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7-259 - (2013/02/01 (金) 09:00:57) のソース

いつ拝見しても、綺麗な指だと思う。 
長身痩躯の彼らしい、長くて華奢な指。 
薄桜色の爪は歪みもくすみもなく適当な長さで切り揃えられ、指先を控えめに彩っている。 
白い肌には傷らしい傷も存在せず、上流階級の気品を感じさせる。 
それでも骨張った関節が、繊麗な印象の指に男性的な魅力を添えていた。 
容姿も含めて「超高校級の完璧」である彼の端麗さを集約させたような、そんな指だった。 
ペンだこでいびつに歪んだ自分の指では比較対象にすらなり得ない程に、美しい指。 
こんな醜い指ではなく、あの指に触れて頂けたなら、どれだけ……――。 
腐川冬子は清麗な動作でページを捲る指先に、熱烈な視線と、それ以上に熱い情を傾けていた。 






希望ヶ峰学園図書室。 
ここが解放されて数日。十神白夜は、膨大な蔵書に囲まれたこの一室の王となっていた。 
殺人トリックの考案と暇潰しを兼ねた読書に耽り、多くの時間をここで過ごしている。 
現に今も、長い足を組んで手元の本に視線を落としていた。 
額縁を嵌めればそのまま格調高い名画として成立し得る光景に、部屋の片隅でこっそり様子を窺っていた腐川は、恋する乙女さながらに口元を緩ませた。 
あぁ、白夜様は今日も麗しくていらっしゃるわ。 
心の中で最愛の彼にとめどない賞賛を送りながら、その挙動全てを記憶しようと視線を注ぎ続ける。 
文面を追うサファイアの瞳、時々寄せられる形の良い眉、薄くとも瑞々しさを感じられる唇。 
あらゆる箇所に目を移し、その度に悦に入る。 
が、乾いた音と共に紙片を捲った指先を中心に捉えた瞬間、腐川の心臓が一段と大きく踊った。 
……綺麗な指、妄想していたものよりも、ずっとずっと素敵。 
昨日はこの指を思い描いていた。持てる妄想力を最大限に使って、彼との蜜月を脳内で作り上げていたのだ。 
彼を想って自慰をしてしまったのだと、改めて認識する。あの時の快楽を想起し、頬がじんわりと熱を帯びた。 
背徳的な行為と分かっていた。だが、止められなかった。 
彼の指と声を想像しただけで、あんなに上り詰めてしまうなんて。 
今までに人並程度に自慰の経験はあったものの、あそこまで声を上げて乱れてしまったのは初めてだった。 
それだけ、気持ち良かったのだ。 
妄想上の彼と、今現在視線の先に居る現実の彼とを重ね合わせ、堪らず股の間を疼かせた。 
長いスカートに隠された内腿が微かに震える。それでも目線は一点に固定されたままだ。 
あの指で触って頂きたい、あの指に触れたい。出来る事ならば……白夜様に愛してほしい。 
唇から漏れた吐息は、どこか官能めいた色を帯びたまま、空中に霧散した。 
その時だった。 

「煩いぞ」 

苛立ちの籠もった低音が図書室の静寂を切り裂く。 
声の主は当然、腐川が熱烈な視線を送り続けていた相手――十神だ。 
まさか願望が言葉になっていたのでは、と咄嗟に口元を押さえる腐川に対し、彼は不愉快極まりないとでも言いたげに、眉間に深々と皴を刻んだ。 

「貴様の視線が煩いと言ったんだ。何だその目は?」 

十神が射抜いた灰色の瞳は、最早先刻までのいじらしい乙女のものではない。 
眼窩に恋情と劣情を宿した、雌の目だ。 
容姿端麗で、尚且つ地位も家柄も資産もある十神には、飽きる程身に浴びた目付きだった。 
事実、彼の寵愛と子種を欲する女はごまんといたのだから。 
独特の粘り気を帯びた視線を引き剥がすように、手にしていた本を乱暴に閉じる。 
破裂音にも似た音が、再び部屋の無音を殺す。 
それだけで、目の前の少女は顔を青くして痩せぎすの体をわななかせていた。その睚には薄らと涙が浮かび始めている。 
怯えた視線が、十神の嗜虐心をちりりと焦がした。 
学園という箱の中に押し込められた監禁生活。 
ここで提示されたコロシアイのゲームというのはスリルのあるものであったが、それ以外の娯楽は非常に乏しいものだ。 
その上、集められた生徒は皆個性的で自己主張の激しい者ばかり。 
常に畏敬と羨望、そして追従の視線をその身に浴びていた十神にとっては、些か物足りなさを感じる環境であった。 
そんな中、十神の服従者であり崇拝者となった腐川の存在は、彼生来のサディズムを一際妖しく刺激した。 
久しく味わえていなかった支配者としての高揚が、背筋を這い上がる。 

