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*殺しのパレード #amazon(4576072145 ,right,image) 題名:殺しのパレード 原題:Hit Parade (2006) 作者:Lawrence Block 訳者:田口俊樹 発行:二見文庫 2007.12.25 初版 価格:\829  高校時代か大学時代のどこかで、アメリカの小説を読み漁ったことがある。ユダヤ人や黒人の作家ばかりで、WASPの作家はどこにも見つからなかった。70年代のことだからわからないでもない。思えば、70年代のWASPには執筆の動機がなかったのかもしれない。  中でも『ニューヨーカー短編集』を読んだことがある。今、紐解いてみると、バーナード・マラムッド、ソール・べロウ、ジョン・アップダイク、フィリップ・ロスなんて面々が並んでいて、ミステリーでもなんでもない。サリンジャーなんてとても好きだったが、ミステリアスではあってもミステリーではなかったと思う。シーモア・グラースの自殺は今もって謎だ。 ローレンスブロックについては、彼がニューヨーカーであること抜きには語ることができないのかもしれない。彼の作品の主人公は、ある面ではスカダーであったりバーニーであったりケラーであったりするにせよ、本当の意味ではニューヨークというビッグ・アップルそのものが主人公であったのかもしれない。エド・マクベインの87分署シリーズがアイソラと架空の大都会を舞台にしながら、それが誰の目にもニューヨークとしか映りようがなかったように。  ローレンス・ブロックは、9・11テロのことを『砕かれた街』というノンシリーズ長篇小説でまずは描いている。これこそニューヨークが主人公であるといっていいくらいの、ニューヨークへの愛着を持った庶民の目線で描かれた作品だ。  その後、スカダーのシリーズでは『すべては死にゆく』という象徴的なタイトルで、ワールド・トレーディング・センターのなくなった窓の景色をエレインと一緒に虚ろな視線で眺めやるマットの姿がやけに陰影濃く描かれていた。  そして、どちらかと言えばブラックではあるが軽妙な連作短篇シリーズであるこの殺し屋ケラーもまた、ニューヨーカーとして作者の心情を共有することになる。 本作品集は、7つの短篇と1つの中篇小説と1つのショートショートとで構成されており、全体を見通してみれば一つの長篇小説の味わいもないわけではない。二つの短篇小説で、いつものケラーのブラックなおかしさを味わうことになるのだが、中編小説では、いきなりケラーが9・11をどう過ごしたか、その後のニューヨークをどのように感じているかという非常にデリケートな様子が扱われており、その後の短篇のいずれに対しても、このことが少なからず影を落としてしまうことになる。  殺し屋という職業についての深い考察書、といっても過言ではない本シリーズの特徴は、主人公が社会病室者としての殺人鬼ではなく、職業人としての殺し屋であることだ。常に自分が社会病室者であることを疑いつつも、殺した相手については自分の意識からうまく消滅させるこを技術的にやってのけ、日頃はグルメと観光と切手の収集に心を向けてゆく。  もちろんプロなので冷徹であり非情なのだが、読者の側が感情移入しやすいような庶民的心を持っている。だからそうした彼が実際に殺人を犯すシーンがショッキングに映る。とりわけ残酷なシーンに見えるし、そしてその違和感にこころが擦り切れてしまいそうになるのだ。そうした不安定な日常を共有できる相手は、世界中に一人しかいない。依頼を請負い、ケラーに殺しを手配する役割であるドットである。彼女は、始終、ケラーのメンタルヘルスを担当しているかのようにも見える。  本書では、とりわけ9・11の後ではケラーの精神を心配するドットの姿が目立っている。二人は、ドットの家でアイスティーを飲みながら、あるいは遠い街を繋ぐ電話線を通じて、常にケラーの心の状況をケアしようと努める。ケラーは、何と言っても9・11の後に消防士や救助隊員たちに食事をふるまうボランティアの仕事まで手伝っているのだ。殺し屋がボランティアだなんて、何かの悪い冗談のようだ。  しかし、その悪い冗談こそが本シリーズであり、ローレンス・ブロックの味なのかもしれない。ブラックでユーモラスなシリーズであった本書も、ひところのスカダーのように悩める主人公の彷徨する姿を描くシリーズに取って代わってしまったような印象がある。引退を考え始めるケラー。引退費用を溜めるべく仕事に貪欲になってゆくケラー。全く、どれもこれも、本当に悪い冗談のようだ。 (2008/04/13)
