「6-197(1)」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
6-197(1)」を以下のとおり復元します。
夢や嘘であったらどんなに良かったか。 


「……っ…!」 
軽快で柔らかな音を立ててベッドに腰掛けた少年の表情は、酷く陰鬱で固くなっていた。 
波の音、風の音。南国を思わせる開放的で穏やかな音が、しかし今の少年には酷く耳障りだった。ふと、ドアをノックする音が聞こえた。 
「……誰だ」 
「九頭龍、私だ。入っても構わないか?」 
凛とした少女の声。 
「………」 
少年…九頭龍冬彦はこのジャバウォック島に来てから"他人"の訪問を迎えた事は無い。追い返すか無視かのニ択しかない。だが。 
「……開いてるぞ」 
素っ気ない声の暫く後でドアが開いた。 
「…失礼する」 
背に竹刀を背負った少女だ。その少女は周囲を見遣り…まるで誰かに見られてないか警戒するように中に入ってきた。 
ドアを閉める時も念入に人の気配がないか確認していた。 
「九頭龍、予定通り小泉と西園寺は互いに会うのを控えているみたいだ…」 
「…辺古山……」 
九頭龍のコテージに入ってきたのは、辺古山ペコだった。 
超高校級の極道・九頭龍冬彦。 
超高校級の剣道家・辺古山ペコ。 
喧嘩上等・傍若無人な少年、剣道一筋・生真面目な少女。 
一見すれば全く接点の無い他人同士にしか見えない。…しかし。 
「他の者を誘ったようにも見えない。このまま上手く行けば西園寺だけを誘き出せそうだ。…もう暫くしたら我々もビーチハウスに向かわねばなりません…ぼっちゃん…」 
「…んなもん、言われなくても分かってんだよ…ペコ」 
辺古山ペコは幼い頃から九頭龍冬彦に付き従い守護する命を受け、その為に生きる…謂わば九頭龍冬彦専属のヒットマンだった。そんな彼女が九頭龍のコテージに入れない"他人"に分類される訳もなかった。 
「………」 
太ももに肘を立て両手で顔を隠すように支えたまま九頭龍は項垂れている。 


切っ掛けはモノクマの作ったただのゲーム。 
だけど"ただのゲーム”では無かった。 
あのふざけたヌイグルミが動機になるとか抜かすからやってみただけだ。 
奪われた学園生活の記憶…その手掛かりになれば儲けもの程度の興味。 
そうして興味本意で開けた箱の中身は…どれ程開けた事を後悔した所で手遅れとも言うべき残酷な事実が隠されていた。 
ついこの間見送ってくれた生意気で、だけど大切な妹が殺されていて。妹を殺した女も殺されていた。…殺されていたと言うのは不適切だ。九頭龍自身がよく理解している。 
その女を取り巻いていた人間…罪木蜜柑、澪田唯吹、西園寺日寄子…そして妹を殺した女の犯行を隠そうとした小泉真昼。 
別に手を取り合う仲間だなんて思ってなかった。だが忌むべき悪人だとも本心では思ってなかった。 
先の裁判で突っ掛かられた事もあったが、無事に乗り切った今取るに足らない存在だった。 
……ハズの女が妹を殺した奴と共犯? 
酷い冗談だ。 
これがゲームをプレイしただけなら『質の悪いデッチ上げ』として自分を誤魔化せていたのに。 
クリア後にあの忌々しい白黒のヌイグルミが『クリア特典』と称し渡された封筒の中身さえ見なければ。 
しかも知らない筈の記憶の間に行われていた事なんて…。これが"ゲーム”の世界なら無理矢理にでも"リセット"して知らなかった事にしたかった。 
あんな『真実』を突き付けられ、殺されてた妹の兄として黙っている事など不可能だった。 

手紙を偽装して西園寺と小泉を分断させた。 
他の二人や女子にも相談してない事や他の女子らが別の用で集まるのも好都合だった。 
…金属バットも用意した。 
妹の復讐は何時でも遂行出来る。 
実の所、復讐など初めから必要無かったのかも知れない。アレが全て事実なら妹を殺した女は既に死んでいるだろうから…。 
だが知った所で例え理屈では理解していても納得出来てしまう程大人でも無かったし、共犯がのうのうと生きているのを見過ごせる程お人好しでも無かった。 
元々殺るか殺られるかの世界に生きてきた。 
今更一人の命を奪うのに躊躇う必要も余裕もない。 
コロシアイこそ正義。 
それがこの島のルール。 
ならばルールに則ってコロシアウまでだ。 

「………」 
きっと、ぼっちゃんは今コロシアイの決意を無理矢理にでも固めようとしているのだろう。知らぬ間にお嬢様を奪われていたのだ。 
お嬢様を溺愛していたぼっちゃんに堪えろと言う方が酷だ。ぼっちゃんの"道具”である私とて、到底見過ごせる訳がない。ぼっちゃんが命じられるならこの命投げ打ってでも…。 

『俺達は協力して此処を出るんだ。どうして戦う事を考えなくちゃいけないんだ。』 

ふと、少し前にそう言われたのを思い出した。 
望もうが望むまいが戦わねばならぬ時がある。今はその時のハズだ。 
だけど彼の言う事も一理有るし、嫌いではなかった。 
私は…どうすべきなのだろう。 
目の前の幼馴染み。 
あの時の彼の言葉。 
分からない。私は所詮"道具”だ。"道具”としての使命を全うするだけの存在にどうすべきか等分かる訳がない。 
だから、このままではどうなるだろうか考える事にした。 
ぼっちゃんはお嬢様の仇をとる事に固執されておられる。 
あの写真を送り付けた後小泉はぼっちゃんを避けるようになった。恐らくまともに会った所で話は平行線でしかない。 
口論になれば小泉を始末しようとするだろう。……その先に待つのは何だ? 
誰もが疑い合う裁判…そして処刑。 
れは如何なる理由をもってしても容赦なく行われる。それを目の当たりにしたばかりじゃないか。 
幸い我々の関係を悟られていないとはいえ、私一人が幾ら立ち回った所で騙し徹せるとは思えない。 
それは先の裁判で分かっている…あの男…初めての友と思える存在…。奴は見た目以上に手強い。奴を敵に回して勝てる見込みが正直厳しいだろう。 
そうして全てが見破られれば……処刑されるのは、ぼっちゃんだ。 
それを黙って見過ごせる訳がない。ぼっちゃんの居られない世界で生きていられる訳がない。 
ぼっちゃんを失うなんて…絶対に嫌だ。そうなる位なら"道具”である私がこの手で小泉を…。 


『争う事が前提になってる時点で色々おかしいだろ』 

小泉を始末して、私が全てを道連れにして…背負って………。 

『なぁ、辺古山ってさ、やっぱり剣道が好きなのか?』 

そうすればぼっちゃんは生きてこの島を出られる。晴れて自由の身……。 

『俺は…剣道の事はよくわからないけどさ…』 

「………」 
心がざわつく。 
さっきから、アイツの姿が、声が、ノイズみたいにちらついてくる。 
全てを道連れに。罪木も澪田も西園寺も。お嬢様を奪った事件に関わる人間を。 

『でも辺古山が格好良いって事くらいはわかるよ』 

田中もソニアも左右田も終里も七海も狛枝も弐大も………日向も。あの事件に関係無い人間も全て……全て……。 
…それは…凄く嫌だ……何故かそう思った。 
ぼっちゃんを失うのも、皆を道連れにするのも…嫌だなんて…私は"道具”なのに…。 
ならばせめて私だけ…私の命と引き換えに小泉だけでも始末する。ならばぼっちゃんも皆も傷付けずにすむ。 
私は"道具”だから"道具”が壊れた所でぼっちゃんが悲しむとは思えない。 
皆だって…人間じゃない私が居なくなった所で痛くも痒くも… 

『まるで武士みたいだな』 

皆は…アイツは…私を…どんな目で見ていたのだろう。 
"道具”?偶然一緒に巻き込まれただけの"他人”?丁度良い"話し相手”? 

