変わらない日常と変わらない空。天蓋に写し出される空はいつもと同じ色、同じ雲を浮かべて僕たちを見下ろしている。 指折り数えた夏休みまであと数時間。終業式を終えた僕の靴箱の中に一通の手紙が収められていた。 『ずっとあなたに憧れてました。放課後、教室で待ってます。白羽』 ―――鳥児在天空飛翔――― 白羽は僕が二年生の時うちの高校に転入してきた鳥の女の子だけど、年齢は僕たちの二つ上だ。 休学して戦争に行ってたらしいけど詳しいことは知らないし、彼女も話さない。 彼女は時々遠く天蓋と都市の境目をぼーっと眺めている。 彼女のそういった仕草は背中の白い翼と相まってとても美しくて…ちょっとだけ外の世界を滅ぼした天使に近いだなんて思ってしまった。 短く切りそろえた黒髪に整った目鼻を見ればかなりかわいい。 手足の鉤爪は何度見ても痛そうだけど…背中の白い翼と手足の大きな鉤爪、お尻にちょこんと付いた尻尾の全てが好きだった。 「今日はファミレスで昼ご飯食べよっか。」 「私、はんばーぐ食べたい!後スパゲティも!」 車の音と蝉の喧騒と陽炎とで埋めつくされたような町で2人、余所行きの真っ白いワンピースに身を纏った白羽はとても嬉しそうだ。 「…ごめん。僕が悪かった。お店をよく調べてなかったから…」 「気にしないで!私は全然平気だからっ!」 ブイサインをしてにっこりと微笑む白羽の姿は、やっぱり天使のようだった。 『Human Only』と書かれたバスが会社帰りのサラリーマン達を乗せて僕たちの横を通り過ぎて行き、僕はそれを見る度に悲しい気持ちになる。 どうして彼女は… その言葉を僕は呑み込んで隣を歩く白羽の顔が見えないように空を仰ぐ。 きっと今の僕は“人間”の目つきになってるだろうから…。 と、ふいに頬を濡らす雨粒に僕は初めて空に黒雲が広がっていることに気付いた。 見る間に大降りになって僕も白羽も避難する前にずぶ濡れになってしまった。 走って走ってやっと辿り着いた神社の境内にどっしりと座り込む。 熱されたアスファルトが雨に打たれる独特の匂いと、 ぴたりと止んだ蝉時雨に代わって神社の屋根を叩く雨の音はいかにも夏の雨らしくて僕は少し笑ってしまう。 濡れたワンピースの裾をしぼりながらため息をつく白羽。 「うわーびしょびしょだ。翼が濡れたら乾かすの大変なんだよ~。」 「それだけ大きかったら乾かすの大変そうだね。タオル貸そうか?」 「うぅ…透けてるから恥ずかしいよぉ…」 赤い顔でタオルを受け取る様子は心底恥ずかしそうで、そういう表情もまた可愛かった。 「もー!ジロジロ見ちゃダメ!あっち向いてて!」 大人しく体ごと向きを変えると背中ごしに衣擦れの音がして少し戸惑ってしまう。 「ね、私の事好き?」 「うん、好きだよ」 「私も大好き…だから…だから…。」 「え?」 振り返った僕の目の前には羽を広げた裸身の白羽がいて、 何か言おうとした僕は彼女の唇に遮られて体を白い腕と翼で優しく抱かれた。 「…んっ…ん」 「白羽…だめ…」 ゆっくりと一つになる感触を楽しむように腰を振る白羽の中はまるで別の生き物のように蠢いて僕の肉棒に刺激を与え続けている。 境内の床板がきしむ度に僕を快楽の波が襲い、体が彼女を求めるかのように動く。 白羽はただ吐息を漏らしながら僕の上で腰を降り続け… やがてのけぞるように足の指先まで伸ばして絶頂に達して、僕も膣内の締め付けに耐え切れず全てを彼女の中に注ぎ込んだ…。 雨も上がった境内で僕は白羽といろいろな事を話した。お互いの夢を語り、キスをして、笑った。 ―――私は、空を飛ぶんだ。 天蓋に映し出される人工の夕焼け空を見ながら白羽は僕に教えてくれた。 夕焼け空とひぐらしの鳴き声と、嬉しそうに笑う彼女の翼は夕焼け空のようにきれいな紅に染まっていた。 その日の別れ際に白羽は一言 「あなたを好きになって良かった。」 といい、僕は 「君を好きになって良かった。」 と言った。 白羽とはそれから会っていないし、誰も彼女の事を知らなかった。 彼女はきっと天蓋の向こう、『空』に行ったんだと思う。 自由な空でその白い大きな翼を広げて飛んでいる白羽はとても嬉しそうで、 きっとそれは彼女にとって一番幸せな事なんだろう。 夏休みが明けても未だ空は夏を忘れられないように青い色のままで。 変わらない日常と変わらない空。天蓋に写し出される空はいつもと同じ色、同じ雲を浮かべて僕たちを見下ろしている。 『鳥児在天空飛翔』 了