「第一回戦SS・地下駐車場その1」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

第一回戦SS・地下駐車場その1 - (2014/10/25 (土) 21:12:50) のソース

*第一回戦SS・地下駐車場その1
#divid(ss_area){{{ 
&nowiki(){***}

「めぐりめぐるっ、かぜー♪ めぐるおもいにーのってー」

 放課後の希望崎学園。昇降口は帰宅する生徒たちでごったがえしている。
 いつもどおりの喧騒からひとつ距離をおいた銀杏の木の下で、ひとり待ちぼうけをくらっている少女は、それでもやがて来る温かな時間を思うと、つい鼻歌を歌ってしまうくらいにうきうきした気分でいた。

 そこにあわてて駆けてくる黒髪M字バングの少年は、ずいぶん待たせたわりにゴキゲンな様子の彼女を見て、ホッと一息つくのであった。

「楽しそうだね」
「あっ、はじめくん! おーそーいー」
「ごめんごめん。ねえ今の、なんて歌?」
「これはね、『時の旅人』って歌だよ! 中学の合唱コンクールで歌ったんだー。」

 木漏れ日がそっと照らすのは、ありふれた一組のひと時。
 くりりとした瞳をさらに輝かせ、控えめな胸を張りながら、少女は誇らしげに続ける。
 少年もまた、屈託のない彼女の笑顔と共に過ごす時間を、大切に思っていた。

「ボクたちのクラスはこの歌で優勝したんだよっ」
「すごいじゃん」
「男子が全然練習してくれなくてね、大変だった!」
「ははっ、あるあるだ。僕たちのクラスも――」

&nowiki(){***}

 ――現在。少年の前に広がるのは、仄かに蛍光灯で照らされた、無機質で薄暗い空間。
 どうして今あんなことを思い出すのだろう。
 あの笑顔は、僕が奪ったのに。
 あの時間は、僕が壊したのに。

 あるいは命を懸けた「試合」に対する逃避の気持ちが、心の片隅に残っていたのかもしれない。
 あるいはここで血と肉と骨と涙を無惨にもコンクリートの黒い地面に曝している少女が、彼女にどことなく似ていたからかもしれない。
 ふと浮かんだ優しい記憶に、彼はしばし困惑させられる。
 しかし響き渡る下品な笑い声とモーターの爆音が、息つく間もなく彼を現実へと引き戻す。

 戦いはもう、幕を開けていた。

1

 ◆

 遡ること数分。
 『迷宮時計』によって刻訪朔は試合会場に転送されていた。
 これといった特徴のないブレザーを着こなす当たり障りのない容姿の彼は、一方でまるで山中に棲む獣のように大きな鋼鉄製の左腕を持ち、また頭の右側は妖しい表情の狐面に覆われており、強烈な違和感を存分に撒き散らしていた。
 はたして、到着した彼の周囲には……。
 誰もいなかった。
 辺りを見渡してみると、広々とした空間におよそ等間隔に柱が立っていた。柱にはA1やB3といった目印が表示されている。
 一面はコンクリートで殺風景だ。蛍光灯の白く冷たい光が、辛うじて視界を薄暗く保っている。
 柱の合間にガラスの扉のある空間があった。ガラスには「地下出入り口」という文字が印字されたシールが貼ってあるようだ。中は暗く、出入口を示す緑色のランプのみが点灯している。

「これは……スーパーかなんかの地下駐車場?」

 小さくひとりごちた朔は右腕につけている時計を見る。高校生の持ち物としては過分に洒落ているその時計は、もちろん声を発したりはしない。しかし彼が出入口に近づき扉に手を触れると、俄かに手首を締め付けてきた。

「痛い痛い! 戦闘空間はあくまで駐車場の中ってこと……なのかな?」

 扉から離れると時計のベルトは元通りに緩んだ。実際には中に入っても階段を上って1階に行かなければ場外ではなかったが、彼の推測は戦闘に支障を与えるものではなかった。時刻は0時を少し回ったところを指している。閉店時間を過ぎているのに蛍光灯が付いているのは……係の人が消し忘れたのだろう。明日こってり絞られるに違いない。

