ある休日の昼下がり。 そういえば最近やってないなとホテルのロビーに行ってみると、 目当てのゲーム機にはすでに先客の姿があった。 「七海」 「・・・・」 呼び掛けるが、返事はない。 「なーなーみ」 「・・・・」 どうやら集中しすぎて周りの音を遮断しているらしい。 まあ、七海に限っては珍しい事でもない。 仕方がないので向かいに座り、七海の試合に乱入してみる。 名前は『HINATA』で・・・キャラは適当でいいか。 すると、ちょうど対戦が始まったところで、さっきまでディスプレイ を見つめていた目がこちらを向いた。 「あ、日向くん。・・・ちょうど良いところに来たね」 わずかに微笑みながらそう言う。 何だか機嫌が良いみたいだ。 「ん、何か用事でもあったのか?」 「うん。ちょっと”良いモノ”を渡そうと思って」 「”良いモノ”?それって、やっぱりゲー・・」 「ゲームだと思った?」 考えを先回りされてギクリとする。 どうせゲームだろうと思ってました。 「残念でした。正解は・・・。あ、その前にあっちのソファーに行こ」 言うなり、ゲーム機を離れ後ろのソファーに座る七海。 ディスプレイが邪魔で話しづらいのだろう。 俺もゲーム機を後にし、七海の隣に座る。 「じゃあ、お待ちかねの正解発表・・するね」 テーブルに置かれたリュックから七海が取り出したものは、 ・・・なぜかタッパー容器だった。 それを、はいどーぞと手渡される。 白いフタのせいで中身は見えないが、十中八九食べ物だろう。 「これは・・・開けていいのか?」 「うん。きっと、日向くんにとって凄く良いモノが入ってる・・はずだよ」 俺にとって”凄く良い”食べ物・・・ ・・・まさか。 ワクワクしたものを覚えながら容器のフタを開けてみると、 そこには、 二つの草餅が詰められていた。 「七海っ、お前これどうしたんだ!?」 久しく食べていない好物の登場に、テンションを上げずにはいられない。 「小泉さんと花村君に教えてもらって作ったんだよ。・・まあ、材料なんてほとんど無いから代用品いっぱい使っちゃったんだけどね」 確かに、こんな南国のリゾートでは上新粉や小豆、 ましてやヨモギなんかは手に入らないだろう。 しかし。 目の前の草餅はその色もにおいも、日本で食べていたそれと少しも違わない。 ・・・・気がする。 「さ、早く食べちゃおう。・・えっと、右側のが日向くんの分だよ」 「ああ、分かった・・・って俺の分ってなんだよ。もしかして、お前も食べるのか?」 「・・・む。味に自信はあるけど、私は味見してないんだよ?折角だから食べてみたいんだよ。いいかな?いいよね」 いつになく強気で迫り、草餅の一つを手に取る。 いくら好物といえ、作ってくれたのは七海なので断るわけにもいかず、 「仕方ないな・・・。じゃあ早速」 『いただきます』 がぶ、と二人して特製の草餅にかぶりつく。 ・・・何だコレ。 やたらと伸びる。 それでいてめちゃくちゃ美味い。 餅の食感、餡のしっかりした甘味、鼻を抜けるヨモギの風味。 近いどころの話ではない。 どれを取っても、確実に、日本で食べたものよりもレベルが高い。 一体どんな食材を使ったのだろう。 「どうかな。お気に召した?」 七海はというと、すっかり平らげてしまっている。 どうやら彼女の口にも合ったみたいだ。 「ああ、すごく美味しい。・・・ありがとうな、七海」 「お礼なんていいよ。日向君には色々なこと教えてもらったり、楽しい所に連れて行ってもらってるしさ。そのお礼みたいなもの、だよ」 真正面から改まって言われると何だか気恥ずかしい。 照れ隠し、というわけでも無いが、返す言葉に詰まったので小さな疑問を訊いてみる。 「と、というか、よく分かったな。俺の好物が草餅だって。誰にも言ったこと無いぞ」 すると、七海は誇ったような顔をしてみせた。 「そんなの簡単だよ。好物なんて、コマンド入力ですぐ分かっちゃうのです。日向くんの場合は、『□↓↓↓○○』だね」 また理解に困ることを。 要するに勘、ということか。 まあ、狛枝あたりならば・・・簡単に当てそうな気も・・・す・・る・・・? ・・・・・何だ? 妙に瞼が重い。 意識もだんだん途切れてきている気がする。 まだ夜まで時間はかなりあるのに、不自然なほど眠い。 これって、 「あ、効いてきたみたいだね、睡眠薬」 「す、睡眠薬だって・・・?」 「うん、睡眠薬。薬局にあったきっついやつ。何だか最近、採集続きで日向君あまり眠れていないみたいだから、 ゆっくり眠っちゃおうという訳で・・・少し盛らせて頂きました」 なんて斜め上をいく気遣い。 普通に声を掛けるほうが簡単だろうに。 ・・・ま、そういうことなら。 「じゃあ、お言葉に甘えて・・・おやす、み・・」 ソファーに深くもたれて目を閉じる。 途端に、二度寝のときのようなふわふわとした心地よさが体を包む。 この島に来て以来、おかしなアナウンスで毎朝たたき起こされるので、随分と味わっていなかったかも知れない。 ふいに、袖口をくい、と引かれる。 わずかに覚醒したものの、抵抗するような気力のなかった俺は、 そのまま――七海の肩にもたれかかる格好になった。 服越しに、七海の体温が伝わってくる。 かすかに、石鹸のような良い香りが伝わってくる。 ――七海がそばにいる。 それだけで、とても安心している自分がいた。 確かに、これならゆっくり寝られそうだ・・。 そう思ったのを最後に、俺の意識は深いところまで落ちていった――。 ――――― あの二人には、あとでたくさんお礼言っとかないと。 日向君も、とても喜んでくれたみたいだし。 ・・・ふぁあ、私も眠くなっちゃったよ。 誰かが来たら起こしてあげる予定だったけど、仕方ない・・・よね? 「おやすみ、日向くん」 -----