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it is no use crying over spilt milk - (2007/06/10 (日) 07:10:38) の1つ前との変更点

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やどかり、と呼ばれるその人ならざるものは、その名の由来である甲殻類の生物と同じように、いつの間にか民家に住み着き、いつの間にか去っていくのだという。 詳しくは分かっていないが、住み着いた家を自分の縄張りとし、その縄張りの中にあるものを自らの所有物として守る性質があるらしい。 満月の夜に発情状態になる事から人狼の亜種ではないかと疑う人もいる。 人に好意的なその姿は偽りで、いつかこちらに牙を向くと怯える人もいる。 かと思えば、そのハサミの如く奇妙な形をした手以外は人と変わらぬ様に見える為に、魔物と戦う為に人が進化適応していったのではないかと言う人もいる。 人や農作物を魔物から守るというその性質から、豊穣の神の使いだと崇める人もいる。 これが、今まで色々な所をひとりで訪れて、色々な人にひとりで聞いて回った成果だ。 芋にしろ何にしろ、彼女がいなければ大した収穫は得られないらしい。     it is no use crying over spilt milk ありがとうございましたとお辞儀して、どこか懐かしい気持ちを蘇らせる農村を後にする。 ここでも彼女を見たという話は聞けなかった。 この村は、もう何年か前に出て行った故郷の小さな街によく似ていて、もしかしたら彼女がいるんじゃないかと淡い希望を抱いたのだが。 やっぱり彼女は見つからない。それに彼女が何を考えていたのかも未だに分からないままだ。 けれど、彼女の悩みを解決する方法は、正解かどうかは分からないが、一応見つかった。 あれは考えてみれば、ただの笑い話なんだ。いや、笑い話にもならないかもしれない。 あの時、声が出せなかったのはその前に喉を潰されたからで、足の自由が利かなかったのは別に恐怖からではなくて、こってりと精を絞り取られたから腰に力が入らなかっただけ。 それを彼女が自分に怯えていると勝手に勘違いして、自分の前から姿を消した、と。それだけの話。 満月の夜の次の朝に骨抜きにされて動けなくなった、なんて事は一度や二度の騒ぎではなかったのだから、よっぽど気が動転していたのだろう。 酒の肴にもならない。馬鹿な話だ。けど、零れてしまったミルクがコップの中に戻る、なんて、都合のいい話は無い。 あの日の俺は、自分と彼女はヤドカリとイソギンチャクじゃないとか他にも色々と我ながらくさい科白を言ったけど、あれは間違いだ。やっぱり彼女はやどかりだった。 彼女は傷つきやすくてとても脆くて、そしてその手のはさみで誰かを傷つけてしまうことを一番怖れてた。 きずつけないように。きずつけないように。それだけを考えて、はさみが誰かに当たらないようにその身体をすっぽりと殻の中に隠していた。 それなのにそのまま動こうとするものだから、見当違いの方向に走っていって、見えない所まで行ってしまった。 能ある鷹は爪を隠すというけれど、やさしいやどかりははさみを隠す。 そんな言葉がひょいと頭に思い浮かぶ。彼女に言えば馬鹿にされるのは目に見えてるのでもっとうまい言い回しを考えないと。 彼女に会う。 それはとても時間と手間のかかる事で、現にそれの為に費やした時間は結構なものになってしまっている。最初は小さい靴下だったこの編み物も、今では一枚の大きな布団になった。 その布団が袋に入りきらなくなっても彼女に会えている保証はないし、会えた頃には自分は毛糸の家を引きずっているかもしれない。 会ってからも彼女が心を開いてくれるまで更に年月が必要だろうし、このまま一生彼女に会えずに野垂れ死ぬかもしれない。 けど、そんなこと、枯れた葉をちびちびと千切る作業を二十年以上も毎日欠かさず――じゃあないか。一日休んだ事がある。まぁ、とにかく――していた俺にとっては屁でもない。 手の形が違う? むしろ好都合だ。彼女が逃げ出してもこの手で掴んで離さないように出来るじゃないか。 殻に引っ込んで出てこないなら、この手で頭を掴んで引っ張りだしてやればいい。