「まったく、ちょっとは分かりやすく教えてもらいたいなあ。そもそもここには何人いるんだコレ。」

 彼の迷宮時計は確かに今から24時間と3分37秒前に対戦場所、時、対戦相手を告げていた。
 ……短音と長音の複合、いわゆるモールス信号で。
 魔人同士の互助会に参加し、数々の依頼をこなしている朔ではあったが、現代社会においてモールス信号を使ってのコミュニケーションが必要な場面などあるはずもない。
 したがって彼は時計が騒ぎ出したとき、24時間後に試合が始まるであろうことはなんとはなしに思ったが、試合の詳細についてはまったく理解することができなかった。

「モールス信号とかアリかよ……会長、いや、&ruby(たくみ){匠}さんに聞かなきゃ分かんなかったし。今度は録音しとかないとな。ったくもう」

 ぶつぶつと彼が不平を述べているところに、突如として響き渡る爆音はバイクの運転音。 
 そして、
「ヒャッハーーー!!!」
「いやああああ!!!!」
 甲高く耳障りな男の叫声と女性の悲鳴がこだまする。
(あまり遠くはない。とりあえず様子を見に行こう)
 朔がそう決めて出入口の裏手の壁を回った次の瞬間、衝突音がしたかと思うと、少女が彼の前をものすごい勢いで転がっていき、やがて止まった。

 思わず少女の方に駆けよる朔。近づいて見てみると、少女は紺のセーラー服の上に暖色の温かそうなパーカーを羽織っていた。ポケットからは折り紙の花がこぼれている。そして、彼女の腹部には、拳よりも大きな穴がぽっかりと空いて、その中身を容赦なくぶち撒けていた。腕もおかしな方向に曲がっている。

 この人はもう死ぬ。朔はそう思った。

 ふと顔に視線を向ける。擦り傷が痛々しい。瞼は閉じられていたが、端からは涙がこぼれている。髪型はちょっとくせがあって赤みがかったショート。それはわずか数日前に命を亡くした、彼の恋人とおなじ特徴だった。

 ◆

「ヒャヒャヒャヒャヒャァーー! 二人目もきたぞう」

 思考を中断して笑い声のした方向に顔を向ける。
 下半身はジーパンで、上半身はホルスターが何個も付いたベルトを胸の中心でクロスさせており、肩パッドを装備した、バトル物の最初に登場する敵を絵に描いたような男がバイクに跨っていた。
 髪型については、言及する必要はないだろう。
 バイクはもちろんアメリカンチョッパー……ではなく、突撃槍にタイヤと座席を付けたような形状だ。槍部の先端は赤黒く染まっている。

 「さっさとイっちゃってくれやァーーーー!!!!」

 男は絶叫すると、バイクを朔の方に向けて加速させた。どうやら会話をする気は無いらしい。
 朔は右手を手刀の形に構え、その刃に触れたものを跡形もなく消滅させる魔人能力『峰腹絶鋒』を発動させる。
 突っ込んでくるところを躱しつつ首を落とす。それで終わり。
 シンプルに決着をつけるべく体勢を整えようとする。
 だが。
 足が地面から離れない。

(これは……)

 魔人同士の戦闘において不可解な現象が起きれば、そこには特殊能力が介在している。
 &ruby(かんざきもひーと){干崎最熱}の特殊能力『&ruby(メヂカラ){眼地絡}』が発動していた。
 視線を向けている相手の足を地面から離れなくする能力は地味ではあるが、こと戦闘においては致命的な隙を生み出すことがある。
 まして逃げられないところに先の尖ったバイクが突っ込んできたら……。
 いつもどおりの瞬殺を確信したモヒカン男は、喝采の叫声をあげながらエンジンをフルスロットルにして駆ける。
 そして槍の先端が朔を貫こうとしたそのとき。

