第一部
第五話『カオスな1日』
幽霧は今日も更衣室にあるロッカーの戸を開けた。
本気でため息が出た。
更衣室の中には男性用の隊服ではなく、女性用の隊服が入っていた。それはまだ良い。
女性用の下着が入っているとなれば、話は別だろう。一体、何がしたいのだろうか。
今日はスペアがないので、女性用の隊服を着る。ここまで来ると、着衣も慣れてくる。
とりあえず、幽霧は更衣室を出る。
更衣室から出ると、更衣室前の長椅子に小さな子供が座っていた。
その小さな子供は時空管理局の隊服を着ている。
幽霧はその小さな子供に言う。
「行こうか。アルフィトルテ」
アルフィトルテと呼ばれた子供は無言で長椅子から降り、幽霧の手に手を絡ませる。
そして、二人は諜報部へと歩いていた。
「おはようございます」
幽霧は諜報部へと入る。
「おはよう。幽霧」
眠気眼で幽霧を出迎える雪奈。凄く眠そうだ。
そして手を繋いでいる幽霧とアルフィトルテを見て、首を傾げる。
「幽霧。そんな可愛い娘。いつ産んだの?やっぱりお父さんはヴァイス……」
完璧に雪奈は眠気で寝ぼけている。
「長月部隊長。大丈夫ですか?」
かなり冷ややかな目で幽霧は雪奈を見る。
雪奈はカップに入っているコーヒーを一気飲みし、笑顔で言う。
「大丈夫。今、起きた。幽霧のデバイス「アルフィトルテ」のヒューマノイドモードでしょ。雫からちゃんと聞いているよ」
そう言って雪奈は膝を曲げてアルフィトルテと視線の位置を合わせ、手を伸ばす。
「改めて。はじめまして。アルフィトルテ。私が君のマイスターの上司をしている雪奈だよ。
これからもよろしくね」
雪奈は笑顔でアルフィトルテにそう言った。そして、アルフィトルテの赤い髪を撫でた。
アルフィトルテは雪奈の方を見る。照れくさいのか、顔を赤らめる。
しばらくアルフィトルテの髪を撫でた後、雪奈は立ち上がり、幽霧に言う。
「今日は査察官が来る日です。お茶出しを頼みますね」
「分かりました」
幽霧は雪奈に頷いた。
「テロリストにベルカ式魔法を教えている人がいるという事件に進展は有りましたか?」
部隊長室で雪奈は査察官に尋ねる。
「いいや。全く進展していない。むしろ、テロリストの動向を掴むだけでも精一杯だ」
脂汗が流れている査察官に雪奈はニヤリと笑う。
「私の部下をお貸しいたしましょうか?」
その言葉に査察官の背中に寒気がした。震える声で雪奈に言う。
「いや………貸して頂かなくても、私どもで捕まえます」
「ほう」
雪奈は笑う。
「諜報部に嗅ぎ付けられたら困るものでも?」
「そ………それは」
「それとも、崇高な査察官は汚らわしい屑の寄せ集めである諜報部の手を借りる事は死んでも避けたいと?
はあ。こうも露骨に表されるとは思いもしませんでしたね」
雪奈はクスクス笑う。査察官の心に何とも言えない恐怖感が這いずる。
正直、目の前にいる諜報部部隊長の長月一等陸佐が人間である様には思えない。まさしく目の前にいるのは……
「人間ではなく、化け物だ?」
雪奈の一言に査察官の背筋が更に凍る。それはまさしく、内心で思ったこと。
雪奈は更に続ける。
「査察官。普通、私が問い詰められてるのであって、貴方が問い詰められてるのでは無いような気がするのですが」
冷ややかな目で査察官を見る雪奈。査察官は蛇に睨まれた蛙の様に硬直している。
雪奈は笑顔で尋ねる。
「諜報部はちゃんと仕事が出来ているという確信を持って頂けたという事ですよね?」
かなり凄い速度で頷く査察官。その顔は泣きそうだ。
そこで、誰かが部隊長室の戸をノックする。
雪奈は戸の方に声をかける。
「入って良いですよ」
「失礼します。お茶をお持ち致しました」
戸の向こう側から女性用の隊服を着た幽霧が入ってきた。
今日はお茶出しを頼まれている為、化粧までしていた。
化粧をすると益々、女性にしか見えなくなる。
「どうぞ」
幽霧は査察官の前に紅茶を置く。そして、雪奈の前にも紅茶を置くと一礼して去っていった。
査察官はその紅茶を飲む。飲んだ瞬間、気分が落ち着いてきた。
そこで、査察官は雪奈に問いを投げかける。