「あ、あああの……申し訳、ありません……っ。すぐ、出ていきます、から……」 
「俺の質問に答えろ」 
「う、ぁ……」 

逃げ出そうとする腐川の退路を鋭い一言で断ち切る。 
抗う事さえ許さない強烈な言の葉は、見えない鎖となって腐川の足を絡め取った。 

「自覚がないなら教えてやろうか。先刻のお前は、発情期の雌犬さながらの顔付きだったぞ?」 

逃げ道を塞いだら、後はじわじわと詰るのみ。 
感じたままを伝えるだけで、腐川は瞬く間に耳まで赤面する。古風なスカートの上からでも、膝が顫動しているのが窺えた。 
とどめとばかりに、ゆっくりとした動作で立ち上がり、距離を詰めていく。 
腐川は勝手に足をもつれさせ、硬い床に尻餅を付いた。 
心身共に追い込まれる恐怖に涙腺が耐えられなくなったのか、大きな瞳から雫が一滴、血の気を失った頬を伝い落ちた。 
含羞と畏怖、それから極微量の欲情を孕んだ目。 
こちらを恐々見上げる灰色に、十神は悪魔の微笑を浮かべた。言え、と視線のみで、無言のうちに命じる。 
彼女の逡巡は、一瞬だった。 

「っ……白夜様、あなたに……畏れ多くも、その……じ、じ情欲を抱いて、おりました……ッ。も、もも申し訳ありません……!」 
「ハッ、浅ましい女だな。俺の指を想像して自涜にでも励むつもりか? それとも、既に実行済みか」 

途端、真っ赤に染まっていた顔が伏せられる。 
図星のようだ。凡そ昨晩に慰めでもしたのだろう。 
今までこの少女には感じられなかった性の香りに、十神はそう推測した。 
目を射抜く事は適わなくなった為、哀れな程竦み上がった体に目を落とす。 
か細い腕は体を抱き締めて、どうにか精神を落ち着かせようと奮闘している。 
スカートは尻を付いた衝撃で捲れ上がり、日焼けを知らぬ真っ白な太腿を曝け出していた。 
内腿に刻まれた痛々しい「正」の字の羅列――腐川の裏人格が付けたキルマークも目視出来る。 
絶え間なく震えるそこは、嗜虐心をそそるには十分だった。 
抑圧的な環境下で知らず知らずのうちに溜まっていた征服欲が、顔を覗かせる。 

「本来なら貴様の存在を俺の意識から抹消している所だが……」 
「ひ……っ!?」 
「俺の命令に従うなら、特別に許してやらなくもない」 

俯いていた顔が、勢い良く持ち上がる。実にコントロールし易い女だ。 
希望を僅かにちらつかせるだけで、予想通りの反応が返ってくる。 
――良い退屈しのぎになりそうだ。 
支配欲と加虐性癖を一度に満たせる獲物に、十神はどこか愉しげに双眸を細めた。 