『俺は仲間と戦う気なんてない。そんなのは絶対にごめんだ』 

"仲間”……? 
…それに私も入っているのか?…アイツはきっと『そうだ』と同意する。何故かそんな気がした。 
"仲間”で有った筈の十神や花村の死に憤り悲しんでいた。 
もし私が"処刑"されれば…皆、どうするのだろう。 
小泉の撮った写真の皆は笑顔で溢れていた。 
他人への疑いも何もない笑顔。 
あの温かくて優しい笑顔が…翳る…?あの笑顔を切り取る者が居なくなる…私が奪う…? 
…それは…凄く……嫌だ。 
私がやろうとしてる事は…実はもしかして…途轍もなく取り返しの付かない事ではないのか? 

…だが。 
これは。 
ぼっちゃんが望まれた事。ぼっちゃんの望みは絶対叶えなければならない。私はその為の"道具”。 
…これが終わればぼっちゃんはきっとお喜びになられる。ぼっちゃんに笑って貰える……本当にこれがぼっちゃんの望まれる事ならば。 
「………」 
だけど……。 
「………」 
もしも……。 
「………!」 
………もしも… 
…本当は… 
…ぼっちゃんが…コロシアイなんて望んでいなかったとしたら? 
私は忠実なる"道具”。ぼっちゃんの望む全てを叶える為の"道具”。 
だけどぼっちゃんが本当は望んでもいない事を叶えたとして…それは…果たして"道具”としての役割を果たした事になるのか? 
主の意に反する行為を取る"道具”はそもそも"道具”として失格なのではないか? 
主の望みを叶えた気になって主の想いに目を背ける"道具”を見て、この方はお喜びになられるのだろうか…? 
……笑って…くれないのだろうか? 

…つい最近ある人に笑顔の作り方を教わったのを思い出した。 
けれど、私には上手く笑えるか自信がなかった。 

『そいつが笑った所を想像してみるのはどうだ?』 

ぼっちゃんの笑っている所…想像したら、ほんの少しだけだが自然に笑えていた…気がする。 
ぼっちゃんが笑っていると…私も凄く嬉しい。だけど逆に笑っていて下さらなければ…それはとても……悲しくて…胸が苦しくなるのが同時にわかった。 
だからぼっちゃんには笑っていて欲しい……ならば、ぼっちゃんはどうしたら笑ってくれるのだろう。 

「………」 
項垂れるぼっちゃんの横顔は、とても辛そうで。 
少なくとも今のままでは…このまま…コロシアイになればぼっちゃんは笑って下さらない。 
だって…ぼっちゃんが本当にコロシアイたいとお望みならば…どうしてこの方は酷く辛そうなお顔で悩まれるのでしょうか。 
どうにかしたい、けれどどうしたら良いか分からなくて。 
こんなもどかしい気持ち…そうだ前にも同じ事があった。 
昔ぼっちゃんと共に連れ去られて山で遭難した時…ぼっちゃんを安心させたくて、ぼっちゃんに笑って欲しくて…だけど私自身もずっと怖くて不安だった。そんな気持ちに負けてしまっていた。だから不安にさせて泣かせてしまった…私はぼっちゃんの為に何の役にも立てなかった。 
「――――!」 
ああ、もしかして。 

これはチャンスなのではないか? 
あの時の間違いを正す為の。 

「………」 
私はもしかしたら、大変な思い違いをしているのかもしれない。 
ぼっちゃんの真意を…望みを汲み取れていないのかもしれない。 
今からしようとしている事はぼっちゃんの邪魔でしかないのかもしれない。 
きっと今の私は、ぼっちゃんの復讐を阻もうとする"道具”として有るまじき存在なのかもしれない。 

けれど、私はやりたい事が出来ました。 
今、少しだけ…貴方の言う事を聞けない役立たずな"道具”のワガママ、通させて下さい。 

「ぼっちゃん」 
「………ん?」 
私は出来る限り静かにぼっちゃんの横に腰掛けさせて貰ったつもりだったが、やっぱり訝しがられてしまったみたいだ。 

『辺古山が笑いたい時に笑えるようになるまで…』 

笑顔の作り方を学べた…いや、思い出させて貰えた。 
大丈夫。 
きっと笑える。 
少しだけ…いや、本当は凄く怖くて不安だ。それはあの時と一緒かもしれない。 
だけどあの時と違うのは、そんな気持ちに負けない事。 

『辺古山はそいつを笑顔にしたいんだろう?その気持ちをぶつければ良いんだよ』 

笑顔を思い出させてくれてありがとう。 
今度こそ私は 

『なんだよ…ちゃんと笑えるじゃないか』 

ちゃんと笑えます。 
今度こそぼっちゃんの不安や恐怖を和らげてみせます。 


そうしたらきっと…ぼっちゃんは笑って下さいますよね? 


「あの…」 
感情を押し込め愚直なまでに“道具”としての使命に生きていた辺古山にとって、伝えたい気持ちを言の葉に纏めるのがこれ程までに難しいとは思っていなかった。 
妙に取り繕うのは性分じゃない。 
だから今思った事を少しずつストレートに伝える事にした。 

「私は…“道具”として失格です」 
「い、いきなり何だよ!?」 
「貴方の望みが何なのかきちんと理解も出来ない…出来損ないで役立たずの“道具”で申し訳ありません」 
「だから一体何の話を…第一テメーの事を道具なんて言うなって何べん言わせりゃ…!」 
「ですが…やはり私は…ぼっちゃんに笑っていて欲しいです」 
「は…え…?」 
「私はぼっちゃんが辛そうなお顔をされているのも苦しまれているのも見たくありません…」 
翳りと憂いを帯びた幼馴染みの顔に九頭龍は少しばかり緊張で強ばった。が、それに気付かず辺古山は思いを形にしようと努力する。 
「ぼっちゃんが不安に思われている事…恐れている事…私が受け止めます…受け止めさせて下さい」 
「ペコ…。――!」 
辺古山はゆっくり優しく主を抱き締めた。昔そうしていたのを…今更思い出した。不意を突かれて九頭龍は完全に動けなかった。 
「…っ!」 
九頭龍の頭を胸元に寄せては優しく包み込み…だけどしっかり抱き締める。九頭龍の抱える不安や恐怖を受け止め拭い去ろうとするかのように。 
「大丈夫。もう何も怖がらなくて良い。私が…貴方の側に居る…私が貴方を護ってみせる」 


あの時ちゃんと言えなかった言葉。 
今度こそ笑顔で言えました。“アナタ”に教わった通りに出来ました。 
私に笑顔を思い出させてくれた“アナタ”…本当にありがとう。 


「………」 
やがて辺古山は九頭龍からゆっくり離れた。九頭龍はそんな彼女をぼんやりと見詰める。 
「ぼっちゃん…私は貴方を思うと自然に笑顔が出て心が温かくなると教わりました。今の私は貴方に笑顔で向き合えていますか?」 
「…ペコ……」 
「どうしたら貴方は笑ってくれますか?」 
今のは何だ? 
この幼馴染みは一体どうしたと言うのか。 
九頭龍には訳が分からなかった。 
「ぼっちゃん?」 
ベットの淵に踵を置いて膝を抱え出す九頭龍。 

