――最初は、ほんの少しからかってあげようと。 ただそれだけのつもり、だったのに。 「――だって、霧切さんが笑った顔って、すっごく、かわいいんだよ!? だから、隠すなんてもったいないよ! 笑った方が絶対にいいって!」 何を言っているのだろう、この少年は。 彼が、苗木君が無理をしているのは、すぐにわかった。おそらく本人は私をだましているつもりなのだろうけど。 苗木君がかわいい、という言葉を発した時、ほんの一瞬だけ、彼の目線が床へとそれた。それを私は見逃さない。だって私は、超高校級の――、 ……ええと、なんだったかしら。 とにかく、彼はウソをついている。ひどく稚拙で、くだらない、見え見えの、苗木君らしい、――でも苗木君らしくない、ウソ。 私が年頃の少女のように、……たとえばあの朝日奈葵のように頬を染め、恥じらうなどと思っているのだろうか? まさか、そんなこと。 でも、そうだとするなら本当に。 ……私は笑った方が良いのかもしれないわね。あなたが、本当に。そんな馬鹿げたことを信じているのなら。 だから、少しだけ。ほんの少しだけ気になったのだ。 彼がどんな反応をするのか。どんな言葉を私に向けるのか。 だから私は、からかってみようと思って。 「きゅ、急に…何を言ってるのよ……か、かわいいなんて…いきなり…そんな風に言われても…」 彼のお望みどおり頬を染めて、それこそただの高校生のように振る舞ってみる。 感情を押し殺して表情を隠してしまうより、嘘でもなにかを装う方がずっと簡単。 苗木君。さあ、どう? ひっかかったね、霧切さん。そんな風に言う? それとも? 「…………」 でも。 私の予想は、……いえ、それはほとんど確信に近かったのに。 それはあっさりと打ち砕かれたのだ。 「…………ほら、」 苗木君は、少し呆けたような表情をして。ああ、その時点で私の予想は大ハズレ。 それで、苗木君は、 「ほら、霧切さん。……やっぱり、もったいないよ」 「え? ……え?」 かわいいよ、と。ヒトを安心させるような顔でにっこり笑って。何故だか彼も頬を染めて。 ぽりぽりと頬を掻くその仕草は、確かにただの高校生で。 「えっと、……その、えと、……苗木、くん?」 そして、簡単なはずの演技さえできなくなった私も、ただの高校生だった。 「どうしたの? 霧切さん」 ああ――、 「……あ、ありがとう」 どうやら私は、超高校級の、ただの女子高生だったらしい。 ----