信玄は伊達の城下を後にしながら、心の奥底で吐息をついた。
次は北の農村地帯だ。
伊達の領土となって未だ一年に満たず、しかし寒さ厳しい中であっても収穫が上がるよう、
手を尽くそうとした采配の痕跡が其処此処に見える。だが、その成果を上げる前に武田の軍に敗れ去った。
政宗も、この馴染み薄い土地であれば、少しは気が楽になるだろう。
いくつもの暴動を鎮めた。
政宗は言葉巧みではなく、だが確かに慕われた主であることを示すように、
静かに言葉少なく暴動をおさめていった。
──やめな。伊達は滅びた。……認められねぇのか?
口調は落ち着いているが、どこか挑発するようでもあり、窘めてもいるようでもあった。
どちらでも同じだろう。伊達の者達は政宗に刃を向けられない。
伊達の民を愛おしんでいる空気が、伝わって誰もが矛先をおさめる。
どれほど有能な武田の将であれ、口先ばかりが立つものであれ、この思いよりも上手に暴動を鎮圧できまい。
思いを同じくしているからこそ立ち、暴動を起こし、
思いを同じくしているからこそ鎮まったのだ。
誰もが静かに、政宗に恨み言を投げることなくおさまった。
彼女は敗れ果てても、領民達の心の上では変わらず領主なのだった。
次は北の農村地帯だ。
伊達の領土となって未だ一年に満たず、しかし寒さ厳しい中であっても収穫が上がるよう、
手を尽くそうとした采配の痕跡が其処此処に見える。だが、その成果を上げる前に武田の軍に敗れ去った。
政宗も、この馴染み薄い土地であれば、少しは気が楽になるだろう。
いくつもの暴動を鎮めた。
政宗は言葉巧みではなく、だが確かに慕われた主であることを示すように、
静かに言葉少なく暴動をおさめていった。
──やめな。伊達は滅びた。……認められねぇのか?
口調は落ち着いているが、どこか挑発するようでもあり、窘めてもいるようでもあった。
どちらでも同じだろう。伊達の者達は政宗に刃を向けられない。
伊達の民を愛おしんでいる空気が、伝わって誰もが矛先をおさめる。
どれほど有能な武田の将であれ、口先ばかりが立つものであれ、この思いよりも上手に暴動を鎮圧できまい。
思いを同じくしているからこそ立ち、暴動を起こし、
思いを同じくしているからこそ鎮まったのだ。
誰もが静かに、政宗に恨み言を投げることなくおさまった。
彼女は敗れ果てても、領民達の心の上では変わらず領主なのだった。
そして、政宗は酷く窶れた。
余裕のある態度を崩そうとはしない。仕草だけが以前と同じよう、
しかし見ている方が恐ろしくなるほど、その容貌に鬼気迫るものが漂う。
元の作りが整っているだけ、その美貌が凄絶なものへと化していく。美しい鬼のように。
政宗は、恨み言を投げられないことが苦痛なのだ。
今も尚慕われていることが解っていない。
皆恨んでいるはずだというのに、武田の手前、口と手を収めている──
そう解釈しているのだと言葉の端々から感じ取った。
この上武田の主である信玄が、否武田の誰が何を言おうとも逆効果、誤解は深まるばかりだろう。
青ざめ窶れた独眼竜は、存在しない憎しみを思い描いて無理に立っている。
だから信玄は言わない。
──小十郎は、実は生きている。神官の家系、その上伊達の残兵を纏め粛として従った。
この知勇に優れた男を殺すつもりはない。だがそれを教えていいものかどうか。
今の政宗に安堵と暖かさを与えれば、そのまま倒れ二度と起きあがれなくなるような危機感がある。
故に、代償を求めなかった。
そしてこれ以上を求めても倒れる、その確信があった。
余裕のある態度を崩そうとはしない。仕草だけが以前と同じよう、
しかし見ている方が恐ろしくなるほど、その容貌に鬼気迫るものが漂う。
元の作りが整っているだけ、その美貌が凄絶なものへと化していく。美しい鬼のように。
政宗は、恨み言を投げられないことが苦痛なのだ。
今も尚慕われていることが解っていない。
皆恨んでいるはずだというのに、武田の手前、口と手を収めている──
そう解釈しているのだと言葉の端々から感じ取った。
この上武田の主である信玄が、否武田の誰が何を言おうとも逆効果、誤解は深まるばかりだろう。
青ざめ窶れた独眼竜は、存在しない憎しみを思い描いて無理に立っている。
だから信玄は言わない。
──小十郎は、実は生きている。神官の家系、その上伊達の残兵を纏め粛として従った。
この知勇に優れた男を殺すつもりはない。だがそれを教えていいものかどうか。
今の政宗に安堵と暖かさを与えれば、そのまま倒れ二度と起きあがれなくなるような危機感がある。
故に、代償を求めなかった。
そしてこれ以上を求めても倒れる、その確信があった。
信玄の妾に、でなくば嫡子の側室にすることを望まれていることは解っている。
幸村が幼い熱情を持って政宗を求めていることも知っている。
今も、幸村は信玄の後ろに付き従いながら、いつもどこかで政宗の挙動を気にし、
窶れ果てたことに心を痛めている。幸村が示す不器用ないたわりの仕草を、何度も見た。
上田城の虜59/かんなびのさと4
幸村が幼い熱情を持って政宗を求めていることも知っている。
今も、幸村は信玄の後ろに付き従いながら、いつもどこかで政宗の挙動を気にし、
窶れ果てたことに心を痛めている。幸村が示す不器用ないたわりの仕草を、何度も見た。
上田城の虜59/かんなびのさと4




