*「パパは魔王のその前に」 紅い満月がやけに明るい夜であった。 家々のレンガでさえも紅く染まり、ある意味、世界の終わりの如き様相である。 ただならぬ雰囲気に、小動物は意味も無くざわめいた。 そして、魔王城もまた、その異様に包まれていた。 周辺を覆う暗き森は、まるで山火事かと見紛う程に紅く照らされ、中心に突き出た断崖は火山岩を彷彿とさせる。 断崖に大きく聳え立つ魔王城は、まさしく、おあつらえむきの格好となった。 しかし、最上級の異様を纏って尚、この城では何百年と変わり映えの無いやり取りが行われていた。 「わたしは魔王、だからと言って、世界を征服せねばならない理由と成り得るのでしょうか」 「バラー様、魔族は世界を征服しなければ繁栄は有り得ません」 「暮らしていけない訳ではありますまい」 「バラー様、少しは真面目に捉えて頂かなければ私はお父上にお顔向けできません」 「成る程、ではお茶の時間と」 「バラー様」 魔王の側近、レイは、今日こそはと言う気持ちで魔王に訴えていた。 いや、昨日もだ。 しいて言うならば何週間、何ヶ月、何年、何十、何百年も前から。 そして今日も、暖簾に腕押し、糠に釘。 魔族の力が最も強くなる血月の今宵に、なんとしてもと意気込んできたつもりであったが。 強烈な虚脱と共に肩を落とし、盛大に溜め息をつき、レイは玉座を後にした。 「彼女には大変申し訳ないが、やはり私は世界を征服する気など無いのだ」 罪悪感からか、影を落とした彼女の背中が脳裏に貼り付いてはなれなかった。 数秒の思案の後、なんとなくバツが悪くなり、玉座に座りなおした。 体重を預け、天井を仰ぎ、静かに瞼を閉じた。 「父上はどのような気持ちで世界を征したのだろう」 こぼれ出た独り言が、薄い瘴気と共に空間に散った。 ただそれだけのはずであった。 無論、玉座の敷物に謎の文様が浮かび上がった事など、バラーは知る由も無かった。
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