「<ロビンソン・クルーソーの島> 山羊のマリー前編」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
<ロビンソン・クルーソーの島> 山羊のマリー前編」を以下のとおり復元します。
「ここが……研究所……」 
ジャングルの中に突然あらわれた白い石造りの建物に、僕は思わず息を飲んだ。 
まるで博物館か、美術館のような美しさを持つそれは、 
しかし、確かに科学の粋が持つ機能美も備えていた。 
「何してるん? 行くでー。……あんま行きとーはないけどなー」 
ポルさんは、玄関先で頭をかきかき言った。 
「え?」 
「いやー、まあ、あの二人、さっきのこと怒ってそーやからなー」 
うーん、とポルさんは頭を抱え込んだ。 
「さっきって……?」 
「どさくさに紛れて、ミコトのどーてー、ウチが「いただきます」しようとしたこと」 
「……!?」 
僕はむせこんだ。 
「惜しかったなー。あともうちょいの間、あいつら気が付いてなければ……」 
ポルさんは、うんうんと自分で頷きながら、そんなことを言っている。 
「ちょ、ちょっとポルさん」 
「まあ、ええかー。ミコトのお口のお初は、うちが貰(も)ろたし」 
目を閉じて考え込むポルさんの独り言。 
「……あの……」 
「ま、ミコトはえー子やさかい、あいつらとヤった後でもうちとしてくれるやろし」 
不穏当極まりない。 
「……その……」 
「んじゃ、気を取り直して、行こか! <猛獣>と<悪魔>のもとに!!」 
ぱっと目を開けて、ぱっと笑って、ぱっと結論を出したポルさんが、 
玄関の巨大なドアに手をかける。 
「ちょっ、猛獣……と悪魔ぁ!?」 
「はよ、はよー!」 
聞き返そうとした努力もむなしく、音もなく開いた扉の中に、僕はポルさんに手を引かれて飛び込んだ。 

「う……わあ……」 
白黒の石でできたホールは、だだっ広く、天井も高かった。 
「本当に美術館みたい……」 
僕のつぶやき声が響いて、すっと消える。 
まるで空中で木霊が消えたように。 
「おー。<空中音響調節器>、直ったんかいな」 
ポルさんが口笛を吹いた。 
それは、一瞬大きく響いて、またかき消され、そして再び普通の大きさで響いた。 
「――うむ、直した。博士の作ったものはすべて元通りに直す。 
全てを博士が生きていた状態に──それが我々の使命だ」 
声は、正面にある大階段の左手からした。 
「まーだ、そないな堅苦しいことゆーとんのか。 
ま、あれは、うちも好きな機械やったから別にええけど。 
──おおきに、なー。<猛獣>」 
「……別に貴様のために直したわけではない」 
静かでクールな声。 
その主は、黒に包まれて階段を下りてきた。 
エアコンが効いて涼しい建物の中とはいえ、南国の陽光が差し込むホールの中で、 
ネクタイ一つ緩めていない漆黒のスーツ姿が、足音も立てずに降りてくる。 
「も、<猛獣>……?」 
「せや。クルーソーはんがこの島に連れてきた、この島唯一の<猛獣>はん、やでぇ」 
ポルさんがささやくように言う。 
「否」 
断固とした否定の声が、階段の上から降り注ぐ。 
「心外だ。私は番犬。主の忠実なる番犬だ。<怪鳥>よ。 
主のもっとも近い場所に侍り、主のもっとも信頼のおけるパートナーだ。 
無論、ベッドの中でも、な。――我が新しき主よ」 
眼鏡の奥で、知的な漆黒の瞳を光らせた黒髪の人物は、 
そう言いながら、階段を降りきり、僕の前に立った。 
「……」 
目の前にあらわれた女の人に、僕はどう反応していいか戸惑った。 
女の人? 
そう。 
たとえ、その人が、僕よりずっと背の高いのっぽで、 
黒い三つ揃えのスーツをびしっと着込んでいても、 
それが女性だということを見間違うことはなかった。 
長く艶やかな漆黒の髪と、白磁の美貌。 
それと、スーツを突き破らんばかりに盛り上がった胸と、 
それとは逆に引き締まったウェストとで。 
そして、僕が予想したよりも、半歩近い場所に立つ彼女からは、 
ポルさんとはまた違った、いい匂いがした。 
「――ようこそ、マスター・ミコト。我が主。歓迎します。 
私はジル。<番犬>のジル。この研究所の管理人にして、 
今日より貴方の側近の第一。──今すぐ、私と交わりますか?」 
「……え?」 
お辞儀をするように身をかがめ、まっすぐに僕を見詰めた女の人 
──今、ジルさんと名乗った──のことばに、僕は絶句した。 
交わるって、やっぱり、ああいうこと? 
先ほどの、ポルさんとのことが脳裏をよぎる。 
「あ、あの……」 
何か返事をしようとして、またことばにつまる僕を、 
ジルさんは真剣な目で見つめていた。 
余計にことばが出なくなる。 
そんな中、不意に、別の声が降ってきた。 
「あらあら、いけませんね、ジルさん。 
ミコト様がびっくりなさっているではありませんか」 
思わず振り仰いだ先、階段の右手に、白い女の人がいた。 
「お、<悪魔>はんのお出ましやな」 
──ポルさんの声は、その時の僕には到底信じられなかった。 

