特集ワイド:続報真相 失敗に学んだ?「アベノグルメ」
毎日新聞 2013年04月12日 東京夕刊
福島県の武田ファームで和牛を試食する安倍晋三首相(左)。この数時間後、金美齢さんとの会食で、フレンチのフルコースを完食した=福島県郡山市阿久津町で2013年3月24日、代表撮影
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8000円のビジネスランチのメインディッシュ。野菜の一部とソースは安倍晋三首相が食べたのと同じ
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◇昼は試食、夜はフルコース 「お友達」の枠を超え会食 評価はアベノミクス次第
今夜はホテルの中華フルコース、明日は有名店でフランス料理……。安倍晋三首相のゴージャスな会食がうらやましい。週刊誌では「安倍飲みクス」「支持率の源は会食にあり」なんて騒がれているけれど本当のところは? <アベノグルメ>の真相に迫った。
昼下がり、フレンチの三國清三(みくにきよみ)シェフで有名な東京都新宿区の「オテル・ドゥ・ミクニ」店内はオシャレな女性客でいっぱい。気後れしながらビジネスランチ(8000円)を注文した。手渡されたメニューを見れば、前菜は「愛知県産鮎(あゆ)風味の自家製豆腐、琵琶湖の稚鮎フリット添え、豆乳の泡和(あ)え、鮎の皮のセシェとベビーリーフサラダのせ、東京足立産蓼(たで)と京都祇園の花山椒(はなざんしょう)の薫り」とある。
内心「おおおーっ!」。実は「自家製豆腐」も「豆乳の泡」も、3月24日に安倍首相が評論家の金美齢(きんびれい)さん(79)らと食べた夜のコース料理に含まれているのだ。夜のコース2万円。こちらは財布事情に鑑みランチで妥協したが、「首相と同じ物を食べるぞ」作戦は何とか成功したみたい。豆乳の白い泡を口に含むとじっくり味わう前にホロホロと溶けていく。
メインディッシュでは、添え物の「五種の温野菜」や「赤ワイン風味」のソースが安倍首相と同じ。肉は安倍首相のが「北海道白老町産黒毛和牛三歳牝(めす)の処女牛」、私のは「熊本県産和牛ヒレ肉」だったが、十分においしい!
「海外転勤の決まった息子の壮行会を兼ねて家族を招いてくださったんです」。自称「安倍さん無償サポーター第1号」の金さんはそう話す。娘、息子、孫5人を含む総勢10人。福島を日帰り視察し、10分遅れで駆けつけた安倍首相は「風評被害を打ち消すために福島の農園でいろいろなものを食べてきた」。「これからフランス料理、大丈夫?」と気遣うと、「ここは量が少ないから平気」と答え、見事完食した。全メニューは▽自家製豆腐の鹿児島産空豆風味、豆乳の泡和えベビーリーフサラダと静岡産桜海老(えび)添え▽韓国産鮑(あわび)のステーキ、ジロールとホウレンソウのフリカッセ添え、ペリゴール地方風▽愛媛松山沖、花鯛(はなだい)のグリエ、木の芽のピストー風味、京筍(たけのこ)のリゾット添え、その京筍と椎茸(しいたけ)のブイヨン仕立て、京都祇園の花山椒の薫り▽北海道白老町産黒毛和牛三歳牝の処女牛のロティ、五種の温野菜(トマト、小ナス、百合根(ゆりね)、新ジャガ、葉ペコロス)添え赤ワイン風味▽福井産薩摩(さつま)芋のスープと静岡産フレッシュライムのシャーベット、驚きの煙と香り▽コーヒー。
「普段はお酒をあまり飲まないのに、この日はシャンパン、白ワイン、赤ワインの全種類をお飲みになりました。体を壊していた頃は『飲むのは専ら妻にお任せ』だったのに」と金さん。
安倍首相の連日の会食をこう見る。「健康や人脈の豊かさをアピールする狙いもあれば、多様な人の意見を聞きたいのもあるのでしょう。総理になる前に『一度地獄を見たから怖いものはない』とおっしゃっていましたが、あの夜も『なぜかよく眠れる』って。第1次内閣時より肝が据わった感じがします」
安倍さんに批判的な人にも聞いてみなければ。テレビ番組で07年の首相辞任を「病気が理由ではなく、1年間やっていて成果が出なかったので辞めたんですよ」と指摘したテリー伊藤さん(63)は昨年11月、「なぜか」安倍首相に誘われお昼に和食を食べた。「最近の芸能界や若者気質について質問されたのですが、幅広い知識を得ようという姿勢に頼もしさを感じました。『一度病気になったんでいろいろと批判もされるだろうけど、反省すべきは反省し考えるべきは考えて頑張りたい』と言っていました。以前は『私は、私は』というタイプに見えたが、今は聞き上手。人の意見を生かそうとしている」
辛口のご意見も、と促したが「特になし。安倍さんは『ほめると伸びる』タイプですしね」。なぜだろう。「会うとすごくいい人」という評判がやたら多い。もしかして安倍首相って大変な「人たらし」なのかも。
第1次安倍内閣では総裁選で支持してくれた議員を優遇し「論功行賞内閣」「お友達内閣」とやゆされた。ならば今回は連夜の会食で「お友達」の壁を破ろうとしているのか。
