「あーっ、今日も終わったかぁ。」
 高菜秋一(たかなしゅういち)は空に向けて両腕を伸ばし、つま先
で立ちながら、目いっぱい体を伸ばし、体を震わせた。
「とと…。」
 伸びをした後の心地よい眩暈に膝を笑わせながら、秋一は今一度
空を眺めた。
 すっかり暗くなった空の中で、月がほんのりと優しく輝いている。
あたりはすでに人の気配は無く、虫の鳴き声がただただ時が流れて
いるのを告げているばかりである。
 秋一は大学2年生。平々凡々な家庭に生まれ、ごくごく平々凡々
に生きてきた。高校卒業と共に、地元埼玉県から東京の大学の寮に
入った。はじめは慣れない一人暮らしも、一年も経てば慣れるもの。
相変わらずコンビニ弁当で暮らす日々ではあるが、秋一は大学でも
平々凡々な生活をすごしていた。
 彼女も出来ず、かと言って特別勉強ができるわけでもない。冴え
ない容姿はその分厚い眼鏡によってさらに、秋一という存在をぼや
けさせていた。
 ただ、本人は特に気にすることもなく、この平凡さを愛している
ようだ。
 今日も、大学での講義を寝て終わらせた秋一は、居酒屋でのバイ
トを終え、いつもどおりの家路についていた。
 大学の寮と言っても、ただ単に大学から紹介されているというだ
けで、同級生が一同集まっているわけではない。この、やまなみ荘
という名のアパートには学生は秋一しかいない。しかしまぁ特に自
分から人に絡んでいくこともない秋一。特に寂しい思いもすること
も無く生活している。

 しかし、そんないつも通りの一日で終わるはずの今日は、思わぬ
展開を見せ、秋一を平々凡々から遠ざけていくようである。
「ん?明日ゴミの日だっけ?」
 首をひねりつつ、秋一はケータイを開くとそこには水曜日の文字。
「プラゴミは金曜だよな。ったく誰だろ。フライングしてるヤツは。」
 アパートの一角に、いつものゴミ置き場がある。秋一の言うとお
り、今度の一番近いゴミの日は金曜日のプラスチックゴミの日であ
る。ということは、今夜ゴミが出てるということはおかしい。木曜
はゴミの日ではないハズなのだ。
「…。」
 しかし、暗くてハッキリとは見えないが、確実にゴミ置き場に白
い何かがあるのが見える。
 このやまなみ荘の大家の幸子婦人はかんしゃく持ちで有名だ。ゴ
ミだしの日を間違えて、ガンガンに詰められている隣人を目撃した
ことがあるだけに、平穏が好きな秋一にはこのちょっとした違和感
を見過ごすわけには行かなかった。何しろ、幸子の声はど迫力で、
何度も睡眠を妨げられたことがあるのだ。
 ため息を吐きつつ近寄っていくと、それがゴミ袋でないことが分
かった。
 それなら、さっさと離れて自宅に帰ればいいと思うかもしれない
が、今回はそうもいかない。
 なぜなら、そのゴミ袋かと思っていたものは、紛れも無く人だっ
たからである。
「まじかよ…。」
 ここまで近づいてしまった手前、確認せざるを得ない。
「…大丈夫ですか?どうしました?」
 人が倒れている。しかも、ただの人ではない。獣人である。普通
の人間ならまだしも、獣人が倒れているなんていうところはお目に
かかったことがない。これには秋一は驚きを隠せなかった。獣人は
その種類にもよるが、大半が純血ヒト科より運動能力が高い。白い
体毛はうぶげのように柔らかく、月明かりを受けて銀色に輝き、神
秘的な雰囲気をかもし出していた。

「獣人が倒れるって、よっぽどのことじゃないと無いぞ…。」
 秋一は、手を伸ばせば届くくらいの位置に来てしまっていた。
「ネコ…かな。いやホワイトライオンかな…。珍しい。」
 うつぶせで倒れているため、顔はあまりよく見えないが、透き通
るような白い肌と、銀色に輝く髪の毛は普通の人間ではありえない。
おそらくライオン型獣人だと思われる。
「もしもーし…?」
 おそるおそる声をかけてみるものの、一向に反応がない。
「あの…?大丈夫ですか…?」
 ちょいちょいっと、人差し指で獣人の肩をつついてみる。すると…
「うう…ん……。」
 若干うめきごえっぽいリアクション。秋一はホッと肩をなでおろ
した。死んでいたらどうしようと、青くなっていた所だったのだ(!)。
 秋一は、安全を認識したらしく、今度は肩を優しくつかんで、大胆
に揺さぶってみた。
 ゆらっと美しい銀色の髪が揺れた後、
「んあ…?」
 と、ようやくちょっといい感じのリアクションが漏れる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「んー…。」
 ごろっと、うつぶせだった体が横向きになった。
「こんなところで寝ていたら、風邪ひいちゃいますよっ。」
 秋一が話しかけると、ふさふさの耳をぴくぴくと動かしているのが
わかる。
「むー…。」
 獣人はまたごろっとうつぶせになり、ぽつり、とつぶやいた。
「お腹が減った…。」
「…はい?」
「お腹が…へり過ぎて立てない…。」
 相当な感情をこめた一言が、か細く、しかしハッキリと秋一の耳に
飛び込んできた。
「…はあ。」
「何か食べるものを…。」 
「わ、わかりました。」
 秋一は答えると、カンカンカンと勢い良く階段を上がってゆき、急
いで部屋のカギを開けた。