人が集中していた所に急に呼び掛けて挙げ句には…その…子供みたいに抱き締めてきて…人を驚かすのも大概にして欲しい。 
「………」 
そう、驚いた。お陰で今まで固めていた決意を台無しにされた。実に不愉快…なハズなのに。 
心音がバクバク言っている。 
抱えた膝に顔を埋める。 
「………」 
横目で幼馴染みを見やる。時々キョトンとした顔で心配そうに覗き込んだりニコニコしてきたりする。イイ気なものだ。だけど…今のは…嫌、では無かった。 
さっきまで陰惨としていた気持ちが吹き飛んでいた。あの優しい声色。 
あの穏やかな温もり。 
そして、何もかも包み込むような笑顔。 
…自らを“道具”と決めつけていたあのペコが。 
「~~~っ!」 
顔が紅くなるのを止められない。 
何だか恥ずかしくなる。けれど正直…嬉しかった。あんな風に…まるでペコの全てを感じさせてくれるかのように抱き締めてくれて。ペコの全て…。 
あの温もり。 
あの声。 
あの華奢な両腕。 
…そして仄かに感じた彼女の甘い香り。 
「ぅ……」 
背筋がゾワリとした。 


…時間が迫っていた。もうコテージを出ねばならない時間は過ぎている。計画が台無しになりかねない。 
しかし。 
「なあ…ペコ」 
「はい、何でしょう」 
九頭龍は求めずにはいられなかった。 
「今のもう一度、してくれないか?」 
「…?ええ、構いませんが」 
「横に座ってくれて良いから…」 
「はい」 
辺古山は少し不思議に思いつつも、快く引き受けた。もう一度ゆっくり両腕で優しく、そしてしっかりと抱き締めた。 
今度は九頭龍の方から胸元に顔を埋めてきた。辺古山はそれを拒まず、寧ろ余計しっかりと抱き締めた。きっと不安が抜けきっていないのだろうと思って。 
「ペコ…」 
何だろう。 
とても安心する。 
それに温かくて…甘い匂い…。視線を動かす。華奢な両腕。細い首筋。白い肌。そして衣服越しに伝わる女特有の膨らみと柔らかい身体。 
視線が合えば…艶やかな唇が見える。 

付近には人気無し。 
密室に二人きり。 
しかも向こうの意思で密着させられている。 

そして今抱き締めてくるのは、ずっと一緒に育ってきた幼馴染みで……愛しい女。 

この状況下で。 
理性が保てる男が居たらお目に掛かりたい。是非そいつに敬意と嫌悪を示したい。 

「ペコ…」 
「はい、何でしょう?何でもお言いつけ下さいませ…」 
「何でも、聞いてくれるのか?」 
「勿論ですよ。ぼっちゃんがお望みならどの様な事も致しますし伺います。ですから…」 
望みなら…何でもする。 
九頭龍にとっては都合の良すぎる最高の免罪符。辺古山にとっては自ら差し出した隷属の拘束具。但し辺古山に至っては全くの無自覚だろうが。 
だからこそ求めた。 
「なぁペコ…キス…しても良いか?」 
「…はい?」 
辺古山は今の主の言葉を理解出来なくて思わず聞き返す。 
「何でも…するんだろ?」 
「あ…え、ええ、勿論です!キス…ですね…あ、はい…えっと…」 
どうして良いか一瞬分からず戸惑う間もなく辺古山の唇が九頭龍のそれと触れ合う。直ぐに離れるだろうと思っていた彼は、しかし殺那の間を挟みながらも離れようとはしてくれない。 
(ぼっちゃん…!?) 
ぎこちなく啄みあう互いの唇。九頭龍の追求に辺古山が困惑しながらも応じようとするが追い付かない。それが焦燥となり彼女を更に混乱に貶める。 
キスについて全く知らなかった訳じゃない。お嬢様やクラスメイト達が夢見がちに語る色恋沙汰の話題に混じるそれは、だが永久に無縁だと思っていた。 
一生彼の“道具”として生きていくと誓った彼女にとっては関係無い…ハズだったのに。そんな彼女の戸惑いに気付いてか否か…しかし構わず九頭龍は辺古山に口付けを繰り返す。 
この間も辺古山は九頭龍を抱き止める腕を下ろしていない。下ろせと言われなかったからだ。その事も九頭龍の欲望を更に煽る結果となっていた。 
(ペコの唇…柔らかい…) 
初めて触れた幼馴染みの唇は思っていた以上に柔らかくて、何処と無く甘くて。もっと味わいたい。深く、深く。 
「…んぅ…っ」 
苦しげに呼吸を繰り返すペコの顔はほんのり紅くて。ペコの瞳は切なく潤んでいて。 
湿った吐息を溢す際に開いた唇の奥は酷く魅惑的だった。その入り口が再び閉じる前に、右手で辺古山の顔を引き寄せては唇を重ねて舌を割り込ませた。 
深く口付けする時はこうするのだと、周囲が交わす品の無い会話から耳に入った戯れ言がまさかこのような形で役に立つとは思いもしなかった。 
神聖な聖域を恐る恐る荒らそうとする略奪者の如く辺古山の口内に侵入した九頭龍の舌が彼女の歯筋を舐め、更に奥に潜む舌に絡まろうとした。 
(ぼっちゃん…どうして…?) 
辺古山の頭の中は困惑と疑問で埋め尽くされていた。けれど拒む訳にもいかない。主の望みだから応える。主の命令だから従う。 
(本当に…それだけ、なのか?) 
…何かおかしい。幾ら彼の命令や望みでも、この行為は“道具”に求める要望を遥かに逸脱していないか? 
(ぼっちゃん…) 
止めるべきなのか…そうは思っても何だか身体が金縛りに遭ったみたいに動けない。太股に置かれた主の左手が辺古山が動くのを防ぐかのように熱を帯びているような錯覚を感じた。 
…いや、動けないんじゃない。動かないだけじゃないのか? 
命令だからとかそんなのはただの口実で、本当は…。 
(こうして…いたいだけ…?) 