「最近、管理局内で女性服の盗難が流行っているらしいが何か知らないかね?」
雪奈は紅茶を一口飲んで言う。
「さあ。存じませんね。
私の部隊には毎日、男性用の隊服を女性用に変えられている男性局員ならおりますが」
「その服は?」
「私が備品として回収し、落とし物として届けております」
「そうか」
「多分、女性用の隊服を窃盗する方と私の部隊に所属する局員の隊服を入れ替えている方は同一犯だと考えているのですが如何でしょうか?」
「うむ……」
査察官も雪奈の意見に同意した。
「両方の事件に進展があればお知らせします」
そう言って、査察官は席を立った。
「お疲れさまです」
査察官が去った後、幽霧は雪奈にアイスコーヒーを出す。
「ありがと」
雪奈は一気にアイスコーヒーを飲み干す。
そして、幽霧のロングスカートにしがみついているアルフィトルテに言う。
「おいで。アルフィトルテちゃん」
アルフィトルテは幽霧のロングスカートから手を離し、雪奈の方に歩いていく。雪奈は近づいてきたアルフィトルテを抱きかかえ、膝に乗せる。
「う~ん。小さい子がいると癒されるね。幽霧。アルフィトルテを私に頂戴」
幽霧は首を振る。
「ダメです。アルフィトルテは私のデバイスです。貸す事は出来ますが、あげません」
「う~。ケチ。」
雪奈はアルフィトルテの頭に顎を乗せながら言う。
「あげませんからね」
「幽霧のケチ。アルフィトルテ。あの人は?」
幽霧に文句を言いながら、アルフィトルテに話しかける。
「……………マイスター」
「違うよ。ママだよ」
雪奈の言葉に流石の幽霧も焦った。
アルフィトルテに雪奈は尋ねる。
「この人は?」
「ママ」
「よくできました♪」
正直、幽霧は頭を抱えたくなった。
幽霧は食料品を買い、自宅へ帰宅する途中だった。片手にお米の袋を抱え、片手には缶詰めが入った袋を下げていた。
アルフィトルテも両手で野菜の入った買い物袋を持っていた。アルフィトルテの体には少し重いらしく、ちょっとよろけそうになっている。
歩きながら幽霧は今晩の献立を考えていた。
新しい米を買ったから、前に買った米を早く使いきらないといけない。
とりあえず、既に炊いたご飯は購入した缶詰めの中身を混ぜてチャーハンにし、キャベツのコンソメスープを添えれば良いだろう。
そう考えながら、幽霧は歩く。
「ママ」
アルフィトルテが幽霧を呼ぶ。上司である雪奈の所為でアルフィトルテは幽霧の事を「ママ」と呼び始めたのだ。
母親じゃないのだけどなと思いつつ、反応する。
「なんだ?」
「こうえん」
アルフィトルテは公園の方を見る。公園の中に入りたいようだ。
休憩も兼ねて、幽霧はアルフィトルテを連れて公園の中に入っていく。
道が開けた所で幽霧は人がいるのを見つけた。そしてつい、草むらに隠れてしまった。
「ママ?」
アルフィトルテは首を傾げる。幽霧は人差し指で唇を押さえる。アルフィトルテも両手で口を押さえる。
幽霧が見た物が正しければ、一人は首都防衛部隊の寒天。もう一人は総務統括官のリンディ・ハラオウン。
諜報部の部隊長である長月一等陸佐は「みんなが知っている秘密」と称していたが、まさか本当だとは思わなかった。
幽霧は草むらの影から二人を観察する。
正直、寒天は気まずく感じていた。
最近、ベルカ式の魔法を使うテロリストの事件が多い所為で仕事にかり出され、リンディさんとデートする暇がなかった。
だから、今夜は召集がかかったら来るという条件で休みを獲得してきた。
そしてお詫びも兼ねて、高級なレストランで食事に出かけた。
しかし、そのお店は予約制の為、門前払い
リンディさんは笑顔で「近くの牛丼屋さんで牛丼をテイクアウトして、公園で食べましょう」と言ってくれたけど、やっぱり気まずい。
そんな事を考えながら、寒天はテイクアウトした牛丼を食べている。
「寒天さん」
「何でしょうか?」
突然リンディが話しかけてきたので、寒天は動揺した。
「…………良いんですからね」
「はい?」
最初の部分がうまく寒天に聞こえなかった。
リンディは再び言う。
「無理に高そうなお店で食べなくても良いんですからね」
