こえをきくもの 第三章 1*師走ハツヒト

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「ねぇ、すき?」 「ええ、好きよ」 「ほんとに?」 「本当よ」 「ほんとにほんと?」 「……聞きたい?」 「え?」 「ほんとにほんとの事、言っていいの?」 「……やっぱいい」   *  *  *  都市ワイティックは栄えた港街である。  両角月のような形をしたこの国ノイターンでは、月の内側の曲線である西側の、南半分は海に面している。きついカーブを描くフルグ湾に沿って、三つの港が海への扉を開いていた。  北から順に、ドラウトロン、レトネス、そしてワイティック。  両角の中央辺りにある帝都ラティパックに最も近いレトネスが一番発展している。  そしてドラウトロンは北の山で採れる鉱石や金属の加工品を輸出しているのに対し、ワイティックは南の肥沃な大地で穫れた品々を扱う。  何にせよ、ワイティックは農村部と比べるべくもない、活気ある街である。  道々には石畳が敷かれ、壁も白に塗られて統一されている。  美しい都市だったが、道を行く赤髪の女の機嫌は悪いようだった。 「うぅぅ……」  顔をしかめ、ネトシルは低い唸り声を洩らしている。時折、鼻に布を当てていた。  山育ちのネトシルは、潮の香りに慣れないらしい。傍らを行く男、エルガーツは、以前傭兵仕事の拠点をここにしていたのもあり、平気な様子で歩いていた。 「大丈夫か?」 「……そのうち慣れる」  眉を寄せたまま答えた。  昔からいた獣同士を混ぜたような、奇妙な姿をした狂獣。ここ数年で急激に増えたその獣を、人はラーグノムと呼んだ。  殺す事でしか救えないそのラーグノム達を、苦しみから解き放つ為に、獣の声を聞けるネトシル、その意志に同調したエルガーツは立ち上がった。  ラーグノムに関する情報を求める二人は、出会った村トラッツ村からドノセスでの戦いを経て、最初の目的地ワイティックへ至った。  街の中心に行くにつれて、市場から他の匂いも流れてきた。花売りの売る鮮やかな花々、目立つ色や形の果物、異国の香辛料。だんだんとネトシルの鼻も慣れてきたようで、歩みも以前の速さが戻って来た。  しかし、そんなネトシルの状態を戻してしまうどころか悪化させる事態が、やがて起こることになる。  賑やかな通りに入ろうとした丁度その時、 「ネトシル!? ネトシルじゃない!」  横合いから声がかかった。  見れば、この街の娘らしき果物籠を抱えた者が、こちらに走り寄ってくる所だった。一方、声をかけられたネトシルは怪訝そうな顔をしていた。 「やっだぁ、お久しぶり!」  そう言いながら、果物籠をごく自然な動作で隣のエルガーツに預けると、ネトシルにぎゅっと抱きついた。  目を瞠るばかりの美人だった。ゆるく巻いた金髪は、エルガーツの麦藁色とは違い、輝く蜜の如く艶めいている。肌は白く、円らな瞳は澄んで青い。縁取る睫毛は金の扇のようで、唇は果実にも似て瑞々しく、そこから零れる声は小鳥のさえずりを思い出させる。そのように少女らしい様子でありながら、目蓋を薄青に塗り、肌を白く見せるための花形の付け黒子が頬に散っている。髪飾りは透明な玉がいくつも嵌まった、金物細工の派手なものだ。纏ったドレスは裾に布をたっぷりと使った贅沢なものでありながら、背は大きくあき、胸のふくらみを強調するように、胸の下で革のリボンが結ばれていた。  そんな姿でネトシルの頬に親愛のキスの雨を降らせていたが、ネトシルはその細い肩を掴んで勢いよく引き剥がした。  何故か肩を掴んだ拳が震え、顔面は蒼白である。 「お、お、お前……、まさか、ファリ――」 「だ・め」  そのわなわなとしているネトシルの唇に、ほっそりとした指がするりと押し当てられる。びくりとして硬直し、ネトシルは口を閉ざした。 「昔の話はやめて? そういうのって野暮だわ。今はファルセットって名前なの♥」  上目遣いにネトシルを見て、いやいやと身をくねらせる。そういう仕草の一つ一つを見る度に、ネトシルは具合が悪くなっていった。 「ファルセット……か……」  歯の間から漏らすように呟く。白目でも剥きかねない勢いだ。 「そ。ねぇネトシル、あぁ昔みたいにネティって呼んでいい? いいよね? やったぁ! ねぇネティ、これからワイティックにしばらくいるの? いてくれるわよね? そうでしょ? じゃあ、うちに来ない? モチロン安くしとくからさぁ! まだ泊まる所決まってないでしょ、そうよね? 決まりね、さぁこっちよ、二名様ご案内~♪」  呆然自失状態のネトシルが返事をしないのを良い事に、ファルセットと名乗った者はネトシルをずるずると引きずるように引っ張って歩き始めた。  エルガーツはしばらくぽーっと見送ってから、慌てて追いついてファルセットに声をかける。 「ちょ、ちょっと君?」 「なぁに?」  くるりと振り向くその笑顔が余りに可憐で、「オレも手をつないでもらっていいですか」とか寝ぼけた事を口走りそうになって急いで飲み込む。 「あ、あの、ネトシルさんとどういったお知り合いデスカ……?」  けれどドギマギして結局片言になった。  それにファルセットはにっこりと笑ってとびきりコケティッシュにウィンクした。 「あたしは、ネティのだぁ~いじなオ・ト・モ・ダ・チ♥」 **[[進む>]] .
