闇。そこにあるものはそれだけだった。
足は地に付いているのだろうか、それさえも解らない。
黒い、どこまでも黒い闇が、自分の体を沈めていく。
必死でふりはらおうとする。しかし抵抗空しく、どんどん闇に飲まれる。
一筋の光が見えた。前を並んで歩く友人の姿。そこだけ白く光っている。
追いかける、しかし追いつけない。手を伸ばす、しかし届かない。
友人は自分に気がつく様子も無い。
闇が体の半分ほどを覆っていた。顔まで闇が上がってくる。
「うわぁっ!」
智は、ベッドから飛び起きた。
体中に汗をかいていた。
「昨日あんなことあったからな・・・・・そのせいか・・・」
智はすこぶる機嫌が悪いようすである。
お化けは百歩ゆずって見間違いだとしよう、しかし物置燃えたのは間違いの無い事実なのだ、
智にはなぜか自分だけが不幸な目にあっているような気がしてたまらなかった。
階下に降りる。事件のせいか、みんなはもうおきていた。
「おはよ、智。昨日は大丈夫だったか?」
「へへっ、まぁね。びっくりはしたけどさ。」
神楽が心配そうに智にたずねた。
「そうか、ならよかったな」
ちよは榊、みなもと一緒に朝食を作っている。
暦は新聞を読んでいた。
窓の外を見ると、黒ずんだ物置の残骸がある。周りの雪は融けている。
「ともちゃん」
気がつけば、歩が智の近くに立っていた。
「なにか命狙われるようなことでもしたん?」
智は仰天し、叫んだ。
「ばっ、なに言ってんだよ!なんで私の命が狙われるんだよー!」
「でも、おかしいとおもわへん?勝手に物置が爆発したんやで?智ちゃんが
火ぃつけた瞬間にやっけ?変やん、そんなの」
智は言葉に詰まった。他のみんなも、黙っていた。一つの可能性として、
十分可能性があるからこそみんな黙っているのだろう。
「友人が友人を殺そうとするはずが無い」、そう思っているのだろう。
「動機があるとしたら、ちよちゃん、水原、大阪、神楽の四人かしらね。」
いつの間にかおきていたのか、ゆかりがソファーの上にあぐらをかきながら話し始めた。
みんなが驚いたような顔をしている。みなもはゆかりの元へ、つかつかと歩いていった。
「だってそうでしょ?ちよちゃんと水原は、今までに智になにかしらされて、
それで恨みをもったかもしれない。神楽と大阪は、昨日の一件があるし、
前にもなにかあったかもしれないし・・・・ムガッ!」
みなもがゆかりの口を押さえ込む。
「あんたはなに言ってんの!?全く。あれは事故、事故なのよ。少なくとも、
私はそう思っている。だいたい、そんな簡単に友達を殺すなんてこと、
できるわけないじゃない!」
みなもがゆかりに向かって、やや大声で怒鳴った。
「それに、爆弾が作れる人なんて、そんないないわよ。」
みなもはそれっきり黙った。場の空気も一瞬にして静かになった。
重苦しい空気が場を包む。
「事故だとしたら・・・」
暦がつぶやいた。親友の智の命が危険にさらされたことからか、
少し唇が震えていた。
「物理的に考えて、物置が勝手に爆発する、なんてことがありえるのか?ちよちゃん、
あそこには可燃性のある化学薬品とかが入ってた?」
ちよは首を横に振る。
暦は「そうか・・・」といって腕を組んだ。
「あそこにあったのは、小麦粉や片栗粉やお米みたいな食料品だけでした。」
「今、思ったんだけど・・・」
神楽が思い出したように言う。
「智の命が狙われてたわけじゃない・・・・と思う。だってさ、考えてみろよ?
ちよちゃんが智じゃない人を誘ったらどうする?智はこの家にいることになる」
全員がはっとしたような表情をする。
視線がいっせいにちよにあつまる。
「じゃあ・・・・狙いは・・・・ちよちゃん?」
誰ともなしにつぶやいた。
「・・・・」
場が、またも静かになる。
「あぁ~っ!うじうじ考えてても仕方ない!物置のは事故!
