第二話『お昼ごはん』

第一部

第二話 『お昼ごはん』

 幽霧は女性用の隊服から男性用の隊服に着替え、部隊長室に入ってきた。
「着替え終わりました。長月部隊長」
「じゃあ、女性用の方は私が回収させて貰うね」
 雪奈は幽霧から女性用の隊服を受け取る。
「いつもすみません」
「別にいいよ~。気にしないで。
 これは、部隊の備品にするから」
 女性用の隊服を袋に仕舞う雪奈。幽霧は雪奈に言った。
「じゃあ、失礼します」
「ちょっと待って」
 部隊長室から出ていこうとする幽霧を雪奈が呼び止める。
「なんでしょうか?」
「君に指令だよ」
 ニヤリと笑う雪奈。そして言った。
「高町戦技教導官とブランチをしてきて。多分、諜報部の前くらいにいると思うから」
「はい!?」
 意図が掴めない指令に幽霧は首を傾げる。雪奈は幽霧に言う。
「諜報は新鮮な情報が命だよ。そろそろ、君も独自のコネクションが必要だからね。仕事の上でも、人間関係の上でもね。
 それに、ある意味では君が高町戦技教導官を泣かせたようなものだからね。ちゃんと、誠意くらい見せないと」
 幽霧にウィンクをする雪奈。とても楽しそうだ。
「……分かりました」
 そう言って、幽霧は部隊長室から出て行こうとする。
「他の人ともコミュニケーションを取ってくるんだよ。
 昼休憩の終わりまで戻って来たらダメだよ~♪」
 楽しそうに雪奈は幽霧の背中に声をかける。
 幽霧に聞こえたかは分からないが、部隊長室の戸が閉まる。
 雪奈は苦笑する。意味の分からない命令をした自分自身にか、それとも人生を悟りすぎて枯れている様に見える幽霧か。
 それは雪奈にしか分からない。
「さて……私たちは、どっかの局員に舐められているようだね。そろそろ、身の程を教えてあげましょうかね……女性用の隊服が増え過ぎるのも困りますし」
 雪奈は笑う。トコトン、笑う。その笑顔は遙かに黒い。
 その笑顔は明らかにろくでもないことを考えている様な笑顔だった。



 幽霧はキョロキョロと辺りを見回している。勿論、なのはを探すためだ。
 しかし、辺りになのはの姿は無い。どうしたものかと考えて、自動販売機へと歩く。
 そこでやっと、なのはの姿を見つけた。
 なのはは自動販売機の前にあるベンチに座りながら、俯いている。
 幽霧はなのはの方へと歩く。
「何か奢りましょうか?高町戦技教導官」
 いきなり、幽霧はなのはにそう話しかけた。幽霧に少し驚くなのは。
 そして、幽霧に答えた。
「オレンジジュースで」



「はい。どうぞ」
「ありがとう……」
 なのはにオレンジジュースの入ったカップを渡し、自分はコーヒーを買う幽霧。
「ごめんね……」
 自動販売機のカップにコーヒーが注がれる中、背中を向けている幽霧になのはは言った。
「なにがですか?」
 幽霧は聞き返す。
 なのはは少し頬を赤らめながら言う。
「その……みっともない姿を見せちゃって……」
「気にしていませんよ」
 幽霧はそう、なのはに言った。
「自分も悪かったですから。仕事を理由に、服を盗まれている事に反抗しようとしなかったので。
 高町戦技教導官」
 幽霧はコーヒーのカップを持って、なのはの方を見る。
 なのはは微笑みながら言う。
「なのは……なのはで良いよ。幽霧くん。親しい人はそう呼んでる。
 ……で、なにかな?」
 幽霧はなのはに言う。
「これを飲み終わったら、一緒にブランチでもどうですか?
 ……なのはさん」
 その言葉になのはは驚く。そして、頬を仄かに赤くしながら頷いた。
「良いよ。喜んで」



「へぇ。幽霧くんって、三等陸士だけど、魔導師資格は陸戦Aだったんだ」
「はい。諜報部の皆さんに鍛えられているので。ただの器用貧乏ですよ」
 食堂でなのはと幽霧はブランチを取っていた。
 なのははパスタ。幽霧はハンバーグ定食を食べていた。
「器用貧乏で陸戦のAランクは取れないと思う。それは幽霧くんが頑張ったからだと思うよ。
 ……で、聞きたい事があるんだけど良い?」
 フォークにパスタを絡ませながら尋ねるなのは。
「なんでしょうか?」
「今までは、どうしていたの? その……」
 幽霧は答える。
「スペアを着ていました。それがない日はしょうがないので、着ていました」
 やっぱり、他人事の様に幽霧は言う。
 なのははまた少し怒った様に言う。
「そんな時は……」
「分かってます。一応、反抗くらいはします」
 その言葉に安心するなのは。チラリと時計を見て、幽霧に言う。
「幽霧くん。そろそろ行かなくちゃ」
「戦技教導官のお仕事。頑張って下さい」
 なのはに言葉をかける幽霧。なのはは頷き、歩いていった。
 幽霧は残ったハンバーグ定食を片づけ始めた。