白い簡素なドレスと、 
これも白いスカーフの中から流れる、銀色の長い長い髪。 
豊かな胸は、ポルさんやジルさんよりも大きいかもしれない。 
それにきゅっと引き締まったウェスト。 
たおやかな女の人の魅力を、そのまま飾らず隠さず自然にあらわした姿。 
その女の人は、優しげに微笑みながら、ゆっくりと階段を降りてきた。 
「マリー……」 
ジルさんが、僅かに眉をしかめて(ああ、これが「ひそみに倣う」の 
「ひそみ」ってやつなんだろうな)振り返った。 
マリーさん、と呼ばれた白い女の人は、軽く会釈をした以外は、 
そのとがめるような声音には気が付かないようだった。 
そして、マリーさんはジルさんの隣まで、 
つまり、僕の目の前まで来て、優雅にお辞儀をした。 
「はじめまして。ミコト様。 
わたくしは、この島の農園と牧場の管理人をしております 
<山羊>のマリーと申します。以後、お見知りおきを」 
「あ、……ああ、よ、よろしくお願いします」 
なんだか、この島に来てはじめてまともな返事ができたような気がする。 
今まで出会った島の住人の中で、この女(ひと)が一番普通なのだろうか。 
「──こちらこそ。 
また、わたくしは、ミコト様の初体験のお相手も勤めさせていただきます。 
よろしければ、今からでも」 
……全然普通じゃなかった。 
くすり、と笑うマリーさんは、隣で仏頂面をしているジルさんに笑いかけた。 
「貴女もよろしいですわね、ジルさん? 
先ほどの<賭け>の正当なる結果において」 
「……くっ、異存は……ない」 
異存純度100%という表情でジルさんが返事をする。 


「貴女も? ポルさん?」 
「うちは、もともとミコトのお口のお初貰えば良かったんや」 
「ええ、貴女とクレアは、<賭け>には参加しませんでしたね。 
でも、どさくさにまぎれてミコト様の童貞を奪おうとしましたけれど」 
「お茶目やー。許してーな」 
「一週間、貴女へのお菓子類の供給をストップさせていただきます」 
「そ、そんな殺生なー!」 
慌てるポルさんから視線を外し、マリーさんは再び僕を見た。 
「あ……」 
どきりとするほど、ストレートに感じる<女性>。 
お化粧をしているわけもない、妖艶に振舞っているわけでもない。 
それなのに、信じられないくらいに感じ取れる、「僕とは異なる性」。 
僕は、思わずごくりと唾を飲み込んだ。 
「ふふふ」 
その僕の顔に、マリーさんの顔が近づく。 
「え……?」 
ちゅっ。 
静かな音を立てた、キス。 
いや、それは口付けと呼ぶべきものなのかもしれない。 
「……!!」 
「……んー……」 
隣でジルさんとポルさんが見せた反応が、どこか遠くに希薄に感じる。 
その時、僕を支配したのは、どきどきとする心臓の高鳴りと、 
……猛烈な性欲だった。 
したい。 
今であったばかりのこの人の、裸にしたい。 
おっぱいに触れたい。性器を見たい。 
そして──。 
「ふふふ、心の準備はよろしいようですね。さすが男の子です」 
僕の奥底を見通すような、見透かすような瞳でマリーさんが笑った。 


