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蒿雀ナキプロローグ - (2014/10/05 (日) 18:19:43) の1つ前との変更点

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*プロローグ
*プロローグ &font(17px){ 川の水面は先に降った大雨など忘れてしまったように平べったく、月の光をきらきらと細かく反射していて、まるで大きな黒い魚のようでした。  すっかり普段通りの澪筋に沿うように、河原には大小さまざまな木屑が散乱していました。もしかすると、上流の方の橋か何かが壊れて流されてきたのかもしれません。そのくらいひどい大雨だったのです。  ですから、人の一人や二人が木屑と一緒に流されてきてもおかしくはありません。  若い女でした。川に流されて出来たのであろう傷のほかに、人と争ったような傷がありました。それが一つや二つではありません。  横向きに倒れた女の喉のあたりを見ると、まだ息をしているようでした。視線を右にずらすと、女の左手には変わった形の時計が握られていました。  戸口まで私を迎えに出た妻は、怪訝そうに表情を強張らせました。なにせ私が服を血で汚して立っているのですから無理もありません。河原に晒しておくよりはマシだろうと考え、私は女を沢から家へ運んできたのでした。  女を寝かせるための客間の準備をしていると、女が小さく呻くような声を出しました。意識を取り戻したらしく、ぎこちなく上半身を起こそうとしています。 「お気づきになられましたか?」私は女に名を名乗りました。「私は蒿雀(あおじ)ナキと申します。あちらは妻です」  霧の奥に目を凝らすように、女は私の後ろで台所仕事をしている妻を見ました。 「ここはどこ?」 「私の家です。あなたは下の沢で怪我をして倒れていたのですよ」  妻が部屋に入ってきました。やはり、すこし怪訝そうに私の視線の先へ目をやります。女は私と妻の顔を交互に見ていました。私とは目が合いましたが、妻とは互いに違うところを見あっていたように思います。 「あなたの顔、どこかで見た気がする」と女は言いました。「でも、覚えている顔と少し違う」  ふと突然、何かを思い出したように、女は自分の懐や腰を手で探り、きょろきょろと部屋の中を見回しましました。 「時計、ちょうど掌に収まるくらいの大きさの。見なかった!?」 「河原で見たと思います」  それを聞くやあわてて戸口へ出ようとする女を制し、私は書斎から灯りを持ってきました。 「そのご様子だと、朝まで待ちなさいと言っても聞かないのでしょう? 私も下までご一緒しますよ」  さっき女を抱えて上ってきた坂を、今度は女と並んで下ってゆきます。 「よほど大切な時計だったのですね」 女は気もそぞろという風で私の言葉には反応を示しません。ほどなく、私たちは例の河原に着きました。 「どのあたり?」  私は川沿いを上流側へ少し歩いた後、細い藪道を女に示しました。女は少し訝しんだようでした。  私は藪道の先を灯りで照らしました。藪道の奥には、少し高く盛られた土の上に膝くらいの高さの石が立てられています。女は弾かれたようにそれに駆け寄りました。 「私が河原で見つけたのは、二つの亡き骸だけでした」  正確には私が見つけた時にはまだ息があったのですが、ほどなく事切れたのでした。私は二つの骸をそれぞれ反対の岸に弔い、その場で意識無く倒れた霊魂――霊魂はまさに意識そのものですから、眠りもすれば気も失います――を連れて帰ったのです。もう一つの骸の霊魂は既にあの世へ旅立たれたか、或いは別のところを彷徨っているのかもしれません。 「時計は一緒に弔わせてもらいました」 「うそだ……あたし……そんな……」  彼女がそうであるように、今際が壮絶であった場合それを覚えていない霊魂は珍しくありません。自分が死んだ事にすら中々気づかない事もあります。  女は自分の墓の前で呆然と立ち尽くしています。私は女にひとまずは私の家に戻る事を提案しかけてやめました。どのように受け止め、先に進む形を探るのかはもはや本人次第で、無理に私の家に招くものではないと考えたからです。 「私も少しばかり霊界に通じる身。お役にたてる事がありましたら、いつでも家を訪ねて来てください」  女を残し、私は墓を後にしました。  翌朝、私と妻は女の墓へお供えを持ってあがりました。  女は地面に座って宙を眺めていました。そんな中で、私に話しかける妻をみる顔は、すこし寂しそうにも見えました。  その後も、女は私の家を訪ねては来る事はありませんでしたが、水を汲みに沢へ降りた時などに少し話をしたりしました。 「やっぱり、あなたの顔は見覚えがある」 「きっと今際に私の顔を見たのだと思いますよ」 「私が覚えてるあなたの顔は、もっと、10年くらい老けた感じなの」 「それはあなたが今は霊界の側から私を見ているからですよ。