 6畳一間、ユニットバスつきの質素な家ではあるが、よく整理され
ており、見た目はすっきりしていて印象は悪くない部屋である。
「ええと…。どうしよう。適当にパンとかでいいかな。」
 冷蔵庫を開けると、スカスカでちょっと落胆したが、菓子パンがい
くつか入っていたので、それを持って外へ出――。
「わああっ!」
 秋一は飛び上がった。先ほどの獣人がリングの貞子よろしく、這っ
てドアの前まで来ていたのである。
「そ、そんなにお腹へってたんですか…。」
 秋一は驚きとため息を混ぜながら一言感想を述べた。


 困ったことになった。
 いや、人助けをした。
 それ自体はまったくもって良いことだ。
 しかし、目の前でものすごい勢いでご飯をかっこむ獣人…。
「そ、そんなに急いで食べなくても、ご飯は逃げませんよっ…。」
 秋一の言葉に一瞬、ピタッと止まった獣人は、また同じように猛
烈な勢いで箸を動かす。
 結局、菓子パンなどでは足りず、アパートの近くの大戸屋に来た
二人。
 ご飯食べ放題の店に来て正解だった。いや、そんなことは些細な
事だ。まず、この獣人自分がなぜあそこで倒れていたかを言わない。
 まぁそれはいい。人はそれぞれ事情というものがある。しかし、
「今日から世話になる。」
 さっき、ここに来る途中に一言だけ発したのがその言葉だった。
「…。」
 意味がわからない。いや、きっと宿が無くて泊まりたいのだろう、
ということはなんとなく見てとれる。これだけの食欲を見せている
のだから、衣食住がこの獣人には足りていないのだろう。
 ただ、問題なのはその獣人がそんじょそこらのモデルや、アイド
ルに、ひけを取らない美人であったことだ。
 発見したときは暗くてよくわからなかったが、あらためてこうし
て明るいところで見てみると、長く絹のようになびく髪の毛、適度
に引き締まった体つき。大胆な胸元、切れ長の瞳。どこを見ても、
美しいという言葉が似合いそうな女性だったのだ。
 裸で寝ていたのだが、あまりにも急な事で気づかなかった秋一。
自分のスウェットを着せていた時に始めて気づき、炎が出るんじゃ
ないかと言わんばかりに、顔を赤くさせていた。

「はぁ…。」
 今まで、ろくに異性と話したことの無い秋一。その秋一にとって
の異生物がこんなにも身近にいるということ自体が緊急事態だ。
 たんっ!と丼をテーブルに降ろし、今までで一番深い息を吐く獣人。
「うむ、いや、久しぶりの食事がこんなに美味しいものだとはな!」
「はぁ…。」
 彼女はぐいっと湯飲みを飲み干すと、満足げに笑顔を浮かべた。
その笑顔は掛け値無しに美しく、秋一の顔を赤くさせるには十分過
ぎるレベルであった。
「で…これからどうなさるんですか…?」
 秋一は伏せ目がちに、おそるおそる聞いてみた。
「ふむ…そうだな。腹がふくれたら眠くなった。さっさと帰ろう。」
「いや…あの…。」
「ん?あ、おお、すまんすまん。私の名は長谷川レオという。よろ
しくな!お前の名は?」
 そういうことを聞きたかったんじゃなかったんだけど…。秋一は
半ば飽きれてため息をついて、口を開く。
「僕は高菜秋一っていいます…。」
「そうか、秋一。お前はいいやつだな。」
「えっ…?」
 思わぬ言葉が耳に入ってきて、秋一はドキッとしてしまう。
「先ほどからのお前の一挙一動、邪念が感じられない。とても心地
良い。私も良い人間に拾ってもらったものだ。」
 そういって、レオはあははは…と明るく笑った。
「…。」
 いったいなんだろうこの人…いや、獣人は。悪い人じゃなさそう
だけど…。
「まぁそう怪しむな。何も、お前をとって食おうってわけじゃない。」
「…体は大丈夫ですか?」
「ん…?ああ、このとおりピンピンしている。」
「…。無理しないでくださいね。獣人があんなところで行き倒れて
いるだなんて、よっぽどの事がない限り有り得ません。大変な事が
あったんじゃないんですか?」
 秋一の問いに、レオは再度笑って明るく答える。
「いやー、今までいたところに嫌気がさして、逃げ出してきたって
だけの話しだ。あまり飯も食わしてもらえなかったもんでな。出て
そうそうに空腹との格闘がはじまった。」