そしてこの手でその殻を叩き壊して彼女の逃げ込む所を無くしてやれ。 自分の両腕の先に付いたはさみを見て、人間と全く異なる種の生物だと思うのなら、この手で覆い隠してやるさ。 彼女が何も見たくないと思ったのならこの手でその目を塞げば良い。彼女が何も聞きたくないと思ったならこの手でその耳に蓋をしてやれば良い。 彼女はやどかりだけど、俺はイソギンチャクではないのだ。殻の外にただくっ付いてるだけじゃ満足できない。 どうしても殻が欲しいというなら、俺が彼女の逃げ込む殻になればいいだけのこと。 自分で言うのもなんだけど、この手じゃ彼女からこぼれおちる愚痴や弱音を全てすくいとる事は出来ないかもしれないけど。 その時はこの毛糸の束で殻を作ろう。彼女と自分が入っても十分余裕がある位の、大きな大きな毛糸の殻を。 丁寧に時間を掛けて隙間無く編みこんで、綻びも穴もない殻を作ろう。 手からあふれ出て受け止められなかった分も底に溜まって、何度でもすくい直せるようにしよう。この頼りにならない自分でも、全部受け止めきれるように。 ぎゅっと拳を握り、いつ彼女を見つけても良い様に、いつか立てた馬鹿げた誓いを心に刻む。そして、深呼吸を一度して、その足で次の一歩を踏み出す。 彼女に会ったらどうしようか。最初は彼女はどんな事を口にするだろう。 どうして来たんだとぶっきらぼうに言う彼女の姿が目に浮かんだ。その時は馬鹿みたいな理由を言って、彼女の笑う顔を見る事にしよう。 ――今度こそあの乳の誘惑に打ち克つんだ。 (了)
やどかり、と呼ばれるその人ならざるものは、その名の由来である甲殻類の生物と同じように、いつの間にか民家に住み着き、いつの間にか去っていくのだという。 詳しくは分かっていないが、住み着いた家を自分の縄張りとし、その縄張りの中にあるものを自らの所有物として守る性質があるらしい。 満月の夜に発情状態になる事から人狼の亜種ではないかと疑う人もいる。 人に好意的なその姿は偽りで、いつかこちらに牙を向くと怯える人もいる。 かと思えば、そのハサミの如く奇妙な形をした手以外は人と変わらぬ様に見える為に、魔物と戦う為に人が進化適応していったのではないかと言う人もいる。 農作物を魔物から守るというその性質から、豊穣の神の使いだと崇める人もいる。 これが、今まで色々な所をひとりで訪れて、色々な人にひとりで聞いて回った成果だ。 芋にしろ何にしろ、彼女がいなければ大した収穫は得られないらしい。     it is no use crying over spilt milk ありがとうございましたとお辞儀して、どこか懐かしい気持ちを蘇らせる農村を後にする。 ここでも彼女を見たという話は聞けなかった。 この村は、もう何年か前に出て行った故郷の小さな街によく似ていて、もしかしたら彼女がいるんじゃないかと淡い希望を抱いたのだが。 やっぱり彼女は見つからない。それに彼女が何を考えていたのかも未だに分からないままだ。 けれど、彼女の悩みを解決する方法は、正解かどうかは分からないが、一応見つかった。 あれは考えてみれば、ただの笑い話なんだ。いや、笑い話にもならないかもしれない。 あの時、声が出せなかったのはその前に喉を潰されたからで、足の自由が利かなかったのは別に恐怖からではなくて、こってりと精を絞り取られたから腰に力が入らなかっただけ。 それを彼女が自分に怯えていると勝手に勘違いして、自分の前から姿を消した、と。それだけの話。 満月の夜の次の朝に骨抜きにされて動けなくなった、なんて事は一度や二度の騒ぎではなかったのだから、よっぽど気が動転していたのだろう。 酒の肴にもならない。馬鹿な話だ。けど、零れてしまったミルクがコップの中に戻る、なんて、都合のいい話は無い。 あの日の俺は、自分と彼女はヤドカリとイソギンチャクじゃないとか他にも色々と我ながらくさい科白を言ったけど、あれは間違いだ。やっぱり彼女はやどかりだった。 彼女は傷つきやすくてとても脆くて、そしてその手のはさみで誰かを傷つけてしまうことを一番怖れてた。 きずつけないように。きずつけないように。それだけを考えて、はさみが誰かに当たらないように身体ごとすっぽりと殻の中に隠していた。 それなのにそのまま動こうとするものだから、見当違いの方向に走っていって、見えない所まで行ってしまった。 