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「『L'alba della Coesistenza』第七話 侵攻」(2009/06/24 (水) 22:08:33) の最新版変更点
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「貴様が父を殺したのか」
殺気を噴き上げる魔族へポップが杖を向け、レオナが身構えた。アバンも目を光らせる。
ダイに危害を加えようとすれば容赦なく攻撃するという決意が見える。
彼らなど眼中にないかのように大魔王の血縁者は勇者一人を睨みつけている。
「ハハハハハッ!」
イルミナは顔を手で隠し、乾ききった笑い声を上げた。
「なぜ無力なふりをしていた? 父をも滅ぼした力で敵を――私を片付ける機会はいくらでもあっただろうに!」
ギリギリと歯の鳴る音が響く。
家族の仇という想いだけで怒っているのではない。大魔王が命を落としたのは全てをかけた戦いの結果だ。
絶大な力を持つ相手が強さを隠し、反応を楽しんでいた。そう思うと腹立たしさがこみ上げる。殺されるかもしれないという考えをも凌駕するほどに苛立っている。
魔界の理で考えるならば、強者が弱者に対しどう振る舞おうと本人の勝手だ。それに憤るならば実力を示すしかない。
頭ではわかっていても、甘く見られたと思うと平静ではいられない。
心情を吐露し、苦悩を見せた。
好感を抱き、親しくなろうとしていた。
よりによって、父を殺した張本人に。
彼女は道化になった気分を味わっていた。
「さぞ滑稽だっただろうな。私の姿は」
「違う!」
ダイは必死で首を横に振った。
「無力なふりもしていない。力が出せなくなったんだ」
嘘でないことを示そうとしたダイは力を込め、愕然とした。
以前試した時は反応しなかったのに、今回は額に竜の紋章が浮かび上がったためだ。
「なんで……!?」
「やはり隠していたか」
敵対する立場であり、その気になればすぐに殺せるのに、見逃されていた。
それほど非力な存在だと思われているのか。
いくら力をつけようと簡単に勝利できるという自信の表れか。
浮かび上がる考えは容易に彼女の誇りを切り裂いていく。
憤怒のにじむ声に反論したのはポップだった。
「待てよ! 詳しい事情はわかんねえけど、ダイは必要な時に力を出し惜しみする奴じゃねえって! きっと出したくても出せなかったんだ」
自分より力の劣る相手を面白半分にあしらうような真似はしない。
ダイの性格をよく知っているポップの言葉は届かなかった。
彼女の知る絶対的な強者は、残酷な面を持っているのだから。
戦いの予感に空気が張り詰めたが、氷解させたのは陽気な声だった。
「ハロー。みなさんご機嫌麗しゅう」
アバンが耳を疑い、眼鏡の下の双眸に鋭い光を宿らせる。
虚空を切り裂くようにして現れたのは黒装束の死神だった。
以前見たものとデザインが少し異なる仮面をかぶり、手に鋭く光る鎌を握っている。
イルミナは相手がヴェルザーの部下ということは知っているため目を細めている。
「馬鹿な……!」
アバンの愕然とした呟きが宙に漂い、消えた。
キルバーンとして振舞っていた人形は頭部に埋め込まれた黒の核晶の爆発によって跡形もなく吹き飛んだはずだった。
本体である小人もいない今、復元することは不可能なはずだ。
「ウフフッ、鳩が豆鉄砲食らったような顔してるねェ」
死神は種を明かす手品師のように手を広げた。
「あの小人だけであれほど精巧な人形を作れると思う?」
「モデルとなった存在――オリジナルというわけですか」
じりじりと手を動かし、隙をついて攻撃を放とうとしたアバンに対し死神はわざとらしく指を鳴らした。
トランプのカードが周囲を舞い、防御壁となる。
「ピンポ~ン! ああ、安心してよ。ボクみたいな人形が量産されているワケじゃあないからさ」
降参するように両手を上げて飛びのく。戦う気はないらしい。
「そこのお嬢さんを呼びに来ただけだから今回は退いておくよ。部下を預かってる相手が待ってる。早く行った方がいいと思うなぁ」
あまりに胡散臭い申し出に魔族は目を細めた。
相手というのは第三勢力のことだろう。
ヴェルザーとその部下は直接彼女を狙っているわけではない。
だが、第三勢力と手を組んだならば排除に協力するだろう。親切心ではなく死地に追いやるための行動だ。