「…だからってなんで僕の家に。」
 秋一の言葉を聞いて、レオはちょっと間をおくと、いたずらっぽ
い笑みを怪しく浮かべ、なやましく口を動かした。
「まぁ見たところ、秋一は女の扱いに慣れてなさそうだし…安全だ
と判断したからだ。まぁ、人間の男なぞに負けるはずはないが…。」
「ど、ど、どういうことですかっ。」
「そういうことだ。何より、私は直感で秋一の心地よさに感動をお
ぼえた。野生のカンは信じるもの。」
 なんかよくわからないが、褒めてもらっているらしい。
「…!」
 美しいライオンの目と自分の目が合うと、再び秋一は顔を真っ赤
に染めてしまった。
「まぁ美人の前だからといって、そう赤くなるな。可愛いヤツだ。」
 ふふふ…と、レオは含みのある笑いをした。
 なんだか、どうあっても向こうのペースから抜け出す事ができず、
秋一はがっくりと肩を落として諦めた様子であった。
「ま、これからよろしくたのむ。」
 レオにポンッと肩を叩かれた秋一は、ぎゅっと目をつぶった後、
肩をすくめて降参の意をあらわしたのであった。


 薄暗い部屋の中。
 いつもの狂った宴…。
 むせかえるように充満した淫靡がそこらじゅうにたちこめる。
“そら、いつものようにやるんだ”
 吐き気をもよおす程の嫌悪感。
 しかしそれを覆さんばかりの黒い快楽感。
 自分の体は生暖かいものに覆われている。
“おまえの体は最高だ…”
 下卑た声が耳を汚す。
 自ら望まずとも溺れていく。
 何度も、何度も白い世界に支配される。
 逆らう事はできない。
 抗うこともできない。
 ただ自らを保つことで抵抗していた。
 それが向こうを喜ばせることも知っていた。
 ただ、百獣の王としてのプライドがひとかけら心にとどまって
いた。

 屈辱。
 恥辱。
 嫌悪。
 憎悪。
 そんなくだらない感情は…
 いや、くだらないと思う事で自らを救っていた。
 薄暗い部屋の中。
 いつもの狂った宴…。
 むせかえるように充満した淫靡がそこらじゅうにたちこめる…
「レ…さ…!」
 闇を突き破ってあたたかい声が聞こえた。
「レオ…さ…!だい…!?」
 黒い世界にはありえない、安堵感。
 誰だ…こんな私を呼ぶのは…。
「レ…さん!」
 ああ…あたたかい…。
 たのむ…私をこの闇から解き放って――。
「レオさん!大丈夫ですか…!?」
「お…。」
 レオが目を開くと、そこには見覚えのある分厚い眼鏡。
「あ…!よかった!目、覚ましたんですね!だだだ、大丈夫…?」
 秋一はオロオロあたふたして、レオの顔を覗きこんでいる。その
様子に、レオは思わずプッと吹いてしまった。
「ははは…大丈夫だ。すまん。」
「よかった…。苦しそうに声上げてたんで、やっぱり何か病気だっ
たんじゃないかと心配しましたよッ。」
 ふとみると、自分の体が汗まみれになっているのがわかる。
「だいぶ汗かいてるみたいですね…。とりあえずこれを。」
 秋一はタオルを渡す。
「いや、大丈夫だ。ちょっとシャワーを借りていいか?」
「あ、は、はい!ご自由にどうぞ!」
 ユニットバスに手を向けて、誘導する秋一にレオは満面の笑顔を
向けた。
「秋一。ありがとう。」
「え"っ。」
 突然の言葉と表情に、秋一はもはやお約束のように顔から火を出
し、うつむいてしまう。

「ははは…かわいいヤツめ。」
 ポンポンとレオは秋一の頭を叩いてやった。
「かっ、からかわないでくださいっっ。」
 プンプン、とむくれる秋一。レオはさっそうと(?)、シャワーへ
向っていった。
「あ、そうだ。」
 ひょこっとレオが顔を出してくる。
「どうしました?」
「なんだったら一緒に入るか?」
 その言葉に、秋一の頭は一瞬で沸点到達。
「な…っ!!い…!!…ッ!」
 言葉にならない声を発して、おそらく秋一は抗議しているのだろ
う。その様子を見て、レオはあははは…と、明るい声を響かせてシ
ャワー室へ入っていった。


「バイト…ですか?」
「うむ。ここに住まわせてもらう以上、私も金を稼がねばなるまい。」
「まぁ…そりゃあ…。そうしてくれると助かりますけど。」
「秋一は居酒屋…だっけか?」
 シャワーを浴びてすっかり髪の毛も乾いたころ、日はすっかり上
がり、時間は昼前になっていた。
「ええ。」
「ふむ…。」
 レオは握った拳を顎に当てて、アカギよろしく考え込むと、
「私もそこで働くか。」
 と、ぽんっと手を叩いて見せた。
「ええ!?」
 秋一は目を見開いて声を上げた。
「なんだ?何か問題あるか?」
 レオが怪訝そうな顔で秋一の顔を覗きこむ。
「いや、まあ問題は無いですけど…。」
「よし!決まりだ!今日は秋一バイトか?何時から?」
「は、はい。今日は5時からですけど…。」
「よし、3時に連れていけ。面接をする。」
「えええ!?面接をするって…!レオさんが面接官じゃないでしょ。」
「大丈夫だ。心配するな。」
「その自信はどこからくるんですか…。」
「わっはっは!百獣の王にできないことはない!」