細川護熙首相の秘書官を務めた成田憲彦・駿河台大学教授(政治学)に会食リスト(左)を分析してもらった。「『派手に接待している』と騒ぐほどではない。『会ってほしい』というリクエストを取捨選択しつつ応じている印象です。目につくのはマスコミのトップと個別に会っている点。歴代首相ではあまりなかったことです」。1月7日の渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長を皮切りに、翌8日に産経新聞、2月7日に朝日新聞、3月28日に毎日新聞という具合だ。「マスコミ側が頼み、場所を設定し、支払いもしているのでしょうが、安倍首相の側にも会いたいという意思があるはず。メディア対策がうまくいかなかった前回の体験を踏まえての方策だと思います。『(関係の良くない)朝日とまずやれ』と助言した人もいたようです」
リストで「料亭」と呼ばれる店はほんの数軒。55年体制下で「料亭政治」が批判されてはや20年。料亭自体がほとんど姿を消した。「料亭政治を批判した細川元首相は公邸で勉強会を開くことが多く、外で会食はあまりしませんでした。民主党政権の歴代首相はあえて庶民的な店を使った。安倍首相の場合、相手が店を選んでいるらしい財界やマスコミとは高級な店だが、それ以外は警備に慣れたホテルのレストランですね」(成田教授)
潰瘍性大腸炎は新薬で良くなったとされるが、外食続きで大丈夫? 「いやいや、今のスタイルは安倍首相にとってストレスのない形」と言うのは日本BS放送報道局長、鈴木哲夫さん。「首相になって突然ぜいたくになったわけじゃない、以前から高級料理を楽しんできた人。むしろ第1次内閣時代に自制をし過ぎ、精神的肉体的ストレスで大きなダメージを受けた。今回は『公務に差し支えない範囲内で行きたい場所に行き、食べたいものを食べようと決めた』と周辺に語っているそうです」。失敗に学び、いい意味で開き直っているということか。
官房長官として仕えた小泉純一郎元首相は歌舞伎やオペラ、高級料理を楽しんでなお庶民に人気があった。「支持率が高いうちはぜいたくも許される。麻生太郎元首相がリーマン・ショック後に高級バー通いを批判されたように、安倍首相も成長戦略が骨抜きになり、物価上昇で庶民の暮らしが苦しくなった時にどう見られるかを意識した方がいい。『アベノグルメ』はアベノミクスの行方次第」。鈴木さんはクギを刺す。
あらためて会食リストをながめた。うらやましかったごちそうざんまいも、よく考えれば疲れそう。8000円の至福のビジネスランチの日の夜は「お茶漬けでいいや」の気分なのだった。【小国綾子】
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◇3月以降の安倍首相の主な会食相手
3月 2日 別荘近くの山梨県富士河口湖町の中華料理店「湖宮」で昭恵夫人ら
5日 北青山の日本料理店「青山浅田」で森喜朗元首相、下村博文文部科学相、自民党の中曽根弘文参院議員会長ら
7日 ザ・キャピトルホテル東急の中国料理店「星ケ岡」で、自民党の衛藤征士郎外交・経済連携本部長、西川公也TPP対策委員会委員長ら。その後、東京都千代田区九段南の居酒屋「福の花市ケ谷九段店」で山口県東京事務所職員らとの食事会
8日 帝国ホテルのフランス料理店「レ・セゾン」で喜多恒雄日本経済新聞社長ら
9日 ホテルニューオータニの中国料理店「Taikan En」で河内隆内閣総務官ら
10日 赤坂の中国料理店「Wakiya一笑美茶樓」で友人と夕食
12日 平河町の中国料理店「赤坂四川飯店」で自民党の衆院当選1回議員ら
13日 赤坂のアーク森ビルのレストラン「アークヒルズクラブ」で粕谷賢之日本テレビ報道局長ら報道関係者
15日 港区のフランス料理店「レストラン クレッセント」でフジテレビの日枝久会長
18日 帝国ホテルの宴会場「鶴の間」で自民党の高村正彦副総裁、野田聖子総務会長、高市早苗政調会長、二階俊博総務会長代行ら
20日 六本木のステーキハウス「オークドア」で米国留学時代の友人ら
21日 赤坂の居酒屋「日本海庄や赤坂通り店」で小野寺五典防衛相、木村太郎首相補佐官らと会食後、六本木の六本木ヒルズ森タワーの会員制クラブ「六本木ヒルズクラブ」でスティグリッツ米コロンビア大教授ら
23日 築地の日本料理店「河庄双園」で巨人の原辰徳監督ら
24日 新宿区のフランス料理店「オテル・ドゥ・ミクニ」で評論家の金美齢氏ら
25日 平河町の中国料理店「赤坂四川飯店」で木村太郎首相補佐官、自民党の石破茂幹事長、猪口邦子参院議員らと会食後、赤坂の中国料理店「赤坂飯店」で報道各社の首相番記者と懇談
26日 銀座のレストラン「佐賀牛銀座季楽」で菅義偉官房長官、鳩山邦夫元総務相ら
28日 ホテル椿山荘東京の日本料理店「錦水」で毎日新聞社の朝比奈豊社長
29日 ザ・キャピトルホテル東急のレストラン「ORIGAMI」で秘書官
4月 1日 「赤坂四川飯店」で俳優の津川雅彦氏らとの勉強会
2日 ザ・キャピトルホテル東急の日本料理店「水簾」で長谷川栄一首相補佐官、兼原信克官房副長官補ら
4日 永田町の山王パークタワーの中国料理店「溜池山王聘珍樓」で田崎史郎時事通信解説委員、曽我豪朝日新聞政治部長ら
5日 帝国ホテルの宴会場「楠」で日本テレビの大久保好男社長
6日 南青山のイタリア料理店「リストランテハマサキ」でジェラルド・カーティス米コロンビア大教授と懇談
7日 高輪のホテル「ザ・プリンス さくらタワー東京」の日本料理店「高輪 七軒茶屋」で昭恵夫人、米国留学時代の友人ら
9日 渋谷区のイタリア料理店「リストランテASO」で前田晋太郎山口県下関市議ら
10日 ホテルオークラのレストラン「バロンオークラ」で渡辺美樹ワタミ会長