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145.ローグ姐さん ----   ♀ローグは親指を切り落とされた時、全身に冷水をぶっかけられた気分だった。 呆然としながらその指を見た後、それを為したアサシンを見る。 今までアサシンなぞ、どうとでも料理出来るザコぐらいにしか見えてなかったのが、いきなり凶悪無比の敵としてその瞳に映ったのだ。 翻って自らの戦力を考えるに、どう見ても不利。現状では絶対に勝てない。 そんな思いが♀ローグの動きを完全に止めてしまっていた。 アサシンは言いたい事だけ言うと、風の様に去ってしまう。 ♀ローグは黙ってそれを見送る事しかできなかった。 しばらくそのままの姿勢で立っていたのだが、時期に右手親指に激痛を感じる。 「痛っ!」 慌てて服の袖を口で切り裂いて、簡易な包帯としてそれを親指に巻き付ける。 片手と口のみなので、思いの外時間がかかる。 そしてその一連の作業が終わると、一息ついてその場にしゃがみこんでしまった。 こてん そのまま後ろに仰け反って仰向けに大の字に寝っ転がる。 「あ~あ、負けちゃったか…………」 少しそのままで黙った後、猛然と叫びだした。 「くやしい! くやしい! くやしーーーーーーーーーー!!」 手足をばたばたさせ、体をごろごろ転がしながら大声で喚き散らす。 散々喚いた後、溜息一つ。 「敗因……あ~もう痛い程わかってるんだけどね~」 冷静さを欠いた事が全ての原因だ。悪魔プリとの戦いまではまだそれでもなんとかなったが、その後の連戦は絶対に避けるべきであったのだ。 逃げる方法もあった。自分が熱くなっていてそれに気付かなかったのが問題だったのだ。 「でもあのアサシン……なんだって殺さなかったんだい? それだけがどうにも解せないね~」 だがまあそれも最早どうでもいいと思えた。 まだダマスカスもある、体も動く。右手はさておき、左手はぴんぴんしてる。 まだまだ戦える。しかし、何やら気が抜けたというのが正直な所だ。 これが、見るからにぬるい生活を送ってきた奴相手ならば、次こそはと挑むであろう。 しかし、人殺しを生業にしている者との勝負に負け、気まぐれか何かで生かしておいてもらった身となれば、それは♀ローグにとっては敗北以外の何者でもなかった。 「頭を冷やしなさい……か~。もーあのプリにもアサシンにも見抜かれてたか~。情けなくて涙出てくるわこれ」 ふと、鼻孔をくすぐる香りがする。 それは、草の香り、風の香り、大地の香り。久しく感じていなかった香りだ。 「……そういえばもう長いこと、こんな風にのんびりした事無かったわね~」 しばらくそうしていると、徐々に眠気を覚える。 「もうどうでもいいわ。どーせ一回死んだ身だしなんでも来なさいよ~…………」 心地よい微睡みにその身を委ねると、自然と瞼は閉じ、顔中に広がる何かが踏みつける感覚と、人一人分には少し軽い重量のせいで鼻がべしゃっと…… 「って何事よーーーーー!!」 慌てて飛び起きると、その視線の先にはアラーム仮面を付けた異常に細身の何者かが居た。 バドスケは突然呼び止められて、後ろを振り向く。 「うわっ! アラーム仮面! めっさ恐っ!」 ♀ローグが騒ぎ出すのを見て、初めてそれに気付いたバドスケは慌ててマンドリンを構える。 そんなバドスケを見て♀ローグはひらひらと手を振る。 「あ~構えなくてもいいわよ。こっちはもー殺る気も失せてるから」 だが、バドスケは何やらぶつぶつ呟きながらマンドリンを手に少しつづ近づいてくる。 「あらら。殺る気満々? それならもー少し早く来て欲しかったわね~」 「……俺は……皆殺しにしなきゃ……みんなころさなきゃ……」 バドスケの様子に♀ローグはすぐにぴんと来たらしい。 「アラーム仮面君は気合い充分と……ふん」 バドスケはマンドリンを振りかざし♀ローグに襲いかかるが、その一撃は♀ローグに片手で呆気なく払いのけられる。 驚くバドスケは二撃目を加えんと再度マンドリンを振りかぶるが、♀ローグの一喝の方が早かった。 「いいかげんにしなさいっ!」 びくっとバドスケは震えてマンドリンを止める。 「本気で人殺す気ならその抜けた腰と抜けた根性なんとかしなさい!」 バドスケはその言葉に反応して、更に力を込めてマンドリンを振るう。 マンドリンは♀ローグの左肩に叩きつけられるが、♀ローグは涼しい顔だ。 「ね? 言ったでしょ? ……そんなへっぴり腰で人が殺せるもんかい!」 左の拳で鉄拳一閃。 バドスケはあっさりそれを喰らってひっくり返ってしまった。 そこでようやく♀ローグはバドスケの正体に気付く。 「あんた……モンスターだったの? スケルトンかい?」 バドスケは即座に言い返す。 