 なぜか腰に手をあててふんぞり返るレオ。なんとも、にくめない
この獣人に対して、秋一は最初こそおどおどしていたものの、好意
を持つようになっていた。
 別に、どんな過去があろうといい。レオが良い人であることには
間違いや変わりは無い。
「わかりましたよっ。」
「わかればよろしい!お前もだんだん分かってきたな。」
「はいはい。」
 そういって秋一は暖かい笑顔をレオに向けた。
「フフ…。」
 その秋一の笑顔はレオの胸の中をぎゅっと暖かく締め付けた。


 当然のことながら、レオは面接に合格。その日から働く事となっ
た。レオの壮麗な容姿、持ち前の明るさ…。接客業をするにおいて
必要なスキルはじゅうぶん過ぎるほど兼ね備えていたといえる。
 篠崎店長は「いいねーレオちゃんいいねー。」と四六時中褒める
ありさま。他の店員とも速攻で打ち解けることに成功しており、ま
るでもう何ヶ月もそこで働いているかのような雰囲気。
 慣れないながらも器用にこなしていくレオを見て、秋一も全く悪
い気はしなかった。
「あの分ならすぐ慣れるな…。」
 常にレオのまわりは人がいるという状態。レオは、同僚達と楽し
く話しながら業務を次々とこなす。
 秋一はというと、その存在感の薄さも手伝ってか、ひとり淡々と
仕事しているという感じである。秋一も、レオも運び担当となり、
料理や飲み物を運び、オーダーを受けるのが主な仕事である。
「バイトってのも中々楽しいもんだねぇ。」
 この居酒屋よっちゃんは、まぁまぁ広い店舗であり、その分従業
員も多い。日によっては20人くらいで接客をすることもある。
 純血ヒト型と、獣人が入り乱れて和気藹々としており、賑やかな
居酒屋だ。
 しかし、猫や犬、蛇、蜘蛛等の獣人は今までいたが、ライオンは
初めてということで、レオは人気者になっていた。

「えーーーっっ!!!」
 閉店後の作業も終わり、タイムカードを切った店員たちは帰宅の
用意をしながらわいわいと話しに花が咲かせている。
 そんな中、大きく声があがり、ますます話しはヒートアップして
いるようである。
「レオさんて高菜んちにすんでるの!?」
「なんでなんで!?」
「ふたりどういう関係??」
「まじショック!」
「俺と一緒に住もうぜ!」
「うちに来なよ!」
 みんな口々に好き放題いっている。秋一は心の中で、「確かにう
ちじゃなくて、みんなの家の方がいいのかも…」なんて密かに同意
していた。
「いやぁ、秋一は優しいくせに根暗だからねー。私がもっと明朗快
活にしてあげたいし、居心地も意外といいんだよ。」
 と、レオはいつもの明るい笑い声を響き渡らせた。
「…。」
 秋一はドキッとしながらも、悪い気はしなかった。レオが自分の
ことをなぜ好いてくれてるかはわからないが、レオのような人格者
に自分を語ってもらえると、ちょっぴり嬉しい。
 レオを中心に話しは盛り上がり、どうやらこの後この勢いで飲み
に行く流れになったようだ。
 秋一はそそくさと荷物をまとめて、裏口からそっと抜け出した。
秋一自体も特別飲みが嫌い、というわけではない。みんなが笑って
それぞれに思い思い話している…そんな雰囲気はむしろ好きだ。し
かし、やはりそこは奥手な秋一君。
 今回の飲みも、後ろ髪ひかれつつも戦線離脱した…つもりであっ
た。
「ん。」
 前へ歩を進めようとする足が、地面から遠ざかっている。大地を
蹴ることができずに、秋一の足は空しく空(くう)を漕ぐばかり。
「……。」
 さあーっと秋一の顔が青ざめ、眼鏡がずり落ちる。

「どこに行こうとしてるのかなぁ…キミは…。」
 レオは秋一の襟を片手で持ち、ワタ飴を掲げるかのように軽々と
秋一を連行していく。
 どうりで足が地面を蹴れないわけだ…。
 つかつかとそのままぶらさがって連行される中、秋一は人事のよ
うにそんな事を考えていた…。


