こえをきくもの 1*師走ハツヒト

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    ...みください。 こえをきくもの *師走ハツヒト ステラ・プレイヤーズ *大町星雨 The fairy tale of St. Rose *雷華 .
  • こえをきくもの 1*師走ハツヒト
    「動物さん、好き?」 「うん、だいすきだよ」 「どんな動物さんが好き?」 「うさぎさんとかねこさんとか」 「だっこした事はある?」 「あるよ、ふわふわしてあったかいの」 「噛まれた事はある?」 「ないよ」 「じゃあ、噛まれたら嫌いになる?」    * * * 「ッかーっ! やっぱ仕事後の酒は旨ェな!」 「お前には品がないな」 「黙ってろやぃ」  昼間だというのに酒の臭いが漂うのは、そこが埃臭いとはいえトラッツ村に一つしかない酒場だからだ。  そして昼間から酒場にいるのは、金持ちの放蕩息子かごろつき紛いの傭兵くらいのものだ。  さらにこんな酒場で話される事と言えば、作物の出来とお偉方の愚痴と相場が決まっている。  現に今、三人しかいない酒場の客は、三人ともが似たような革の鎧に身を包み腰に剣を吊っていた。つまりちょっと街に出れば買えるような安っぽい量...
  • こえをきくもの 第二章 1*師走ハツヒト
    「ねぇねぇ、きいた?」 「聞くも何も、その話で持ち切りよ」 「ねぇ~いきたいよ~」 「駄目よ。そんなお金ないわ」 「いきたいサーカスいきたい!だってみんないくんだよ?」 「駄目って言ってるじゃない」 「いきたいいきたいいきたい~」 「うるさいわね、言う事聞かないとサーカスに売るわよ!」 *  *  次の朝。  甚だしくエプロンの似合わぬ先日までの仕事仲間の見送りを背に、エルガーツとネトシルは宿を発った。  著しく似合わないんだから着なきゃいいのにと思ったが、エルガーツは敢えて言おうとはしなかった。  マルティンは口は悪いが髭を剃れば人のいい兄ちゃんで通るし、ジャルグは無愛想な上凶悪そうに見えるが、実際は面倒見が良い。体力があるから農夫もやっていけるだろう。  心配していた訳ではないが少し安堵した。  で、今はというと。  朝っぱらから戦闘中だ。  昨日...
  • 2010杏まほろば部誌
    ...ハツヒト) 1 2 こえをきくもの (師走ハツヒト) 1 2 3 4 5 6 僕は英雄になりたかった (椿) 1 ステラプレイヤーズ (大町星雨) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 a
  • こえをきくもの 第三章 1*師走ハツヒト
    「ねぇ、すき?」 「ええ、好きよ」 「ほんとに?」 「本当よ」 「ほんとにほんと?」 「……聞きたい?」 「え?」 「ほんとにほんとの事、言っていいの?」 「……やっぱいい」   *  *  *  都市ワイティックは栄えた港街である。  両角月のような形をしたこの国ノイターンでは、月の内側の曲線である西側の、南半分は海に面している。きついカーブを描くフルグ湾に沿って、三つの港が海への扉を開いていた。  北から順に、ドラウトロン、レトネス、そしてワイティック。  両角の中央辺りにある帝都ラティパックに最も近いレトネスが一番発展している。  そしてドラウトロンは北の山で採れる鉱石や金属の加工品を輸出しているのに対し、ワイティックは南の肥沃な大地で穫れた品々を扱う。  何にせよ、ワイティックは農村部と比べるべくもない、活気ある街である。  道々には石畳...
  • 2011年杏春部誌
    ...しています。 ※「こえをきくもの」「ステラ・プレイヤーズ2」は連載作品です。 すき焼き(夕暮れ) 1 2 うそまち(替え玉) 1 2 3 こえをきくもの(師走ハツヒト) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 ステラ・プレイヤーズ〔ⅱ〕(大町 星雨) 1 2 3 4 5 6 7 8 .