わたしはもののけ、現世から見えるのは化けの皮、霊界から見える姿が本性なのです」 「あなたは、もののけなの?」と女は言いました。「霊能力者とかじゃなくて?」 「夜雀、あるいは送り雀などと呼ばれています。術に卓越した者を夜雀、そうでない小物を送り雀と呼び分ける事もあるようですが」 「あなたはどっち?」 「私などは、まだ巣を出たばかりの雛ですから、送り雀になるのでしょうね」 「どうりであなた、とても奥さんがいるような歳には見えないと思ってたよ」  女は小さく笑いました。  7日目の夜、女は私を訪ねて家にやってきました。恣意に上がりこんで縁側に腰掛けていたのです。  私は女の隣に、一人分の間をあけて座りました。 「ごめんね。でも、戸を叩いても音がしないの」 「なるほど、確かに」私は言いました。「ならば勝手に上がっていただくよりありませんね」  女は縁側から投げ出した足をパタパタと動かしながら、庭を眺めていました。女の耳には聞こえない、鈴虫の鳴く声が そこら中から聞こえてきます。女は私の袖をそっと指で指しました。袖は薄茶色の染みで汚れていました。 「もののけなんだね。人間は他人の、まして死体の血が付いた服なんて縁起が悪くて着ないもの」 「私にとって、人も幽霊もあまり違いはありませんから」 「あなたはそうでも、あたしは違う。だから、自分がどうやって死んだのかも気になる」女は動かしていた足を止めて俯くと絞り出すように言いました。「でも、だんだんどうでも良くなってきたみたい」  女は立ち上がって庭に下りました。 「だって、鈴虫の声も聞こえないんじゃ、なにを考えても寂しい」  庭の真ん中へ向かって女が一歩ずつ足を前に出すたびに、その輪郭は少しずつぼやけていきます。煙のように薄くなった女は、こちらに向き直ると言いました。 「あたしが死んだ怖い話の代わりに、夜雀の怖い話でも聞かせてよ」  女にせかされ、私は話しはじめました。 ――夜雀の中には夜盲の術、つまり目を見えなくしてしまう術を使える者がおります。あなたは現世の音は聞こえなくなっても、モノは目に見えるでしょう? 目を見えなくするというのは中々の術なのです。  尤も、ほとんどの夜雀は小物で、大それた術などは持ちません。目以外の五感、例えば音を匂いとして鼻に届けたり、風の心地を耳に響かせたりといった悪戯程度が精々です。  夜に山を歩いていると、どこからともなく「チッ、チッ」と雀の鳴くような声を聞く事があります。夜に雀は鳴きませんから、この不可思議をして夜雀とかくいうのです。  夜雀の声を聞いていると、やがて足が棒のように感じられて歩きにくくなってきます。これは夜雀の仕業で、足が地面を踏む感触を雀の声に聞き違えているのです。  歩きにくいで済むのなら良いのですが、悪いものなどは山犬とつるんでいたりします。右に左に足を取られたり、つんのめったり、遂には転んで尻餅ついたところを、狙い澄ました山犬に襲われて終うというわけです―― 「あまり怖くはありませんでしたか」 「そうね。でも、耳がおかしくなるのも怖いよ?」  夜の闇に消えてしまいそうだった女の輪郭が更に薄く曖昧になってゆきます。 「あなたに話しかける奥さんの声が聞こえなかった時、あたし本当に死んで居ない人なんだなって……」 「それで寂しそうな顔をしていらしたのですね」  その時と似た表情を残して、女は月の無い空に溶けて見えなくなりました。  私は沢で女を見つけた夜の事を思い出していました。あの夜の空には今日とはまるで逆、濡れたような満月が輝いていて――  私は胸に厭なものを感じました。  女が立っていた背後にはやはり月の無い夜空が広がっています。  朔月? あの夜から、満月から7日しか経っていないのに?  月ばかりでなく、星のひとつひとつが光を失ってゆきます。  それどころか、あたりをごらんなさい。  黒い染みが広がるように、景色が欠けて消えてゆくのです。  やがて私は夜雀の術に陥ったように、暗い闇の中に包まれました。  それは一瞬だったようにも。忘れそうなくらい長い間だったようにも思います。気がつくと私は、見覚えのない町の中に立っていました。  時計を確認すると、針はふたつとも12を指しています――時計?  私はいつから時計を持っていたのでしょう?  私は再び手の中の時計を見ました。それは女の骸と一緒に墓に葬ったはずの時計でした。  ――ツクモガミというもののけ達がいます。  人間に使われ、愛着がられるうちに少しずつ精気を宿し、遂には変化を果たしたもののけの事です。  突然に現れた――突然に現れたのはむしろ私の方なのでしょうが――町で、右も左も分からない私は、まずツクモガミたちを探しました。ツクモガミはその由来から、ものを良く見、良く聞き、そして良く知り、何より役に立つのです。  そのツクモガミ達が「親分」と呼び、私に紹介してくれたのが、目の前に座っている男というわけです。 