「うえ゛え゛…。ちょ、ちょいゆっくり…。」
「は、はい。大丈夫ですか?」
「な、なんのこれしき…。うっ…。」
 あたりは既に明るく白い空が広がってきており、今日という日の
始まりの合図をスズメ達がチュンチュンと奏でていた。
「しかし…もの凄いのみましたね…。」
「ちょっと…楽しすぎたな…。酒には今まであまりいい思い出がな
かったが…。今日は最高だった…。――う゛っ。」
「今頃まだみんな店でつぶれてますよ…。」
 とにかく――。凄い飲みになった。イッキイッキの嵐で、次々と
勇者は夢の中へと消えていった。
“私に酒で勝てたヤツがいたら、一晩そいつの物になってやる!”
 その言葉に火がついた男達と、レオとの壮絶なるバトルが始まっ
たのであった。
 自ら言い出しただけあって、レオの酒豪っぷりは凄まじく、勝て
る人間はいなかった。まるで水を飲んだかのようにケロッと酒を飲
み干すレオ。ついには店中の人間から勝負を申し込まれ、さすがの
レオもヘキエキしていた。
 間近で見ていた秋一はただただ、空いた口が塞がらない。次々と
レオの前にひれ伏していく人間たち。その様子、惨状たるやまさに
百獣の王にふさわしい規模であった。
 5時までの店だったので、いい加減フラフラになったレオを連れ、
秋一はそうそうに引き上げてきたのだった。いまだにきっと店では
トイレの争奪戦が終わらず、後始末に追われている事だろう。
 だいたい居酒屋の店員が、他の居酒屋で飲み会を開くとだいたい
酷い事になるのだが、今日は圧倒的過ぎた。

 始発電車に乗り、地元の駅まで着いたのはいいものの、足腰のハ
ッキリしないレオ。仕方なく、レオを背中にしょって少しずつ自宅
へと向っている秋一である。
「でも、すごかったけど楽しかったなあ。」
 誰に言うこともなく、独り言のように秋一はつぶやいた。
 レオに無理やり連れてかれた飲み会ではあったが、やはり酒の力
というものは偉大で、普段おどおどしがちな秋一も、聞かれたこと
に対してハッキリと自分の意思を伝えることができるようになって
いた。
 まあ、レオが隣にいて、「男ならしゃきっとしないか!!」と、
バシバシ背中を叩いてくるものだから、そのお陰もあっただろう。
 共通の話題。変な客の事とか、以前あった店での小火騒ぎの話し
とか、トイレでやっちゃってるカップルの話しとか…。いつも苦楽
を共にしている仕事仲間だからこその話題で、話しはつきることも
なかった。
 普段からあまり人と絡むことの無かった秋一。他の同僚からは、
陰気で存在感の薄いオタク…みたいな風にみられていたみたいでは
あるが、今回の飲み会をきっかけに、そのイメージも一部払拭され
たであろう。
 積極的に注文を頼んだりだとか、皿を下げてあげたりだとか、こ
ぼしたお酒を誰よりも早く拭いてあげたりだとか…。
 まぁ秋一にしてみたら、しゃべることよりもそんな事をしている
方が気が紛れるっていうことからの行動なのだが。とにかく今回で
秋一が実は普通のおとなしい男だったということが知れたのは事実
だろう。
「もうそろそろ着きますからね。」
 酔っ払った人間を背負うのは重い。放心して力が抜け切ると人間
というのは重くなるのだ。いくらレオが女性とはいえ、駅から自宅
までの道のりをずっとおんぶしていると腕がしびれてくる。
「よっ…と。」
 体を上下させて、レオの体をしょい直す。自分の眼鏡がかなり下
がってきてしまっているが、そんな事は気にしてられない。

 秋一は、背負ってるものをなるべく意識しないようにした。きっ
と意識しだしたら、今まで以上に動悸は早まり、おんぶどころじゃ
無くなるだろう。今まで、こんなにも近くに女性が居たことは無い。
その触れ合っている面積の全てが秋一にとって、刺激そのものであ
った。レオの体はやわらかく、それでいてハリがあり、なんとも言
えない魅力と淫靡さを持ち合わせている。背中にもっちりとのしか
かっている胸の弾力。首にからみつく白く官能的な腕…。
 レオの体は白いワイシャツと黒いパンツと、全身が服で覆われて
いるのにも関わらず、それを貫通するかのように、異性の衝撃を絶
えず秋一に与えている。
 しかし、ずっと歩いてきたおかげで、体の疲労はピークに達し、
汗もポタリポタリと地面に降ち、そんな、異性の体が触れてるだの
どうだと考えている余裕は秋一には無かった。
 それに、ひょっとしたらレオが相当気分悪いのを我慢しているの
かもしれない。そう考えると、自然と歩は早くなる。
 ようやくアパートが見えてきた。いつもは10分弱でたどり着ける
いつもの道も、人ひとりを背負っているととんでもない試練に感じ
る。
「レオさん。アパート着きましたよ…。」
 秋一は恐る恐る聞いてみたが、返事がない。まぁ耳元で規則的に
聞こえてくる寝息を聞いていたから、そうだろうとは思っていた。
 秋一はゆっくりと、なるべく衝撃を消して階段を上りきった。
「ふう…。」
 はぁはぁ…と息を切らしながらカギを開け、ようやく布団にレオ
を寝かせることに成功した。
「は――。」
 秋一は深々と息を吐いた。ふと気づくと腕は石像のように固まり、
手の指は自らの意思を無くした様に動かず、シャツは汗で重く張り
付いていた。
 レオは、す…す…と背負われていた時と変わらぬ安らかな寝息を
立てている。
 それを見て秋一はホッと息をつき、風邪をひいては大変!と毛布
を手にとった。
 毛布をかけてあげようとして、それまで自分の背中で揺られてい
た人がどれだけ魅力的だったのかを再認識した。そしてそのような
人とさっきまで密着していたという事実に、秋一はいつものように
顔を真っ赤にさせた。