困惑と疑問の裏側で理性を蝕む甘い痺れ…その正体に気付かぬまま、とうとう主の求めに応じ舌を触れ合わせた。 
一方的な接触から段々と互いに絡み合うにつれ水を弾くような音が溢れていく。辺古山はそんな音を目の前の敬愛する主と鳴らしている等と思うと余計頭が茫然としてくる。 
長いような短いような深い口付けを、不意に九頭龍から離れる。 
「……ぁ…っ」 
何てはしたない声。まるで名残惜しいみたいじゃないかと辺古山が羞恥に震えるも、それを察してか否か、九頭龍は彼女の腕を掴み強く引いた。 
そのまま抗いもせず背に柔らかいベッドの衝撃を受けたのを甘んじたのは、果たして主に抗ってはいけないと思ったからか。 
覆い被さってきた九頭龍と視線があった。 
「ペコ…」 
何を言うべきか詰まった気持ちを表すような声。 
「お前に触れても良いか?」 
「ぼっちゃん……ですが、よろしいのですか?」 
質問の意図をやはり掴めなくて、視線を横にすると時計は13時40分を差そうとしていた。西園寺がビーチハウスに来るのはもうすぐだ。 
小泉には時間をずらして伝えてしまっている。このままでは計画そのものが破綻しかねない。 
「…んなもん、知った事かよ」 
「ぼっちゃん…!?」 
固めようとした決意が崩れた先が消滅とは限らない。それが負の感情から生まれたものなら尚更だ。 
妹の仇を討ちたい。 
だけどこの島は人殺しに対する慈悲は実の所皆無に等しい。そのリスクを背負ってまで犯す程の見返りは果たして有るのだろうか。 
それで無くとも、世間からの強制隔離。得体の知れぬ化物共。失われたと言う学園生活の記憶。見知らぬ連中との共同生活。 
そしてコロシアイと処刑。これだけでも疑心暗鬼になるには十分過ぎる。 
そこに降ってきた残酷な真実。 
頭がどうにかなって狂ってしまいそうで……それでも辛うじて保っているのは、本当の意味で孤独じゃなかったからだ。 
側に居てくれた人が…支えてくれた人が居たから。そんな簡単な事に九頭龍は今気付いた。 
「ペコ…お前の全部に触れたい」 
実の所、ペコは単に主が焦燥しているのを見兼ねただけで…“道具”としての役割を果たそうとしただけで…こんな風に押し倒されるのも、口付けをせがまれるのも嫌だけど命令だからただ従っているだけで。 
「お前が欲しいんだよ…どうしようもない位。だから…」 
主と同じ気持ちを抱いていなくて。好意なんか本当は一欠片も抱いて貰ってなくて。 
「抱かせてくれないか?」 
本当は“何でも従う”と言ってくれた事を都合良く履き違えて利用しているだけじゃないのか? 
与えられた“ただの善意”に甘えて、実は踏みにじろうとしているだけじゃないのか? 
己を“道具”と思い込んでるからきっと赦してくれると思い上がっているだけじゃないのか? 
「頼むから…俺を拒まないでくれ…」 
けれど、それでも。 
「ペコ…!」 

受け入れて欲しくて。 
甘えさせて欲しくて。 

他の誰でもない“辺古山ペコ”と言う愛しい人に。 

平然を装っておいて…結局は何時壊れても不思議じゃない位極限状態だっただけなんだ。 
そこに差し伸べられた救いの手にはち切れた緊張と不安と恐怖。それらに後押しされるような情けない欲情だけど。 

今はただ欲しかった。目の前の女が。 


そうしたらペコは少し微笑んだ。 
「私がどうして貴方を拒みましょうか?…言ったでしょう、貴方の不安も恐怖も受け止めさせて欲しいと…ですから」 
辺古山は両腕を九頭龍の背に回し、その身を抱きしめた。 
「ぼっちゃんの好きなようになさって下さい」 
それは辺古山なりに示した彼女自身の意思の現れだろうか。 
「………わかった」 
どちらにせよ、ここまで来たら止める理由も術もなかった。 

「っ…んぅ…」 
互いに深く口付けを貪る。角度を変えて何度も何度も求め合う。 
その間に首筋に添えられた辺古山の手の感触が、彼女に拒否する意思がないのが伝わるようで九頭龍は堪らなく嬉しかった。 
制服越しに撫でてくる九頭龍の手にやはり辺古山は居たたまれない羞恥はあったが嫌悪感は無かった。 
「は…っ」 
「っ……」 
ぐちゃぐちゃに混ざった二人分の唾液を飲み込んだ辺古山の顔は普段からは想像も付かない程蕩けていた。そんな表情をされて九頭龍が興奮しない訳がなかった。何時もより荒い呼吸と共に僅かに揺れる胸に手を触れた。 
「ぼっちゃん…!」 
「うわ…柔らけぇ…」 
初めて触れた膨らみの感触に素直な感想が溢れた。 
「色々触ってみても…良いか?」 
許可が無くても実行するつもりだが。わざとらしい質問に、 
「…はい…どうぞ、御随意に…」 
とワザワザ律儀に答える彼女が愛しい。 
「っ!」 
それぞれ両手でそっと掴み、やがて緩やかに揉みだしくと辺古山は息を飲む。 
弾力のある柔らかさは触れてくる手の蹂躙を自然に受け止めている。 
皺を余儀なく刻まれる制服の感触より形を余儀なく歪んでく膨らみの存在が強く感じてしまう。 
「こうしてみると、本当…お前の胸大きいのな…」 
普段全く意識してなかった訳では無かったが、直接触れてみると実感が湧いてくる。 
「す…すみま、せん…」 
「何で謝んだよ、褒めてんのに…」 
「はっ…申し訳…んっ…!」 
人が折角褒めてるのに謝ってしまうのは彼女が謙虚である証なのだが、やはりそういう所は昔から気に入らない。 
「やべ…これクセになる」 
胸の感触や柔らかさが余りにも良いのも有るが揉みしだく度ペコが顔を真っ赤にして息を乱すのが堪らなくて病み付きになってしまう。 
「ペコ、お前はどうなんだ?嫌じゃないか?」 
「っ…ぼっちゃんがお気にっ召して…頂けたのな、ら………!」 
そういう事を聞いてる訳じゃない。やはりそういう所は少しばかり苛立つ。だからじゃないがそろそろ次の段階に移行しようと辺古山の服に手を掛けて……。 
「う…」 
衣服に隠れた辺古山の姿を暴こうという所で躊躇いが吹き出てきた。 
いよいよ本番に差し掛かるんだ。これから本当に…ペコを…抱く。 
分かってはいたが、いざそれを実感すると恐ろしく悪い事をしようとしてる気がして。 
(何やってんだ俺…!) 
こんな時に躊躇してしまうヘタレた自分が酷く情けなくて呆れ果てて嫌になる。 
「ぼっちゃん…あの…」 
「あ?」 
動揺の余りうっかり威圧的な声を出してしまった失敗を即座に内心で後悔し、辺古山に対する謝罪を心中でしか繰り返せない己を呪った。そんな九頭龍の心中も知らず辺古山は恐る恐る進言した。 
「あの…服…脱いでも構いませんか…?」 
「え…」 
「こういった場合…殿方の嗜好によって衣服を脱がせるのを好むか自ら脱ぐのを眺めるのを好むか異なるらしいと聞いたのですが…」 
一体何処でそんな知識を身に付けてくるのか。自分から教わったり調べたりするような性格では無いだろうから周囲の女子辺りか組の連中辺りか妹からだろうか。妹は兎も角として、実に腹立たしい。 
己の預かり知らぬ所で他人に穢された気分だ。…辺古山が恋愛感情を伴う意味で、九頭龍の所有物として扱われるのを認めたか否かはさておき。 
「いえ…やはりぼっちゃんのお手を煩わせる訳にはいきません…自分で脱ぎますので暫しお待ち頂け…」 
「ま、待てよ!勝手に決めんな!お…お、俺がやる!」 
何て事抜かしてんだ俺は…と我に返っても宣言した以上どうしようも無かった。 
「…ですが…ぼっちゃん…」 
「ううううううう煩い!俺がやるっつったらやるんだ、良いか?お前は手を出すな、絶対だからな!」 
「…はい、分かりました。ぼっちゃん」 
思わずクスリと笑った彼女に理由を問い質すのは敢えて避けた。 
制服のリボンを抜き、裾を擦り上げる。指先で触れてしまう素肌に一々心臓が跳ね上がり、動きがぎこちなくなってしまい辺古山が不快に思っていやしないかばかり気になる。 
だが彼女は嫌な顔一つせず九頭龍の手の動きに従って主の妨げにならぬように努めた。そうして辺古山の上の制服が完全に脱げた時には数分を要した。 
変に時間が掛かった事に少し情けなくなった気持ちは目下の存在に吹き飛んだ。真っ白な肌。滑らかな曲線。形の良いふくよかな乳房。それを包む黒いブラジャーが一際目立っているし肌の白さを際立たせてもいた。 
そして九頭龍からの視線に戸惑い僅かに頬を赤らめる辺古山。 
呼吸を忘れる程に目を奪われる。 
引き寄せられたからか触れてみたかったからか、伸ばした手の指先で鎖骨に触れてなぞる。 

