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第十話  『卯月 桜 前編』」を以下のとおり復元します。
暗い闇の中で私は恐怖に怯えていた彼女を見た。
彼女は、幸せを否定され…そして、眼前の幸せを享受出来なかった。
だけどどうしても触れてみたい彼女は、自分ではなく私に触れて欲しいと頼んできた。
私は闇の世界しか知らず、初めてみた明かりに感動し、そして彼に恋をした。
だけど……彼が見ていたのは、幸せを享受出来なかった彼女だった。

10話
卯月 桜編 前編


今は春休みの半ば、3月は後数分で終わる。暖かくなってきたとは言え、夜はまだまだ肌寒く、俺達は自らを包む冷たい空気に身を預け、ただひたすらに、その時を待った。
やがて、なのはは時間が近くとニヤリと笑い、俺を試すような目つきで見つめた。
「中途半端な御託はいらない。欲しいのは、運命を砕く決意と覚悟だけだ…」
冷たい空気が更に張り詰める。彼女は初めてあったときのように、俺を値踏みするような目つきでじろじろと眺め……ゆっくりと頷くとまた口を開いた。
「なんだ…存外、覚悟が決まって居るじゃないか…安心にはほど遠いがな」
「それは、自信を持てって事か?」
「ふふん、ほら無駄口叩いてないで行ってこい」
彼女は軽く微笑んで、俺の肩を叩いた、その瞬間……
彼女の自信以外を写して居ない瞳は、とても優しく変わった。
「ねぇ………どうしたの?」
交代し出て来てみるなり、途端に黙りこんでしまった俺に、桜は恐る恐ると尋ねてくる。
「…なんでもねーよ」
そう言ってまた黙り込む俺に、彼女は当惑の表情を浮かべ、対応に困っているのか、たははと笑う。
そして、俺は唐突に思いついたことを口に出した。
「なあ、明日…デートしよう!」まだ寒さの残る春の夜、桜が満開に咲き誇っていた。
彼女は赤面し、わたわたと慌てていたが、もう一度念を押せば、彼女は二つ返事で了承してくれた。 
俺はなんで、デートなど申し込んだのだろうか?……後から思うときっとそれは、逃げの類いだったのだろう。
だけど、なんだかとても嬉しそうにしている彼女をみたら、それは、とても良いことの様に思えた。


「ねぇ四葉。次は、クレープ食べたいな」
彼女は商店街のアーケードを舞台に、躍るように振り返り、可憐な花のように笑いかけてきた。
昨夜は解いていた髪を三つ編みに結い、桜の花びら舞う商店街を花びらと一緒に躍る姿は、誰もが見とれるほど可愛かった。
…誰かなんと言おうと、俺にはそう感じた。
「ああ、クレープな」
いつの日か、紅葉に買ってあげたクレープ屋へと赴く、ここのクレープは葵も好きだった。
クリスマス・イブの日、蜜柑と熱唱したカラオケも行き、学校の屋上にも忍び込んだ。
何故か、神社や銀杏並木、アジサイの並ぶ通学路も二人で並んで歩いた。
だけど、日が傾き沈む直前、俺達は、いつもの公園のブランコに座っていた。
「ねぇ、今日は…楽しかったね。なんだかね、初めて行った場所だってあったのに、なんか懐かしかったよ」
彼女とブランコではなく、その手すりに並んで座りながら、語り合う。公園の桜が夕日に照らされ、オレンジ色に輝いていた。
「そっか、楽しんで貰えたんなら、せっかく、誘った意味があるからな」
公園の遊具はどれも錆びて哀愁が漂っていたが、今の時間だけは黄金の照り返しを受けて、どことなく誇らしく並んで居るように見える。
「あはは、うん、今日はありがとう。でも一つ残念なお話があります」
公園に隣接した森と楓が茜色の陽の光を受けて、いつの日か葵
…そのときはまだ皐月と呼んでいた彼女と共に見た仮初めの紅葉になっていた。
「残念?」
訝しむ俺は、隣りの彼女を見やる。彼女も例外なく茜の世界に呑まれ、髪を炎のように染め上げていた。その髪が風を受けて揺れる様は、まさに火炎のようだった。
だけど、炎という比喩なのに、不思議と穏やかになれる色合いだった。
「せっかく、誘ってくれたところ悪いけど、私はあなたと一緒なら例え地獄でも楽しかったし、嬉しいもの…だから、誘ってくれなくても、十分だったよ?」
直後に、流石に地獄は辛いかな?と後から笑って付け足す。
その言葉は、俺の決意を堅く揺るがぬ物へと変えていった。
風が吹いて、サクラの花びらが舞い、オレンジ色の風になって消えていく。
「でも、俺は今日のデートをしてよかったと思ってる」
俺は、ポケットに入っている弥生から受け取った紙を握りつぶし、彼女の前に立った。


10話
卯月 桜編・前編
完





おまけ 

私は彼をこんなに好きなのに…なんで?
暗闇からやっと出れたのに…私、辛いよ……
このキモチは、彼女から押し付けられたモノでも…
いや、私自身が彼女から作られた偽りのモノでも…
このつらさはホンモノだから…
誰か聞いて、誰か助けて…
私は彼を諦められないよ…
──大丈夫
でも、彼は、アノ子を見てる…
──大丈夫、だって、アナタもアノ子なんだから…
それは、やっぱりツラいよ
──じゃあ、私が仲間になってあげるから…
ホント?
──アナタを泣かす敵から守ってあげる…
本当に…ねぇ、アナタの名前は?──私は、文月…文月朝顔……

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