 白いワイシャツは上から3つまでくらいまではとうの昔にボタン
がとれており、魅惑的な丘が隙間から覗ける。白い首筋や細い指先。
今更ながら、秋一は見ていられずに顔を背けてしまった。
 ささっとそれを隠すように毛布をかけてやると、秋一はそーっと
音を立てずに離れて、畳に腰を下ろした。
「シャワー入りたいな…。」
 言葉とは裏腹に、秋一は仰向けになり天井をボーッと眺めた。秋
一本人も、少なからず酒は飲んだ。心地よい眠気だ。
 あー汗くさいまま寝るのはやだなあ…でもレオさんも寝ちゃった
から音たてたくないしなあ…あれ…明日ってか今日シフト入ってた
っけ…。寝るなら眼鏡外さなきゃ…まぁいいか…。
 そんな他愛もない考え事をしながら、深い眠りへと秋一は落ちて
いった。


「う…。」
 レオは目を覚ました。
 ゆっくりと体を起こすと、酒臭いのが自分でもわかる。
「…。」
 ぼんやりとした思考を徐々に鮮明にしていくと、自分がある感情
に支配されかけているのがわかる。
「まずい…。」
 眩暈がした。その瞬間に、あの薄暗い部屋での記憶が脳裏にチラ
ついて、顔を横にぶんぶんと振った。
 体が熱くほてり、レオは不安になった。
「酒のせいか…。」
 言い聞かせるようにつぶやく。
「うう…。」
 ざわざわ…と体がうずき、白く柔らかい体毛が現れる。
「ふう…ふう…。」
 レオは呼吸を意識的に整え、自らを圧するが中々昂ぶった感情は
言うことを聞かない。それどころか残った理性を強引に押さえ込ん
でいこうとする。
「くそっ…。」
「ん…。レオさん…?」
 …!…呼ぶな…
「レオさん、起きたんですね。大丈夫ですか?」
 たのむ…来ないでくれ…
「まだ午前中ですから寝てて大丈夫ですよ。」
 そんな笑顔を…向けるな…私は…
「水飲みます?」
 私は…お前を…オマエ…ヲ……
「レオさ…ん?」
 異変に気づいた時はすでに遅かった。

「レ――。」
 ほんの数秒のことだろう。秋一は片腕をレオにとられ、そのまま
豪快に投げ飛ばされ、床にたたきつけられていた。
「げほっ!」
 布団の上とはいえ、ろくに受身も取れずに背中をしたたか打った
秋一は、内臓の衝撃に顔をゆがめ咳き込んだ。
「秋一…。」
「くは…!」
 どんっとレオが上に乗っかってきた。その身軽さはまさに獲物を
狙う獣そのもの。またもやその衝撃に秋一は眉をひそめた。
 レオは秋一の上に馬乗りになった。
「ふーっ…ふーっ。」
 秋一の両腕は、レオの左手によってがっちりと固められた。
「うあ…!」
 ぎりぎり…と自分の腕がきしみを上げ、秋一は声を上げた。
 押さえつけられた両腕はびくともせず、乗られているだけの下半
身も足をばたつかせても微動だにしない。
 圧倒的な力の差を瞬時に見せ付けられ、じかにそれを感じ、秋一
は恐怖に身を震わせた。
「秋一がいけないんだ…。」
 レオの右手が秋一の頬をあやしく撫でる。その手は鋭い爪が伸び
ており、鋭利な輝きを持っている。
「は…!」
 触られただけなのに、秋一はびくっと体を震わせた。
 レオはゆっくりと秋一の眼鏡を外し、床へ置いた。
「秋一が…こんなにも私にぴったりだから…。」
 レオの手が乱暴に秋一の服を切り裂いていく。秋一は突然のこの
事態に何もできない。恐怖と驚きと疑問…。様々な感情が入り乱れ
てまさに混乱状態である。
「秋一の体が私を誘うから…。」
 レオの目は、らんらんと赤く輝き、獲物に動く事を許さぬ迫力を
持っていた。
「おまえの体は…私のもの…。そう…。」
 レオはか細く、呪文のように言葉を連ねる。
「ずっと…オマエは私の…モノ…。」
「レ、レオさんっ…!ちょっと…待って…待――!」
 レオの唇が秋一の唇を塞いだ。