「……!」 
僅かに辺古山が震えた。 
「綺麗な肌してんな…つるつるしてるけど柔らかいし…」 
「お嬢様や奥様に毎日…きちんと手入れを怠らないよう仰せつかっ…て…まして…っ…私にはよく…っ…分かりかねますが…ぼっちゃんがお喜びになるから…としか…」 
「へぇ…じゃあ何か?ペコ、お前は俺の為に毎日肌の手入れをしてた…そういう事か?」 
一気に胸元まで指先でなぞると、辺古山は強く唇と目を閉じて無言で頷いた。 
どうもあの家の女性陣は揃いも揃って余計な節介や世話を焼くのが多い。 
貴方の為だと言われて嬉しい反面、主の命令や意見を遂行する事ばかり優先して果たして辺古山自身の望みはあったかどうか図りかねて複雑に思う。 
「コレ…外すぜ?」 
ブラジャーの肩ヒモに指を掛けて問う。 
辺古山は無言で頷いた。 
「こういうのどうやって外すんだ?やっぱ上にずらして……」 
「…中心にホックがあります…それを外せば…」 
「中心?」 
「こちらに…」 
そう言いながら辺古山は自らの両手で胸を押し上げ、繋ぎ目らしき部分を指差す。 
「ぼっちゃん…分かりますか…?」 
眼鏡の奥で潤む瞳を向けながら自ら胸を寄せ上げる姿が余りにもいじらしくも淫らに映る。 
「コレか?」 
言われた部分に指を引っ掛けると、プツン、と外れた。 
「ペコ。手をどけてくれ」 
恐る恐る主の命に従う。辺古山の手が離れたと同時に支えを失った包みが左右に落ちる。 
その姿を暴かれた双丘、真っ白な膨らみの頂きに桜色の一点…これがさっき触れた物の正体を知って感激すら覚える。 
「ペコ…」 
息を飲んで掴む。すると、さっき触れた以上に柔らかくも滑らかな触り心地に一気に夢中になった。 
さっきと同じように両手で揉みしだく。 
「すっげ…むちゃくちゃ柔らかい…」 
「は、…んぅ……っ」 
面白いように形を変える乳房は元に戻ろうとする弾力を九頭龍に感じさせる。 
チラチラ動く乳首が目に入り、指先で触れてみた。 
「ひ…っ!」 
辺古山が短く悲鳴を上げる。 
「ペコ…!?」 
もしかして嫌だったのか、と一瞬焦ってしまうが。 
「す、すみません…少々驚いてしまって…」 
「嫌、じゃないのか?」 
「分かりません…ぼっちゃんに触れられた瞬間頭の中に妙に甘い電流が流れたような…ですが…この感じ…嫌じゃないと…思います…ぼっちゃんに触れて頂いたからでしょうか……っ!ぼっちゃ…んぅ!」 
辺古山の言葉が終わらぬ内に九頭龍は指先で桜色の頂を摘み始める。 
「嫌じゃないなら良いんだ。良かった」 
「で…ですが…そんな強く…なされて……は…!」 
「それに何か美味しそう…」 
「お、美味しくなんか…ふ…くぅ…」 
ざらりとした舌の感触が乳首を刺激する。 
「ぼっちゃん…!そのような…!」 
「ん…甘い…」 
まるで赤ん坊のように唇と舌が吸い付いてくる。 
「はぁ…はぁ…!」 
もう片方の乳首も空いていた手の指に摘ままれ始め、指先と舌の異なる感触に辺古山は翻弄されていく。 
ふにふにと柔らかかった乳首は次第に硬度を帯びていく。 
「硬くなった…感じると硬くなるらしいけど…」 
硬くなった乳首を指先で捏ねて堪能する。 
「わ…たし、には…わからな……です……“どうぐ”…ですか、ら…!」 
「あ?俺に対してそんな逃げ方すんのか?『超高校級の剣道家』がそんなみっともない真似して良いのかよ?」 
「逃げ…!?そのような……んっ…ふ…!?」 
主からの叱咤に恥ずかしくなった所に乳首を強く弾かれ、そこから生まれた強い痺れに思わず辺古山の背筋が反れた。 
構わず九頭龍は彼女の乳房を堪能する。 
九頭龍の指先も掌も舌も唇も髪の毛も、それらを感じる度に辺古山は恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないのに…全身が酷く疼いてしまうのを否定しきれない。 

「ひ…んっ!?」 
胸ばかり弄られた所にいきなり首筋や鎖骨を強く吸われたら変な声が抑えられない。 
幾度かチクチクする痛みを伴った吸い付きの後漸く九頭龍は顔を上げた。 
「ぼっちゃん、今何を…」 
「コイツは印だ。お前が俺のモンだっつう…」 
口付けた部分をなぞる。ただ勢いだけでペコを穢そうとしている自分が彼女を独占する等余りに失礼なのかもしれない。だが、触れていく度他の誰にも渡したくない。触れさせたくない。そんな思いが九頭龍の中に生まれていた。 
「ぅ…っ…印?」 
九頭龍は近くに有った手鏡を使って辺古山に見せてやる。白い肌に紅い印が数ヵ所浮かんでいた。 
「これは…」 
何処もかしこも制服を着た時露になってしまう位置だった。こんなの他の者が見たら…。 
「恥ずかしいか?それとも言い訳に困るか?」 
「あ…えっと…」 
内心を当てられるとは思わず、返答に窮した。 
確かに恥ずかしいし言い訳するにも上手く納得させられるか分かりかねるが…そもそもお互いの関係を隠したがっていた主の行動とは思えない。それに…。 
「私は………なのに」 
「ん?」 
「私は、初めから身も心も…何もかも冬彦ぼっちゃん、貴方だけのモノなのに…私の全ては貴方に捧げているのに…」 
今更“印”が必要だとは辺古山にはとても思えなかった。 
「ペコ…お前…」 
普通に考えれば、彼女の発言は愛した女から言われる言葉としてこれ以上ない喜びをくれるハズだった。普通ならば。 
だが、 
『私は貴方の“道具”ですから…』 
普段から…こうして触れている今ですら平気でそう宣言するペコの言葉だ。果たして、所詮は主に遣える『道具』としての言葉でしかないのか。 
それとも、辺古山ペコと言う一人の『人間』の言葉なのか……それを聞けなかった。聞きたくなかったと言うべきか。何と答えるか分かってしまう気がして。 