「はあぁっ!!」

 彼の鋼鉄の左腕が、200kgの質量を感じさせない軽やかなスピードで、槍めがけて振り下ろされた。
 通常の人間の腕力では、無論弾かれておしまいだっただろう。
 だが、速度も力も人間の枠を遥かに超えている、桁違いのエネルギーが槍に加えられたのだ。
 前部を圧し潰されたバイクの座席が持ち上がり、モヒカン男を理想的な投射角で射出する。

「ヒャァアアアアアーーーーー!?!?!?」

 モヒカン男は天井と床に叩きつけられ、それでも止まらずに地下駐車場の壁に腰まで突き刺さった。

「どうせ死んではいないだろ? こいつも喰らいな」

 朔は続けて左腕の小指を伸ばすと、仕込まれているショットガンを発射した。
 しかし、響いたのは壁に着弾した固い音のみ。
 射撃はあまり得意ではなかった。

「……やっぱ当たらんなあ。もうちょい練習したいけど、弾ムダ使いしたらまた怒られるし」

 直接とどめを刺すべくモヒカン男のもとに向かったところで、
「アアァアアァア!!」
「ほら」
 モヒカン男が壁を壊して出てきた。頭から流血してはいるが、まだまだ戦えそうである。
 ホルスターの中から何かを取り出すと、先端部分を引き抜いて放り投げようと振りかぶり、
「燃えちまグギャッ!?」
 爆発した。

 爆発は、初めは緑色で美しかった。その後、ホルスターの中の手榴弾かなにかに引火したのだろう。赤い炎が破裂音とともに連続して立ち上った。
 モヒカン男のシルエットが炎の中に浮かんだが、あるべき面積を3分の1ほど欠損させている。
 やがて影は崩れ落ち、動かなくなった。

(たぶん最初の爆発は能力……誰のだ?)

 周囲を警戒する朔だったが、
「へへ……わたしの、花火……きれー、で…しょ…?」
 疑問はすぐに解決した。

 地面に横たわっている少女、&ruby(あさき){吾咲}いろはの特殊能力『たまやちるらむ』は、触れた花(造花や折り紙の花などでも可)を87秒後に爆発する花火に変換する能力である。
 槍バイクにお腹を貫かれながらも、彼女は細い腕を精いっぱい伸ばして、モヒカン男のジーパンのポケットに折り紙の花をねじこんでいた。

 開始早々の凶行により落ち着く間もなく致命傷を負った彼女であったが、最後の一手は深々と敵の命運に突き刺さっていたのだ。

「ごめ…ね……、わか…、うい…、おねえちゃ……」

 自慢の花火の音を耳にして一瞬戻った意識は、ほどなくして儚く散った。
 セーラー服の少女は一度大きく咳き込んで血を吐くと、それきり口を開くことはなかった。

 朔は立ちあがると歩き出す。死体を見て悦ぶ趣味の無い彼は、早くこの陰惨になった場所から立ち去りたかった。
 (1回戦、まあこんなものか。次も上手くいくだろうか。いいさ、必ず勝って『迷宮時計』を手に入れる)
 意気込みを新たにし、試合会場から解放されるのを待つ。
 しかし試合終了が告げられる気配はない。
 不思議に思い始めた彼がD7の柱の前を通り過ぎたそのとき

「Good Morning!!」

 突然耳に飛び込んできた英語に反応して振り向いてしまった朔の顔面に、褐色の鉄槌が渾身の勢いで叩き込まれた。

 2

 視界の半分が塞がれたかと思うと、強烈な痛みとともに今度は赤く明滅したように見えた。
(頭が痛い)
(何が起こった?)
 間髪入れずに顎に衝撃が響く。
(痛い)
(わからない)
 縦に頭が揺らされた反動で狐面が外れて宙を舞う。
 しかし朔はそれを認識することができない。
 脳の作業領域が急激な負荷に伴い圧迫されている。
 地面をからも浮き上がって無防備になった朔の体に、

「My name is Wicky. Very happy your name please?」

 連撃がリズミカルに刻まれていく。

「歩き続けよう、空の下で  (掌底)
 武器を取ろう、獣の前で  (膝蹴り)
 茶を点てよう、畳の上で  (左フック)
 出口を探そう、夢の後で  (ハイキック)
 笑顔になろう、家の中で  (ヘッドパッド)」