「あ……っ、あ、はぁ……びゃくや、さま……ぁ!」 

じゅぷじゅぷと、図書室には不釣り合いな水音が黴臭い空気を振動させる。 
奥まった所にあるテーブル上、丁度監視カメラの死角となる場所で、腐川はそのか細い足を惜し気もなく開かされていた。 
テーブルの淵に腰掛け、踵を尻に引き付けて、大事な所を外気に晒している。 
十神が腐川に命じたのは、自慰だった。 
それもただの自慰ではなく、昨日行った事の再現を求められたのだ。愛しい彼の目の前で。 
最初こそ抵抗を示したものの、彼の脅しを前に意志を貫く度胸など持ち合わせていなかった。 
押し切られるままにテーブルへ乗せられ、彼の視線に曝されながら、腐川は淫水に満ちる女陰に指を埋めていた。 
スカートはおろか下着さえも取り上げられ、下半身は靴下と鋏のホルダーだけというフェティシズムを感じさせる格好となっていた。 
普段日の目を見る事もない真っ白な足も、今は薄桃色に肌を染め上げていて、現状に一層の婬猥さを添えている。 
クラスメイトの朝日奈や舞園は勿論の事、痩身の霧切や江ノ島と比べても、腐川の体は肉付きに乏しい。 
その体は細身や華奢というより、貧相と表現した方が適当な程だ。 
しかし、太腿から尻にかけてのラインには女性特有の柔らかそうな丸みが確かに存在しており、肉の薄く骨っぽいふくらはぎとのギャップも相まって、どこか耽美ささえ感じられる色気を放っていた。 
いじらしく震える腿は、快楽による弛緩と緊張を繰り返している。 
時折思い出したように擦り合わされる膝が、腐川の少女らしい羞恥を如実に示していた。 
とはいえ、腐川が隠そうと奮闘している箇所が、彼女の少女性を悉く奪い去っている。 
腐川の一番大事な器官は、二本の指によって淫らに開かれていた。 
ささやかな茂みの下、鮮やかな肉色の花弁から蜜を滴らせ、濃密な性の香りを周囲に漂わせている。眼前の男を誘うように。 
上半身は上半身で、左手によってセーラー服の裾が持ち上げており、控えめなレースが清楚な印象を受ける淡い水色のブラジャーがそこから覗いていた。 
けれども、それは最早下着本来の機能は殆ど果たしていなかった。 
本来はカップの中に収められていたはずの慎ましやかな膨らみは、ずり上げられたブラジャーから半分以上はみ出している。 
ワイヤーの圧迫によって柔軟に形を変えたそこは、大きさに似合わぬ柔らかさを誇示していた。 
その頂きを飾るのが、桃色の小さな乳首。つんと尖り上を向いている突起を、腐川は昨日同様に摘み、嬲る。 
普段の禁欲的な制服姿からは想像が付かない程に卑猥な様を、十神は傍らに置かれた椅子に腰掛け、ただただ眺めていた。 
その顔には興奮の色も、欲情の色もない。不遜な表情に一滴の好奇心を滲ませた、悪辣な暴君の顔だった。 

「ぁ、も……許してっ、ぁ……あ! あ、許して、下さい……っんん!」 
「何だ、昨日はそんなうわごとを口にしていたのか」 
「ちが、ぁ、やぁ……ン! も、こんなの……っや、ぁあ……っ!」 

憧れの相手に恥部を、そして浅ましい自慰行為を見られている事実に、全身をみっともないくらいに震わせる。 
あまりの羞恥に目を開く事さえ出来ない。必死に許しを乞い、嬌声と嗚咽混じりに哀願する。 
けれども、十神は一向に態度を崩さず、腐川を見つめるばかり。 
昨日の妄想に逃げようとするも、全身を舐める視線と本物の声が、彼女の強固な妄想を簡単に瓦解させる。 
こんな状況で集中なんて出来る訳がない。それを解っていて、わざわざ声を掛けているのだ、彼は。 
それでも指だけは昨日同様疼く箇所を執拗に辱め続けていた。 
指に絡み付く肉襞を掻き分け、分泌される愛液を潤滑油にして、奥へと指を進める。 
たっぷりの潤みを湛えた指は簡単に根元まで飲み込まれ、手慣れた動きで悦いところを探る。 

「っ、あぁ……!! ん、くぅ……ひ、あぁあっ!」 

関節を軽く曲げて内壁を引っ掻いた瞬間、快感が電流の如く全身を駆け巡った。 
中が物欲しげな収縮を繰り返しているのが、指から伝わってくる。 
その乱れ様に、十神が冷笑を口元に乗せる。 

「その割には、随分気持ち良さそうじゃないか。見られて余計に感じているのか?」 
「あぅ……う、っ、ひぁあ……恥ずかし、のに……っんン! あ、ぁああッ、きもち……ぃ、れす……っ!」 
「淫乱め」 
「ひぁ……っ、ぁ、ぁああンっ!」 

