- 112 :名無しさん@ピンキー:2010/03/20(土) 17:01:30
ID:2iCXLobN
ふな子という少女がいた。
長いセピヤ色の髪が見事で、本人もそれを自慢にしていた。
いつでも男たちに誠実な女で、つまり、いつでも嘘をついた。
はじめてふな子に会ったのは、全校模試から、数日後の朝。
渡り廊下を歩いていたら、向こうから歩いてきたわけだった。
髪があんまり美しいから、見とれていると、目の端が笑った。
「昼休みに、おいでなさいな」
飯も食わず、渡り廊下に走っていったら、すでに待っている。
誘われるままに階段を上れば、制服のスカートに白い太腿。
誰から手に入れたんだか、合鍵を出し、鉄扉を開ければ風。
「好き。薄荷タバコのにおい」
古い言葉を使う、ふな子の香りは、底の入ったトワレだった。
唇は思ったよりも熱を帯びていて、舌はねっとりと心地いい。
腰を下ろして、金網にもたれたとたん、膝の上に乗ってきた。
思えば、つきあう前に、そのへんで察してもよかったわけだ。
- 113 :名無しさん@ピンキー:2010/03/20(土) 17:02:30
ID:2iCXLobN
雨の宵に、ふな子を見る。
日比谷通りを紫色の相合傘で、どっかの色男と歩いていた。
視線が合ったが、他人顔を見せたので、声はかけなかった。
夜のうちに、メールを寄こして、マンションらしい住所がある。
訪ねていってみれば、ふな子は満面の笑みでドアを開けた。
「上がりこんで、いいのかい」
「嫌いよ、変な勘繰りする人」
上がってみたら、ひとり住まいらしい、木目調のワンルーム。
背中にぺったりと押しつけられる、なめらかなブラウスの胸。
友達がどうとかいう話が、ウイスキーと一緒に、流れこんだ。
「貴方といたいの。ほんとに」
替えのワイシャツだの、下着だの置くよう、ふな子は勧める。
嬉しいことだが、たびたび絨毯の下に敷かれてはかなわん。
床に寝転がって、腰の脇の丸い窪みを探し、鼻先を埋めた。
引っ掻いてみれば、くすぐったそうにくねって、腕が赤くなる。
- 114 :名無しさん@ピンキー:2010/03/20(土) 17:03:30
ID:2iCXLobN
夜中に、呼びつけられた。
行ってみたら、制服のヴェストを着たふな子がドアを開ける。
顔は青いのに、シャツに赤色が飛んでいて、帰りたくなった。
入ってみると、紫のスーツがごろん、と絨毯に転がっている。
こんなデブの相手をするのは、さぞかし大変だろうと思った。
ふな子は屈みこむと、スーツのポケットから、鍵束を抜いた。
「左ハンドル、転がせたっけ」
冷たいのを、キャデラックの後ろに詰めて、夜道を走らせる。
窓を追ってくる月の光に、キラキラと照り映えるふな子の髪。
丹沢の山に着いて、埋める際に、襟の銀バッジに気づいた。
「多少はあるから、お金なら」
現金を下ろさせ、ワイシャツに落としこめば、脇腹が暖かい。
いつふな子に風穴を開けられるか、知れたものではないが。
東名から名神、中国道を通って、六甲の山中に車を捨てた。
貨客船が埠頭を離れるとき、日本の名残に、霧笛が鳴った。
- 115 :名無しさん@ピンキー:2010/03/20(土) 17:04:30
ID:2iCXLobN
流れ、流れて、南の国へ。
有り金をはたいて食料を買いこみ、河辺の物置に住みこむ。
トワレの香りが消え、タバコも切れ、二人のにおいが残った。
ゴザに擦れて、柔らかかったふな子の膝が、無惨に腫れる。
肩先を揺すり上げた勢いで、ふな子は首に手を絡めてきた。
「このままいたら、共倒れね」
「殺してみるか。かまわない」
結局は、ぎゅっと抱きついてきて、ふな子は優しい女だった。
赫々と美しさを増しているように見える、乱れ髪のセピヤ色。
ふな子を、こんなにひとり占めにした男は、他にはあるまい。
「愛してる。貴方だけの私よ」
愛しあって、食べて、眠るだけの暮らしがえんえんと続いた。
雨季に入って以来、白い太腿だけしか記憶に残っていない。
いつの間にか、二人とも、言葉を発することすら稀になった。
人間らしい、わずらわしい意識を、すべて捨ててしまいたい。
最終更新:2010年03月25日 18:15