2013年12月に北米Sony Reader Storeのみで電子書籍として発売になったが、北米Sony Reader Storeが2014年3月で閉鎖となってしまったため、現在は購入不能である。(版元のShueisha English Editionのフェイスブックページによれば、現在、別の販売方法を模索しているとのこと)
  • 奥泉光 … 『石の来歴』が英訳されている。

(3-2)短編のみ英訳されている作家

作家 選定作(英訳なし)
8 恩田陸 チョコレートコスモス
15 平山夢明 ミサイルマン
30 阿部和重 ピストルズ(上・下)
45 法月綸太郎 ノックス・マシン
42 横山秀夫 64

  • 恩田陸 … 「大きな引き出し」「忠告」が英訳されている。
  • 平山夢明 … 「或る彼岸の接近」が英訳されている。2014年7月に英米で 『DINER(ダイナー)』の英訳が出版される予定だったが、予定されていたレーベル「Exhibit A」が2014年6月20日、売れ行き不振によるレーベルの休止を発表。そのため、『DINER』英訳版は刊行されなかった。
  • 阿部和重 … 「RIDE ON TIME」が英訳されている。ほかに文化庁の「現代日本文学の翻訳・普及事業」(Japanese Literature Publishing Project : JLPP)で『シンセミア』が第2回(2005年)選定作品になっており、すでに英訳原稿が完成しているらしいが、出版を引き受けてくれる出版社が見つからないのか、いまだに刊行されていない。なお同事業では『シンセミア』のフランス語への翻訳も決まっていて、そちらは2013年12月に刊行されている。現在、フランス語版からの重訳でアラビア語版とアルバニア語版の出版計画が進んでいるそうだ。
  • 法月綸太郎 … 英訳は短編2編のみ。米国『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』2004年1月号に「都市伝説パズル」(An Urban Legend Puzzle)、2014年11月号に「緑の扉は危険」(The Lure of the Green Door)。「都市伝説パズル」の方はその後英米のミステリアンソロジーに収録されたり、重訳でチェコ語やドイツ語に訳されたりしている。
  • 横山秀夫 … 英訳は短編「動機」(Motive)のみ。米国『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』2008年5月号掲載。

(4)英訳のない作家

※以下の作家は英訳単行本が出ていないことは確かですが、雑誌掲載やアンソロジー収録の英訳短編を見逃していることはあるかもしれません。

作家 選定作(英訳なし)
1 今野敏 隠蔽捜査シリーズ
3 恒川光太郎 夜市
5 宇月原晴明 安徳天皇漂海記
6 三崎亜記 失われた町
7 海堂尊 チーム・バチスタの栄光(上・下)
9 有川浩 図書館戦争シリーズ
10 道尾秀介 向日葵の咲かない夏
11 辻村深月 ぼくのメジャースプーン
12 森見登美彦 夜は短し歩けよ乙女
20 池上永一 テンペスト(全4巻)
25 米澤穂信 折れた竜骨(上・下)
28 月村了衛 機龍警察シリーズ
29 池井戸潤 下町ロケット
31 窪美澄 ふがいない僕は空を見た
32 城平京 虚構推理 鋼人七瀬
34 古野まほろ 天帝シリーズ
35 桜木紫乃 ラブレス
41 小田雅久仁 本にだって雄と雌があります
46 野﨑まど know
47 東山彰良 ブラックライダー
48 宮内悠介 ヨハネスブルグの天使たち
49 藤井太洋 オービタル・クラウド

(補)「ラノベ」部門の選定50作のうち、既に英訳のあるもの

  • 支倉凍砂《狼と香辛料》(全17巻) Spice and Wolf
    • 米国Yen Pressにて2009年12月より英訳刊行中。現時点での最新刊は、2014年8月刊行の第12巻。
  • 野村美月《文学少女シリーズ》(本編全8巻) Book Girl
    • 米国Yen Pressにて2010年7月~2014年1月に本編全8巻が英訳出版された。
  • 赤松中学《緋弾のアリア》 Aria the Scarlet Ammo
    • 2013年9月よりKindle版のみで英訳出版が始まった(紙版は出ていない)。現時点での最新刊は、2014年5月刊行の第2巻。
  • 川原礫《ソードアート・オンライン》 Sword Art Online
    • 米国Yen Pressにて2014年4月から英訳出版中。現時点での最新刊は、2014年8月刊行の第2巻。


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最終更新:2014年10月01日 19:46