能ある鷹は爪を隠すというけれど、やさしいやどかりだってはさみを隠すのだ。 そんな言葉がひょいと頭に思い浮かぶ。彼女に言ったら馬鹿にされるのは目に見えてるのでもっとうまい言い回しを考えないと。 彼女に会う。 それはとても時間と手間のかかる事で、現にそれの為に費やした時間は結構なものになってしまっている。最初は小さい靴下だったこの編み物も、今では一枚の大きな布団になった。 その布団が袋に入りきらなくなっても彼女に会えている保証はないし、会えた頃には自分は毛糸の家を引きずっているかもしれない。 会ってからも彼女が心を開いてくれるまで更に年月が必要だろうし、このまま一生彼女に会えずに野垂れ死ぬかもしれない。 けど、そんなこと、枯れた葉をちびちびと千切る作業を二十年以上も毎日欠かさず――じゃあないか。一日休んだ事がある。まぁ、とにかく――していた俺にとっては屁でもない。 手の形が違う? むしろ好都合だ。彼女が逃げ出してもこの手で掴んで離さないように出来るじゃないか。 殻に引っ込んで出てこないなら、この手で頭を掴んで引っ張りだしてやればいい。そしてこの手でその殻を叩き壊して彼女の逃げ込む所を無くしてやれ。 自分の両腕の先に付いたはさみを見て、人間と全く異なる種の生物だと思うのなら、この手で覆い隠してやるさ。 彼女が何も見たくないと思ったのならこの手でその目を塞げば良い。彼女が何も聞きたくないと思ったならこの手でその耳に蓋をしてやれば良い。 彼女はやどかりだけど、俺はイソギンチャクではないのだ。殻の外にただくっ付いてるだけじゃ満足できない。 どうしても殻が欲しいというなら、俺が彼女の逃げ込む殻になればいいだけのこと。 自分で言うのもなんだけど、この手じゃ彼女からこぼれおちる愚痴や弱音を全てすくいとる事は出来ないかもしれないけど。 その時はこの毛糸の束で殻を作ろう。彼女と自分が入っても十分余裕がある位の、大きな大きな毛糸の殻を。 丁寧に時間を掛けて隙間無く編みこんで、綻びも穴もない殻を作ろう。 手からあふれ出て受け止められなかった分も底に溜まって、何度でもすくい直せるようにしよう。この頼りにならない自分でも、全部受け入れきれるように。 ぎゅっと拳を握り、いつ彼女を見つけても良い様に、いつか立てた馬鹿げた誓いを心に刻む。そして、深呼吸を一度して、その足で次の一歩を踏み出す。 彼女に会ったらどうしようか。最初は彼女はどんな事を口にするだろう。 どうして来たんだとぶっきらぼうに言う彼女の姿が目に浮かんだ。その時は馬鹿みたいな理由を言って、彼女の笑う顔を見る事にしよう。 ――今度こそあの乳の誘惑に打ち克つんだ。 (it is no use crying over spilt milk/了) 日の光を反射して波打つ長い金色の髪。海のように深みのある青い瞳。この世のものとは思えない程に整った容姿。 間違いなく、彼女だった。 ここまで来るのに何年かかったことだろう? どれだけ季節が移り変わっても、彼女はあの日と変わらない姿をしていた。 視界が歪む。涙腺が弱くなった。こちらはだいぶ、年をとってしまったようだ。     そして     また     かわらない毎日を 私はいつものように町へ買い物へ出かけました。 お母さんは畑でおいしいお野菜を育てています。 うちの食卓にお野菜があるのはわたしのおかげなんだぞとお母さんは自慢げに言います。なので感謝しながらむしゃむしゃ食べます。 家のことはお姉ちゃんが全部やってくれています。(お姉ちゃんというほど若々しくはないけど、そう言わないと怒られます) うちの食卓に並ぶ料理がうまいのは、そりゃあうまそうに食べてくれる人がいるからねとお姉ちゃんは笑いながら胸を張ります。なので感謝しながらむしゃむしゃ食べます。 お姉ちゃんのつくるお料理は、ほんとうにおいしくて、どこかの料理人がお姉ちゃんのごはんを食べてシコウだとかキューキョクだとか言ったほどです。 なのにお母さんはたまにお野菜を土が付いたまま丸かじりしてます。 わたしが「お姉ちゃんのお料理、好きじゃないの?」と訊いてみると、お母さんはふふんと笑って「いいか娘よ、女には少しくらい秘密があった方が世の馬鹿な男どもはよってくるんだぞ」と答えてくれました。わたしはまた一つ賢くなったと嬉しくなりました。 