  • こえをきくもの 第二章 11*師走ハツヒト
     血塗れのナイフを高々と振り上げ、ネトシルが剣舞士にとどめを刺そうとしていた。獣が獲物の喉笛を食いちぎるように。 「待て、ネトシル!」  そのナイフを、再びエルガーツが止める。 「離せっ!」  振りほどこうとするネトシルに、エルガーツは言葉を重ねる。 「殺していいのか!? 虐待してきた奴らと同じ事を、お前はするつもりか!?」  打たれたようにびくりと震え、ネトシルは動きを止めた。彼女の目的は、彼らへの復讐ではなく動物達の解放にあったはずだ。それを、エルガーツは思い出させた。  ナイフを降ろして立ち上がると、ネトシルは躊躇いなく剣舞士の両腕を踏んだ。バキィッという音と共に悲鳴が上がる。 「反撃を封じる程度にしておくから、有難く思え」  眼光鋭く睨みながら、痛みに震える手から落ちた両の曲刀を、ネトシルは蹴飛ばす。くるくると回転して赤光に煌めきながら、闇の中へ消えた。 ...
  • 師走ハツヒトの机の上
    ...3 連載作品 こえをきくもの .
  • 2011年杏夏部誌
    ... 9 10 11 こえをきくもの(師走ハツヒト) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ステラ・プレイヤーズ〔ⅲ〕(大町星雨) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 .
  • こえをきくもの *師走ハツヒト
    2010杏まほろば部誌掲載分 1 2 3 4 5 6 2011杏春部誌掲載分 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2011杏夏部誌掲載分 1 2 3 4 5 6 7 8 9 .
  • こえをきくもの 5*師走ハツヒト
     彼女によると、動物の声が聞こえるというのは、完全に解るという意味ではないらしい。  人間は言葉を話そうとする時、ある程度自分の考えをまとめ、削ったり付け加えたりする。もしくは、嘘にまったく作り替える。  そして口に出すとき、その思いを誰かにあるいは自分に伝えようと強く意識する。  彼女は、それと同じように、動物が誰かに伝えたいと思う強い意識を感じ取る事が出来る。  実際、動物は人間より空気や雰囲気を発したり感じたりする力が強い。  それを通じて、動物同士は異なる種類でもある程度の意志疎通が出来る。  しかし、人間はそれを使う力が弱い。  人間だけは、他の動物と違う。  それは今迄人間が作り上げて来た高い塀だ。人間はその中の城で、土臭い動物達と別格に暮らして来た。  それは同時に深い溝でもある。  どんなに動物達と交わろうとしても、もはや決して叶わない程、既に人間達は隔...
  • こえをきくもの 3*師走ハツヒト
    「……はぁ?」  真っ先に声を上げたのは童顔髭面だ。 「お前、頭おかしいのかよ? ラーグノムつったらアレ、あのやたら襲い掛かってくる狂った獣だろ?」  女は僅かに顔色を変えた。怒りで。眦はさらに吊り上がる。 「……そうだ」 「で、そのラーグノムを救うって? 俺達を襲うそいつらを? 馬鹿じゃねーの、そんな事して何になんだよ。何の得があんだよ。救うだァ? 寝言は夜に言えよ」  ひらひらと手を振って嘲笑い、髭面は蔑んだ視線を送った。  女は一瞬で頬を紅く染め、 「お前らには……お前らには、彼らの気持ちがわからないから、そんな事が言えるんだ!!」  言うなり駆け出してまた出て行った。 「な、なんだったんだ……」  店主は食器を磨くのを再開した。にしてもこの店主、余程物を磨くのが好きらしい。 「ラーグノムを救う……か」  消し炭色の髪の男が呟く。声にはまるで意味不明な魔法の...
