本当に、素晴らしいとしかいいようがなかったと思う。 銀色の刃が光を反射して光っている。鞘に収まっていた時のイメージとは違い、磨きこまれて透き通るようだ。峰の所には、何か文字のようなものが刻まれていた。 「これ何語?」 兄貴が覗き込みながら眉をしかめた。確かに見た事のない文字(?)だった。点と曲線で出来ていて、爪ぐらいの大きさ。それがびっしりと刻んである。裏側は英語の筆記体のようなものが書いてあったけど、こっちも全然読めそうにない。 当の母さんも首を傾げた。 「何か言葉みたいだけどね。持ってきた人も分からないみたいだったし」 しばらく黙って、短剣を光に当てていた。宝石には正直興味がないけど、この刃には何故だかついみとれてしまう。 「これ、私の部屋置いといてもいい?」 「はあ!?」「いいわよ」 私がポツリとつぶやくと、兄貴があきれた声を出して、母さんがあっさりOKした。 「こんなの置いといてどうすんだよ。危ねえだけじゃん」 兄貴はずっとぎゃあぎゃあ騒いでたけど、私は指で耳栓をして無視した。 私はこれが気に入ったの! 一回決めたら譲らないから! 「逃げろ! 時間がない。もう追っ手はすぐそこまで来ている」 「追っ手? どういうことだ?」 「説明は後だ。命が、将来がかかっている。急げ――」 下でどたばた言う音がして目が覚めた。寝起きのいい私には珍しく、何だかだるい。やけに切羽詰った夢を見たような気がするし。真っ暗な中で、声だけ聞こえてきてたけど、何て言ってたっけ。 枕の上で頭を動かすと、短剣が机に置いてあるのが目に入った。昨日どこに置こうか散々迷ったんだけど、結局決まらないまま寝ちゃった。 ぼうっと短剣を見たまま寝転がっていると、階段を勢いよく駆け上がってきて、ドアを激しく叩く音がした。私が起き上がるより先に兄貴が飛び込んでくる。パジャマ姿のままだ。 「里菜早く起きろ! テレビですごいもんやってるぞ!」 「今日休日でしょ。後でもいいじゃん」 私が面倒くさくて目をこすると、兄貴がイラついて足を踏み鳴らした。 「とにかく、来い!」 そう言って私の腕をつかむと、ベッドから引きずり出して一階のリビングまで連れ込んだ。家で一番大きなテレビに父さんと母さんが見入っている。 私も画面に目をやって、眠気が一気に吹き飛んだ。 『世界各地の空港にUFO着陸』 『乗組員は各国の指導者と会談希望』 一瞬、ドッキリ映像かと思った。でも、いくつもの国の映像が流れているし、慌てふためく人達も仕掛け人なんて人数じゃない。……本当の話なんだ。 私はソファに座るのも忘れて、テレビに見入った。ちょうど成田空港をバックに、リポーターが興奮気味に話しているところだった。興奮しすぎてろれつが回ってない。 『謎の乗り物に乗った、高度技術を持つ文明からの使節を名乗る団体は、さっ、先ほど官僚に誘導され空港の部屋に通されました!! それではっ、彼らが降りてきた時の様子を見てくだ、ご覧ください!!』 画面が切り替わって、円盤状の物体を自衛隊が何重にも取り巻いている様子が移った。銃がきっちりと物体に向けられている。銀の深皿を二枚張り合わせたような、まさに「UFO」だ。 その一部からタラップが降りて、背広をきっちりと来た人々が降りてきた。外見は地球と変わらないし、そのままかばんを持って会社に出勤してきそうだ。「UFO」からそんな人たちが降りてくるのは、ものすごく違和感のある光景だった。 先頭の人物が遠巻きにしている人に話しかけている。その人が驚きながら言葉を返している様子から見て、言葉は通じているみたいだ。 その時、庭の窓を叩く音がした。初めて庭に人がいるのに気づいた。Tシャツジーンズ、上着を羽織った状態で立っているのは、向かいに住む幼馴染の大斗だった。 「こんなときに限って、俺んちテレビ映らないんですよ。アンテナおかしくなったみたいで。パソコンの映像でがんばってたんだけど、やっぱり小さすぎて。おじゃまします」 母さんが窓を開けると、大斗はそう言いながら靴を脱いで上がりこんできた。私の前を通り、兄貴の横に座りこむ。 「よっエルフ」 大斗が私だけに聞こえるよう小声で言ってきた。私の頬が少しだけひきつった。さりげなく足をひっかけてやる。 私の耳は、普通より少し尖った形をしている。それで小学生の時は「火星人」だの「エルフ」だのとからかわれた。短かった髪をセミロングにしたのは、その頃からだ。耳の形が見えないように。 それでも体育で髪を結んだ時なんかに、事情を知らない子から「ファンタジー映画にいそう」とか「エルフみたい」とか言われる事がある。最近は笑って済ませられるようになったけど、内心は毎回記憶をえぐられるようで痛い。親や親戚中を思い出してもこんな耳の人いないし、遺伝ではないと思うんだけど、原因はよく分からない。 「来るならちゃんと玄関から来なさいよ」 私は大斗に向かって、兄貴越しにとげを含めて言ってやった。大斗は不機嫌そうな目を向けてくる。 「何回鳴らしても気づいてもらえなかったんだよ」 全く。アンテナがいかれたのだって、どうせ「趣味」のためにテレビのアンテナ動かして、戻せなくなったんでしょ。相変わらずはまってるんだろうし。最近は、知らないけど。 小学生の頃はよく遊びに行ってたんだけど、中学に入ってからは、周りの雰囲気もあって、話もほとんどしなくなってしまった。男の子と普通に話するだけで、みんなニヤニヤしだすんだから。 大斗が私の視線に気づいたのか、ちらりとこっちを見た。私はそっぽを向くようにテレビ画面に目を戻した。 瞬間、風で使節の一人の袖がめくれた。 私ははっとしてよく見ようとしたけど、本当に一瞬しか見えなかった。 私には、銃だったように見えた。……でもこの人たちはただ地球の人と交渉しに来ただけなんだから。きっと、見間違いだ。 頭ではそう思っているのに、心の方が、どうも何か落ち着かなかった。 もう追っ手はすぐそこまで来ている。 夢が急に鮮明に蘇ってきた。夏の昼近いのに、寒かった。 **[[戻る>http://www47.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/66.html]] [[進む>]] .