「違うっ! 俺はアーチャースケルトン・バドスケだ!」 ♀ローグは一瞬びっくりした顔をするが、すぐに破顔してバドスケの隣に座る。 「そうかいそうかい、バドスケね。んでバドスケには一体何があったんだい?」 「なっ!? 何を……」 「まあまあ、私もやる事無くなっちゃったもんで暇なのよ。いいからお姐さんにあった事話してみなさいって」 気安くそう呼びかける♀ローグにバドスケは座り込んだままでずりずりと後ずさる。 「なんなんだよお前! お前には関係ねーだろうが!」 ♀ローグはふと真顔になる。 「あのね、あんたからは悲鳴が聞こえるんだよ。私はそういうのわかるんだ」 『……ずーっと昔、私もそんな経験あったからね』 最後の言葉は口にはしなかった。 結局バドスケは♀ローグの押しの強さに押されて、いつしかぽつりぽつりと今まであった事を話し始めたのだった。 「で? 結局あんたはそのアラームって子を守りたいって事かい?」 そう言う♀ローグにバドスケは頷く。 そんなバドスケを見ながら♀ローグはわざとらしいぐらいに深く溜息をついてみせた。 「あのねぇ。いいかい姐さんが今から言う事を良くお聞きよ?」 そう言ってこほんと咳払い。 「まず、その子が小さい女の子で今まで生き残ってるって事はおそらく誰かの庇護を受けてるって事だと思うわね」 バドスケは頷く。 「次に、アラームが生きている間にあんたが他の敵を全部倒す。これあんた程度の腕じゃ絶対に無理。現実見なさい、きちっと」 バドスケが何か言おうとするが、ぴしゃっとそれを制する♀ローグ。 「一人や二人殺した程度でそんなんになってるあんたが、これから先一体何人殺せると思うんだい」 あっさりと返事に詰まるバドスケ。 「私は既に四人殺したけどね、その私でも大負けこいて、ほら、このザマよ」 バドスケの前で親指の欠けた右腕をぷらぷらさせる♀ローグ。 「だったらさ、それ以外の方法でなんとかするよう考えた方が現実的じゃないかい?」 バドスケはしかし頭を垂れ、絞り出すように言う。 「……俺は、今更後戻りなんか出来ない。やり方なんて変えられない……」 そんなバドスケを鼻で笑う♀ローグ。 「あっはっはっはっは、ちゃんちゃらおかしいさねあんた。その子の為に全員ぶっ殺すつもりだったあんたが、なんだって殺した奴に気なんざ遣ってるんだい?」 バドスケは俯いたままだ。 「バッカじゃないのかい? 皆殺しの覚悟決めたんだろ? そんなに大事な子なんだろ?」 ♀ローグは人殺しの目で言った。 「あんたはその為に必要な事だけしてりゃいいんだよ。ノービスだろうと友達だろうと仲間だろうと全部裏切り、利用し、殺してあんたは目的を果たせばいい」 バドスケは顔を上げる、♀ローグの顔が悪鬼羅刹に見えた。 「そんでね……もしそれが出来ないってんなら」 瞬時に♀ローグの表情が変わる。 「あんたは是が非でもその子の側に居てやんなよ。それが一番さね」 バドスケは激しく首を横に振る。 「ダメだ! 俺はもう人を殺してるんだぞ!」 「それを知ったらその子が悲しむってんなら黙ってりゃいいだけの話さね」 「俺はあいつに嘘はつけないっ!」 バドスケの言葉に♀ローグの表情が変わる。 「甘ったれるんじゃないよ! 嘘をつく? その程度でおたおたすんじゃないの! 本当にそれがその子の為になるってんなら嘘の一つや二つ平然とついてみせなっ!」 バドスケは呆然として♀ローグを見る。 「その子の為にあんたが何をしてやれるのか……それを冷静になって良く考えな。その子が喜ぶ事。その子が幸せになる為に必要な事。それらはまっすぐ生きてるだけじゃ手に入らない事もあるさね」 そこまで言うと急ににんまりとした顔になる。 「多分、こんな場所で知り合いに会えたらその子すんごい喜ぶわよ~、絶対。その顔見たくないかい?」 バドスケは脳内で葛藤を繰り返すが。♀ローグはそんな暇すら与える気は無いようだ。 「あーもー! 骨のくせにぐちぐちと! あんた骨なんだからもっとからっとドライに生きなさい!」 「って、ちょっと待て! 俺はまだ行くとは……」 「だーからってこんな所でうじうじしてたって話は進まないの!」 ♀ローグが無理矢理バドスケを引っ張りながら何処へともなく歩き出す。 「っだーーーー! お前押し強すぎだぞ!」 「良く言われるわよん♪」 悪党の理屈。バドスケはそれに初めて巡り会って困惑を隠せないでいるが、何故か頭の中全てを覆っていたもやもやは既に半分程晴れていたのだった。 ---- | 戻る | 目次 | 進む | | [[144]] | [[目次]] | [[146]] |

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