<p><span style="background-color:#ffffff;">「……ふぅ」 <br /> 時間は昼頃・場所は病院ロビー。 <br /> 日向創は担当していた狛枝の世話を終え、今は罪木に任せて休憩中である。 <br /> 暇を持て余した彼は、電子生徒手帳を弄り始めた。 機能の一つとして付属されている電 <br /> 子ペットの様子を見ようと思ったのだ。 <br /> 「……はぁ」 そのペットの顔が、あの憎たらしい白黒熊になっていた。 ため息交じりに <br /> 手帳から目を放し、虚空を見る。 <br /><br /> （きゅるる～） <br /><br /> 耳入って来た、ある種呑気な音。 空腹を知らせる、身体の生理反応。 <br /> 「…そういや今朝何も食べてなかったな…」 <br /> その通り。今朝は狛枝と澪田の発病が発覚し、そのゴタゴタ騒ぎで日向は朝食を摂るのを <br /> すっかり失念していたのだ。 <br /> （ちょうど休憩時間だし、レストランへ残り物でも食いに行こうか。 でも少し遠いし面 <br /> 倒だな……） <br /><br /> そう思っていた、矢先の事だった。 ガチャリ、という音を立てて病院の出入り口が開く。 <br /><br /> （……超高校級のメイドなんていたっけ？） <br /><br /> 一瞬、そう誤解し、その一瞬後に気付いた <br /> 「……小泉か」 <br /> メイドだと思ったのはエプロンドレスを身に纏った、同じく罪木に任せて休憩中の小泉真 <br /> 昼であった。 </span></p> <p><span style="background-color:#ffffff;">手には、いくつかの袋を下げていた。 <br /> 「お弁当、持ってきたわよ」 <br /> 「ありがとう、助かったよ …その格好は？」 <br /> 「……気分転換」 <br /> その言葉も、あながち嘘ではない。 <br /> 七海に砂浜で竹トンボ等を教えていた時、目に付いたヤシ型のガチャガチャ。 <br /> 帰りになんとなく、本当にただなんとなく弄ってみたら出てきたのがコレだった。 <br /><br /> ……可愛い。 <br /><br /> 女の子たちを日向から守る（という妄想の）ため、彼を誘惑するに当たってこの服を選ん <br /> だのはそのためだ。 <br /> 男に媚びるのは嫌だが、自分が気に入ってる＝自分で選んだ服なら、という認識ならば嫌 <br /> 悪感は薄れた。 <br /> 今付けている下着も、全く同じ理由で穿いているのだ。 <br /> 何よりこんな状況。 気分を変えないと、イライラで無用な爆発をしてしまいそうだった。 <br /> あちこちに迷惑をかけているとはいえ、必要以上に自分をストレスで罰するべきではない。 <br /><br /><br /> 「……」 <br /> 日向は小泉の姿を眺める、時間が止まったかのように。 <br /> 「どうしたの？ 似合わないって思ってる？ ……こっちが好きで着て「似合ってるよ」だ <br /> から……え？」 <br /> 虚を突かれた。 <br /> 「いつもの小泉とは違う感じがある、意外さがあって良い」 <br /><br /> 小泉の胸に、奇妙な感覚が走る。 心地良い、毒が入ったような。 「<span style="line-height:1.6em;">………………ありがと」 </span><br /> そっぽを振り向きながらも顔を赤くしながら礼を述べる小泉。動作はともかく、いつもの <br /> の彼女なら「お世辞言っても何にも出ないわよ」ぐらいの言葉は出るだろうに。 <br /> それには当人も気付いていなかった。……絶望病のために。 <br /> だから「じゃあ罪木も呼んで一緒に食べよう」という日向の言葉に「蜜柑ちゃんはまだ良 <br /> いでしょ、かえってお仕事の邪魔になるから」と返した。 <br /><br /> 日向が気付くべきだったのだ。 同性には優しい彼女にしては、奇妙な言動だと。 <br /> 尤も、直前まで狛枝凪斗という最悪の不発弾の相手をしていた彼にその配慮は酷であった <br /> かも知れない。 <br /> おかげで別の爆弾をも抱え込む事となったが。 <br /><br /><br /> 二階の会議室でテーブルを広げ、日向と小泉は向かい合う形で座って弁当を食べ始める。 <br /> 弁当の中身は握り飯・卵焼き・マカロニサラダにタコさんウィンナー。 日向は一つ一つを <br /> 口に入れ、噛み締める。 <br /> 「ふまい」 シンプルで正直な感想が、自然と出た。 「アンタ、行儀悪いわよ ちゃんと <br /> 呑み込んでから、ね」 <br /> 小泉はそう言いながらも、クスクス笑っている。日向の顔が田中の飼っているハムスターのように頬 <br /> 張っているのは何処かおかしく、可愛らしい。 <br /><br /> （そうだ） <br /> 小泉は愛用の一眼レフカメラで日向を撮り始めた。 <br /> 日向はいつもの事だとは思いつつ、妙にくすぐったい気分だった。 それでも三大欲求の一 <br /> つに突き動かされてるため、視線は弁当の中身を覗き、手は箸を動かす事を優先した。 最後のマカロニを、日向が呑み込む。「おかわりいる？」 小泉はそう言って自分の弁当 <br /> を差し出すが <br /> 「いや、もう十分だよ、ごちそうさま」 <br /> 手を重ねて、弁当と真昼への感謝を表す日向。 「どう致しまして」 小泉も、上機嫌に <br /> 応える。 <br /> 「いや、本当に美味かったよ 良い意味でシンプルな味があった」 <br /> 日向は一切のおべっかは言ってない。 