的を射た責め句。だが、その言葉に腐川の背筋がぞくぞくと疼く。 
恥ずかしくて今にも死んでしまいそうだというのに、彼の罵倒が、視線が、堪らなく気持ち良いのだ。 
惨めな自慰行為でも、十神に見てもらえるだけで昨日を容易に上回る快楽が全身を駆け抜ける。 
膣は指の運動に狂喜し、生娘らしい強い締め付けでもって挿入を歓迎する。 
熟した粘膜をねっとりと指に絡み付かせたまま、愛液を際限なく分泌し続ける。陰部に視線を感じる度に子宮がじくじくと熱を孕んだ。 
腐川の被虐性癖は、最早完全に開花していた。 
自分ではどうする事も出来ない程の情欲が身を焼いている。彼による辱めを勝手に体が求めてしまう。 
支配されたい。全身で彼の命令を、罵りを、そして何よりも彼の体を欲していた。 

「あ、きもちぃ、っああん……ッ、らめ……びゃくや、しゃまぁ……!! もぅ……、我慢れきな……ぁあ!」 
「もうイくのか?」 
「やぁ……っ! もっと、ぁあっ、もっといじめ、てくださ……ッん!! ひぁあ、びゃくやさまぁ……あ!」 

絶頂を求めて激しく抜き差しを行っていた指を引き抜き、ぬらぬらと分泌液で光る女陰を広げる。 
肉色の割れ目が露となり、雌の匂いが辺りに充満した。 
中途半端に高められた淫唇は物欲しげな収縮を繰り返している。求めるのは勿論、十神の分身だ。 
羞恥心を必死に押し殺して瞼を持ち上げる。 
涙の薄膜でぼやけた視界の中に、愛しい彼がいた。彼は相変わらず椅子に座ったまま、その唇を弓なりに歪ませていた。 
冷たい冷たい、嘲笑だった。 
びくりと薄っぺらな体が跳ねる。怯えではない、被虐の快感だった。 
蔑まれている、見下されている、貶められている。 
冷たい感情を向けられる事に、体が疼いて止まらない。 
触れていない蜜壺から愛液が滴り落ち、テーブルの端に淫らな水溜まりを作った。 

「びゃ、びゃくやさまぁ……、お願い、します……っどうか、どうか、お情けを、ぁ……あ、あたし……もう……!」 
「フン、今度はセックスのおねだりか? そこまで淫蕩な女だったとはな」 

嘲りの言葉を吐き掛けながらも、十神が漸く動きを見せた。椅子から腰を上げ、腐川に近づいたのだ。 
正面に立ち、華奢な肩に手を乗せる。上体を軽く傾ければ、至近距離で互いの視線が絡まり合う。 
高まる期待感に腐川の瞳が自ずと熱を帯びる。 
愛欲に塗れた吐息が十神の髪を微かに揺らした。 

「……何を期待している、お前如きを俺が抱くとでも思ったのか?」 
「ぇ……?」 
「誰がお前に欲情するか」 

しかし、腐川の淡い願いはあっさりと打ち砕かれた。 

「見ていてやる。続けろ」 

辛辣で傲慢な言弾に打ち抜かれ、涙がまた一滴滑らかな肌を伝い落ちる。 
それでも孕んだ熱は治まらない。十神の非情な態度すら、今の腐川にとっては欲情の火種になり得てしまう。 
入口を広げていた指が再び奥へと押し入れられるまで、そう時間は掛からなかった。 
ぐちゅ、と粘度を含んだ水音と共に、腐川の婀娜っぽい嬌声が図書室の空気を、そして十神の鼓膜を震わせる。 
緩んだ秘腔には三本目の指さえ収められ、狭い膣内を満たす。広げられた入口からは、肉欲に赤く充血した内壁が顔を覗かせていた。 
それを更に押し広げるように、埋め込まれた指をバラバラに蠢かせていく。肉襞が歓喜を示して蠕動し、その一本一本をきつく締め付けた。 
困り眉の頭が、悩ましげに寄せられる。 