 人体の急所を精確に捉えた攻撃が、朔の体力を削る。
 そして眼にもとまらぬ攻撃をいったん終えると、右腕を大きく振りかぶり、力を込める。「んnnーーーーーーー!」見る間に血管が浮き出してきたかと思うと、まるで迫撃砲を発射したかのような勢いで、

「 Dinamite!!!!」

 爆発的な右straightが朔の腹部に着弾。
 吹っ飛ばされた彼は車道を挟んだB7の柱にぶつかると、衝撃で崩れた柱のガレキに埋もれてしまった。

「OSOMATSU! ……と言いたい所デスが、まだまだこんなモノでは無いデショウ? 『刻訪』のテッポウダマさん」

 返事はない。しかし、ガレキの山が少しずつ低くなっていく。人ひとり分だった高さが、胸の高さになり、腰の高さになり、膝の高さになったころ、手刀の形を作った右手が勢いよく突き出してきた。

「日本語間違ってますよ、えっと、ウィッキー?さん。『テッポウダマ』じゃなくて、『期待のホープ』です」
「それは英語が混じってマスね」

 軽口を叩く朔。魔人商工會『刻訪』の副会長の能力で鋼鉄の左腕と『調和』している彼は200kgの腕を普通の腕と同等に扱うことが可能なレベルに身体能力が引き上げられており、目立った外傷は見当たらない。
 しかし、彼は内心穏やかではなかった。

(今のスピードはかなりのものだったし、殴られた部分の痛みが強い……)

 相手は英検30段以上の実力者でありその演武は流麗、さらに能力によって視覚、聴覚、触覚を2倍に強化して、筋量そのものは一般的な男子高校生と変わらない朔の、人体の構造上生じる急所を確実に突いてきている。

そのような敵の情報については朔の知り得ぬところではあるが、

(戦闘を長引かせてはマズい)

 まだまだ駆け出しではあるものの、それでも戦闘を請け負う魔人として生きてきた直感が彼にそう告げる。
 閃光弾を発射して敵の目を眩ませ、一気に勝負を付けるべく、目の部分がサングラスになっている逸品の狐面を装着しようとしたが、
「…………あれ」
「探し物はこれデスか?」
 狐面を手にしていたのはスーツ姿の初老の外国人だった。

「見つけ易いものデスね、これは」

 きょとんとする朔をよそに、狐面を観察するウィッキーさん。
「やはりジャパニーズ・アートはtraditionalかつ&ruby(ハイテク){Hi-Tech}デスね。Fantastic……」
 頭につけるのは戦闘の邪魔だと思ったのか、彼はそれを地面に置いて、柱に立てかけた。

「ワタシが勝ったらイタダキマスので、ヨロシク」
「無意味な仮定ですね。だって僕が負けるなんてありえませんから」

 あくまで強気のセリフを吐いた朔は左手の人差指と小指を伸ばして狙いを定める。
 彼我の距離は5メートル。射撃の苦手な彼でも十分に命中させることは可能なはずだが、
(なんだか、よく見えない……?)
 外国人の姿がぼやけて見える。

(落ち着け……そこだ!)

 なんとか狙いをつけて弾を撃つ。当たらない。これは想定の範囲内だ。一応。
 しかし
「おいおい、どういうことですか……」 

 ウィッキーさんは、一歩たりともその場を動いていなかった。
 あたかも弾が当たらないことが初めから分かっていたかのような彼の振る舞いに、朔は動揺が抑えられない。
 そして
 彼の視界からウィッキーさんが、消えた。

「How are you enjoying this weekend?」

 再び彼の耳が英語を捉えたと同時に、視野外からの強烈な膝が彼の背骨を軋ませていた。

「いちめんのひまわり  (鼻)
 いちめんのひまわり  (ボディー)
 いちめんのひまわり  (瞼)
 いちめんのひまわり  (レバー)
 いちめんのひまわり  (顎)
 とびちるしょうじょ  (ヘッドパッド)
 いちめんのひまわり  (尻)
 いちめんのひまわり  (バック)
 いちめんのひまわり  (胃)」