  • こえをきくもの 2*師走ハツヒト
    「ったくよォ、税は搾って民はほったらかしかよ。王サマとやらは何してんだか」 「聞けば第一王子は十年も前に失踪したそうだ。大方女と逃げでもしたんだろう」  行儀悪く隣の椅子に片足を乗せた髭面の足をはたき落としながら、傷のある男が言う。店主も溜息をつきつつ、 「おまけにここ数年の狂獣ども。何て言ったかね」  と会話に乗る。 「ラーグノム、だとよ。突然変テコな獣達が現れて狂ったみてェに襲い掛ってきやがってよ、最近俺達の仕事、盗賊よりそいつら相手ばっかりだぜ。何なんだアレ」 「噂では何処かの魔法使いが動物同士を合成して作ってるらしい」  嫌そうに髭面は顔をしかめ、傷のある男も苦い表情をする。 「やだねェ全く。この国はどうなっちまうんだろうなァ」  髭面は、酒臭い息をありふれた不安感と共に吐き出した。  ラーグノム。  それはこの国で数年前から急激に増え、目にするようにな...
  • こえをきくもの 6*師走ハツヒト
    「なんとなく、なんだけどさ。 ラーグノム達は、殺される最後の瞬間に表情が変わる気がしてたんだ。今まで狂暴だったのが急にふっと……何て言うのかな、安心?みたいな……優しい感じになるんだ。ネトシルが救うって言った瞬間、謎が解けたよ。あぁ、それだ、って。だから、オレも一緒に行くって決めたんだ」  エルガーツは少し、憑き物が落ちたような顔をしていた。 「それなら話は早い」  ネトシルは痛ましそうに微笑んだ。そしてその痛そうな表情のまま、しゃがんでラーグノムの死骸に手を伸ばした。  そして、ラーグノムの首の傷口に指を入れて何かを摘み出した。赤黒い石のようだ。それを摘んだネトシルの指先は真っ白だった。余程の力が篭っているのだろう。  それは何かとエルガーツが問おうとした時、ネトシルが先に話しかけてきた。 「そういえばエルガーツ、お前さっき酒場にいた二人はどうしたんだ?」 「あぁ、ここま...
  • こえをきくもの 4*師走ハツヒト
     いなくなった羊がさっきまでいた所に、影が差していた。  影はだんだん丈を増す。 「あ、いたいた! 良かった、まだ村の中にいてくれて」 「お前か。先程、酒場にいた人間だな」  女は振り返りもせず答えた。  今まで話した人間の中で、ただ一人聞いた時の目付きが違った。  何かの確信を得たような、はっきりした目付きだった。 「オレはエルガーツ。さっきの話、詳しく聞かせてくれ」  女はその言葉を聞いて立ち上がり、真っ直ぐにエルガーツを見つめて微笑む。力強く。  ――ご覧、仔羊。お前の言う通り、人間は愚かだけれど。私は獣になりきれない人間で、どちらからも異端だけど。  お前達を救う為に、私はあえて人間になるよ。愚かな人間を諦めないよ。  だからお前達も、どうか私に、人間にチャンスをくれ。 「有難う。そう、言ってくれて」 「私はネトシル」  赤い髪の女はそう名乗った。風に躍...
  • こえをきくもの 第三章 2*師走ハツヒト
     エルガーツは何度もこの街に来た事があった。仕事でこの近辺を通った事もあった。  しかし、この通りを歩くのは、初めてだった。 「とぉちゃーく♪」  一つのドアの前で、彼女は立ち止った。ドアは造花と色石で華やかに飾られ、そこにはおしゃれな字体で「酔いどれ海精(ネリエス)」と書かれていた。  周囲を見れば、「波の花酒場」だの「赤亀亭」だの「珊瑚色の誘惑」だのといった店が軒を連ねている。  少なくとも、女に連れられて、女を連れて、真昼間から歩くような通りではなかった。  いや、ある意味『女に連れられて』だけはまっとうかもしれないが、そこだけまっとうでもエルガーツの名誉とかにとっては何ら嬉しくなかった。 「よそ見しちゃだぁめ。さ、入って入って!」  戸惑いまくるエルガーツと茫然自失のネトシルに構わず、ファルセットはドアを開けて中へ入って行った。引きずられたネトシルが、次になるべくお...
