シーン「暗闇」
月の影が冴える晩、夜道を一人歩く。
うるさいほどの風が通り抜けて、髪を揺らす。
……寒くはない。
真夏の夜の夜。
吹き抜けたのは、なま暖かい風。
肌に当たるけれど、うまく感じ取ることはできない。
何処か鈍い感覚。
……あまり考えられない。
よく分かるのは明るい月、瞬く星。
街の光も明るくて、銀色に輝いて見える。
彼処くらい遠い場所まで行って、戻ってきた。
後少し歩けば、家に帰れる。
外よりも暗い、怖い家。
でも帰ることができる、わたしの家。
ふと、誰かが横を通り過ぎた気がして振り返る。
……でも、誰もいない。
凄く知っている人が通り過ぎたはずなのに、誰もいない。
見回して見回して、そして見た。
目の前に広がるのは黒い道、暗い道。
耳に届くのは白い音、風の声。
鼻にはいるのは鉄の臭い、錆の臭い。
わたしが立っているのは赤い海、血の海。
そして、倒れている人……。
其れは赤く染まっている。
自分の腕も、赤く染まっている。
……どうして?
不思議に思って、もう一度見回して。
今度は何も見なかった。
……何もない
ぶらりと手を下げて、わたしは再び歩き出す。
したたり落ちる滴。
……帰ろう。
外よりも暗い、怖い家。
でも帰ることができる、わたしの家に。
最終更新:2009年03月24日 00:18