 BPM200のビートをウィッキーさんの拳が刻む。
 しかし、いつまでもやられっぱなしの朔ではない。
 攻撃から体を守るために身を縮める……フリをして反撃のタイミングを図り、
「っは!」
 蹴りをいなした勢いそのままに必殺の手刀がウィッキーさんの首元へと一直線に向かう。

「GA!」

 手刀は命中し、ウィッキーさんがよろめく。
 よろめく?

「バカな……!?」

 なぜ首が落ちていないのか。
 思わず口に出してしまった朔をよそに、

「HAAAAAAAAAA……」

 今度はウィッキーさんが左腕に力を溜め

「SMAAAAAAAASH!!!」

 獄速の左magnumを朔の胸にブチ込んだ。

 ◇

 ウィッキーさんの能力『TAI-Kansoku』は自身の感覚を強化するのみでなく、触れた相手の感覚を弱体化させることもできる。
 彼は最初に顔面を殴った際に視覚を、次に腹に一撃を入れた際に触覚をそれぞれ奪っていた。
 奪える程度は接触の場所と勢いにもよるが、一撃目は攻撃が左目の近くにも当たっていたために視覚を減少幅の最大値である0.5倍まで下げることに成功し、腹への一撃も強烈さに伴い触覚を0.6倍まで下げることに成功している。
 一度に多くの感覚を操作することはウィッキーさんの体に大きな負担をかけるが、数十年に及ぶ鍛錬の結果、敵味方合計して5つの感覚(five senses)までなら現実的なレベルで操作することができるようになっている。

 発砲された時に一歩も動く必要がなかったのは、朔の左目の視覚のみを制限することで距離感を失わせ、また自身の視覚は2倍に強化することで銃口の向きを把握し、自分に弾が飛んでこないことを確認したからである。
 視界から消えたように見えたのは、狭まった左側の視野が柱の影に移動した彼を捉えられなかったからである。
 朔の能力が発動しなかったのは、感覚を鈍らせることで、彼の右手の指が離れていたり曲がっていたりすることに気づかせないことで、能力の発動条件を満たさせなかったからである。彼もいついかなる時も手刀を崩さないように訓練してはいたが、咄嗟の対応だったことに加えて感覚が通常の約半分にまで鈍っていては、正確な攻撃を繰り出すことはできなかった。

 では、ウィッキーさんの能力で最も優れているものは何か。それは、五感を操る特殊能力でもなく、英検30段以上の武力でもなく、……膨大な情報を取捨選択した結果として妥当な推論を導き出す頭脳である。
 国費留学生に選ばれ、異国の地で25歳にして博士号を取得し、研究とは縁の無い芸能界でも多くの人々に受け入られてきたウィッキーさんを支えてきた類まれなる頭脳は、ウィッキーさんの無尽蔵の知識欲に伴い、今日では電脳空間上にて拡大の一途を辿っている。

 それがウィキリークス。
 ジャーナリスト活動も行っていたウィッキーさんが自身の取材をまとめるために設立したこのサイトは、いまや不都合な機密を告発する機関の一翼を担い、国家政府を揺るがすことができる程の情報収集力を得るに至った。
 対戦相手の氏名を検索した結果、全員直接の記事は無いようだったが、刻訪朔については魔人商工會『刻訪』の記事を見ると、いくつかの有益な&ruby(コメント){情報}が得られた(誰もがウィキリークスにコメントを投稿することができる)。
 これらを総合すると、刻訪朔は
&nowiki(){・}普通の少年のような容姿
&nowiki(){・}右手はよく切れる。特殊能力?
&nowiki(){・}左手は機械。刻訪の会長の能力
&nowiki(){・}情報が錯綜しているが、左手から何かが発射されるようだ
&nowiki(){・}機械を付けてるのに動きが速い。刻訪の副会長の能力
 という特徴を持っているという推論を得た。