わたしの仕事はお手伝いです。 朝は買い物に出かけて、お昼はお母さんと一緒に葉っぱを抜いて、ごはんの前にはお皿を出して、ご飯の時にはお母さんにごはんを食べさせてあげます。 夜はお兄ちゃんの金細工をなまあたたかく見守ります。 今は朝です。なので町へ買い物へ出かけました。だけどその日はいつもとは少し違っていました。 見たことのない人が私を見ていきなり泣き出してしまいました。 多分その人は別の街から来た、旅の方なのでしょう。おおきな荷物を抱えていて重そうです。 私は街の外へ行ったことはありません。 この街では畑も荒らされたりしていないけど外にはまだこわいこわい魔物がたくさんいるからです。 「あの、大丈夫ですか? 足つかれちゃいましたか?」 心配になって声をかけると、その人ははっと目を見開いて、よっぽど疲れていたのか、がっくりと肩を落としました。 「ご心配をおかけしました。遠くまで歩いたもので、少し疲れてしまっただけです」 やっぱりお疲れみたいでした。私もこの世に生を受けて八年になりますから、そこらへんは分かっているのです。 「じゃあ少しおうちで休んでいかれてはどうですか? おいしいお野菜もありますよ」 旅人さんの手を引っ張って、私はおうちへ帰りました。 ◇◇◇ 人違い、だった。 彼女によく似ていたけれど、目の前の少女は、とても素直で可愛らしい普通の女の子だった。 そう。普通の女の子。人間の、女の子。 よくよく見れば年相応の体つきをしていて、少女らしからぬ体つきをしていた彼女とは似ても似つかない。 「もうちょっとでおうちにつきますからねー」 無防備な笑顔をふりまくその表情も、やはり彼女とは別人であるという証明か。 少女に手を引かれて向かった先は、これまた一般的な普通の民家だ。 「ただいまー」 「お、お邪魔します」 元気よく扉を開けて中に踏み入るとなにやらおいしそうな匂いが鼻孔をくすぐった。 「ほいほいおかえりさん。早かったわね。ちゃんと魚は買ってきてくれたんだろうね?」 「わ、わすれた」 「……」 恰幅のいい中年の女性が呆れ顔で良物の金属鍋の中のスープをかき回していた。 彼女の母親だろうか? こう言っては失礼な気もするが、なんとも似てない親子だ。 「せっかく、朝から仕込んでいるってのに肉が無いなんてねえ」 「ごめんなさーい! ちょっとひとっぱしり買いに行ってくらあ!」 「こら! そんな言葉遣いはしなさんな!」 「はーい」 分かっているのかいないのか適当な返事をして少女は家の外へと走り去ってしまった。 「……で、あんたはどちらさん? まあいいさね。あの子が連れて来たんだ。悪い人じゃあないだろね。顔でも洗ってちょっとそこに座んなさい。おいしいもんでも食わせてやろうじゃないか」 がっはっはと笑いながら、女性は瑞々しい野菜をよく手入れされた包丁で切りはじめた。 ◇◇◇ 豚さんが安かったので、豚さんのお肉を買っておうちに走って戻りました。 おうちからすごく、すごーーく離れた街の中でも、お姉ちゃんの作るおいしいお料理の匂いが漂ってきていて、私の足を動かします。 この匂いの前には息苦しさも足の裏の痛みも土下座して逃げ出してしまいます。 すぐに赤い屋根の我が家が見えてきました。 ◇◇◇ ばきゃっ、どすん! 入り口の方からけたたましい音が響いた。昔どこかで聞いたことのあるような騒々しさ。 驚きそちらに首を振ると、右手を前に突き出して、あんぐりと口を開けている金髪の少女。 間抜けな表情だが、容姿の美しさも相まって非常に愛くるしい印象を与える。なぜかよだれも垂れ流しであるし。 「お姉ちゃんのせいだー! おいしいお料理の匂いをお外に出しちゃうから!」 ――あ。 一瞬のことだが。 眩暈がした。 変な責任転嫁をする姿に、もう何年と声すら聞いていない彼女の影を見い出してしまった。 麻薬の切れた中毒者の禁断症状と変わらないなと自嘲する。 「あ、お客さん、もうごはん食べちゃったの? なにもないところなのでお暇でしょう? ちょっと待っててくださいね、すぐごはんを食べて私が一緒に遊んであげますから!」 子供特有の身勝手さが、古びた記憶の埃を払っていく。 いつまでも鮮明に覚えていると自分では思っていたのに、結構色褪せていた事に驚いた。 ◇◇◇ かくして追いかけっこをすることになったのだが、 「つかまーえった! 