私が見たお化けは幻!これでいいよ!私もみんなを疑いたくないし、
みんなもみんなを疑いたくないでしょ!?」
智が耐え切れなくなったように言った。いつも騒がしい彼女には、
この静寂は耐えられなかったのだろう。
「大阪!なにボーっとしてんだ!」
智が歩の背中を思い切りたたく。
歩は勢いのあまり、ゆかりが寝転がっているソファーに激突した。
「あ、大丈夫か?」
「わかったぁ!」
智が倒れている歩を覗き込むと、歩はいきなり顔を上げた。
歩の頭が、智のあごにぶつかる。ゴツンと言う鈍い音がした。
「いててて・・・なにが解ったって?」
智があごをさすりながらいった。
「なんで物置が爆発したかに決まってるやん!」
『ええ~ッ!』
全員の声がリビング中に響き渡った。別荘が声のせいで少し震える。
一同は歩の周りに集まった。
「物置が爆発した原因は、智ちゃんやにゃもちゃんが言うてたとおり、事故で間違いない。
ほんでな、なんで物置が爆発したか言うとな、粉塵爆発ってしってる?」
いきなり歩が話を変えた。
「フンジンバクハツ?」
智と神楽とみなもとゆかりとが、間の抜けたような声を出した。
榊は解らないのか首をひねっている。暦とちよだけが、
はっとしたような顔をしている。
「やっぱりちよちゃんとよみちゃんは知ってたん?『可燃性のある粉末が、
空気中にある一定量存在していた場合、火気があれば一気に燃え広がる』。
まさにあの物置やね。物置の中はホコリと小麦粉やらの粉末が
いっぱいあったらしいし・・・・ライターつけた瞬間にボンってなったんやろ?」
智がうなずく。
一堂は感心したように歩を見ている。
「でも、私が見たお化けは一体なんなの?」
智が歩に聞いた。
「わかったっていうたやん。安心しぃ」
歩はそれだけ言って、カーテンを閉めた。光は電気だけだ。
家の中は少し暗くなった。
歩の姿が見えなくなったかと思うと、歩は台所からヤカンを持ってきた。
やかんをストーブの上に置き、その隣のテーブルに時計を置いた。
最後に歩がリビングの電気を消す。部屋はだいぶ暗い。
「このまままっとったらええんや」
五分。変化は現れない。
七分。いまだに変化は無い。
九分。智が痺れを切らした。
「これがなんだってのさ・・・あぁ!」
智の視線の先、いや、全員の視線の先には、あの朝
智が見たお化けと同じものがゆらゆらと浮かんでいた。不定形の物体。
もしくは物質が。
「種明かしをしよか」
歩はリビングの電気をつける。するとお化けはふっと一瞬にして消えた。
「これがお化けの正体や。」
ヤカンに入った水が沸騰する、時計の光がヤカンから出てきた水蒸気に映ってお化けのように見える―――種明かしはこんなところらしい。
全員、驚いた面持ちで歩のことを見つめている。
歩が倒れる。
智は急いで歩を抱え込んだ。
「あ・・・智ちゃん、おはよう」
「なにが『おはよう』だぁ、すごい謎解きじゃないか!一体どこでそんなもの知ったんだ!?」
「へ・・・・・?なんのこと?智ちゃんにたたかれて、ソファーに突っ込んで・・・・・そこからずっと記憶がないんやけど・・・」
「・・・・」
誰かがポツリとつぶやいた。
「本当のお化けが・・・大阪に取り付いた・・・・・・のかな」
帰り道。車は高速道路を走っていた。運転手はもちろんみなもだ。
今でもあの歩の名推理の事は分からずじまいらしい。
みな、一様にお菓子を食べたり楽しく話し込んだりしている。
ふと、歩が思い出したように叫んだ。
「あ!」
みんなが一斉に歩のほうを振り向く。
「誰かおらんおもっとったら、かおりん!」
「・・・・・あぁ!」
「榊さーん。みんなー。なんで誘ってくれなかったのかなぁ・・・・?」
とある町で、そんな大学生の女の子がいたとかいなかったとか。
最終更新:2008年09月18日 23:15