  • こえをきくもの 第三章 3*師走ハツヒト
     他の者には聞こえなかったが、ネトシルにだけは悲鳴以外の声が聞こえていた。  道行く人々に小さな叫声を上げさせながら、通りを駆ける。より大きな悲鳴と怒号の源は、徐々に近づいていく。角を曲がり大きな通りに出ると、それが見えてきた。  逃げ惑う人の合間から遠くに見えるもの、それは、暴れる獣たちだった。  大通りの向こうから、傷だらけの焦土色の体を躍らせながら、蹄を鳴らせて猛進してくる。背にたてがみが走っており、それは尾まで流れていたが、巨体と首の短さが他の印象を裏切って、得体の知れない獣としている。ラーグノムだ。  ラーグノムはその性質故、群れる事はしない。しかし、お互いぶつかり合いながら暴走する事は稀にある。街の外で団子になり、そのままの勢いで街になだれ込んだのだろう。街の入り口の衛士達なども、この一軍に跳ね飛ばされたに違いない。  遅れてエルガーツも到着する。その後ろには細い足と...
  • こえをきくもの 第三章 8*師走ハツヒト
     一瞬、沈黙がその場を支配した。 「……何だと?」  予想外の答えに、エルガーツだけでなくネトシルも手を止め、ラシークを見つめる。 「まず、どこからお話しましょうか。そうですね、私の使う術の説明から始めましょう」 「あ、気になってはいましたが、それより」 「何の関係が」  さっきとは打って変わって逆に身を乗り出す二人を、ラシークはもどかしいほど穏やかに手で制した。 「まぁまぁ、そう急がずに。昨日お見せした、私の術。あれは『音律術』と申しますの」  傍らに立て掛けていた杖に、ラシークは触れた。 「この国ではあまり知られていませんが、この錫杖と、術者の声により、人や者を操る術ですわ。昨日用いたのは、相手に働きかけてその動きを止めるもの。錫杖の鳴らせ方によって、他にも色々な事ができますの。物を壊したり、人や獣を眠らせたり。まぁ、万能には程遠いですし、扱いもとても難しいのですけれ...
  • こえをきくもの 第三章 9*師走ハツヒト
    「なんか、ファルには悪い事したな」  街から離れて街道を歩きながら、エルガーツはちらちらと街を振り返っていた。 「いえ、あの子も港街の人間ですから。きっと強く生きてゆくでしょう。義妹と離れるのは少々辛いですけれど」 「……」  そもそもが無口なネトシルっであったが、ファルセットの話題になると殊更口を引き結んだ。 「にしても、ネトシルにあんな可愛い女の子の知り合いがいるとは思わなかったな」  と、エルガーツが呟いた途端、ラシークは振り返り、ネトシルは立ち止まった。  重々しく口を開く。目が、可哀想な物をみる時のそれだった。 「……ファルセット本人の前では、言わないでおこうと思ったのだが」 「何?」  今出てきた街、その更に向こうをネトシルは見つめながら、得体の知れない嫌な予感に顔を歪めるエルガーツに、ネトシルは告げた。 「ニアトノームにいた時から、確かに華奢で顔立ちは良...
  • こえをきくもの 第二章 5*師走ハツヒト
     全身が総毛立った。  紅潮した頬。それはいい。小熊の消えた方向を見つめる熱い眼差し。これもいい。震える唇と拳。こちらも問題ない。小熊の可愛さに感動しているように見える。  ただ。  その眉はひそめられ眉間に皺を刻み込み、唇は血が出そうな程噛み締められ、目は見開かれて拳と額に青筋が浮いていた。  洩れ出ずる雰囲気は強い強い怒り。 「……ネトシル、どうした……?」  エルガーツがようやくそれだけ絞り出すと、ネトシルはハッとしたように怒りの空気を収めた。  次の動物の登場を告げる音楽が始まった瞬間、僅か泣きそうな顔になったのが目に焼き付いた。  ネトシルは声を聞いた。  小熊の声を。その後現れた曲馬の馬の声を。そして今、目の前にいるライオンの声を。  ネトシルは知っている。  あの小熊の踊り、あの体勢は、熊の骨格には少し無理な動きだった。小熊は声なき声で踊りながら痛...