子供だからって手を抜いてるでしょー、ちゃんとやらないと許しませんからねー」 「……いや……ゃんと、やって……ます……」 肺が痛い。長年放浪し続けた足腰は街の少女に手も足も立たなかった。 後ろから抱きつかれる形で捕まえられる。まだ幼い為か少女の手は自分の身体に回してしまうと、かろうじて指が届く程度だった。 「あ」 呼吸を整えていると少女が声を漏らした。何か鳥が飛んでいるのでも見つけたのだろうか? 「おじさん、お母さんと同じ匂いがする」 なんだそれは。 そういえばもう何日も身体を洗っていないことを思い出し、少女の母親は一体どんな豪傑なのだろうかと首を傾げた。 ◇◇◇ 追いかけっこに飽きるとかくれんぼ、それもしばらくしてままごとに変わり、最後にはお昼寝となってしまった。 やがて日が暮れ夕餉となり、絶品のポークシチューをご馳走になり、久々に腹が膨れ上がるまでの飯にありつけたのだが、 月が真上に昇るようになっても少女の母親は帰ってこなかった。 「ちょっとお兄さん、あんた、家の裏にある畑にあの子を呼びに行っといてくれ」 少女の姉(おば? 本当に姉であるなら母親は一体何歳でどんな容姿なのだろうか)に頼まれ、無銭で宿と飯を食べさせてもらった身なので二つ返事で家を出た。 月が出ているとはいえ藍色に染まった夜の闇は濃く、細部までは分からないが、畑には誰もいないようだった。 しばらく周りを捜し歩き、街を見歩き、そして畑にもう一度戻り、人気が無いのを認めて今度は街から少し離れた場所に行ってみる。 どこにもいないようだし、そろそろ夜も明けるというので少女の家に戻ろうとすると、畑に人影を見つけてしまった。 そちらに向かって歩くと、人影というのは間違った言い方であると思った。 日中畑仕事をしているとは思えない透き通るような白い肌が、土埃とは無縁のきらめく金色の長い髪が、沈みかけの月に照らされて、まるで一枚の絵画を切り取ったかのような神秘的な光景を作り出していた。 近づくこちらから逃げるように後退を始めたその女の手首をしっかりと握りしめた。 今度はどこへも消えてしまわれないように。 しっかりと。 すらりと伸びた長身。人形のような非人間的な美しさを備えた顔(かんばせ)。空よりも澄んでいて、海よりも深い青色の瞳。 そして何より、その手。 姿はあの日とは違っていたが、間違えようがない。 年月を経て成熟した彼女の手を、しっかりと握り締めた。 ◇◇◇ 「どうして来たんだ? 今更、わたしに、何の用なんだ?」 その声はあの頃よりも少し落ち着いていたが、頬を撫でる夜風よりも冷たかった。 けれど、第一声は思い描いたとおりで、見た目は少し変わっても彼女が彼女であることには変わりない。 「何を笑っている? 言っておくが、私は今、人間共と暮らしているんだ。わたしがちょっと変わるだけで、簡単に溶け込めたんだ。 お前の手なんてもう、必要なかったんだ」 笑みが漏れてしまったようだ。不快そうな顔をして彼女は言葉を続けた。 「家にいるアレを見ただろう? 娘だ。私はもう夫も貰ったし家族だってある」 視線を横にそらし、彼女は最後の言葉をこちらに告げた。 「今更来られても、手遅れだ。帰ってくれ」 正直な話、彼女が元気に過ごしている姿を見たら、満足してしまった。 何年も世界を歩いた挙句、それだけでいいなんて、端から見たら馬鹿げているかもしれない。自分でも少なからずそう思う。 けれど、彼女はその足でしっかりと歩けている。自分が支えなど無くとも。きちんと立っていた。 そうと知れただけで、満足だった。 「そうか、分かった」 それだけ言ってこの街を後にしようとした。 けれど、方向を反転する前に東の方から眩しい光が地平を照らし、藍色の世界に色を付けた。 そこに広がっているのは真っ白な世界だった。 一面に咲いた白い花が視界を隙間無く埋め尽くし、一枚の大きな大きな白い編み物を作っていた。 不自由な手で彼女が一生懸命、 丁寧に織り込んだ、 芋の花で出来た、大きな大きな、白いじゅうたん。 ◇◇◇ 「こ、これはっ、そのっ、違うんだ! 別にお前のことを忘れられないとかじゃなくて、ほら、わたしって芋好きだから! それで、それでっ! というか、そもそも、これはわたしの畑でもなんでもないし!」 手を顔の前で左右に振り、この畑の主は自分ではないと主張してごまかそうとするも、丸分かりだった。 