「ねぇ、すき?」 「ええ、好きよ」 「ほんとに?」 「本当よ」 「ほんとにほんと?」 「……聞きたい?」 「え?」 「ほんとにほんとの事、言っていいの?」 「……やっぱいい」   *  *  *  都市ワイティックは栄えた港街である。  両角月のような形をしたこの国ノイターンでは、月の内側の曲線である西側の、南半分は海に面している。きついカーブを描くフルグ湾に沿って、三つの港が海への扉を開いていた。  北から順に、ドラウトロン、レトネス、そしてワイティック。  両角の中央辺りにある帝都ラティパックに最も近いレトネスが一番発展している。  そしてドラウトロンは北の山で採れる鉱石や金属の加工品を輸出しているのに対し、ワイティックは南の肥沃な大地で穫れた品々を扱う。  何にせよ、ワイティックは農村部と比べるべくもない、活気ある街である。  道々には石畳が敷かれ、壁も白に塗られて統一されている。  美しい都市だったが、道を行く赤髪の女の機嫌は悪いようだった。 「うぅぅ……」  顔をしかめ、ネトシルは低い唸り声を洩らしている。時折、鼻に布を当てていた。  山育ちのネトシルは、潮の香りに慣れないらしい。傍らを行く男、エルガーツは、以前傭兵仕事の拠点をここにしていたのもあり、平気な様子で歩いていた。 「大丈夫か?」 「……そのうち慣れる」  眉を寄せたまま答えた。  昔からいた獣同士を混ぜたような、奇妙な姿をした狂獣。ここ数年で急激に増えたその獣を、人はラーグノムと呼んだ。  殺す事でしか救えないそのラーグノム達を、苦しみから解き放つ為に、獣の声を聞けるネトシル、その意志に同調したエルガーツは立ち上がった。  ラーグノムに関する情報を求める二人は、出会った村トラッツ村からドノセスでの戦いを経て、最初の目的地ワイティックへ至った。  街の中心に行くにつれて、市場から他の匂いも流れてきた。花売りの売る鮮やかな花々、目立つ色や形の果物、異国の香辛料。だんだんとネトシルの鼻も慣れてきたようで、歩みも以前の速さが戻って来た。  しかし、そんなネトシルの状態を戻してしまうどころか悪化させる事態が、やがて起こることになる。  賑やかな通りに入ろうとした丁度その時、 「ネトシル!? ネトシルじゃない!」  横合いから声がかかった。  見れば、この街の娘らしき果物籠を抱えた者が、こちらに走り寄ってくる所だった。一方、声をかけられたネトシルは怪訝そうな顔をしていた。 「やっだぁ、お久しぶり!」  そう言いながら、果物籠をごく自然な動作で隣のエルガーツに預けると、ネトシルにぎゅっと抱きついた。  目を瞠るばかりの美人だった。ゆるく巻いた金髪は、エルガーツの麦藁色とは違い、輝く蜜の如く艶めいている。肌は白く、円らな瞳は澄んで青い。縁取る睫毛は金の扇のようで、唇は果実にも似て瑞々しく、そこから零れる声は小鳥のさえずりを思い出させる。そのように少女らしい様子でありながら、目蓋を薄青に塗り、肌を白く見せるための花形の付け黒子が頬に散っている。髪飾りは透明な玉がいくつも嵌まった、金物細工の派手なものだ。纏ったドレスは裾に布をたっぷりと使った贅沢なものでありながら、背は大きくあき、胸のふくらみを強調するように、胸の下で革のリボンが結ばれていた。  そんな姿でネトシルの頬に親愛のキスの雨を降らせていたが、ネトシルはその細い肩を掴んで勢いよく引き剥がした。  何故か肩を掴んだ拳が震え、顔面は蒼白である。 「お、お、お前……、まさか、ファリ――」 「だ・め」  そのわなわなとしているネトシルの唇に、ほっそりとした指がするりと押し当てられる。びくりとして硬直し、ネトシルは口を閉ざした。 「昔の話はやめて? そういうのって野暮だわ。今はファルセットって名前なの♥」  上目遣いにネトシルを見て、いやいやと身をくねらせる。そういう仕草の一つ一つを見る度に、ネトシルは具合が悪くなっていった。 「ファルセット……か……」  歯の間から漏らすように呟く。白目でも剥きかねない勢いだ。 「そ。ねぇネトシル、あぁ昔みたいにネティって呼んでいい? いいよね? やったぁ! ねぇネティ、これからワイティックにしばらくいるの? いてくれるわよね? そうでしょ? じゃあ、うちに来ない? モチロン安くしとくからさぁ! まだ泊まる所決まってないでしょ、そうよね? 決まりね、さぁこっちよ、二名様ご案内~♪」  呆然自失状態のネトシルが返事をしないのを良い事に、ファルセットと名乗った者はネトシルをずるずると引きずるように引っ張って歩き始めた。  エルガーツはしばらくぽーっと見送ってから、慌てて追いついてファルセットに声をかける。 「ちょ、ちょっと君?」 「なぁに?」  くるりと振り向くその笑顔が余りに可憐で、「オレも手をつないでもらっていいですか」とか寝ぼけた事を口走りそうになって急いで飲み込む。 「あ、あの、ネトシルさんとどういったお知り合いデスカ……?」  けれどドギマギして結局片言になった。  それにファルセットはにっこりと笑ってとびきりコケティッシュにウィンクした。 「あたしは、ネティのだぁ~いじなオ・ト・モ・ダ・チ♥」 **[[進む>http://www47.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/145.html]] .

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