"来い" 希望ヶ峰学園から届いた封筒の中にあった一枚の紙切れ。 誓約書みたいな署名を記入する欄が一つもなく、その二文字だけが書かれていた。 最初は書類の誤送か何かと思って、電話で問合せ先の学生課に確認をとってもらった。 そして保留中に流れるメロディの後に応対した人が学園長の父さん本人だったわけだ。 予想外の展開に僕は戸惑っていると、父さんの方からここで会うように指定してきた。 「詳しいことはその時に話す」って一方的に電話は切られたけど。 僕らの席のテーブルにブレンドコーヒーが2つ置かれた。 お互いソレに手を付けず、カップから浮き出る湯気だけが浮いている。 「まず、その書面は本当に私以外の人が書いたものだと疑わなかったのか?」 「それは……思わなかった」 「……その理由を聞かせてくれるか?」 「学園長という立場が忙しいから、かな。 回りくどいことをする手間すら時間がないと思ったから」 だからこそ僕が確認の電話を入れたら父さんが出てきた。 まるで、僕が父さんの用意したシナリオ通りに動いてくれるように。 「ふむ……。やはり探偵の素質はサッパリのようだな」 「サッパリって……」 「他人の裏側を覗き込んで背面を盗み見て、一切の未知を許さないのが探偵だ」 吐かれる溜め息と共に、どこかで安堵しているのか口角が上がっている。 「僕に探偵の才能がないってことがわかってるなら、どうして姉さんと一緒に呼び寄せたの?」 「それは……お前にも利用価値があると思ったからだよ」 今まで僕が見たことのない父さんの顔を始めて見たような気がした。 実の息子と言えど、値踏みをするようにひどく鋭い目つきで。 「第二のカムクライズルを生み出す鍵としての、な」 第二のカムクライズル? 鍵だって? 頭の上で「?」が次々と浮かぶ。 父さんは少しだけ僕の方に顔を近づけて小声で話す。 どうやら、あまり周りの人に聞かれると都合が悪い話らしい。 「要点をまとめるとこうだ……。そいつは"超高校級の希望"なんて呼ばれる凄い人間を作り出す計画でな。 カムクライズルってのも、学園は総力を挙げて研究をして育て上げたあらゆる才能を身に付けた超人を作り出したんだ」 「はぁ……」 とにかくそのカムクライズルっていうのは凄い人らしいことだけは掴めた。 「そいつがどこの誰で男か女かは秘密だけど、第2のカムクライズルを作るっていうプロジェクトもあってな。 ……その候補に響子が浮かび上がったんだ」 「ね、姉さんがっ!?」 「今は"超高校級の探偵"ではあるが、この環境に置けば"超高校級の希望"に覚醒を促せる可能性があると思ってな」 「そうなんだ……。でも、なんで姉さんに白羽の矢が立ったのさ?」 ネットの掲示板で判明している人達ではなく、なぜ表沙汰にされない姉さんなんだ? 「霧切一族の逸材と呼ぶにふさわしい才能だったからだな。 だが、私個人としては探偵という存在に囚われる必要はないって思っているからさ」 今度は顔の前に組んだ両手を置いている姿勢なりながら父さん続きを語る。 何だか昔見たロボットアニメの司令みたいだ。 「探偵というのは事件が終わるまで何もできない……。もしくは事件になる前に解決することができない」 声に抑揚はなかったけど、苦虫を噛むように悔しそうな表情を浮かべている姿に僕は見えた。 「つまり……、僕は姉さんが"超高校級の希望"になるためのキーパーソンだったりするんだね?」 「そうだ。ゆくゆくはカムクライズルとの間に子供を授けてもらって、生まれてきた子供により効率的な"超高校級の希望"を生み出す教育を受けてもらうことにするのが目的の最終地点だ。 どうだ、わかってくれたか……?」 その言葉からカムクライズルっていう人が男の人だってことは僕でもわかることができた。 でも――。 「そんなの、そんなのわかるわけないよ……!」 太腿の上に置いていた両手が震えている。 実の子供達を自分の目的のために道具として利用する父さんに――。 そんな父さんを止める術がなく、歯車の一つとして扱われる自分の無力に――。 僕は憤りで震えていた。 「だったら、立候補するか?」 「……へ?」 「お前も"超高校級の希望"に」 思いもよらない提案に僕は素っ頓狂な声を出してしまう。 「生まれや育ちだけで全ての才能が発揮するとは限らない。土壇場の状況になって真価を発揮するような才能のケースだってある。 今は何の才能も開花していないお前も、案外そのタイプだったりするかもな」 そう言っておもむろに僕の頭をくしゃくしゃと撫で回す父さん。 「やめてよ父さん、恥ずかしいよ……」 ――嘘だ。 本当は子供の頃から大好きだった仕草の一つなのに。 もっと撫でて欲しくてぐずっている子供と一緒じゃないか。 「そうだな、すまん。お前の成長した姿を見れたものだから、つい嬉しくて昔のようにやってしまった……」 「べ、別にそこまで怒っているわけじゃないから気にしなくていいよ」 「……誠。気づけばお前も大人の仲間入りをしていたんだな」 「な、何を突然言い出すのさ。年齢的にもまだまだ子供じゃないか」 もっと撫でてください、って言える雰囲気じゃなくなってきた。 「そうじゃないさ。一人暮らしをしながら高校に通うようにしたのは自分から申し出だったんだろう?」 「えっ、父さんは知っていたの?」 「あぁ。仕事が忙しいから知り合いの興信所に頼んで調査結果を聞くだけのレベルだけどな」 なんだか、こういうところは実に探偵一家らしい。 「一人暮らしを選んだのは叔父さんと叔母さんにあまり迷惑をかけたくなかったって理由からなんだろ? ……お前から見れば私は家とお前達姉弟を捨てた男でしかない。それでも見守りたかった気持ちが抑えられなくて、な」 「まさか、一人暮らしの援助をしてくれていたのって父さんが……!」 「その辺の事情はノーコメントってことにしてくれないかな? それよりも大事なことは誠が大人になっていることだ」 「大人……」 「自分で考えて、自分の意思で行動すれば大人の仲間入りだと私は思っている。 もちろん、響子も自分の意思で探偵になったことを知っているから一人の大人として対応するさ」 そう言って腕時計の時刻をチラリと見た後、眉を顰めたのだった。 「本当はもっと時間を設けて話をしたかったけどな……。 誠、宿題だ。お前は明日までに自分の戸籍謄本を調べて来い」 「えっ?」 「市役所に行って取り寄せたら、次は民法を調べてくれ。817条だ」 父さんが支払伝票の紙を持って席を立つ。 「父さん!」 「時間だ。続きは入学式の後で! ……なんてな」 そう言って足早にレジにお札だけを置いて、待たせていたリムジンに乗って走り去っていった――。 実に数年ぶりの親子の再会はあっさりと、それでいて宿題が出るという妙な形で終わった。 続く
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