 ここからさらにシミュレートを重ねる。どんな性格か。体の捌きはどうだ。どれぐらい速く動けるのか。etc…
 そうしてプロファイルした刻訪朔が実際はどのような動きをするのか、他の対戦者との戦いを通して観察し、イメージを修正する。
 モヒカン男を一蹴し、セーラー服の少女を看取る朔の立ち振る舞いを目にして、彼は自身の推論が98%以上合致していると確信した。
 結果として、最も効果的なタイミングで最も強烈な一撃を最も理想的な位置に叩きこむことに成功した。

 作業の途中で、ここまでする必要があるのかとは彼自身考えた。
 しかし、魔人能力と機械との融合で表裏関係なく一大勢力となりつつある『刻訪』の会員と戦うのならば、これくらいの下準備は必要だと思い直した。
 そして、それがここまで功を奏している。

 ◇◆

 吹っ飛ばされて地面に転がった朔は、その地面がやけに熱いので飛び起きた。

「あっつ!なんだコレ!」

 隣を見ると焼きモヒカンがまだぶすぶすと火煙をあげていた。けむい。
 手の平を見ると真っ赤に腫れている。

「うえぇー、こんなになるまで気がつかないとは……やっぱり能力かな。左目も見辛いし」
「あの体捌きだとまきびしは踏んでくれなさそうだし、グレネードは……ちょっとここで撃つのは危ないかなあ。もし崩れたらおしまいだ」
「1回戦、全然ラクじゃない……先が思いやられる」

 ひとりごとをぼそぼそと漏らしてなお、朔は顔を上げない。
 右手を悔しそうに見つめている。

「こんな形で失敗するなんて、修行が足りんな……こんなんじゃあ、&ruby(レイ){零}兄に笑われるっしょ」

 再び脳裏をよぎる優しい記憶……今度はもっと昔のものだ。
 ありとあらゆる手刀技の応酬。
 地鳴りのように沸き上がる会場。
 憧れて毎日手刀の練習をした日々。
 練習を見守ってくれたお隣のお姉さんのやさしい笑顔。
 能力に名前を付けてくれた兄のドヤ顔。
 技をアドバイスしてくれたり体の鍛え方を教えてくれたりしたお父さん。
 お腹を空かして家に帰ってきたらカレーを作って待ってくれていたお母さん。
 今はもう、戻れない日々。
 今いちど、取り返す日々。

 朔の表情がきゅっと引き締まると、彼はブレザーのポケットから物を取り出した。
 白いハチマキのようだ。しかし、あちこちに赤い縫い跡がある。
 そのほか、ところどころにある赤黒い染みはなんであろうか。

「みなさん、僕に力を……分けて下さい。」

 目を閉じ、祈るようにハチマキを握る朔。
 やがて彼は瞼を開いて、右手を手刀の形に固定するべくハチマキで縛り始めた。

 ◆
 飛ばされてきた方向に戻ると、褐色の肌を上等なスーツに包んだ初老の男が腕を組んで待っていた。

「やはり起き上がってきマスか。カタい男はイイ男デスよ」
「なに言ってるんですか」
「? 日本の男は義理堅くてスバラしい! ジャパニーズ・BITOKUデス」
「ああ、このオヤジがって思ってすみません」

 男子高校生としての一面を垣間見せてしまった朔は、半分照れ隠しの言葉を続ける。

「……ところで、僕の体がなんかおかしいのって、あなたの能力ですよね?」
「それはsecret」
「え?」
「A secret makes cool guy. ……男は秘密を纏ってカッコよくなりマス」
「あっそう。そのわりにはずいぶん僕の秘密暴いてくれちゃってるみたいですけど」
「それはデスねー、ウィッキーさんのウィキは」
「ウィキペディアのウィキでしょ?」
「Ah……、まあいいデス。といいマスか、テレビのウィッキーさんゴゾンジありマセン?」
「んーん、僕ZEP派なんで」
「ゼッタイ知ってマスよねキミ!? ……イヤ、コレがGeneration gap……?」