「ぁ、ああ……っ、ン、らめ、ァ、びゃくや、さまぁ……っひぁア!」 

既に限界間近であった事もあり、腐川の体は小刻みに引きつり順調に絶頂へと上り詰めていく。 
間近にある端正な顔が、絡む視線が、鼻腔を擽る香水の匂いが。全身で感じられる十神の存在が、腐川の高ぶりに拍車を掛ける。 
秘裂からとめどなく湧き出る蜜の量が、その興奮を最も端的に物語っていた。 

「だらしない口だな。見ろ、床まで滴りそうだぞ」 
「ひ、ぁ……っ!!」 

羞恥と悦楽の涙で潤んでいた瞳が見開かれた。 
戯れに、十神があられもなく晒された下半身へと手を伸ばしたからだ。 
汚れを嫌うように潤んだ陰唇を避け、滅茶苦茶に体内を掻き乱し続ける手の甲へと指先を微かに触れさせる。 
十神にとっては、意地の悪い焦らし行為のつもりであった。 
求めていた刺激が直ぐ近くにある、けれど核心には触れてこない事へのもどかしさと焦燥感。それらを煽るというのが目的であった。 
しかし十神は失念していた。腐川は幸福と快楽の沸点が、常人のそれよりも遥かに低いという事に。 
憧れの人が、その美しい指先が、醜くてはしたない自分に触れている。 
しかも、彼の意志の下で開花し蜜を滴らせる花唇の、こんなにも近くで。 
腐川の妄想に特化した頭は、容易にその先の行為を想定させ、虚像を彼女の脳内に結ばせる。 
再び、体内で蠢く腐川の指が十神の指へと成り代わった。 
刹那、挿入していた指を強烈な締め付けで以て圧迫し、一際大きく肩を跳ねさせる。 

「……ぁっ、ぁあああああンッ!!」 

直後、背骨を折れんばかりにしならせながら、腐川は絶頂を迎えた。 
ぎちぎちと指を食い千切りそうな程に締め付ける秘裂から、大量の潮を吹き出して。 
断続的に放たれた液体は、その量と勢い故に広範囲を汚す。 
己の手は勿論の事、あまりにも早くあっけない絶頂に驚きを示していた十神の手にさえも、さらさらとした透明な淫液が降り掛かっていた。 

「何、だと……?」 

困惑を禁じ得ない十神に対し、腐川の回復は意外にも早かった。 
強過ぎる快楽の残滓を淫蕩な顔付きで噛み締めたまま、虚ろな瞳でどうにか焦点を合わせる。潮に塗れた掌に、ピントが重なった。 
腐川が平素の腐川であったならば、直ぐ様涙声での謝罪が幾重にも発せられていただろう。 
しかし、彼女の頭は未だ妄執に囚われていた。 
蕩けた脳で渦巻くのは、粗相に対する罪悪感と、それを遥かに凌ぐ、愛しい人の指に対する渇望。 
十神は、熱を帯びた顔で己の手を掴んできた腐川に、酷く嫌な予感を覚えた。 

「は……、ン、はぁ……っびゃくや、さま、ッ……申し訳、ありません……」 
「おい」 
「すぐ、……綺麗に、っん、しますから……」 
「待て……っ」 

浅く開かれた唇が、指へと近付く。 
言葉による制止も、今の腐川には効力を持ち得なかった。 
だが、手首を握る痩せぎすの指を、振り払う事は出来たはずだった。性差や単純な体格差による力の違いは、圧倒的であったはずだ。 
しかし、腕は動かない。何故か、動かす事が出来なかった。 
そうこうしている内に、指先と腐川の唇との距離は、数センチもなかった。 
恍惚を前面に滲ませた茫洋の視線を向けたまま、腐川は恭しくその人差し指の先にキスを降らせた。 

