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**会沢格プロローグ  開け放たれた扉の向こうで、死にかけの蛍光灯が弱く瞬いていた。  その必要が人類に残されているのならば、交換の時期が近いのだろう。 「会長。野鳥研究会を用いることはできませんか」  緑化防止委員招集に散った人員の中、残った者はこの一人である。  ジョン・雪成の眉が、重く動いた。 「……それは不可能だ」 「しかし手段を選んでいられる状況ではありません。今からの委員招集よりもむしろ、可能性の高い殺害手段と愚考します。……決死の人員が必要なら、私が交渉に向かっても」  希望崎学園中庭に立ち入り、戻ってこない者は多い。一般生徒の間では異常動植物の犠牲になったとも、奥地の密林に潜み暮らす部族のためであるとも囁かれているが…… 大部分の真実は違う。  ――ダンゲロス野鳥研究会。謎めいて広大な希望崎学園中庭の生態系に君臨する、正体不明のハンターの名。一人が手芸者にすら並ぶ戦闘能力を備え、銃弾とスコープの反射だけが、辛うじて彼らの存在痕跡を知らせる。銃口に狙われたが最後、一切の交渉が通じない相手であるとも。  しかし。 「……そうではない。君が知らぬのも無理はないが、生徒会は彼らと一種の協定を結んでいる。符牒を示した風紀委員とその同行者に関し、互いに干渉しないことを」 「……」 「仮にあの道明寺羅門といえど、『開かずの闇花壇』に到達するためには、それが必要だ」  生徒会長の言明に、息を呑む音が続いた。役員の生徒もまた、生徒会を執行する者として……その意味 するところを理解したからだ。仮にそうだとすれば、風紀委員の全てが『子苗』により符牒を知らせる意志を奪われた現状―― 「いまの道明寺羅門に対して、野鳥研究会が攻撃を行わない理由はない。頼れる者は、緑化防止委員の他にないのだ。……つまり、我々が協力を呼びかけるまでもなく」 「……野鳥研究会は」  役員の声は震えていた。軍勢は無限に増殖し、夜明けとともに世界を滅ぼす。それを知っていてなお、彼は敵の絶望を正確に理解していなかったように思う。  ……恐ろしい男だ。  現在の道明寺羅門の位置は、校舎入口。野鳥研究会を彼の始末に用いることは、もはや不可能だ。 「既に、全滅している――」 ----  具申を終えて廊下に出た役員は、持ち得る 知識で道明寺羅門の殺害手段を検討した。それが兵器であればそれを運用できる者を、人材であればその者自身を――緑化防止委員へと組み込む必要があった。 (だが、わずか六時間で何ができる。羅門本体をどう捉える。どう殺す。敷地内に留める策。今の時刻、学園に残っている魔人……報酬のために、命を捨てるような)  脆い。  戦闘破壊学園。その名を恐れられた希望崎学園すら、異界の危機と相対すればこれほどに脆く思えるものか。風紀委員が滅び、野鳥研究会が滅びた。制約は限りなく多く、魔人能力を考慮に入れたとて、そこに個人の力の及ぶ余地はないように思えた。  抗う手段がそこに存在しないこと。それは滅び行く宿命の種にとって、共通する絶望であるのかもしれない 。  頭上の蛍光灯が、慌ただしく瞬いた。 「道明寺羅門を殺す」  それがこの距離にいたことを、役員は声で初めて知った。点滅が、役員の背後に立つ男を照らしていた。 「せ、生徒か」  恐怖と驚愕の中で、やっと一言を絞り出す。人影は銃を携えていたからだ。小柄な男である。全身が暗い血と泥にまみれ、幽鬼のような白目が浮かび上がるようだった。 「――会沢格。野鳥研究会」 「……野鳥、研究会。君が」 「ほかは全滅した。俺だけだ」 「……」  我に返るまでに、数秒の時間を要した。会沢がゆっくりと生徒会室へ向かう様を、役員は呆然と見ていた。 「……今。道明寺羅門を殺すと」 「そうだ。中庭の外で狩猟する。その認可を受けに来た」「我々も今、道明寺羅門に対する……緑化防止委員を、募っている。今。夜明けまでに奴を抹殺できなければ、絶対に恐るべきことになる」 「――それはいい」  唇の片側を上げて、会沢は溜息のように笑った。 「決死隊か? 爆弾を巻いて特攻するか? 俺がやればいい話だ」 「志願者のすべての望みを叶える。それが報酬だ。……我々生徒会に、可能な限り」 「……望み。それもいい」  役員は、背筋に抑えようのない不吉を感じている。野鳥研究会の生存者。間違いなくこの会沢こそが、緑化防止委員の一人だ。他の選択肢はないだろう。  ……そして、間違いなくこの男は死ぬ。魂の何かをごっそりと喪ったような表情。決死の作戦に飛び込むことに、些かの躊躇もなく。 「死者を蘇生しろ。だが俺が戻らなければ、叶えるな」  ――半身だけで生きるほど、惨めなことはない。  蛍光灯の点滅は止まって、闇が辺りを染めた。

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