その事について頭から振り払うように全身を僅かに下げ辺古山の太股の裏側を掴み更に曲げさせた。 
辺古山のスカートが少しずれて、奥に潜む内股が見えてきた。 
彼女が反射的に上半身を上げたせいか、不安を帯びた瞳を向けられた。その辺古山の格好といったら…色っぽい所では無かった。 
ストッキングを破いてしまわないようゆっくり剥いだ。露になった太股を撫でて内側に唇を寄せた。 
「ぼっちゃん…」 
さっきから一体どうしたと言うのだろう。主に触れられる度全身が痺れて切なくなって…心音が激しく高鳴って。剣道家として精神を鍛えたつもりだったのに…落ち着かない…鍛練が足りてないからか。 
「…っ…!」 
太股を舐められたり強く吸い付かれる最中、うっかり主を挟み込まないよう努めた。 
九頭龍が顔を上げた時には太股の内側にまた紅い印が幾つも出来ていて、辺古山は不思議に思うのだった。 
(さて……と) 
九頭龍は太股を伝いながら指先を足の付け根に近付ける。 
「改めて思うけど…マジでTバッグだったんだな。それも黒の」 
「こ、これはその…!あくまで動きやすいからでして…!」 
九頭龍ですら知らぬ彼女の下着に今はもう亡き花村はどうやって知り得たのか不思議で仕方なく、又は腹立たしく思うが、変に慌てふためく辺古山が可愛らしかったので良しとした。 
ペコの大切な所に布越しに指先が触れて、彼女は一瞬全身を強張らせた気がした。初めて触れたそこは熱を帯びており、覆い隠す為の布が湿っていた。 
「ここ濡れてるみたいだが…やっぱ感じたのか?」 
そう問いつつ指の腹で布越しに擦る。 
「そ…それは……っ」 
首を横に振る様は、肯定とも否定とも取れないような動きだった。 
丸い粒の跡がうっすら布の上部に見えた。 
(コレって…アレだよな) 
ペコのクリトリス…確か女性はこの部分が敏感だとか何とか。 
人差し指でそっと撫でる。 
「――――っ!!」 
辺古山の全身が戦慄いた。と同時に布の裏側から何かが溢れてきたように見える。 
「ペコ、今の…良かったのか?」 
「…ぅ……っ!」 
いやいやをするように首を横に振った。しかし本気で嫌がっているようにもどうしてか見えなくて。 
そのままペコの反応が見たくて布越しにクリトリスを捏ねる。 
すると奥から溢れる何かで布の染みが広がり、その出口付近で粘り気のある水音が聞こえてきた。 
「すっかり濡れちまったな…気持ち悪いだろうから外してやるよ」 
下着としての機能を果たせなくなったそれを脱がせる。 

産毛と見紛う位薄い陰毛の中で女陰がひくついていた。割目の下方…膣穴から滴り落ちる液体はまるで蜂蜜を溢す蜜壺のようだった。 
その穴に自分の雄芯を入れる…そう考えただけで禁忌を犯そうとする後ろめたさと、それ以上に抗い難い悦びにゾクゾク震えそうになる。 
しかし先ずはきちんと解してやるのが先だ。初めては激痛が伴うのだとか。痛い思いはなるべくさせたくない。…それにペコの中がどうなっているか確かめたい。 
指先で穴口をつついただけで蜜がとろり、と溢れる。指先を宛がい、ゆっくりとペコの中に侵入した。 
「ん……く…っ!」 
辺古山は思わず固く目を閉じた。 
「…お前の中…凄く熱くてトロトロじゃねぇか…」 
膣中で指を少し動かしただけでクチュクチュと音が聞こえる。 
「それに指に絡み付いて離れやしねぇ…」 
動かしているのは指なのに、全身が辺古山を感じる。下半身が熱と痛みに満たされた気がして省みると…いきり立つ雄芯がズボンの上からもハッキリと判った。 
1本では物足りなくて指を2本、3本と入れ掻き回す。そのいずれも柔らかい膣壁が熱くねっとりと絡み付いてその侵入を悦んでいるようだった。九頭龍の手は辺古山の蜜にまみれていた。 
「ペコ、分かるか?お前の中からどんどん溢れてきてるぜ?」 
「…っ…う…!」 
辺古山は見上げるように見詰めてくる主と、淫壺からはしたない音と蜜を溢す自分から目を逸らす。 
「なぁ、ペコ…さっきからずっと何か我慢してるみてーだが…俺に触られんのやっぱり嫌なのか?」 
「ち、ちが…!ぼっちゃんの事が嫌な訳…んっ!?」 
「じゃあ何で顔隠したり声を抑えようとしてんだよ?」 
「…っかり…」 
「あ?」 
「だって…私は…んっ、貴方を受け入れるって…貴方を受け止めなくてはならないのに……さっきから私ばかり胸が苦しくて切なくて…っ… 
ぼっちゃんに触れられる度身体が熱くなって……もっと触れて欲しいって気持ちばかり強くなって……ごめん、なさい…私は……んぁあっ?!」 
クリトリスがザラっとした何か…九頭龍の舌を感じる。 
「ぼっちゃん…!?何を…ーーーーっ!?」 
そのまま続けて膣口を舐められ辺古山は強烈な痺れを感じ背を仰け反らせた。 
「ぼっちゃんっそのような所、なりませ…あっ…!…やっ…やぁ…そんなとこ…駄目…っ…汚い、ですから…ふぁっ…!」 
両手を使って九頭龍を押し退けようとしたが力が全く入らず、逆に撫でながら押さえる形になってしまい「何だ、誘ってんのか」と嬉しそうに言われて否定出来なかった。 
「汚くなんかねぇよ。それに…ん…何か甘いし」 
「ひっ…ぅ…そんなの…!」 
主の声と吐息が敏感な部分に掛かり恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだった。九頭龍は構わず壺口から溢れる淫蜜を味わう。 
「う…ぁ…駄目…っ…声…抑え…!そこ…あっ、ひあっ?!」 
内部に舌が入り込んだのとクリトリスを強く捏ねらたのはほぼ同時だった。 
どうやら空いてる指で拡げながら舌の侵入を手助けしているみたいだ。 
「ぃ、あ…そこ…!…そんな風になさらないで…くださ…はぁ…っ…はぁ…あっ、こんな、の…ぼっちゃん…っ…ぁ…ダメ…ダメですっ…あ…ぃゃ…ぼっちゃん…っ」 
いつしか口元からだらしなく涎を垂らし、全身をヒクつかせながらも九頭龍の愛撫に夢中に受け入れて…いや求めている。快楽に溺れ掛かっていた。 
荒くも甘く熱っぽい吐息と喘ぎ声…どちらもあのペコが溢している。 
彼女の蕩けた瞳は何を映しているか。 
「ぼっちゃん…あ…ぁん…何か…くる…私…ぁ…ふぁ…ぁ、―――っ!」 
辺古山はビクン、と大きく震えて奥から大量に愛液を溢れ出させた。突然の異変に九頭龍は顔を上げる。 
「ペコ、今の…イったのか?」 
辺古山は初めての感覚にただ熱く呼吸を繰り返すしか出来なかった。だが、弱々しく頷いた。少しばかり微笑んで。 
「ペコ…」 
言い様のない喜びが九頭龍を満たす。 
「ペコ、この際言うけどな…俺は“道具”なんか要らねぇ…初めから要らなかったんだ…俺はただ、ペコ…ありのままのお前が欲しいんだよ」 
「ぼっちゃん…?」 
九頭龍は辺古山の頬に手を添える。 
「“道具”としてじゃない。俺が求めてるのも好きなのも辺古山ペコっつう一人の女なんだ。だから…ありのままのお前として俺を受け入れてくれ…ペコ…」 
九頭龍の言葉にどう反応すべきか分からない程“道具”として生きてきたわけじゃない。 
「ぼっちゃん…!」 
けれど何だか涙が溢れて止まらなくて上手く言葉が出てこない。 
返答に詰まる辺古山がどうしてそうなるのか、それを一番よく理解している九頭龍は敢えて彼女が涙する理由を尋ねなかった。 
「…抱くぜ?」 
だから代わりに彼女を求めて良いか尋ねた。ペコは涙しつつも無言で頷いた。 