*  *  *  *  *  *   

丘を上がって行く道は、僕の知らない素材で舗装されていた。 
左右に広がるのは、ロボットたちが管理する色々な畑。 
道の先に見える木の柵の内側は、きっと牧場なのだろう。 
ジャングルに囲まれた島の中に、こんな風景が広がっているなんて。 
僕は、戸惑いながら、もう一度辺りを見渡した。 
「ふふふ。ここは、Dr.クルーソーが切り開いた<生産区域>です。 
ここで、私たちの食料を生産しています」 
「そうか。マリーさんは、ここの管理人さんなんですね」 
「はい」 
マリーさんは、にっこりと笑った。 
白いドレスの穏やかな美女は、まるで天使のような。 
いや、どちらかと言うと、聖母のようだった。 
マリア。 
そんなふうに呼んでみたくなる。 
「いい名前ですね」 
「はい?」 
「い、いえ、マリーさんって言う名前……なんとなくそう思いました」 
「ありがとうございます」 
マリーさんはくすくすと笑った。 
「でも、Dr.クルーソーがこれをつけた時は、随分といい加減なものでしたわ」 
「叔父さんが?」 
「ええ。羊はメリー。だったら山羊はマリーだって」 
マリーさんは、頭のスカーフを取った。 
後ろに反って伸びる尖った角は、ポルさんと同じく、<獣人>の証。 
それを、僕は美しいもの、神聖なものと認識した。 
陽光の中の、白い聖母。 
その頭に角が生えていることはごく当たり前のように思えた。 
だから、僕は、それをごく当たり前に受け入れた。 
だけど、それは、僕の未熟の為した業であったかも知れない。 

坂道を登って行く。 
木で作られた頑丈な柵の前までたどり着いたとき、 
僕の頭に、ふと疑問が湧いた。 
「ええと、牧場って何がいるんですか?」 
尋ねてみる。 
マリーさんは、微笑みながら振り返った。 
「うふふ、それは──実際にご覧くださいな」 
扉を開けて、僕を中に招き入れる。 
「うわあ」 
山腹を覆う、緑の牧草。 
それは、ここが南海の孤島と言うことを一瞬忘れてしまうような風景。 
牧草地にいくつもの家畜が見える。 
あれは──。 
「最近は、牛や羊なども飼っていますが、もともとは山羊です。 
この島に棲んでいた山羊の乳と毛皮と肉。 
──それが、牧場の最初の生産品です」 
「え……」 
山羊って……たしか。 
「ふふふ、そうです。わたくしの持つ<因子>の生物。 
それを、飼い、管理し、殺し、食べるのが、わたくし。 
皆に食べさせるのが、わたくし。 
共食いをする女。それがわたくしです。」 
マリーさんは、穏やかに笑った。 
先ほどまでとまったく変わらない笑顔。 
それなのに、僕はぞっとして立ちすくんだ。 
緑の柔らかな牧草の上に立つ、女(ひと)のことを、 
ポルさんはなんと呼んでいたっけ? 
たしか──。 
「<悪魔>のマリー。そう呼んでくださってかまいませんわ」 
マリーさんの笑顔がさらに濃くなった。