「んん――!」
 押さえつけている左手の強靭さとは正反対な、優しい接吻だった。
「ん…!ん…!」
 やわらかく、思わず吸い付きたくなるような甘美な唇に圧倒され、
秋一はレオの舌の進入を許す。
「くちゅ…ん…シュウ…イチ……くちゅ…。」
 レオは秋一の舌を吸い、恍惚の表情を浮かべる。
「美味しい…。」
「や…!んぅっ。」
 レオの口内は唾液に覆われ、舌をつたい秋一の口内へ入っていく。
「んぐぅっ…!やっ…!」
 レオは優しいキスから一変してむさぼるように口内を蹂躙する。
 ぴちゃ…くちゅっ…
 淫靡な音が響く。
「ん…!!」
 こくん…こくん…。と秋一の喉が鳴る。絶え間なく流れるレオの
唾液が秋一の食道を通り過ぎていく。
「ぷあっ…。」
 レオの唇が離れた。
「美味いだろう…?秋一…フフフ…。」
 レオの髪の毛がざわざわと微妙にうごめいている。その顔の表情
はどこまでも、危険で美しい淫猥さをうつしていた。
「は、はなしてくださいっ…。」
 秋一は目をうるませて懇願した。
「フフフ……。」
 レオは秋一のその表情にぞくり…と身を震わせた。
「ひ…!」
 今度はレオの舌が秋一の首筋を狙う。
「やっ…!やぁっ!」
 びくん、びくんと秋一の体がしなる。
「くちゅ…ここか…?オマエの弱点は…。」
 レオは嬉しそうに言って、秋一の頭を押さえつけた。
「ひぃっ…!ひぁ…!」
「フフッ…フフフ…!くちゅ…。」
 秋一は苦悶の表情を浮かべて、反射的に体をしならせるが、レオ
に押さえつけられて動く事すらできない。
 レオが軽くまたキスをして顔を離すと、秋一は息も絶え絶えで、
「も…やめてください…。」と、か細く言った。
 秋一の目にはたっぷりと涙がたまり、息はあらく、頬はほんのり
と赤く染まっていた。

「ああ…最高だ…その表情…。オマエは…最高のオスだ…。」
 そういったレオはとろんと恍惚の表情を浮かべている。
「あ!そ…そこはぁっ…!」
 レオは秋一のパンツを下着ごと引き裂いた。まるで、ティッシュ
がちぎられるようにあっさりと破かれる。
「や…!やっ…!やめてくださいっ…!」
 秋一は涙を流して消えそうな声で御願いをした。
「ふふふ…。秋一…オマエは、私にその身を捧げるのだ…。」
 レオはうっとりとした表情で秋一のそれに手を乗せる。
「…ッ!」
 秋一はぎゅっと目をつぶった。そしてまた一筋涙が流れる。
 大きく反り返った秋一のそれは、レオの手を受けてびくん!と、
しなった。
「もう、はちきれんばかりになってるじゃないか…。」
 レオはあやしげに言うと、ワイシャツはそのままにパンツを脱ぎ
捨ててあらためて秋一にまたがろうとする。
 レオの太ももには、すでに何かが垂れたような跡がある。白く、
美しい肌に幾筋もの愛液が流れていた。
「はぁ…はぁ…。」
「レオさん…!やめ――。」
 その瞬間、レオは勢い良く腰を落とした。
「きゃうっ!」
 くちゅ…にゅるぅ…。
 これまでになかった、ぬめり気のある音が響き渡り、レオは体を
くんっと仰け反らせた。
「うあぁ…。」
 すでに力無くなった秋一の腕から手を離すと、握られていた部分
は赤黒く染まっていた。
「あぁ…。秋一ぃぃ…。秋一ぃっ…。」
 自分の下半身全てが飲み込まれたかのような感触。
「わかるぞ…今…秋一が…私の中にいる…。ふふふ…ふふふ…。」
 レオはしばらくその感覚を楽しんでいたようだが、しばらくする
と徐々に腰を上下しはじめた。
 たぱん たぱん、と肉の会う音が規則的に響き渡る。
「秋一ぃ…秋一ぃぃ…。気持ち…いいぞ…。」
 うわごとのようにレオは名前を繰り返し呼んだ。
 だらしなく口は開き、そこから唾液を孕んだ舌が物足り無さ気に
姿を見せている。
「ひゃぁっ…あうぅっ…!」
「秋一…!好きぃっ…!好きぃぃっ!」
 レオは秋一の胸板に手を置いて狂ったように腰を振りだした。

 秋一は全身が、溶けるような感覚に支配され息も絶え絶えだった。
 ぐちゅ…ぐちゅ…
 愛液にまみれた肉が擦れ合って淫靡な音を響かせる。
「ひぃっ…!や…やああぁ…!」
 ぐぐっ…と秋一のそれが硬さと大きさを増した。
「秋一…!来て…。来てぇ!」
 そういうと、レオは秋一の首に手をかけた。
「ぐ…!」
 ひゅうっと秋一の喉から空気が抜けていく。
「来てぇ…!私の中にいっぱい出してぇ…!!」
「くあ…っ。」
 首を絞めるレオは激しく腰を打ち付けてのけぞった。秋一の首に
レオの鋭い爪と指が食い込んでいく。
「いくぅ…いくぅ――っ!!」
 レオの腰が今までで一番深く打ち付けられたその時、秋一のそれ
は激しく律動した。
「ああ秋一ぃっ!いやぁっ…!ああ…。」
 自分の中が秋一のあたたかいものに満たされていくのを、かみ締
めるようにレオは微動だにしなかった。
「ふーっ…ふーっ…。」
 ぴくんぴくん、と反射的に震える二人の体。
 レオは締めていた手をゆるめると、秋一に覆いかぶさり、ぎゅっ
と抱きしめた。
「秋一…好きだ…。秋一…。」
 秋一は、酸欠とこの衝撃の出来事とで、顔をぼーっと惚けさせて
いた。その瞳にはうっすらと涙が浮かび、うつろな表情である。
 レオはそんな秋一を見て、再びぞくり…と体がうずくのを感じた。
「…レ…オさん……。」
 消え入りそうな声で、しかし確かに秋一はレオに呼びかけた。
「…秋一…。」
 ふたりはまどろみのなかで、互いに眠りへと落ちていった。