「君の事情は大体分かったよ。大した部屋じゃないが、好きに使ってくれ」 「見ず知らずの私にそこまでしていただいて、よろしいのですか?」 「珍しい時計を見せてもらったお礼だよ。『迷宮時計』、まさか本当に在るとはね」  私自身がまだ半分夢の様にすら思える話を、男は「良く似た怪奇に心当たりがある」とあっさりと信じたようでした。 「ところで、君は運命には意思があると思わないかい?」  質問の意図を図りかねる私に時計を返しながら、男は続けました。 「さっき説明したとおり、その時計はその所有者同士を別な世界へ引きずり込んで戦わせる装置だ。きっと君が弔ったふたりの女も時計の所有者だったのだろうね」  男の話す「迷宮時計」の怪奇は、私のさっき体験した話に劣らず荒唐無稽なものでしたが、時計に触っていると、不思議とそれが正しい事の様に思えました。 「君が女を看取って時計の所有者になったのも、中々出来た偶然だろう? 運命に作為的なものが働くとした場合、君と 時計を結びつけた意思とは何だろうかという話さ」  私は男の問いかけに答えませんでした。男も特に返事を期待していたわけでは無いらしく、沈黙はごく短いものでした。 「ところで、君の話で一つ気になったところを聞いていいかい?」 「どうぞ」 「幽霊ってのは血を流すのかい?」  男が何を言いたいか、今度は直ぐに理解できました。私の服に付いたのが幽霊の血なら、妻は何に対して怪訝な顔を見せたのか? 幽霊の血でなくれっきとした人間の血なら、それはどこでついたものなのか?  私は嘘をつきました。 「女を弔うときに、汚しただけですよ」  満月の下、木屑が散乱する河原に二人の女が倒れていました。  私は横を向いて倒れた女に近づきました。遥か上流で剥がれてしまったのでしょう、既に魂なき抜け殻で、心臓と肺だけが動いている状態です。  私は女が手に握っていた時計を拾い上げました。一緒に川を流されてきたにしては傷もなく、針も問題なく動いているようでした。  女の手に時計を戻そうと身をかがめると、既にその息は止まっていました。  ふと、視線の端で動くものをとらえ向き直ると、もう一人の女がもぞもぞと身を起こすところでした。 「時計……。せっかく、もう少しで、あたしのものになったのに……」  言葉の意味は良くわかりませんが、女が私に向ける視線からは穏やかならぬものを感じます。詳しいところまでは分かりませんが、二人の女が災難に見舞われた元凶はこの時計にあるのだと思いました。 「この時計が欲しいのであれば、差し上げますよ」  答える代りに女は腰から小振りな刃物を抜き構えました。切っ先を向けられるに及んで、女が私をこの場で二つ目の躯に変えるつもりである事は疑いようがありません。足元の躯の川に流されたものとは違う傷痕も、或いはこの女の凶刃によるものなのでしょうか。 「悪いけど、あたしは殺して奪うって決めてるから」  刃が眼前に迫ります。  人間の使う鉄砲は物の怪たちにとって恐ろしい道具でした。  しかし、人間の振るう刃のなんと緩慢な事でしょうか。  女の首を爪で引っ掻くと、ぱっと噴きだした血が袖を汚しました。 「赦してくださいね。妻が私の帰りを待っていますので」  夜の黒と白い月に、血の赤は妖しく映えるものでした。 ※もののけ(?)達 【ツクモガミ】 たいていは小銭や紙幣のなりかわりども。わりとどこにでもいる。 見た目はキモかったり、かわいかったりさまざま。小さい。 生き物(一応)なので戦闘空間にはたぶん持ち込み不可(解釈を強制するものではありません)。 【ツクモガミ達の親分】 ツクモガミたちの尊敬を集めているが、ツクモガミではない。 都合の良いタイミングで居たり居なかったりする。 謙遜ではなく彼の住んでいる部屋は本当に大したこと無い。 【蒿雀ナキ】 現世側からは25~26歳に見えるけど、霊界側から見ると16歳くらい。} &font(17px){[[このページのトップに戻る>#atwiki-jp-bg2]]|&spanclass(backlink){[[トップページに戻る>http://www49.atwiki.jp/dangerousss4/]]}} ---- #javascript(){{ <!-- $(document).ready(function(){ $("#contents").css("width","900px"); $("#menubar").css("display","none"); $(".backlink a").text("前のページに戻る"); $(".backlink").click(function(e){ e.preventDefault(); history.back(); }); }); // --> }}

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