風呂から上がると、脱衣所に新しい服が置いてあった。学校の制服に似た、ワイシャツと黒いズボンだ。きちんと糊が利いている。格納庫での撃ち合いで服を焼け焦げだらけにしていたし、手ぶらで来たから、ありがたく袖を通す。 ユニットバスから出ると、小さなテーブルに肘をついて、里菜が待っていた。考え込むように眉を寄せながら、小さなりんごをかじっている。自分の荷物に入れてた物らしく、黄緑のワイシャツにジーンズの七部ズボンだ。ベルトには返してもらった短剣が下がっている。 俺がテーブルのかごに入っているひめりんごに手を伸ばしながら座ると、里菜が真っ先に口を開いた。 「これって牢屋じゃないよね」 俺は大きく頷く。ドアに鍵こそかかってるけど、他はホテルみたいな部屋だ。 「急にこんな態度が変わるなんて、最初はまた短剣が何かしたのかと思った。でもそれじゃ、あの人たちが何であんなに驚いてたのか分からないよ」 俺はまた頷く。里菜がりんごの芯でかごをつついた。 「あの人たち、最初短剣を拾っても何ともなかったし、私たちをずっと見てたはずでしょ。だったら何で」 里菜は頭を抱えた。頭の中がパンク寸前みたいだ。まあそこは俺も似たようなもんなんだけど。 「俺が思うに……あの時の俺たちの行動が、関係してるんじゃないかと」 「どんな動き?」 里菜が頭を抱えたまま、上目遣いに聞いてくる。 「それは分からん」 きっぱりと答える。里菜が顔をしかめた。頭を抱えるのをやめて、背もたれに寄りかかる。 「あと、ここはどういう人たちの組織なんだろう? 短剣が示した所だから、少なくともアラル政府関係ではないよね」 「どうだか」 そこは疑わしいだろ。生返事を返すと、里菜は背もたれから起き上がった。 「だ・か・ら、短剣は私に『危険が迫ってるから逃げろ』って夢で伝えてきたんだよ!? アラルの味方な訳ないじゃん!」 声がでけえ。 俺は耳に指を突っ込みながら答えた。 「じゃあ反抗組織かもな。結構騒がせてるみたいだし」 里菜がうなった。 二人でじっと考え込んでいた時、ポーンと電子音がした。突然の音に、思わず二人して立ち上がった。 壁を見ると、3Dのインターホンに人が映っていた。 『会議室にご案内します。皆様そこでお待ちです』 機械のように無表情な声だ。実際、ロボットかもしれない。 俺はゆっくりと深呼吸して、気持ちを落ち着けた。 いざ、ご対面だ。 自動扉が開くと、明るく広い部屋だった。教室四つ分はあるだろう。そこに楕円形のテーブルが置かれ、奥の席に人が座っていた。全部で五人、うち一人は幽霊みたいにちょっと反対側が透けて見えるから、立体画像かな。その画像の女が腰までの着物に似た、アラル式の礼服を着ていて、他一人が私服、後は軍服だ。軍服のうち二人がエガル人で、多分男。女は画像の人だけだ。全員が壮年と呼べる年頃だ。 俺たちの背後でドアが閉まった。一番奥に座っていたアト人が席を指し示し、俺たちは並んで座った。五人と向かい合う形になる。里菜はかちこちだ。 「クラルを、見せていただこう」 さっきのアト人の男が言った。日焼けして、髪に白髪が混じっている。軍服を着ているのに、何だか穏やかな感じを受けた。 俺たちは顔を見合わせた。 「その短剣を」 男がもう一度促して、里菜は慌てて短剣をベルトから外した。男の方に滑らせる。 男はゆっくりと手にとって、鞘から引き抜いた。両面の文様を確かめる。横の画像の人にも差し出して、何か小声で話している。やがて軽く頷くと、鞘に戻して私服の男に回した。 私服の男も同じように確かめていく。時々ノートを開いて見比べる。この人は周りより若い。三十前後だろう。眼鏡をかけ、ワイシャツの胸ポケットに、何本もペンを挟んでいる。軍人って言うより学者風だ。 里菜が横で座り直した。ちらちらと短剣のほうを見ている。先生にでも呼び出されたみたいな気分だ。 ようやく学者が短剣を収めた。さっきの男に戻しながら、小声で短く言葉を告げる。男は頷いて、短剣を里菜の方に返した。 **[[戻る>http://www47.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/75.html]] [[進む>http://www47.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/77.html]] .