「…。」
 レオは何度も何度も記憶を反芻して、自分の今までの行動を振り
返っていた。そして、その度に頭を抱えている。
 隣では、ボロボロに引き裂かれた服にくるまって、秋一が静かな
寝息を立てている。
 秋一の首元にはくっきりと自分がつけたであろう、指の跡と血の
跡が残り、両手首はうっ血して赤黒くなっていた。

「どうしたらいいんだろう…。」
 いつもは明朗快活なレオも、自分のやってしまったことに対して
自己嫌悪に陥り、いつもの調子や勢いはどこぞへと飛ばされてしま
った様子である。
「全部話すしかないか…。」
 ふと、秋一の顔を覗きこむと、いつもと変わらぬ愛しい寝顔で、
彼はすやすや…と呼吸をしていた。
 眼鏡を外した彼は童顔で、意外と見れる顔を持っていた。円らな
瞳を歪ませて、迫り来るレオにどうしようもなく怯える秋一。
 レオはその秋一の表情を思い出して、きゅんっ…と胸の高鳴りを
感じていた。こんな時なのにニヤニヤしてしまう自分が恥ずかしい。
「秋一…。」
 レオは秋一の頬をそっと撫でて、唇に優しくキスをした。
「ん…。」
 ぴくん…と秋一の体がはねる。
「んぁ…。」
 秋一の瞼が持ち上がる。どうやら起こしてしまったようだ。
「んー…。――ん?」
 秋一はぼんやりと目を開けて、まずボロボロになった服に違和感
を感じたようだ。そして――。
「あ、あ…、レ、レオさんっ…!」
 唐突に覚醒し、体を起こして秋一はレオの名を呼んだ。おそらく
全てを思い出したのだろう。その顔は若干青ざめている。
「秋一…!」
 レオは名を呼ぶと、手を合わせて、深く頭を下げた。
「本当にすまない!私は…私は…!その――すまん…!」
 レオも言葉にならないようでしどろもどろになってしまっている。
「あ、いや、あの…レオさん…?」
 ちらっと秋一の顔を見ると、彼はきょとんとした表情でレオの様
子をうかがっている。その表情に怒りや戸惑いは無く、先ほどまで
見せていた恐怖も薄れているようだった。
 レオはちょっとホッとして、ゆっくりと顔を上げた。
「怒ってないか…?」
 珍しく恐る恐る秋一に言葉を投げかけるレオ。
「うーん…。なんかどう反応したらいいかわかんないや…。」
 秋一は首を傾けて、苦笑している。実に秋一らしい反応に、レオ
は思わず表情を和らげた。

 レオは、ぽつり、ぽつりと言葉を重ねだした。秋一にとっては驚
きの連続の話しであった。レオは、自分の経緯を正直に述べた。
 中学に上がってから、妹と共に闇のブローカーに売られたこと。
そこで幾重もの蹂躙を受けたこと。体を使って金を稼いだ事、主人
に調教されていたこと、体を壊した妹を人質にとられ、何度も強姦
されたこと…。妹が亡くなり、自暴自棄になって町を彷徨ったこと。
そしてアパートの前で行き倒れたこと…。
「でも私は心は屈しなかった。屈する事ができなかった。百獣の王
としてのプライドがそれを許さなかったんだ。」
 秋一は真剣にレオの話しを聞いていた。視線をレオの瞳から離さ
ず、何度も頷いて耳を傾けていた。
「ただ、いろいろされていた時の後遺症で…たまに自分でも性欲を
押さえきれなくなるときがあって…。」
 レオはそういうと、恥ずかしげに目を伏せて続ける。
「秋一の事…好きだから…耐えられなくなったみたいだ…。本当に
申し訳ない事をした。」
 すると、秋一は目を見開いて、ぼんっと顔を真っ赤にさせた。
「もし、こんなのがイヤならすぐにでもここを出ていく。これ以上
迷惑はかけられないからな。でも…。」
 レオは凛とした表情に戻るとまっすぐに言った。
「私は秋一が好きだ。だから離れたくない。まだ会って何日も経っ
ていない。けれど、この気持ちに偽りは無い。」
 ――外はすっかり明るく、あたたかな陽射しが世界を彩っている。
秋一とレオはその柔かい光の中で、互いに身を寄せ合って、ぎゅっ
と抱き合っていた。
 秋一の瞳はレオの瞳を。レオの瞳は秋一の瞳を。互いが互いの心
を開き、ふたりは笑顔を交わしていた。
 相変わらず、秋一は顔を赤くさせてあたふたし、それを見てレオ
は気持ちの良い笑い声を上げていた。


~終わり~

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最終更新:2010年04月06日 20:26