少し性急になりがちだったが衣服を脱いで、ペコのスカートを取り除いた。互いに一糸纏わぬ姿…ずっとずっと幼い頃共に風呂に入っていた時以来か…。 
十二分に勃起した雄芯が先走りの汁を溢していた。亀頭を膣口に添えただけでぬちゃ…と音がする。 
「初めては凄く痛いって聞いた…俺もこんなこと初めてだし、その…上手く出来るか分かんねぇから痛い思いさせるかもしれないけど…」 
「構いません…与えられる痛みが貴方からもたらされるモノなら平気ですから…言ったでしょう?貴方の不安も恐怖も全部受け止めると」 
「お前は怖く、ないのか?初めての相手が俺で…」 
「どうして?世界で一番大切な方に対して私が何を怖れる必要がありましょう?」 
九頭龍の頭を撫でる手はとても優しかった。 
「…ペコ」 
溢れる愛しさに堪えきれず、とうとうペコの中に雄芯を埋めた。 
「ん…ぁ…!」 
「うっ…」 
感じる痛みが少ないよう出来るだけゆっくり挿入を試みた。 
先に進める度に柔らかく熱い襞が九頭龍に絡み付き、なのに侵入を促しているようだった。 
「ん……んぅ…!」 
辺古山は出来るだけ力を抜いて九頭龍を受け入れる事だけに集中していた。しかし、女として初めて使う其処が落ち着きなく蠢いてどうにも息苦しい。 
「っ…う!」 
包まれている感覚が勃起した雄芯には刺激と快感が強すぎて意識が飛んでしまいそうになる。全てを収めた瞬間、九頭龍は息を強く吐いた。 
「はぁ…ペコ…大丈、夫か…はぁ…はぁ…」 
「私は…ん、大丈夫…です…」 
九頭龍は視線を結合部にやると、隙間から溢れる液体に僅かながら赤い何かが混じっていたのが見えた。 
「ペコ!?ご、ごめんっ俺…!」 
「ぃっ…ぅぐ…!」 
彼女を傷付けてしまった事に九頭龍が思わず焦ってしまったからか、中に入れられた雄芯が急に連動して動いたのについてこれず辺古山は呻いた。 
「ぼっ…ちゃん…いきなり、そのように動かれては…!…」 
「ペコ…っ…」 
「私は…だ、大丈夫…ですから…どうか冷静に…はっ……」 
上手く力の入らない両手で九頭龍の両腕を掴んで辺古山は深く不安定な呼吸を繰り返す。 
全身の余分な力を抜いて、九頭龍の存在を少しずつ、自然に受け入れていくと同時に呼吸も穏やかになっていく。 
「ペコ、済まねぇ…俺…」 
「…構いません……私が決めた事、ですから…」 
「けど…」 
「ぼっちゃん、お優しい気持ちは有難いのですが…度の過ぎる謝罪は…女にとって惨めなものですよ…?」 
「…そういうもんなのか?」 
「ええ……それにしても…」 
「?」 
「…ん…熱い…のですね…圧迫されているのに…苦しくない…私の全てが貴方の存在で満たされて…喜んでいるみたい……」 
「ペコ…」 
何故彼女は一々嬉しい事を言ってくれるのだろうか。愛しさで気が狂いそうだ。 
「っ…そろそろ動くぞ?」 
「はい…どうかお好きなように…」 
一旦ゆっくり…ゆっくりと腰を引いた。少し動いただけで内側からズチュ…と滑ったいやらしい音がした。 
襞の絡み付きがまた絶妙で九頭龍を締め付ける。 
「っ…すげぇ締め付け、だな…ちょっと動くだけでも一苦労だ…」 
「ぼっちゃん…私の中…しづらい、ですか?」 
ペコが心配そうに見詰める。 
「いや…最高だ」 
「…んぁっ!?」 
一気に最奥を突く。 
「あ…っ…あぁ…!?」 
かつてない感覚に辺古山の体がガクガク震える。強烈な衝撃が全身を脅かす。だが…。 
(な…に…コレ……?) 
恐怖は一欠片もなく、その代わりに抗い難い快感がそこにあった。 
「ペコ…っ」 
「ぁっ、ん…!ぼっちゃん」 
今度は押し引きの間隔を一気に狭めた。 
「んっ、く…んぁあっ!?」 
一度動いたらもう止まれない。九頭龍は腰の動きを次第に強くする。律動を繰り返す度、襞は程好く絡み付き膣は強く締め付ける。 
その刺激に昂る雄芯を徹底的に揺さぶり凄まじい快楽をもたらし、九頭龍の理性を蝕み狂わせる。労ろうとした気持ちは簡単に駆逐された。 

「ぼっちゃ…ぁん、やっ…っ…ぃく…んぁ…んっ!?」 
痛みに堪えているのだろうか、苦悶の表情を浮かべていたが…。 
「はぁ……っ……や…ん……ひぁっ…」 
次第に彼女の顔から苦しみが薄れ、代わりに甘く蕩けた艶やかな表情を浮かべていた。破瓜の痛みが和らいだのだろう。 
「…あっ…あぁ…んっ…」 
普段の彼女からは想像もつかない甘ったるい嬌声が零れだす。 
眼鏡の奥で潤む双瞳が虚ろに揺らぐ。視線は主から離れない。 
そんな風にさせているのが自分だと思うと、九頭龍はより一層悦びに興奮するのだった。 
「ペコ…っ…お前の中…本当にすげぇ良い、ぜ…」 
「ぼっちゃん…ぁんっ…!」 
激しく突かれる度辺古山の全身が震える。それ以上に齎される快楽に思考も理性も蝕まれ狂っていく。 
そんな自分に嫌悪し、だが受け入れようとする自分もいた。 
「…だめ、私…っ…なんだか…はん…おかし、く…ぼっちゃんに、して…いただい、っ…て…中、あつくて…せつなくて…奥に…あてられて…もっと…んぅ… 
たくさん、欲し…いって…いってるみたいで…ふぁっ…!?…変に…なり、そ……あ、あぁっ!?」 
「なれよ…っ…いくらでも…!お前の全てで俺を感じてくれ…っ…」 
膣内で襞と雄芯がぶつかり合い絡み合い、愛液と精液が混じった潤滑油が間で擦れて淫靡な音がひっきりなしに溢れる。 
コテージ中に響いているのか、膣内から響いてくるのか辺古山にはもう判別不能だった。 
ひたすら本能の赴くまま九頭龍を求め、与えられた快楽に溺れていたいと願うばかりだった。 
「ひ…あっ、やぁ…ぼっちゃん…ぼっちゃん…ああっ…!」 
「名前で、『冬彦』って呼んでくれねぇか…?」 
「冬彦………さん…?」 
「何で“さん"付けなんだよ、呼び捨てで良いって」 
こんな時なのに何だか少しおかしくて思わず笑ってしまう。 
「だって…私にとって“ぼっちゃん”は“ぼっちゃん”だから…っん……呼び捨てなんて…そんなの…恥ずかし、い…です…」 
顔を手で覆って隙間から上目遣いで見詰めるペコの可愛らしさに何かが焼き切れ、雄芯が膨れ上がった。 
「ペコっ!」 
「ふぁ、やぁああっ!?」 
更に勢いを増した九頭龍に突かれ嬌声が一層甲高くなる。 
「冬彦さん…冬彦さん…っあ…ぃや…そんな強く…ふぁ、はぁんっ……やっ…体が…っ…勝手に…!?」 
気付けば辺古山は自分から腰を揺らしていた。更に九頭龍からの激しい律動を乞うかのように。 
「腰が動いてるぜ、気持ち良いのか?」 
「ぇ…や…きもち…んぅ、あっ…はぁ……きもち……いい…きもちいい…です…っ……冬彦さん…っ」 
辺古山はとうとう認めた。九頭龍からもたらされる快楽に悦んで屈服したのだ。 
「ペコ…!好きだ…ペコっ」 
「わ、たしも…わたしもすきっ…冬彦さん…すき…っ…です…冬彦さ…んぅっん」 
おもむろに互いの唇を貪り合う。極上の甘美に酔いしれながらも九頭龍は更に強く激しく辺古山を打ち付ける。 
辺古山は九頭龍の背に両手を回してそれを受け入れた。 
彼女の瞳から溢れる涙は嫌悪等ではなかった。 
「…くぅ…!」 
中に出せたらどんなに良いか。しかし急な情交で避妊対策など皆無だ。そこまで無理を強いる訳にはいかない。だがペコはそんな主の躊躇いに気付いた。 
「ん…冬彦さ…んっ…したいようにして…?」 
「ペコ?けど…!」 
「冬彦、さん…わたしは大丈夫…ですから…!…ちゃんと受け止めますから…っ…わたし冬彦さんになら何をされてもいい…冬彦さんが喜んでくれるなら何だって嬉しいんです…っ…だから…」 
そういってペコは蕩けた優しい笑顔を浮かべる。 
「…お願い…冬彦さん…」 
「…わかった。すまねぇ…いや、“ありがとう”…だな」 
ペコはその言葉に満足そうに微笑んだ。 
挿入の動きを更に上げていく。 
昂ぶる快感が絶頂を迎えつつあった。 
「あっ!?…や…なにか…はんっ…く、る…だめ、わたし……もう……っ!」 
「ああ、俺も…もう限界なんだ…!一緒にイこうな?」 
「はい…っ…冬彦さんと…一緒…一緒がいい…!」 
救いを求めるようにふらつく辺古山の右手を掴み、逃がさないよう絡める。 
「…ふぁっ…!…やぁ…もう、だめ…っ、きます…ふゆひ……ぁんっ…あっ…!」 
「ペコ…!…ペコっ」 
「…あっ…ひ、んぁ…あ、や……ああっ、あああああああああああああああっ!?」 
「―――っ!!!」 
初めて迎えた極上の絶頂に、辺古山は全身を大いに戦慄かせた…と同時に膣内に注ぎ込まれた熱く濃厚な白濁を感じ、不思議な高揚感と充足感に包まれた。 