「向こうも話し合いたいみたいだったよ。行ってみれば?」
気楽な口調にはしょせん他人事だという意識が透けて見える。無関心どころか、苦境に陥った姿を眺めて楽しむつもりだろう。
一刻も早く赴かなければ部下は消滅させられてしまうだろう。
だが、提案に乗るということは、みすみす罠の中に飛び込むようなものだ。
危険だからといって尻込みするつもりはないし、勇者たちと戦っている場合ではないとわかっている。それでも一度昂った感情は静まらない。
唯一の部下を見捨てるわけにはいかない。
第三勢力の考えを知りたい。
勇者たちを相手に引き下がりたくはない。
死神は、相反する衝動に立ち尽くす魔族を小馬鹿にするようにクスリと笑った。
「それとも怖いのかな? 無理もないか、か弱いんだし。いくら魔界最強の男の血を引いていても……ねえ?」
イルミナの眉間にしわが寄った。鍛えられた身体を見て「か弱い」と表現するのは嫌味以外の何物でもない。
「勇者さま御一行なら、戦うとしても手加減してくれるからねぇ。何なら同行してもらえば――」
「黙れ」
背筋を凍らせる低い声が絞り出された。
プライドの高い彼女が挑発を見過ごすはずがない。
「敵の元に乗り込むには好都合だ」
ダイが止めようと手を伸ばすが、彼女は敵意のこめられた目を向けただけだ。
同意を取り付けた死神は頷き、一同に手を振って挨拶した。
「それではみなさん、シー・ユー・アゲイン!」
「二度と来んな!」
ポップの叫びに誰もが同意した。
二人が姿を消した後、各国の王たちと使徒の面々、他にも先の大戦に深く関わった者達――ヒムやラーハルト、メルルなど――が集められた。
パプニカの会議室で、ダイから大魔王の血縁者と第三勢力について聞かされた一同は険しい表情になった。
今まではじわじわと大魔王の血族、イルミナの力を削ぐ方針をとっていたのに、なぜ態度を変えたのか。
話し合いの果てに彼らが手を組めばやっかいなことになる。
大魔王の子として現段階では未熟でも、きっかけがあれば爆発的な勢いで成長し、大きな力を手にするだろう。
気概ある者が驚異的な速度で強くなるということは、この場にいる全員がよく知っている。
「天界を蝕み滅ぼしたという力の性質が気になりますね」
シャドーが行方不明になったのも第三勢力の仕業だろう。
バーンのように正面から圧倒的な力をもって叩き潰そうとしているのではない。どちらかと言えば搦め手でくる印象だ。
「ダイ、身体は大丈夫か?」
ポップの気遣うような視線に、ダイは両手を見つめて頷いた。
紋章を出せなくなったのは一時的な現象だったらしい。現在は問題無く出現させることができる。
紋章が額で合わさって一つになったものの、出して即座に血がたぎるわけではない。
双竜紋を宿していた時と力はそう変わらず、完全に解き放つには意識的に枷を外す必要がある。
紋章の力を使うたびに竜魔人のようになっては困るため、ダイは安堵を覚えた。
しかし、力を取り戻しても気分が晴れやかとは言いがたい。
「イルミナと戦うことになるのかな」
ダイの正体を知るまでは敵対どころか談笑さえしていたのである。
大魔王の遺志を継ぐと言っているものの、地上が邪魔で仕方が無いという態度ではなかった。
彩り溢れる自然に目を奪われ、魔界には無い町並みを見て回り、楽しんでいた。
あれほど憤っていたのもダイと良好な関係を築きかけていたからだろう。失望や落胆が激しいということは、向けた感情が大きかったことを意味する。
「あいつと違って、絶対にわかりあえない敵って感じじゃなかった」
ダイの顔は曇っている。双竜紋を完全に解放した時のことを思い出したためだ。
かつて大魔王を殴った拳が痛むかのように手をさする。
どうしても相容れない敵を倒すには上回る力をぶつけねばならない。
力こそ全てという相手の主張を否定しながらも、結局は上回る力でしか止められなかった。相手が掲げてきた信念に従うことになってしまった。
自分の信じるものが通じなかった悔しさは心に刻まれている。
大魔王を“より強い力でぶちのめした”彼は絶大な力を持っている。が、振るわずにすめばそれに越したことは無い。
バーンはダイと同じく勝利のために全てを捨てることを選び、互いに共感も覚えた。ある意味心が近いところにあったと言える。