「んん、ン……ふ、ぁ……ッ」 

まずは、指先の丸いフォルムをなぞるように甘く食む。 
上唇には柔らかな肉の感触、下唇には爪の硬質な感触。 
趣の異なる肌触りを堪能しようと、同じ行為を執拗に繰り返す。それだけの行為に、何秒も、何十秒も時間を注ぐ。 
たっぷりの時間を掛け、先端へと十神の意識を引き付けてから、漸く腐川は指先へと赤い舌を伸ばした。 
始めは舌先を駆使して、微細な凹凸でざらつく指の腹をじっくりと、そして丁寧にふやかしていく。 
子猫がミルクを舐め取るような控えめな動きでちろちろと表面を擽り、時折指から離れて情欲にけぶった息を濡れた肌に掠めさせる。 
先端に唾液が馴染んできたら、次は第二関節、そして指の付け根まで。 
皮膚を汚していた潮を舌先で掬い取りながら、表も側面も関係なく舌を這わせ、ゆっくりと舐め上げる。それを何度も、何度も。 
舐めるという動作から、咥えるに至るまで、これまた長い時間を要した。 

「ん、ふ……ぅ、んん……っ、は、ぅ……」 

唾液にふやけ、白さの増した指先を口内へと誘い入れる。 
第一関節を軽く含み、そのまま顔を近付けて一気に根元まで。 
唇を窄めて、根元から扱く。その際に、硬く尖らせた舌先で指の甲を愛撫する事も忘れない。 
口蓋のざらついた感触がやけに指先へと残り、十神は柳眉を僅かに寄せた。 
浅い吸引も伴い、十神の指先には段々と血液が集められていく。 
淫水が体温を奪い手がひんやりと冷えていく中で、腐川のしゃぶる指だけが、妙に熱を帯びていた。 
その熱に浮かされ、腐川の顔も、むせ返るような情欲を発露させる。頬は薄紅色に染まり、唾液に塗れた唇からは官能の吐息が漏れる。 
灰色の大きな瞳には、どろりとした鈍い光が宿っていた。 

「ふ……はぁ、ぁ、ンン、ん、むぅ……」 

一本では物足りなくなったのか、大きく口を開いてその隣にあった中指を愛撫の対象に加える。 
男性の中では細い方に分類される十神の指だが、二本を纏めて含むとなるとその質量と体積は中々のものだ。 
唾液と己の分泌液に潤んだ唇を歪ませ、それでも息苦しさを感じさせる事もなく、喜悦の面持ちで口撃を続行する。 
頭を前後に動かして、唇で表面を擦り上げる。動きに合わせ、おさげ髪がゆらゆらと視界の端で揺れた。 
舌は今や甲のみならず、脇や腹、指の間にと、縦横無尽に這わされていた。 
最早触れておらぬ場所など存在しない程、熱心で熱烈な愛撫だった。 
処理し切れなかった唾液が口の端から溢れ、口元に添えられた黒子を濡らす。 
それを拭う事もなく、一心不乱に指を咥え込む。熱い粘膜にその存在を刻み付ける事に、腐川は全神経を集中させていた。 
昨日あれ程までに求めた指、欲したものが、今口内で確かに存在している。 
極上の幸福。けれどもその真っ只中でさえ、欲深くも別のものを求め、重ねていた。 
卑屈で素直に欲求を表す事に慣れていない彼女にしては、とても珍しい事態だった。 
十神への強く根深い愛情と、被虐により外れた箍が、腐川の愛欲を異常なまでに増幅させていたのだ。 

「……っ」 

その欲に、十神が気付かないはずがなかった。 
腐川の頭に、清めるという当初の目的は既に存在していない。 
指を愛撫する事に、意識が刷り替わっている。そしてそれもまた、腐川の妄想によって新たな目的に変化しようとしていた。 
指をしゃぶる行為が口淫に重ねられている事は、火を見るより明らかであった。 
十神は、同年代の男子以上には女性経験がある。 
自身を口唇で愛撫された事も少なくはない。 
だからこそより忠実に、腐川の意図する行為を感じ取ってしまう。 
不快だ。不快であるはずだった。 
けれども、何故か手を払い除ける事が出来ないのだ。その理由が分からずに、身勝手な苛立ちを腐川に向ける。 
切れ長の双眸を吊り上げ、鋭い視線を眼下の腐川に突き刺す。 
それに一拍遅れて気付いた腐川は、指を根元まで咥え込んだままに伏し目がちだった瞳を持ち上げる。朱を刷いたような頬に、一層の赤みが差し込んだ。 
十神の味にだらしなく緩んだその顔に、十神の嫌う媚へつらいの色は見られない。普段のような怯えの色もまた、見付けられなかった。 
ただ、盲目なまでの愛情と愛欲だけが、ライトグレーの大きな瞳の中に溶き落とされている。 
胸中が妖しく騒めいた、気がした。 
――ありえない。 
無意識の否定が、警鐘が、脳内に響く。 
致命的な何かを自覚してしまう前にと、意識を腐川から引き剥がそうとする。 
しかし、十神が目を放すよりも先に、腐川が動いていた。 