「はぁー…はぁー…」 
思考が全く回らない。全身が酷くダルい。終里や弐大より遥かに劣るし修行中の身ではあるがそれなりに鍛練を積み重ね、体力には自信がある…つもりだった。 
異性との交わりがこれ程までに過酷とは思わなかったが…簡単に音を上げるようでは師に顔向け出来ない。だけど…悪くない…いや素敵な夢を見たかのような甘く蕩けるような気持ち……。 
(どうしたら良いのだろう……病み付きになってしまいそう……) 
こんなはしたない女だと主に知られ見損なわれたら…辺古山はそんな事を思う自分に嫌悪した。 
それにしても。 
「ぼっちゃん…」 
内側が九頭龍に満たされて、未だ膣内が熱く脈打つ。手のひらで優しく擦ると、何故だか幸福に満ちた喜びを感じる。 
「…っ…くっ…!」 
一頻り辺古山の中に射精しきった九頭龍は崩れそうな体のバランスをどうにか両手をベッドに付いて支えようとしたが力が入らず全身を辺古山の上に重ねてしまう。 
「ぼっちゃん?」 
強く衝突する前に辺古山は彼の体を両手を使い、後に全身で優しく受け止めた。 
「……」 
「……」 
肌と肌が触れあい、互いの心音が互いに伝わる。 
「ペコ…」 
「はい…」 
「俺さ、コレが…セックスってこんな気持ちの良いもんで疲れるなんて知らなかった……」 
「…セックスだなんて…ぼっちゃんはしたないですよ…」 
「うるせー…へへっ…………あのさ」 
「はい?」 
「さっきあんなに出したのに……すげぇ気持ち良くて満足してるハズなのによ……もっとお前が欲しくて…もっとしたくて堪んねぇんだ…」 
「え……ぁん…?」 
辺古山の中に未だ入ったままの九頭龍の雄芯が膨れ上がる。 
「…もう一度、良いか?」 
不安そうに辺古山を見る目は何処か捨てられた子犬を彷彿させてしまう。 
「…ええ、構いませんよ。貴方が望むなら…何度でも…」 
拒む理由など無かった。 
「貴方の不安も恐怖も…喜びも望みも全部受け止めます…それが私の存在意義であり、私の“望み”ですから……」 
甘く濃厚な口付けを交わす。 
時計の針は15時前を指そうとしていた。 

*** 

初めて、と言うのは中々歯止めが利かないものなのか。 
あれからどの位交じり合ったのだろう。求めるまま求められるまま互いを重ね共に果てへ至って……判らない。シーツはすっかり乱れ、様々な染みを残している。それ以上にお互いがお互いに分泌したモノにまみれていた。 
互いに会話無くベッドに横たわる頃には陽が半分沈みかけていた。…計画が完全に破綻したのは明らかだ。 
「…ぼっちゃん…」 
「ん…?」 
夕陽を背にしている為か少し表情が見辛い…が、緩く乱れているがしなやかな髪、滑らかな肌が僅かな陽に照らされて煌めいている。眼鏡を外した顔は何時もより新鮮だった。そして愛らしい微笑み。 
愛しい女のこんな姿を側で拝めるなんて、きっと誰より世界で一番幸せな極道に違いない、と九頭龍は達観した。 
しかし、彼女の表情が少し翳る。 
「…よろしかったのですか?」 
「何が?」 
「これではもう計画が…お嬢様の仇も…」 
辺古山は出来れば止めたかった、のだと今は思う。だが、主が本来の望みに反して自らを苦しめているのではないかと思ったからで、本当の本当は復讐を心から望んでいたとしたら、 
それは主に対する謀反以外の何者では無かった。それを気に病んでいるのだろう。 
「…あー…もう良いや、別に」 
「ぼっちゃん?」 
素晴らしく濃厚で幸福な時間を過ごした後にどうして復讐なんて後ろ向きな感情になれようか。仮に復讐を果たしたとして、先に待つのはロクでもない結末…ペコの事だ、主を死なせまいと自ら代わりに手を下そうとする。 
恐らく幾ら誤魔化しようが誰かに罪を擦り付けようが最終的には彼女自ら罪を自白し処刑されるだろう…殺ったら殺りかえす、それが当たり前の世界に九頭龍達は居た。 
だが、その後更に殺りかえされるのが目に見えている世界でもある。一度殺ったらその連鎖は果てしなく続く…現実でもこの島でも実は大して変わらない“ルール”、こんな簡単な事に今更気付くなんて。自嘲を抑えられない。 
「…復讐なんてツマンねぇ事したってアイツが…妹が戻ってくる訳でも喜ぶ訳でもねぇ…寧ろバカな事してんじゃねぇって俺をぶっ殺しに甦ってきそうだ…それに…」 
ペコの頬を髪を撫でる。 
「ペコ、お前を失うようなマネなんざ真っ平ゴメンだからな」 
「ぼっちゃん…」 
ペコを失う…。どんな形であろうとそんな事絶対にあってはならない。それに繋がる行為は絶対に避けねばならない。 
深く繋がりあい、彼女への愛情がより一層強くなった今こそ…そう強く思えた。 

復元してよろしいですか?