誰かが、夢の奥底で泣いていた。
小さな、小さな少女だった。
か細く、どこまでも儚げな少女。
彼女は言う、「私はもう、壊されてしまった」と。
「でも、不思議と私はここにいる」と。
とても悲しげな瞳をしていた、どこまでも白い瞳。
けれども、その瞳は白くなどはなかった。
あの色は、きっと生命のように何色にでも―――
終わりの日は、訪れた。
世界の終わりは、突然だった。
「やあ、僕達は遊戯神―――異空世界の遊戯神達だ。これから君たちで遊ぼうと思う、よろしくね。」
この一言が、全てに終わりを告げるラグナロクの引き金。
「それじゃあ、ゲームをしよう。内容は、君達が友好を感じる相手を二人以上殺すゲーム。」
馬鹿げている、誰一人としてこんなものを実行する者はいない。
そもそも、こんな奴に従う相手が―――
誰かはそう言ったが、すぐに言葉を発さなくなった。
「そうそう、拒否権なんてないから。僕は君達をどこからでも見ている、逆らうなら今のように命はないと思ってほしい。」
指を打ち鳴らし、また不平不満を口に出した誰かが死んでいく。
能力者であろうと、魔術師であろうと、一般人であろうと関係はなかった。
どれだけ強力な力を持った者も、一瞬で肉塊になった。
かくして世界は、混乱の坩堝と化した。
思えば、この世界は最初から何かを間違えていたのかもしれない。
かの有名な英雄達は、何時の日からか相次いで死んでいった。
最初は誰もが絶望していたが、英雄達を必要とするような事態は起こらなかった。
平穏だったが、あれは確かに嵐の前の静けさだったのだろう。
人々は、あの日から豹変していった。
ある者は、助かりたいが為に愛するものや友を殺していった。
ある者は、愛を捨てられずに寄り添って、迎え撃った。
ある者は、全てを諦めて理由なき殺戮に走った。
ある者は、絶望に暮れて自ら命を断ち切った。
およそ全ての人々が、この何れかに振り分けられるだろう。
今日もどこかで、誰かが死ぬ。
絶対的支配者、異空世界の遊戯神達へと牙を剥いた英雄願望もいた。
けれども、彼らは瞬く間すら許されずに死んでいった。
あれらが振るう力は、力の根源そのものだ。
魔術や能力のようなものではない、あれらこそが”法”の中心、”法”そのものだと。
王座に座る彼は、ありとあらゆるものを”変える”力だった。
全ての刃は彼のものとなり、あらゆる魔力が彼の魔力となる。
破壊の力は創造の力にされ、再生の魔力は死を与えた。
それでもなお、遊んでいるようだった。
指先一つを振るうだけで、英雄と呼ばれるべき彼らの放つ攻撃がそっくりそのまま返っていく。
あれは、それを見て嗤うのだ。
だが、それだけではない。
あれらが顕現してから、私は命を奪われている。
力だけが奪われていくのだ。
あれらは、命の営みを弄ぶだけに飽き足らず、私すらも殺そうというのか。
私に抗う術はない。
だから、祈るしかできないのだ。
どうか、命よ、強くあれ。
また、蹂躙されゆく。
ああ、世界が壊されていく。
かの者の名は”破壊”、むき出しの破壊そのものだ。
触れるもの全てを、問答無用で壊していく。
文明は滅び、人々はみな壊されていった。
数多の銃雨も、膨大な魔嵐も、圧倒的な乱撃も、全てひと撫でで壊していった。
拳が振るわれる度に、何かが壊れていく。
一歩歩む度に、何かが踏み砕かれる。
私ももう、長くは保たないだろう。
救いは、ない。
願うことしか、できない。
「ウォォォォォォォォォォァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!」
血に飢えた獣の如き咆哮をあげ、自らを奮い立たせる。
正気を掻き捨て、刃を握って迫り来る者の首を一振りで断ち斬る。
並び立つ者はいない、ただ斬り続ける。
脇腹を裂かれた、どうでもいい。足を斬られた、どうでもいい。腕を斬られた、どうでもいい。
後ろに通さなければいい、死ななければいい、剣が握れてさえいればいい。
引き裂く、打ち砕く、剣も握れなくなった。なら、噛みちぎる。
その内、後ろから頼りになるあの子が
「また無茶ばっかりして、私の負担を増やしてそんなに楽しいんですか!」
ほら、来た。
その言葉と共に、私の傷は全て治される。いつ見ても完璧すぎる。
ならばまた、刃を握って斬り進むべし。
斬れ、進め。殺せ、進め。斃せ、進め。
残存する敵がいなくなるまで、私は屍の山を築く。
護るために振るう刃の、何と重き事か。けれど、不快さは全くなかった。
「”グラヴィタイズ・バーストアウト”!!」
そう名前を付けた、一子相伝の技による魔法を放つ。
一定範囲の重力が纏めてひしゃげ、範囲内を爆縮したかのように破壊する。
俺の得意魔法にして、最大魔法だ。日に何発も放てやしない。
重力に対する耐性を持つ相手は少ない、それが俺の必殺率を後押ししていた。
あの日以来、師匠達の後方をこうして任されている事に誇りを覚える。
魔力は対してない、出来ることは俺の脳内に居着いた妙な奴との脳内会議ぐらいだ。
こいつは俺が生まれた日から、ずっと”そこ”にいる。
10歳ぐらいまでは、どっちがどっちだかよくわかったもんじゃなかったが、そこから先は俺だったり、あいつだったり。
奇妙な同棲生活だが、面白い話もしてくれるもんだから、悪い気はしていない。
『知ってるかいハリアス、世の中じゃこういう関係を喜んで餌にする生き物がいるらしいよ』
は、マジかよ、てか男同士じゃん俺ら。
『いや、寧ろそれがいいんだとか。』
何それ、ありえねぇ。絶句だよ絶句。
『してないじゃん、絶句。』
そういう話じゃねえんだが・・・。
『ま、とりあえず魔力も尽きた。ついでに言えば敵はもう来ないようだし、師匠たちの所に戻ろうか。』
お、索敵サンキュ。まぁそうすっか。
なんて、こんな具合に意識が二つあるおかげで、色々と楽している。
状況は最悪、俺一人ならとっくに気が狂っていただろう。
そこは不幸中の幸い、とでも言っておくとしよう。
あ。
おわりが
はじまる。
「ぁ―――ラング・・・く・・・ん・・・―――」
目の前が真っ赤に染まっていた。
違う、目の前だけじゃない。
血だ。
誰の
私のだ。
それだけじゃない。
ラング君のも、だ。
「遅ェんだよォ、三下共!おらァキリキリ避けろってんだ!!」
あの、緑の遊戯神が腕を振るう度、全てが”斬れる”。
ラング君は、それを必死になって避けている。
私は?