 なのはと分かれた後も幽霧は食堂で物を食べていた。
 雪奈からは昼休憩が終わるまで戻ってくるなと言われているからだ。もし戻ったら、ある意味、恐ろしい。
 とりあえず。昼食とデザートを兼ねて、食パン一斤と珈琲牛乳一リットルを取っていた。
 その時、幽霧に声が掛けられる。
「相席をしてええか?」
 幽霧は後ろを振り向く。
 そこにはバスケットを持った一人の女性がいた。
 髪型はショートカットで前髪には髪留めが付いている。
「どうぞ」
「ほな、失礼するなぁ」
 女性は幽霧の向かい側に座る。
 幽霧は黙って、食パンを口に運ぶ。
 女性は幽霧を見ながら尋ねる。
「君って……諜報部の人?なら、長月さんは知っとる?」
「そうですが。」
 幽霧は食パンを食べる手を止める。そして答える。
「長月一等陸佐は自分の部隊の部隊長ですが」
「なら、長月さんに言うといて。
 「暇があったら、お付き合い下さい。」って」
「分かりました。」
 そう言って幽霧は再び黙って、食パンを口に運ぶ。そして珈琲牛乳で流し込む。
「食パンと珈琲牛乳だけじゃ、辛くないん?」
 女性は少し心配そうだ。
「いいえ」
 幽霧は食パンをむしりながら食べる。
「はやて~」
 人混みの中から声がした。幽霧の向かい側にいた女性はその声に反応する。
「ヴィータ~!こっちや~!」
 しばらくして、人混みの中から三人の女性と青色の狼が現れる。
 幽霧は黙々と食パンを珈琲牛乳で流し込む。
「はやて!お腹減ったぜ!」
「ヴィータ。他人の前でがっついたらあかんよ」
 はやてと呼ばれた女性は苦笑しながらバスケットを開ける。
 ヴィータと呼ばれた女性は幽霧に言う。
「おい。ここに座って良いか?」
「どうぞ」
 幽霧はそう言って、黙々と食パンをむしりながら食べる。
 ヴィータは舌打ちをして、席に座る。
「じゃあ、私も失礼する」
「私も」
 残りの女性たちも席に座る。
 幽霧は邪魔にならないように食べるスピードを早める。
「じゃあ、食べようかぁ~」
 はやてはバスケットを開けて、机の真ん中に置く。中身はサンドイッチらしい。
 それを眺めながら、幽霧は食パンを珈琲牛乳で流し込む。
「すまないが、ちょっと良いか?」
 桃色の髪をした女性が幽霧に話しかける。
「なんでしょうか?」
 幽霧は食パンを置く。
「君はもしかして……諜報部か?」
「そうですが。」
 幽霧は桃色の髪の女性に答える。
「だからか……君の周辺だけ空いているのは」
 桃色の髪をした女性の言うとおりだった。幽霧の周辺だけ異様に空いている。
 ヴィータは幽霧に言う。
「おい。お前。はやてに手を出したら、ただじゃ置かねえからな」
 幽霧は突然、食べかけの食パンと珈琲牛乳を持って、席を立つ。そして言った。
「申し訳ありませんでした。今から立ち去るので」
 幽霧が立ち去ろうとしたその時、後ろから声がかかる。
「そんな事せんでもええよ」
 その声は幽霧に相席を持ちかけたはやてだった。
「ヴィータ。そんな事を言ったらあかん。私がこの人に相席させてくれないか頼んだんや。
 だから、この人は悪くない。この人に謝り」
「はやて………」
「謝り」
 はやてはヴィータに言う。その顔は少し怒っていた。
 ヴィータは幽霧に頭を下げる。
「すまねぇ」
「……………」
 幽霧は無言だった。正直、謝られたことがなかったから焦ったのだ。
「これでええか?」
 はやては幽霧に尋ねる。
「ええ」
 幽霧はそう答えた。そして、立ち去ろうとした。
「ちょい、待ってくれへん?」
「なんですか?」
 はやては何個かのサンドイッチを包んで、幽霧に渡す。
「私からのお詫びの気持ち。お腹が減ったら、食べて。口に合わへんかったら、ごめんな」
「ありがとうございます」
 幽霧はそう言って、立ち去った。
最終更新:2009年03月10日 00:54