「っは……、ぁ、びゃくや、ひゃま……っ、おいし……ぃ……」 

含んでいた指を口から離して、しとどに潤んだ唇で甘く、官能的に名を紡ぐ。 
惚けた頭と積極的な舌遣いの所為でその響きはたどたどしく幼いものであったが、この状況ではその拙ささえ淫靡な魅力を放つ。 
淫蕩な光を返す目は、まさに凄艶と呼ぶに相応しかった。十神の顔を中心に捉えたまま、法悦と陶酔の表情を浮かべている。 
たったそれだけの所作だというのに、先程の騒めきが全身に広がっていく。 
目を背けようとして、再び押し付けられた現実。 
その騒めきの正体に一つの推論を与えてしまった刹那、十神の心臓は大きく脈を打った。 

「っ――!」 

直後、石のように硬直していた手を強引に動かし、力に任せて腐川の手を叩き落とした。 
乾いた音が図書室に充満していた卑猥な雰囲気を切り裂いて、やけに大きく反響した。 
払われた手は、その勢いの苛烈さを示すように赤らみを増し、腫れ上がる。 
それでも腐川は痛がる様子も見せず、見開いた目で呆然と十神を見つめていた。 

「……これ以上臭い舌で触れるな、色情狂がッ!」 

その類稀なる美貌を憤怒に歪め、鋭い眼光を更に尖らせる。 
吐き掛けた罵倒に渾身の怒りと軽蔑を乗せた後、即座に十神は踵を返し、足早に図書室を去った。 
腐川が妄想の淵から帰った時には既に、図書室の扉は荒々しく閉ざされていた。 






廊下を駆け抜けやってきたのは、同じく二階の男子トイレだった。 
流石の腐川でも追ってこないだろう場所に身を滑り込ませ、その足で真っ直ぐに手洗い場へと向かう。 
潮と唾液が擦り込まれた手を水で濯ぎ、備え付けのソープで丁寧に丁寧に清めていく。 
まとわり付く汚れを、残った舌の感覚を、自覚しかけた衝動を、纏めて洗い流すかのように。 

「……ありえん」 

ありえない。そう、ありえないのだ。 
十神にとって腐川冬子という存在は、取るに足らないものだ。 
代わりの利く駒であり、使い走りの奴隷であり、意の儘に動く操り人形である。 
今回の戯れも、たまたま加虐と被虐、支配と被支配という歪んだ欲求が一致したからこそ成立しただけ。 
そこには恋情はおろか、憐憫の一かけらさえ存在していない。 
ましてや、手を出すつもりなど微塵もなかった。それだというのに。 

「この俺が、あんな女に劣情を抱くなど……っ!」 

奥底で微かに燻る欲を、言葉もろとも吐き捨てようとする。 
けれども、口に出した事で余計に、脳裏に焼き付いた腐川の姿がリフレインしてしまう。 
艶を帯びた声も、白く光る珠の肌も、鼻に付く雌の匂いさえも、十神の獣欲を妖しく擽るものだった。 
それらを生々しく思い出せてしまう自分にも腹が立ち、気付いた時には目の前にあった鏡に固く握られた拳を叩きつけていた。 
嫌な音と同時に平面へ亀裂が走り、映し出された世界が不恰好に歪む。 
一瞬遅れて鈍い痛みが指から手に伝わった。その現実味を帯びた感覚が怒りに沸騰した十神の頭を幾許か冷やす。 
そして、冷えた頭が僅かばかりの熱を帯びた体を徐々に落ち着かせていった。 

「チッ……」 

罅割れた鏡と大きな舌打ちだけを残して、十神は出口へと爪先を向ける。 
未だに胸を苛む感情を、気付かなかった事にして。