更にリンディは言葉を続ける。
「私は寒天さんが側に居てくれた方が嬉しいです……」
寒天はリンディの言葉で胸が熱くなった。それと同時に嬉しくなった。
ガサッ
近くの草むらから音がした。
寒天は懐から愛用の銃器型デバイスを抜く。そして、草むらに銃器を向けながら言った。
「五秒待ってやる。五秒以内に出てこなかったら、俺がダンスマナーを教えてやる。そして、俺の銃弾がお前を喰い千切ってやる」
寒天の言葉で草むらから慌てて、幽霧が飛び出す。
しかし、幽霧の頬にむず痒い感触がした。銃弾が掠めたのだ。
「幽霧か。紛らわしい。買い物の帰りか。
早く帰れよ。いつ事故に巻き込まれるか分からねぇからな」
「寒天さん……頬に弾が掠めたのですが……」
かなり暢気に言う寒天に対し、幽霧の声は震えていた。
「ちゃんと外してやったんだから許せ」
撃っておいて、そんな事を言う寒天。かなり横暴だ。
リンディは寒天に尋ねる。
「この方は?」
「あ~。自分の知り合いです。現在、長月一等陸佐の諜報部に所属している幽霧霞……三等陸士だったっけ?」
「ええ。まぁ」
幽霧は軽く頭を掻く。
「自分は長月部隊長からよく聞いているので存じております。リンディ・ハラオウン総務統括官」
「そうですか。雪奈ちゃんの部署の人ですか。で、君の服にしがみついている子は?」
リンディは幽霧の服にしがみついているアルフィトルテを見る。
寒天は幽霧に尋ねる。
「お前まさか……知り合いの誰かを孕ませて産ませたのか!?」
「違います」
幽霧は困惑しながらも断言した。
そんなことを後目にリンディはアルフィトルテに尋ねる。
「名前は?」
「アルフィトルテ。ママのデバイス。」
「幽霧……」
かなり白い目で見る寒天。
幽霧は慌てて反論する。
「違いますって!自分は女性を孕ませてはいませんし。産んでもいません!」
疑いを掛けられている幽霧はかなり必死だ。
リンディはアルフィトルテに聞く。
「という事は………雪奈ちゃんと雫ちゃんの作ったヒューマノイドデバイス?」
アルフィトルテは首を振る。
「ううん。わたしはママのインテリジェントデバイス。いまはヒューマノイドモード」
「そうなんですか。
はじめまして。私の名前はリンディ。リンディ・ハラオウンよ。よろしくね」
「アルフィトルテ。」
リンディが淀みなくアルフィトルテと会話する姿に幽霧は驚いた。
「リンディ・ハラオウン総務統括官。アルフィトルテの事……」
「プライベートはリンディで結構ですよ。
私の家にも似た子が居るので」
リンディはアルフィトルテの頭を撫でながら言う。
「アインちゃんっていって、クロノの秘書をしているの」
「はぁ。なるほど」
そこでやっと、幽霧は合点がついた。そして、ふと時計を見る。
そろそろ夕食の準備をしないといけない時間だ。
「すみません。そろそろ、失礼します。 行くよ。アルフィトルテ」
アルフィトルテはトテトテと幽霧の方に走っていく。
幽霧は寒天とリンディに軽く頭を下げて、自宅へと歩いていった。
リンディはアルフィトルテに小さく手を振り、アルフィトルテもリンディに振り返していた。
「さて。私たちもどこかいきますか?」
リンディは寒天を見ながら言う。
「ええ。良いですよ。どこへ行きましょうか?」
寒天の方によしかかるリンディ。リンディの身体から甘い匂いがする。
久しぶりに嗅ぐその匂いに寒天はクラリとした。
「寒天さん」
「……何でしょうか?」
かなり動揺する寒天。
「久しぶりに……どうですか?」
そう言って、リンディは寒天の首筋を舐める。
寒天の背筋にゾクリと寒気に似た感覚が走る。
リンディの唇の間からぺろりと赤い舌先が出され、次いでじっとりと艶めかしい目で寒天を見る。
寒天はその視線だけで蕩けてしまいそうになった。
その上、チラッと見える黒い下着が扇情感を煽る。
さっきまで清楚な感じしかしなかったのに、今は妖艶な感じがする。
「寒天さん………久しぶりに……しませんか……」
リンディは寒天の首筋を甘噛みしながら、鎖骨を舌先で舐める。
寒天は頷くしかなかった。
最終更新:2009年03月10日 00:51