どれ位からか知らないが、人間生活に慣れ、意思の疎通が容易になったであろう彼女はやがて悟ったのか、眉を八の字にして、あきらめたような表情を浮かべた。 「……そうだよ。わたしは、お前のことが忘れられなかった」 一言本音を言ってしまうと、あの別々の道を歩んだあの日のように、その後は止まらないようだった。 「何度もお前の家に、お前の元に帰ろうとした。あやまろうとした。水に流してくれと頼もうとした。 けれど、わたしは、お前に怖がられてしまったらと思うと、こわくて、こわくて、とてもじゃないが会うことなんて出来なかった」 恥ずかしそうに、つらそうに語り続ける。 「そんな中、お前の子供を身篭った。あれだけ濃い子種を溢れるほど流し込まれたんだ、当然の結果だ」 自嘲するような顔をこちらに向けた。 「正真正銘、お前の娘だぞアレは。夫なんているはずない。わたしはお前以外の人間に抱かれたことなんて一度もない。そんなこと、するはずがない」 そしてからかうように付け足す。 「アレはな、お前によく似ているよ。頭が弱いところとかそっくりだ。」 「いくらわたしといえど、一人で生むことなんて自信が無かった。なによりアレがわたしと同じような目に晒されるのが嫌だった。だからわたしは」 ここで一息入れて、両手を見せた。 「人間のふりをすることにした」 はさみなどない、綺麗に手首の先には何もない両手を、こちらに差し出した。 ◇◇◇ その手を先ほど見たとき、どうりで彼女の話を耳にしないわけだと納得した。 「手首を噛み切り、今同居している女性の家の前で倒れたわたしは、そこでアレを産んで暮らし始めた。 いざ人間のふりをしてみると、これがなかなかうまく溶け込めた。奇異な目で見られることもなかった」 ふっと彼女の顔が緩んだ。 「挑戦してみるとな、この不恰好な手でも服はきれるし、畑を耕すこともできたんだ。なに不自由しなかった」 畑仕事で少しよごれたワンピースを少女は脱ぎ捨てて実践してみせ、一糸纏わぬ肢体を惜しげもなくさらけ出した。 「でもな」 朝日に照らされた身体は円熟した女性的な曲線を描いており、大きかった胸は更にその存在感を増し、金色の陰毛が出張った丘に茂っていた。 「でも、だめだった。ぜんぜん、だめだ」 少しはみ出た茶味がかった桃色の小陰唇はてらてらと反射しており、濡れそぼっていることは明らかだった。 「お前のくっさい精子の臭い、それが今もわたしのおまんこに染み付いて、頭をかき回すんだ」 右手を破壊的な巨乳に、左手を恥部に持っていった。手のない腕で胸を揉み、陰核を愛撫した。 「満月の日じゃなくても、お前の臭いのせいで、わたしは何度も自分で自分を慰めなければいけないんだぞ? この大きいだけしか必要性のない胸を愛してくれた手を思い出して。乳輪を広げさせて乳首をこねくり回した指を頭に描いて。毛も生え揃っていなかった未熟なおまんこを、こうやって何もせずともご馳走を前にお預けを命じられた犬のようにだらしなく涎を垂らさせるまでに開発した舌を夢に見て」 どんと、頭に衝撃が走った。下は土だったので痛くないが、頭皮と髪の毛の間に砂が転がってちくちくとする。 脂の乗った女盛りの女から熱っぽい眼差しを向けられて、少女の頃には面と向かっては見せてくれなかった本心をまざまざと表に出されて、長い間使っていなかった肉棒が猛りを取り戻していくのを感じた。 「この愚民っ。変態っ。幼女趣味っ。お前のせいだっ。わたしの目が、口が、鼻が、耳が、肌が、子宮が、お前を求めて暴れだすようになってしまったんだぞっ」 顔や唇を貪るように舌を這わせ、歯を立て、口付けをし、いつかのように涎まみれにした。 「なにをしてるっ。はやく胸をもてあそんでくれ! どうせ不細工なお前のことだ、女とまぐわう機会なんて無かったんだろ? ほら存分に触っていいぞ」 「うんありませんでしたよ。こんな最高の身体を知ってしまったら、世の女になんて勃たなくなるにきまってるでしょう?」 「えっ? あ、うあ、お、おま、あたっ、当たり前だっ。そうだよなっ。言われなくても知ってるぞっ。そんなのっ」 彼女は顔を真っ赤にして、生娘のように初々しい反応を見せた。 いつの間にか下半身を覆う布は無くなっており、彼女は雁首に小陰唇をあてがった。 「ふぅっ――!!」 