  • こえをきくもの 第二章 10*師走ハツヒト
    「ッたぁっ!!」  再びナイフを構え、ネトシルが正面から突きかかる。剣舞士はそれを片方の曲刀で弾くのではなく外へ流しながら、もう一刀でネトシルの腹を横薙ぎする。  その動きは昼間にサーカスで見せた舞とは違い、華美でも緩やかでもない。しかし、無駄がない事は同じだ。  襲い来る曲刀を留めて、流された方のナイフで首を狙う。それに剣舞士はしゃがんでかわし、低くなった姿勢からネトシルの足を目がけて振るった。ネトシルは獣の俊敏さで高く跳び上がり、そのまま剣舞士の背後へ蜻蛉を切って跳び込む。着地から身を起こし、その勢いのまま左に 身体を捻り、背を向けた剣舞士の背へ切りつけようとするが、同じく立ち上がった剣舞士の曲刀がそれを下から阻む。  ナイフを弾いた曲刀のしなりではずみをつけ、剣舞士は逆に回転して向き直る。体の軸のぶれのない、美しいターンである。  回転の勢いはそのまま曲刀での掬いあげるよう...
  • こえをきくもの 第二章 4*師走ハツヒト
     まず現れたのは先程の団長だ。  相変わらず玉に乗っているが、シルエット的に上下をひっくり返してもわからないだろう。  団長は玉に乗ったまま器用に礼をする。 「お集まりのーォ皆々様ッ! よーォこそパキャルコサーカス団のショーへッ! ワタクシ、団長のパキャルコです」  団長の名前だったんだ。変な名前。親も考えて付けろ。  ネトシルもエルガーツも旅人も思った。というか会場中が思った。  そして当のパキャルコはそんな事慣れっこだった。  漂う憐憫の空気を意に介さず口上を続ける。 「これより! ワタクシども始めますのはァ、驚天動地のサーカスにィィございマス!」  何度も上げている口上だからか、言葉の端々に妙な節回しがついてそれだけで少し滑稽だ。  ふと、旅人が無言でエルガーツの肩をつついた。顔を向けると、サーカス小屋の外で売っていた果実飴を三つ持っている。どこまでも用意の良い事...
  • こえをきくもの 第二章 7*師走ハツヒト
    「いやー楽しかったねぇ!」  何も知らない旅人は顔を上気させてエルガーツの背中をばんばん叩いた。 「そっちの彼女も最後立ち上がっちゃって、意外と熱くなるカンジの人だったんだねぇ!」  とかなんとか言い出したのでネトシルはしどろもどろに「ま、まぁな」とか言って誤魔化した。 「サーカスはまた移動するけど、今夜くらいはここに泊まるかな? 夜中にこっそり見に行っちゃおうかなぁ」  ぼそりと呟いた旅人の言葉にネトシルとエルガーツはぴくりと反応した。  それだ。  ネトシルとエルガーツ、それに興奮醒めやらぬ様子の旅人は、宿に戻った。  旅人はネトシルに「今夜僕の部屋に来ない?」などとそのものずばり過ぎる誘いをかけていたが、最早返事もされなかった。  それでも旅人にめげた様子はない。  サーカスの為に客が多く、ネトシルとエルガーツが男女の組にも関わらず相部屋にされたのは逆に好都...