 楽しげに見える会話を交わす二人。しかし二人の距離はわずかずつ縮まってきており、比例して緊張感も増していく。
 車道を挟んで互いに車1台分のスペースを残すのみになったとき、それは臨界点に達した。

「……さて、お互い休憩は終わりにしますか」
「バレてマシタか。五十路にはhardなbattleデス」

 朔がふと話しかける。
「名前、訊いてきましたよね。最初に」
「Oh,イエス! Very happy your name please?」
 ウィッキーさんはうれしそうだ。
「アイキャンノットスピークイングリッシュって言われたことありません?」
「それも英語デス」

 相変わらずの軽口を叩く朔だったが、真剣な表情になり、
「あなたの武士道に敬意を表して、冥途の土産に教えてあげましょう。――&ruby(ハぐみ){破組}弐拾参號『&ruby(ぜっとう){絶刀}』刻訪朔、参る」
「Oh,ジャパニーズ・チュウニ! Great!!」
「名乗りって言ってほしいです」
「チャカしてソーリー、いままでのOKAESHIデス。OK,ナノリはジャパニーズ・ブシドーの&ruby(シンボル){表象}。――Leaks Wicky 、マイりマス」

 対峙する両者が、相構える。

 3

 一拍の間の後、轟と突撃した二人。
 次の一手を打ったのは朔。一度左側に流れると、今度は右に切り返して斜め上方から飛び込むように手刀で斬りかかる。
 ウィッキーさんも視線を切らず冷静に対応する。
 交錯しながら互いに必殺の一撃を繰り出す。
 一枚上手だったのはやはりウィッキーさん。朔の貫手を体をひねって捌くと、その勢いも乗せた肘を後頭部に撃ち込んだ。

「ぐあッ!」

 制御しきれないスピードで柱に突っ込み、またしても衝撃に耐えきれなかった柱が崩壊する。
 だが、今回の衝突は狙い通りだった。
 すぐにガレキをかき分けて出てきた朔は、回収した狐面を右手に持つと、鋼鉄の左腕を構えた。

(何かがクる! &ruby(フラッシュ){閃光弾}デショウか!?)

 顔を覆い隠そうとしたウィッキーさんだが、
 鋼鉄の中指が天に向かって突き立てられ、
「xxxxxx fxxkxx!!(放送できない英語)」と叫声が響き渡ると、
 思わず目を向けてしまった。

 日本に来て30年近く経ち、かつ社会的地位も手にしたウィッキーさんの耳にはとんと入ることのない言葉であったが、英語nativeのウィッキーさんはもちろんそれらの言葉の持つ意味を日本人よりも心で理解している。
 久方ぶりに自分に向けられた罵詈雑言と言うのも憚られる言葉に、反射的に反応してしまったのだ。

 閃光弾が炸裂する。
 耳を覆う部分のない狐面の仕様上、音は発することは無く強烈な光のみを放出するものだったが、無防備かつ2倍に強化された視覚をショートさせるには十分だった。
 目を押さえて動けないウィッキーさん。
 その隙は、全てを切り裂く手刀をもつ能力者に対しては、あまりにも大きすぎた。
 朔の右手が、袈裟掛けにウィッキーさんの鍛え上げられた肉体を一刀のうちで両断した。