それでも、絶対に譲れないもののために戦った、最後まで最大の敵でありつづけた男だった。
彼女は違う。
アバンも同意を示すように頷いた。
味方にすることはできなくても、敵に回らなければよい。
少年の心を尊重したいという思いももちろんあるし、それ以上に戦いを有利に進めたい。
第三勢力の陣営に加わらなければ状況は楽になる。
「おれが……!」
ダイは拳を握りしめた。
続いてポップとアバンが捜索の間に発見された謎の遺跡について語った。ポップの他にはエイミが見つけており、開け方、機能などわからないままだ。
碑文は年月による風化のため、わずかな単語しか読み取れなかった。書かれている内容は共通のもののようだ。
他にも遺跡が発見されれば、つなぎ合わせて意味を知ることが可能かもしれない。
現段階では発表するほどの情報を読み取ることはできなかった。
何か見えないか遺跡まで案内されたメルルは“ある光景”を見たようだが、ぼんやりとした映像で確信が持てず、言葉を濁した。
ダイやポップ、アバンには内容を一応知らせたが、霧に包まれているかのような感覚だったと告げる。
ふとヒムが素朴な疑問を口にした。
「第三勢力って奴は何がしたいんだ? 今まで天界にちょっかいだしてバーンの娘を追い回してたんだろ?」
ヴェルザーやバーンと違い、地上を征服しようという野心も、消滅させようという覇気も感じられない。
狙いが明確ならばそれに応じて手を打てるが、意図がわからないためとれる策も限られている。
皆の顔が曇った時、メルルが叫びを上げた。
「お、大きな竜が黒い影とともに地上へ――!」
一同が体を震わせた。予想以上に敵の行動が早い。
やはり第三勢力はヴェルザーと取引を行い、イルミナと話す時間を稼ぐよう頼んだのかもしれない。
ほぼ全員が一斉に部屋から飛び出した。
残った人員が崩れ落ちたメルルの口元に耳を近づけた。まだ何かを呟いている。
「二つの……が、見え……!」
何を意味するのか尋ねようとしたが、メルルの意識はそのまま沈んでしまった。
アバンやレオナは他者に指示を出し、ヒュンケルとマァムは人々を避難させるべく動く。
ダイやポップ、ラーハルト、ヒムはヴェルザーと戦うために竜の元へ向かった。
各地に生じた穴から第三勢力の手下の魔物たちが出現しつつあった。
闇の具現化したような姿の魔物が人々に牙を剥く。
地上の戦士たちも各々武器を取って応戦する。
かつて世界の危機に立ち向かった時のように皆が一丸となって戦っている。
と言いたいところだが、勇敢に剣を振るう者ばかりではない。
「うわあああ!」
情けない悲鳴を上げながら走っているのはニセ勇者一行の四人だ。
勇者を名乗っただけあってそれなりの実力は持っているが、強力な魔物たちを片っ端からなぎ倒すほどではない。
数が多く、勝てそうにないと思った彼らは中途半端に対抗する真似はせず、逃げることに全力を傾けていた。
忙しく足を動かし続けていた四人だが、突然動きが止まった。
一行のリーダー、でろりんが鼻水を垂らしながら叫ぶ。
「何じゃこりゃあ!?」
ポップ、エイミが発見したのと同じ遺跡が眼前に現れたのだ。
幸い、魔物たちの追跡は振り切ったため、一行は適当に腰をおろし休憩することにした。
石碑に刻まれた文字を眺め、顔をしかめる。当然、彼らにはすらすらと読み説くような知識は無い。
彼らは意味を追及することを諦め、汗をぬぐった。
人々の安全を確保するために走っていたアバンは背後に膨れ上がる殺気に気づき、地に身を投げ出した。
一瞬前まで立っていた場所を鎌が撫で切る。その持ち主は闇色の装束に身を包んだ人形だ。
「切れ者と評されたキミについて、知りたいなぁ」
一度は人形のキルバーンを倒したアバンを標的と定めたらしい。
立ち上がったアバンは死神に対して剣を抜き、向かい合った。
一方ヒュンケルは、未知の魔物の群れに逃げ惑う群衆の中に、一人だけ怯えていない男を発見した。
にやにやと笑っている彼の周囲だけ緊迫した空気が霧散している。
悪意と敵意のまじりあった眼差しにヒュンケルとマァムは身構えた。
黒い髪の中にところどころ金色が混じっている男は高々と拳を掲げる。
全身が淡い光に包まれるのを見た二人の顔が驚愕にこわばった。
「光の闘気……!?」
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