本心からの告白だった。 <br /> 今は亡き花村の料理が食べる芸術品ならば、小泉の作った弁当は、まさに家庭の味。 王 <br /> 道の喜びがあった。 <br /><br /> 「さすが、家では家事全般やってるだけはあるな 良いお嫁さんになれるよ」 <br /> 無意識に、極めて自動的にそんな言葉が出た。 立派な母親とぐうたらな父親という環境 <br /> が生み出した、素敵な少女を褒める言葉を。 <br /> ―普段の彼女なら仄かに顔を赤らめて視線を逸らし、「な、何言ってんのよ…」と呟いた <br /> だろう。 <br /><br /> しかし、やはり『今』の彼女は違った。 絶望病で、人格の一部を変えられてる『今』は。 <br /> 「うん、ありがとう」 <br /><br /> 言葉はさっき通り素直なお礼、そして動作は満面の笑顔を日向に向けられているというも <br /> の。 <br /> …日向は、褒めたはずの自分の方が恥ずかしくなってきた。 <br /><br /> 気付くと、小泉の指が日向の顔へ。（なんだ？）と日向が思うと彼の唇を撫でる。 <br /><br /> 「！？」 <br /><br /> 日向が驚いてると、その指は彼女の前へ。 白い物が、こびり付いてる。 <br /> 「御飯、くっ付いてたわよ」 <br /> ………… <br /><br /> 「はは、な、なーん「勿体無い」 小泉は、その米粒を舐めとった。 <br /><br /> 「！！！？！！？！！！」 <br /> 日向は一瞬、脳がショートした感覚に襲われた。 それだけ今の光景はショッキングだっ <br /> た。 <br /><br /> （な、なんだこれ）日向は混乱していた。（小泉のキャラじゃない） <br /><br /> 澪田が九頭龍が復帰したパーティーの時『勢いで産んでみたけど父親が分からない』とい <br /> う謎の曲を歌おうとしたが、真っ赤になって止めた。 <br /> 会話のタネにこけしを渡し、それでキレられた事があった。 <br /><br /> 今の小泉は、あの曲を（まぁ実際には聞いてはいないが）うっとりとして聞き、こけしを <br /> 渡しても夢中に頬ずりしそうな雰囲気があった。 <br /><br /> 普通に考えれば、絶望病のせいだとわかるのだが。 <br /> 終里・狛枝・澪田とは比較にならないほどの変化を見せる彼女に、僅かな恐怖と中ぐらい <br /> の困惑 そして大きくて何故かある羞恥に日向は― 「ちょ、ちょっと寝てくる！ なんかあったら休憩室で、な！」 <br /> 会議室から逃げ出した。 <br /> そのため、日向はまたも小泉が絶望病にかかっていると気付くチャンスを逃した。 <br /><br /><br /> 一人残った小泉は思考する。 <br /> （…手料理なんて、男にはお父さん以外食べてもらった事ないもの） <br /> 視線はカメラへ。 <br /> （良い記念になったわね。現像が楽しみ） <br /> 思考は妄想へ、変化する。 <br /> （私もお母さんになったら、これ娘に見せるんだ <br /> 「初めてパパに食べさせてあげた時の写真だよ」って……ん？） <br /><br /> 「…………」 <br /> 小泉は自分の行動と思考を、振り返る。 <br /><br /> ガタン！ <br /> 思わず立ってしまった。 <br /><br /> 「……っ ……っ！」 <br /> 声が、出ない。 彼女の顔色は茹蛸となっていた。 <br /> （なななななんで日向と結婚しようとしてててててててて） <br /> 目的がおかしくなってる事に、今更気付いた。 <br /> （そそそそういやご飯粒さっきさっきさっききききき……） <br /> そして気付いてはいけない事を思い出した。 <br /><br /><br /> 日向の唇に付いてた、ご飯粒を取って舐めと「いやあああああああああああああああああ <br /> ああ」 <span style="font-family:'ms pgothic';color:rgb(0,0,0);font-size:medium;">小泉の顔は茹蛸から、赤そのものへ変化していた。 </span><br /><span style="font-family:'ms pgothic';color:rgb(0,0,0);font-size:medium;">きっと今の彼女を海に入れたら、沸騰する事あろう。 </span><br /><br /><br /><span style="font-family:'ms pgothic';color:rgb(0,0,0);font-size:medium;">一応は病院内、暴れないだけの最後の理性はあった。 </span><br /><span style="font-family:'ms pgothic';color:rgb(0,0,0);font-size:medium;">しかしそれ故に暴れるという代償行為で羞恥から逃げ出す事も出来ず </span><br /><span style="font-family:'ms pgothic';color:rgb(0,0,0);font-size:medium;">小泉は希望と絶望が入り混じった奇妙な感覚の中、数時間己の仕出かした事に打ちひしが </span><br /><span style="font-family:'ms pgothic';color:rgb(0,0,0);font-size:medium;">れるしかなかった…。 </span></span></p>
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