 ◇

 それは、青春の大志。

「Japan……? Fantastic Country!」

 それは、華々しい日々。

「グッモーニン!!ウィッキーデス。……IKEMATSU、クラマテングって、なんデスか?」

 それは、たどりついた極み。

「エイケン30段トりマシたが、まだまだショージンしマス!」

 それは、未知の存在との死闘。

「&ruby(ヴァンパイア){吸血鬼}とは、オソロしいMonsterが現れたものデスね」

 それは、あまねく普遍の知識欲。

「ウィキリークスはInformation Genocideに立ち向かいマス!」

それは、盟友の悲痛な願い。

「IKEMATSU……ワタシに、任せてクダサイ」

それは、ここに潰える、記憶。

 ◇

 両手両足を失ったウィッキーさんは血溜まりの中で、なおも鼓動を止めずにいる。
 朔は彼のもとへと動いた。

「I’m sorry, IKEMATSU……ヤクソク、果たせませんデシタ」

 朔を視界に捉えると、ウィッキーさんはあくまで笑顔で語りかける。

「ワタシの負けデス。でも、アナタにBIGAKUはないのデスか? あのcoolなナノリはなんだったんデショウか」
「言い過ぎました、申し訳ありません。……でも、僕たちにとって一番許されないことは『勝負に負けること』なんです。負けたら依頼も達成できませんから。『刻訪』を背負うからには、どんな手を使ってでも負ける訳にはいきません」
「そうデスか」
「そうなんです。もちろん、僕自身にだって負けられない理由はあります」
「Ah、勝利がアナタのBIGAKU、ということデショウカ。それはホントにジャパニーズ・ブシドー……?」
「現代は多様化してるんで」
「ムム,あと10歳若ければリカイできたかもしれマセンね」

 ウィッキーさんの声が少しずつか細くなっていく。
 命がまたひとつ散って逝こうとしている。

「サイゴに……アナタの、名前、教えて……クダサイ」
「さっき言いましたし、そもそも最初から知ってたじゃないですか。刻訪がどうとか言ってましたし」
「TOKITOUはチームの名前デショウ?アナタのリアルネームを教えてクダサイ。メイドのミヤゲに」

 冥途の土産と言われて、思う所があったのだろうか。
 朔がゆっくりと口を開く。

「…………常磐、一です。ときわは日常の常にジュビロ磐田の磐、はじめは漢数字の一」
「トキワ……Ever Green、それに、一……Start。良い名前デスね。Very happy name……」
「……ありがとうございます」

 もう息は絶え絶えで、焦点も定まっていない。
 それでもウィッキーさんは、最期まで慌ただしい朝のお茶の間を癒し続けたsmileで語りかけた。

「Mr.Tokiwa!」
「はい」
「Have a nice day ……――」

 ――ウィッキーさんの死亡を確認した朔は、やがて立ち上がって歩きだした。
 周りを一応警戒してみるが、ほどなくして腕時計がけたたましく電子音を鳴らし始めた。
 『迷宮時計』が何かを伝えたいらしいが、常識的に考えて試合中に居場所を知らせるアラームが鳴り響くとは思えないので、今度こそ試合が終わったとみていいだろう。

「まったく、余韻もクソもありゃしない」

 苦々しく呟く彼は気づいた。アラームがリズムを刻んでいる。
 ピピピピピピッ、ピピー。ピピピピピピピーピピピー。

「『時の旅人』……」

 本当にふざけた時計だ、と思う。
 あの時は&ruby(まみ){真実}に知らないフリをしていたが、朔はその歌のことを知っていた。
 零兄が家で合唱コンの練習だといって何度も歌っていたから。
 音はずしまくりでヘタクソだったが、それをみんなで笑うのも楽しかった。
 知らないフリをしたのは、歌の話をするとその時のことを思い出して涙が出そうになるから。
 真実の前では、みっともない姿は見せたくなかった。

「懐かしいあの日に、会いにゆこう」

 絶対に絶対に、迷宮時計の欠片を揃えてみせる。
 心は再び黒く染まっていく。
 視界は、白く染まっていく。
 明日シフトの駐車場の係員に消えないトラウマが刻みこまれるであろうことは、朔の知ったことではない。

「さよなら、モヒカンの人、セーラー服の人」
「グッバイ、ミスターウィッキー 」

(ダンゲロスSS4/1回戦第13試合/了)

[[このページのトップに戻る>#atwiki-jp-bg2]]|&spanclass(backlink){[[トップページに戻る>http://www49.atwiki.jp/dangerousss4/]]}}}}
#javascript(){{
<!--
$(document).ready(function(){
$("#contents").css("width","900px");
$("#menubar").css("display","none");
$(".backlink a").text("前のページに戻る");
$(".backlink").click(function(e){
e.preventDefault();
history.back();
});
});
// -->
}}