  • こえをきくもの 第二章 9*師走ハツヒト
     ネトシル達が振り返ると、足元に炎に照らされた赤黒く長い影が伸びていた。一つは細く、もう一つはそれに比べ幅があって短い。  その影を辿った二人の視線は、影の持ち主たる二人のものと絡まった。  剣舞の芸人と、団長だった。  剣舞士は刃のように怜悧な切れ長の目で、団長は背後に舞い踊る炎より緋く怒りに燃えた瞳で、こちらを睨んでいた。 「ようこそ夜のサーカスへ、お客サマ。でもね、昼間に入場口から入ってくれないと、困るんだよ。それとも次の公演で、猛獣に食べられるショーの出演希望者かな?」  笑いを含んだような声で問う団長。逆光で表情は見えないが、心から笑ってなどいないのは明らかだ。 「残念ながら、火の輪くぐりの火付け役ですら、このサーカスで働くのは御免だ」  鼻で笑ってネトシルが答えた。眼に宿る怒りでは、彼女も負けていなかった。 「君は気になっていたんだよ……鳩をみんな呼び寄せてしま...
  • こえをきくもの 第二章 8*師走ハツヒト
     先程まで哀れさすら誘うまでに弱々しく鳴いていた物からの思わぬ反撃に、団員は驚いて大きく飛び退いた。その拍子に体勢を崩し、地面に座り込んでしまう。倒れかけた上半身を支える両手指が、炙られ乾いた土を掻いた。  枯れ草の束の中に入っていたもの。それは、外から見ると筒の形をした植物だった。いくつもの節があり、筒の内側は中空で、節ごとに小さな部屋に分かれている。その部屋のいくつかにあらかじめ穴を開けておき、熱すれば中の空気が逃げ出して笛のように鳴るようにしたのだ。  穴の開けていない部屋は、時間差をおいて中の空気の膨張に耐えきれず破裂する。  単純な仕組みの仕掛けだが、突然起こされて目の前に火という条件では、その仕組みを解き明かして冷静になれるものはいないだろう。  爆発する音に更に戸惑いと恐慌を重ね、消火作業は難航を極めているのだった。  騒ぎを後目に、ネトシル達は見つかる事なく動物達...
  • こえをきくもの 第二章 3*師走ハツヒト
    「サーカスっていうのは、とっても楽しい見世物の事だよ! 手品とか、曲芸とか、ピエロの寸劇とか、ダンスとかやるんだ」  至極楽しそうに派手な身振り手振りを交え説明する。この男、サーカスの回し者か何かだろうか。 「行って損はないと思うよ? だってこのサーカスは動物の曲芸が凄いと評判で」  だむっ!  ネトシルが机をぶっ叩いた音だ。同時に立ち上がっている。そして顔を上げて旅人を物凄い目つきで睨む。 「……な、なにか?」 「もう一度、言ってくれ」 「は? えーと、『行って損はない』」 「その後」 「『凄いと評判で』?」 「その前!」 「『動物の曲芸』」  ネトシルの目の色が変わった。やや乱暴に椅子に腰を下ろし、顔を背ける。 「……こう」 「へ?」  ネトシルが押し殺したような小さな声で何か言った。顔も赤い。  二人に挟まれたエルガーツはもうどうしていいかわからない。...
  • こえをきくもの 第三章 7*師走ハツヒト
     次の日、罰として『酔いどれ海精』の掃除を言いつけられたファルセットを残し、二人は昨日ラシークに言われた店「キーツフィーブ」に出向いた。  その途中、 「おや、ひょっとしてエルガーツか?」  呼びとめる声があった。振り返ると、旅の傭兵らしき男が立っていた。エルガーツよりは少し年上だろうか。ネトシルには見覚えのない顔だったが、エルガーツは表情を明るくした。 「あ、お前か! 久しぶりだな! 元気だったか?」 「お前こそ!」  再会に肩を叩き合う彼らを後目に、「長くなるようなら先に行くからな」と言い残してさっさとネトシルは行ってしまった。足取りはぐらついていたが。 「元気そうで何よりだ」 「お陰さまで。まぁ、変な女と同行する事になって毎日大変だけど」 「退屈するよりいいじゃないか」  そう言って、男は笑ってエルガーツの背を強く叩いた。勢いでエルガーツが咳込む。 「って!」 ...