雁首がほんの少し掠めただけだ。それなのに、彼女は背を仰け反らせ腰から砕け絶頂に達してしまった。 呆けた顔をこちらの胸板に預けると、数秒と立たない内に我に返った。 「お前、いいか動くなよ、ぜったい動くなよっ。わたしがいいと言うまで、そんなのぜったいに許さないんだからな!」 そしてまた腰を落とし、小陰唇が雁首を少し咥えたところで、また彼女は絶頂に達した。 美しい容姿には、阿呆のように口を半開きにし涎を垂らす様は酷く不自然だった。 「わ、わかったぞ」 ひとり納得したように呟いたかと思うと、こちらへ向けて声を張り上げた。 「この絶頂こそ、お前が何年もわたしを探し当てるのに時間がかかったせいで飢えに飢えてしまったわたしのおまんこの歓喜の声だったんだよ」 な、なんだってー! 「い、いや違う、喜んでなんかないぞ!」 かぶりを振って仕切り直しをし、再度腰を下ろしたが、雁首が半分も埋まらないところでまたも彼女は快感の波に襲われた。 ふにゃふにゃと力の抜けた彼女の腰はそのまま下に崩れ落ち、膣が肉棒を根元まで一気に咥え込んだ。 「ひぎぃいいっ!」 悲鳴を上げたかと思うと、電流を流されたようにぴくぴくと痙攣を起こし、まごうことなき美女となった彼女は年甲斐も無く小便を漏らしてしまった。 肉棒に生温かい感触が伝わり、湯気が立ち込める。 「ふぁ……ああ……」 放心した彼女は、しばらくしてはっと我に返り事態を把握して、こちらをきっと睨みつけた。 「お前のせいだぞ」 呪詛を呟くような声がちゅんちゅんと鳴き声を上げる小鳥を落とした。 「お前のせいだっ、おもらししたのも、先っちょを入れただけで簡単に達してしまうのも! ぜんぶぜんぶお前のせいだ! お前がすぐに来なかったから! だからお前のちんぽがこんなに気持ちいいってことを忘れてしまったんだ! お前みたいなどうしようもない奴のくっさい精液を子宮に、卵巣いっぱいに流し込まれたいって、わたしのおまんこがおねだりしてしまうんだっ、責任をとれ!」 腰を少し浮かしては絶頂に達し、肉襞が収縮し、また動いては絶頂が訪れて彼女の柔らかなたわわな二つの胸が顔にめりこむ。 それでも彼女は強気な姿勢を崩さずに、腰を上下させ、久しぶりの性交でこちらも限界が訪れた。 「ひゃあああ、うあっ、ふ、ふふ……そんなにすぐに果ててしまうようじゃ童貞と変わらないな、到底わひゃっ、しを、満足させることは出来ないぞ」 どくんどくんと、精管を伝わって何年も溜め込んだ精液が膣へと吐き出される。 「この様子だと、本当に久しぶりだったんだな。そ、そのっ、こころがけっは、いいぞ、ほめてやる」 射精は止まる気配を見せず、どんどん彼女の膣を満たしていく。彼女の目が不安げに揺れた。 「い、いつまで出す気なんだ? お前は、が、がまんなんて、まったくしらないんひゃな、ふぅ……ああ」 子宮をすでに満杯にした白濁は逆流を始める。 「も、らめら……っああ……や、やめ、」 戸惑う彼女とは対照的に、彼女の膣は、さらに精液を求めているかのように蠢き、射精感を煽った。 「おうぅぅうぅっ! うおっ、あぅぅうううぅぅ!!」 獣のような彼女の嬌声があがって、彼女は気を失った。こぽっと、接合部からあふれ出した。 「一回の射精でこんなに出すなんて、よっぽど、溜まってたんだな」 こちらに同意を得るかのような口調だった。 「それだけわたしを求めていた、ということだろ? な? わたしは、お前のそばにいてもいいと、そういうことなんだろ?」 悲愴な面持ちで問われ、こくりと首を縦に振った。 「だったら、感謝しろ、ずっと、離れることなく一緒にいてやるからな。思いっきり、搾り取ってやるからな。お前の子種をたっぷり貰って、お前の子供を孕んでやる」 それは自分自身への決意表明だったのかもしれない。もうお前と離れないという彼女なりの告白だったのかもしれない。 「ぱんぱんに張った乳をお前に搾らせてやる。牛のように張ったおっぱいをお前は赤ん坊みたいにちゅうちゅう吸うんだ。 それで、赤ん坊の面倒も見て、わたしと一緒に子育てをして、芋を作って、年中乳が出るように毎晩毎晩、必要とあらば日が出ている中もわたしのおまんこにどろっどろの黄ばんだひどい臭いの白濁の欲望をちんぽが赤く腫れて種付けするんだ。 わたしは絶世の美女だからな、他の男に言い寄られたり強姦されるかもしれない。