「あちらでお話いたしましょうか?」 
混乱する僕を見て、マリーさんは、少し登ったところにある木陰を指差した。 
牧草地の真ん中にある小さな丘に、大きな木が生えている。 
というより、そこだけもとから生えていたジャングルの大木を残したようだった。 
牧場の中で、それはシュールな風景をかもし出していたけど、 
僕はそれをゆっくり味わうほどの心の余裕を持っていなかった。 
「うふふ、共食いなんて本当は思っていないのですよ?」 
張り出した大きな木の根は平らで、ちょうど人間が並んで座れるくらいのスペースがある。 
どこから取り出したのか、マリーさんはそれにシートをかけ、 
僕に座るようにうながしながら言った。 
「そ、そうなんですか?」 
マリーさんの頭の角が、目に入る。 
辺りにいる、食用の山羊と同じ角。 
「小さな頃は、気にはなりましたけどね」 
くすくすと笑う。 
「でも<獣人>として生きることは、そんな感傷を許されるほど甘くありません。 
いいえ、あなた方、<純血種>も。生きることは、大変なのです。……とても」 
穏やかに笑いながらのことば。 
「マリーさん……」 
僕は、不意に、目の前の女性が、僕との年齢差の分どころではない 
人生経験をつんできたことを悟った。 
それには、たぶん、ものすごい修羅場もあっただろう。 
生きる、死ぬ。 
そうしたことを、ごく日常的に潜り抜けた人。 
マリーさんが、僕を見て、目を細めた。 
「ミコト様。貴方は、本当に頭の良い人ですね」 
「え?」 
「突然、今までの常識がすべて崩壊するような事実をつきつけられて、 
その中で何も教えられなくても、今一番大事な事を理解しかけている。 
それは得がたい資質です。――だからこそ、Dr.クルーソーの後継者にふさわしい」 

「叔父さんの……」 
「はい」 
「教えてください。叔父さんはこの島で何をしていたんですか?」 
「ふふふ、それは、後でジルさんに教わってくださいませ。 
わたくしが担当しているのは、 
この島を、この島のありのままをミコト様に<感じて>もらうことです」 
「感じるって……」 
「そうですね。さし当たっては、 
──わたくしが<悪魔>と呼ばれている由来あたりからはじめましょうかしら?」 
マリーさんは立ち上がって、少し前に歩いた。 
牧場を見下ろすようにして立つ。 
「……」 
僕は、その美しい後姿に見とれかけ──。 
「――!!」 
そして、びっくりして後ろの木の幹に頭と背中をぶつけた。 

マリーさんは、今歩いていった動きと同じくらい自然な動作で、 
自分のスカートをたくし上げていた。 
腰の辺りまで白いドレスが上がって、風の中に晒す。 
下着を着けていない、下半身を。 
白くて大きなお尻。 
それが、ゆっくりと突き出される。 
彫りの深い割れ目と、その下のもう一つの割れ目。 
強い日差しの中で、何一つ隠されずに僕の目に飛び込んでくる。 
「マ、マリーさん!?」 
「先ほどもご説明いたしましたが、 
わたくしが、ミコト様の初体験のお相手を務めさせていただきます。 
たっぷりとこの島の女をご賞味くださいませ。 
とくに、<山羊>のマリーの山羊たる由縁(ゆえん)を──」 
そして、マリーさんは意味ありげに微笑んだ。 
「ご存知でしょうか? 山羊の牝は、若い羊飼いたちが好んで交わる相手です。 
人間の女に近い膣を持ち、人間の女より具合が良いこともしばしばあるので 
若くて未経験の羊飼いの筆下ろしに良い、ということです。 
──私のここも、とても具合がよろしゅうございますわ。 
ミコト様が、童貞を捨てるのに最高の女性器と自負しております」 
そして、マリーさんは、やっぱり聖母のように笑った。 
その穢れ一つないような笑顔に、 
僕は、自分が<悪魔>と二人きりでここにいることを、はじめて悟った。 


ここまで 

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