  • こえをきくもの 第二章 6*師走ハツヒト
    『怖い』  その声が届いたネトシルは、胸を突かれたようにはっとした。 『怖い、鞭が怖い、でも火の輪も怖い、痛いの怖い熱いの怖い、跳ばなきゃ殺される跳ばなきゃ、どうしてこんな、どうしてどうして』  殆ど恐慌のような声は火の輪を前にしたライオンのものだった。  命を張った芸など、動物がなぜやるだろう?  自ら進んでやる訳などない。生存本能を盾に取られ、死の矛で脅されているからだ。  小熊より馬より遥かに危険な芸だ。するまでにどれだけ抵抗し、どれだけ痛めつけられ、どれだけ死の淵を見ただろう?  死神が鎌をそうするように、団長が鞭を振り下ろした。  ぱしぃんっ!  その音を合図にライオンが駆け出す。  針が刺されば考える前に手を引っ込めるような、反射。傷を付けた上から色を染み込ませた刺青のような、反応。  四肢を撓ませ、戻る力で跳躍! 鬣を靡かせ、獣の巨体が宙を舞う! 眼前に...
  • こえをきくもの 第二章 2*師走ハツヒト
     この国には、何年も前から奇妙な獣が徘徊するようになった。  人々がいつしか《混ざりもの》を意味するラーグノムと呼ぶようになったその獣たちは、人々がよく知っている獣を混ぜ合わせたような姿をしていた。  あるいは、猫と犬の。あるいは、牛と馬の。  この奇妙な獣たちは、ある一つの特徴があった。狂ったような凶暴性である。小さなラーグノムが大きなラーグノムを襲い、人の武器や相手の数の多さを恐れない。  ネトシルは、獣の声を聞き、その意味を理解する事が出来るがゆえに、その凶暴性の理由を知っていた。それは、何者かによって作り出された彼らは常に苦痛に苛まれているから、というものだった。  彼らを救うには、その命を絶ち、その魂を混ぜ物の身体から解き放つしかない。ラーグノム自身もそれを望むが故に、死を恐れぬような、むしろ自殺的な行動を取るのだ。  苦しむラーグノムを救いたい。そんなネトシルの考え...
  • こえをきくもの 第二章 12*師走ハツヒト
    「あっれぇ? お二人さん、こんな朝早くにどうしたのぉ?」  ぎくりとし、ネトシルとエルガーツは立ち止まった。まだ誰も起き出さぬ、朝早く薄暗い時間。旅の荷物を携え、村から出ようとする二人の背に声をかけたのは、昨日の旅人だった。 「お、お前こそどうしたんだ」  引きつった笑みのエルガーツが尋ねると、「朝の散歩ってすがすがしいよねぇ」と爽やかな笑みで返された。確かに旅人は、手ぶらの様子だ。 「ちょっと次の街ワイティックまで急ぐ用があって、早目に出る事にしたんだ。ほら、昼間はラーグノム出て危ないしさ」 「ふーん」  まさか、サーカス団をめちゃめちゃにしたので、騒ぎが村まで伝わらない内に慌てて逃げる所です、とは言えない。 「そういえば、昨日もお二人さん連れだって出てったよねぇ、夜中」  もはや笑顔すら保てず、はっとした顔で旅人を見る。この男、どこまで知っているのか。 「もーぉ二人で...