そんなことが起こらないように、お前がしっかりわたしの口とおっぱいとまんこに精液まみれのちんぽをこすり付けて、わたしの体臭をお前の臭いに変えてやるんだ。わたしがお前のものだってどんなに離れていてもわかるようにしっかり何度も何度も染み込ませるようにするんだぞ。 それで一生を終える。今からはそういう人生を送る」 ここで深呼吸をして、更に言葉を紡いだ。 「まずは、今までやれなかった分の埋め合わせだ。 お前のちんぽの太さも固さも長さも反り具合も雁首の出張り具合も忘れてしまった。きっちりちんぽの形を覚えさせて、閉じっぱなしのおまんこをお前の臭いが広がるように開けてやるんだ」 やっぱり、彼女は彼女だ。そう確信した。 ◇◇◇ 終わってみると日は真上に昇っていた。 長い間に考えた事は、彼女と自分の血を受け継いだあの普通の人間の少女を見て、少し真実味を帯びてきていた。 各地を渡り歩いている内に、色々な宗教や学問、呪術や魔法を見聞きして行ったのだが、なかでも遺伝子の話は面白かった。 遺伝子というのは次代の種に生物の形質を伝える為の因子で、親の遺伝子の半分ずつが子供に転写されていくのだという。 遺伝子は転写はされるが、それ自体が変わることは無い。つまり後天的に獲得した能力や形質を次代に引き継ぐ事は不可能なのだ。 転写の際に情報が抜け落ちたりすることによって生物は突然変異を起こし、突然変異種は抜け落ちた遺伝子を持つので次代もその形質が伝わっていく。 突然変異した生物の種の遺伝子が栄えたり、絶えたりすること、これが自然淘汰という考え方だ。 娘にはあの甲殻類じみたはさみがないということで考えられることは二つしかないのだ。 つまり、人間である自分の形質を受け継いで消えたのか、そもそも彼女自身にもともとはさみなど無かったのか、という二つしか。 そこから考えられることは自分の頭では一つしかなかった。 すなわり、やどかりというのは、実の所、きわめて特殊な条件下で発病する病気であり、 やどかり自体のの少なさやその人間離れした特徴、感染性の低さから、治療法はおろか、それを病気と考えることさえされて来なかった。 彼女は生後間もなく発病してしまったために捨てられてしまい、物心ついたときには山で生活するようになった、ということなのではないだろうか。 「何をぼやっとしているんだ? この抜け作め」 「……いや、なんでもない」 「何を笑っているんだ? きもちわるいな」 「おかあさーん。おじさーん。どこですかー。いたら返事してくださーい」 「! ややややばいぞ! おい何をちんたらしてるんだっ、はやくその服をよこせっ」 「焦らずに慌てないで。今着せてあげますから」 「わ、そんなこと、自分で、いや、着させてくれ」 「あー! いたー! もうっ、夜遊びせずにちゃんとおうちに帰らなきゃ駄目なんだからー」 「娘よ、これには深い事情があってだな」 「くさい!」 「へ?」 「なんか変なにおいがする!」 「娘よ、ついに鼻がいかれてしまったか。母として悲しいぞ」 「えー? だってくさいよー?」 「気のせい」 「うーん……そかなー? なんかそんな気もしてきたー。あ、そうだ、お昼ごはんができてるんだよ! 早くおうちへ帰りましょう!」 「はいはい。そうしますかね」 賑やかな二人の会話に思わず頬を緩ませながら、一歩を踏み出す。 けれどその一歩は今までとは全然意味が違っていた。 思い返せば、彼女と出会ってからというものの、色々なことがあった気がする。 春が来て冬が来て、また春が来て。 季節は変わり巡っていく。 けれど、咲き乱れた白い花畑を見ていると、そんなことは無いんじゃないかと思う。 このまま一生、ぽかぽかと暖かい春が去ることがないような、そんな妄想を抱いてしまう。 自分たちは長い年月を経て色々な所が変わった。帰る家も変わってしまったし、あの頃のように二人だけでもない。 だけど、こんなに暖かい陽気の下にいると、頭にうじの湧いたようなどうしようもない妄想が真実のように思えてきてしまう。 こんな満ち足りた日々が、いつまでも続くのだと、そんなことを考えてしまう。 そうである証拠なんて一つもないのに、確信を持ってどうどうとそう思えるのだ。 (了)

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