あ
そうだった
わたし、あいつに体を真っ二つにされて
死んじゃったんだ。
ラング君
どうか
いきて
「ハイ残念賞ォ、感情の昂ぶりだけでここまで避けたのは褒めてやらァ―――だがここにヒロイックな逆転劇なんてねェよ。唸れ<万死斬皇>」
情けない。
なんと情けない事か。
嗚呼、口惜しい。
先陣を切り、あのふざけた偽神へと食ってかかった。
結果はどうだ。
見ての通りだ。
俺は、無残に死んだ。
剣なぞ一寸すら届きもしなかった。
届く暇すら与えられなかった。
口惜しい。
許し難い。
奴らは許し難いが、微塵も力の及ばなかった自身こそが許し難い。
このような悲劇は、一度きりで沢山だ。
また俺は、守れなかったのだ。
「し、師匠・・・師匠ぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」
「ハハハ!!ヌルいんだよ!その程度かァ狂剣サンよぉ!?」
真っ赤な破壊の化身が、真っ赤な憎悪の狂剣と戦っている。
私の愛弟子が、ああも叫んでいる。
わたしは、見ていることしかできない。
なぜなら、開幕早々にあいつの攻撃で粉々にされたからだ。
魂の気分、というのを味わう事になるとは。
見ていることしかできないとは。
なんと、なんと辛いことか。
「貴様ら、ああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」
狂剣が激昂する。
今までに見たことのないような、獰猛で荒々しい動き。
かつて見た狂剣のそれより、遥かに速く力強かった。
が。
「んんんンンンン~~~?なんだァその生温い攻撃ィ・・・いいか、攻撃ってのはなぁ―――こうしてやるんだよォ!!!」
振り抜かれる腕。
比喩ではなく、”全てが”壊れた。
無論、狂剣も、弟子も。
なにひとつ、残らなかった。
「お兄ちゃんッ!!やだ、やめて―――死なないで、お兄ちゃんに死なれたら―――私―――」
私の、たった一人の最愛の兄が、私の目の前で倒れている。
やっと、やっと再会できたのに。
まだ、まだ何にもできていないのに。
会えなかった空白も、一回しか埋めてもらえてない。
どうして、どうしてこんな事になったの。
「私、こういう悲劇的なお話好きだったなぁ。」
事の元凶である、魔法使いのような風体の遊戯神が言う。
「好きだったの、でも今はもう―――ごめんね。せめて苦しまないように。」
世界が、赤く染まった。
きっとそれは、私の怒りの―――
「ぁ゛―――イナ、ちゃん・・・アル、くん・・・」
声が、出ない。
体も、ひどく重い。
うごけ、うごけ、うごけ。
這ってでも、進む。
手が、なにかを掴んだ。
アル君と、イナちゃんの手だった。
「ごめ、ん・・・ね―――まも、れ・・・なく・・・て―――」
守れなかった。
事実だけが何度も反響して、僕の心に突き刺さる。
あんなにも、僕が守るなんて言ったのに。
あんなにも、大丈夫だと言ったのに。
あんなにも、幸せだったのに。
この手に掴めたものは、何もなかった。
「飽きちゃった。」
その一言が、きっと最期の時を報せる鐘の音だった。
「ハイ、ってことでみんな好きに壊していっていいよ。星からも力は粗方抜き出したから。」
「っしゃァ待ってたぜ、早速ブチ壊してくる」
「あいよ、んじゃ適当にスパっと斬ってくるかね」
「クヒ―――ガポ、グ―――」
「黙ってろナインズ、お前はもう十分食ったろうが。オニーサマに食事を譲ってすっこんでな」
「ここまでは、私の予知通り。まぁ多分変わらないだろうけど、行ってくるわ。」
数人の遊戯神が、世界へと放たれた。
こうして、私は滅んだのだ。
行き場を喪った魂達が、叫んでいる。
「二度と―――こんなことを、繰り返してはならない―――」
私も、そうは思う。
けれど、私は何も出来なかった。
「死したる我々に―――力を―――」
力が、足りなかった。
だからきっと、この時を待っていた。
「星よ―――力を―――」
応えましょう。
星の名において。
ここまで頑張ったあなた達を、見放すことなどできはしない。
ここまで私を蹂躙したかの者達を、生かすわけにはいかない。
我が全てを注ぎ、せめて他の世界、この次元以外の運命は変えてみせる。
最終更新:2024年04月11日 03:34