  • こえをきくもの 第三章 4*師走ハツヒト
     ラシークが、ぴくりと眉を動かした。 「お、おおおおいネトシルっ、どっからどう見ても女じゃないか! 今のは流石に失礼だと思うぞ!?」  吃驚したエルガーツが反射的に反論した。確かに彼の言うように、顔立ちは清楚な女性そのもの、物腰もたおやかで、緑のワンピースは体の線が出にくい物であるとはいえ、それでも胸のふくらみや腰のくびれ程度の凹凸は見てとれる。エルガーツが言う通り、どこからどう見ても女性だった。  ラシークはふっと微笑み、ネトシルの手を取った。いきなり何を、と思う一同の前で、ラシークは取った手を自らの胸に押し当てた。大胆にも、その手が沈み込む程に。  三度目に空気が凍った。 「お分かり頂けまして?」  本人だけが、何事もなかったように笑っていた。理解する一瞬の間の後、残る三人の顔色が朱に染まった。 「だ、だめぇ! お姉さま、なんていうかそんな大サービスだめですぅ~!!」 ...
  • こえをきくもの 第三章 5*師走ハツヒト
     ネリエス達と唱和しながら最後の一節を歌い終わり、ニロドナムの最後の一音の余韻が消えた時、盛大な拍手が歌姫を押し包んだ。  一礼をして次のネリエスと交代したファルセットは、舞台を降りてカウンター席に腰掛けていたエルガーツの隣へ座った。  エルガーツがファルセットを改めて拍手で迎える。 「いやーすごかった! いや、なんていうか、ホントすごかった! すごかった!!」 「あったり前じゃないの! これでもプロなんだからね♪」 「プロってすごいんだな……」  感動が大きすぎて言葉が飽和し、すごいとしか言えないエルガーツに、それでも嬉しそうにファルセットは胸を張った。 「にしても、オレなんかの所に来て大丈夫?」 「いーのいーの。せっかくネティの友達さんがいるんだから! ママ、『太陽と潮風』お願い、エルきゅんのおごりで♥」 「はいよ」 「え!?」 「えへへーいいでしょ?」  ちゃ...
  • こえをきくもの 第三章 6*師走ハツヒト
    「やーいやーい、ちびすけ! ちんちくりん!」 「かーちゃんの腹ん中に背ぇ忘れてきたんだろ!」 「ちがうよぅ、ばかぁ、ぐずっ」  毎日言われる事は同じで、それでも悔しくて、泣いてばかりだった。言い返せる事はなかった。確かに小さかったし、弱かった。いじめっ子達は調子に乗り、木の実を投げつけてきた。  そこに、赤い髪をなびかせてネトシルが立ちはだかった。 「げっ、オオカミオンナ!」 「また、いじめ。だめ」 「ちゃんとしゃべれよ、オオカミオンナ」  ネトシルは背を屈め低い唸り声を上げ始めた。 「うわ、かみつかれるぞ!」 「ひっかかれるぞ!」 「逃げろ!」  口々に言いながら、子供達は一目散に逃げ出した。 「あ、ありがとう」  涙や鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、礼を言う。 「もり、よわい、しぬ。よわい、だめ」  その汚れた顔を、ネトシルに容赦なく睨みつけられた。その迫力に...
  • 部員紹介
    文芸部杏のメンバーを紹介します。 名前をクリックすると、その部員の個人書架に飛びます。 2年生 有内毎晩 工学部情報工で文芸部所属。周りから「何がしたいの?」と訊かれます。 書くジャンルはファンタジー寄りですが、日常コメディ系もたまに書きます。 好きな小説家は、谷川流や井上堅二。読みやすい文章を念頭に日々試行錯誤中。 灰傘日光 中途半端な時期に入部しました。機械システム工でふらふらしています。灰傘といいます。 好きな作家さんは伊坂幸太郎さん、冲方丁さん、伊藤計劃さん。 読むのも書くのもファンタジックなものが好きですが、いろんなジャンルが書けるようになりたいです。 よろしく御願いします。 万変億化 物質工で動いてる謎の人です。ペンネイム不明(上記は借)でころころ名前は変わ り、ほぼ気まぐれで決めています。好きな作家は福井晴敏です。誤字脱字に気をつけ て...
  • 御意見処
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