*殺しのパレード #amazon(4576072145 ,right,image) 題名:殺しのパレード 原題:Hit Parade (2006) 作者:Lawrence Block 訳者:田口俊樹 発行:二見文庫 2007.12.25 初版 価格:\829  高校時代か大学時代のどこかで、アメリカの小説を読み漁ったことがある。ユダヤ人や黒人の作家ばかりで、WASPの作家はどこにも見つからなかった。70年代のことだからわからないでもない。思えば、70年代のWASPには執筆の動機がなかったのかもしれない。  中でも『ニューヨーカー短編集』を読んだことがある。今、紐解いてみると、バーナード・マラムッド、ソール・べロウ、ジョン・アップダイク、フィリップ・ロスなんて面々が並んでいて、ミステリーでもなんでもない。サリンジャーなんてとても好きだったが、ミステリアスではあってもミステリーではなかったと思う。シーモア・グラースの自殺の理由は今もって謎だ。  ローレンスブロックについては、彼がニューヨーカーであること抜きには語ることができないのかもしれない。彼の作品の主人公は、ある面ではスカダーであったりバーニーであったりケラーであったりするにせよ、本当の意味ではニューヨークというビッグ・アップルそのものが主人公であったのかもしれない。エド・マクベインの87分署シリーズがアイソラと架空の大都会を舞台にしながら、それが誰の目にもニューヨークとしか映りようがなかったように。  ローレンス・ブロックは、9・11テロのことを『砕かれた街』というノンシリーズ長篇小説でまずは描いている。これこそニューヨークが主人公であるといっていいくらいの、ニューヨークへの愛着を持った庶民の目線で描かれた作品だ。  その後、スカダーのシリーズでは『すべては死にゆく』という象徴的なタイトルで、ワールド・トレーディング・センターのなくなった窓の景色をエレインと一緒に虚ろな視線で眺めやるマットの姿がやけに陰影濃く描かれていた。  そして、どちらかと言えばブラックではあるが軽妙な連作短篇シリーズであるこの殺し屋ケラーもまた、ニューヨーカーとして作者の心情を共有することになる。  本作品集は、7つの短篇と1つの中篇小説と1つの超短篇(ショートショートとは言わないだろう)で構成されており、全体を見通してみれば一つの長篇小説のようでもある。最初の二つの短篇小説で、いつものケラーのブラックなおかしさを味わうことになるのだが、三作目の中編作品では、ケラーが9・11をどう過ごしたか、その後のニューヨークをどのように感じているかという非常にデリケートな様子が扱われている。ケラーは、ニューヨークを離れていたので、帰ってくるのに飛行機が飛ばず、何日も待たされ、帰ってきた途端にニューヨークで起きたことを、わが事のように感じるのだ。その後の短篇のいずれに対しても、このことは計り知れない影を落としてゆくことになる。  殺し屋という職業についての深い考察書、といっても過言ではない本シリーズの特徴は、主人公が社会病質者としての殺人鬼ではなく、職業人としての殺し屋であることだ。常に自分が社会病質者である可能性を疑いつつも、殺した相手については自分の意識からうまく消滅させるこをメンタル・トレーニングによってやってのけ、日頃はグルメと観光と切手の収集に心を向けてゆく。  もちろんプロなので、仕事に関しては冷徹であり非情なのだが、読者の側が感情移入しやすいような庶民的心をケラーは持っている。だからそうした彼が実際に殺人を犯すシーンが余計にショッキングに映る。とりわけ残酷なシーンに思われ、そして彼のデリケートな情緒溢れる日々とのギャップに、心が擦り切れてしまいそうになるのだ。そうした不安定な日常を共有できる相手は、世界中に一人しかいない。依頼を請負い、ケラーに殺しを手配する役割であるドットである。彼女は、始終、ケラーのメンタルヘルスを担当しているかのようにも見える。  本書では、とりわけ9・11の後ではケラーの精神を心配するドットの姿が目立っている。二人は、ドットの家でアイスティーを飲みながら、あるいは遠い街を繋ぐ電話線を通じて、常にケラーの心の状況をケアしようと努める。ケラーは、何と言っても9・11の後に消防士や救助隊員たちに食事をふるまうボランティアの仕事まで手伝っているのだ。殺し屋がボランティアだなんて、何かの悪い冗談のようだ。  しかし、その悪い冗談こそが本シリーズであり、ローレンス・ブロックの味なのかもしれない。ブラックでユーモラスなシリーズであった本書も、ひところのスカダーのように悩める主人公の彷徨する姿を描くシリーズに取って代わってしまったような印象がある。引退を考え始めるケラー。引退費用を溜めるべく仕事に貪欲になってゆくケラー。全く、どれもこれも、本当に悪い冗談のようだ。 (2008/04/13)

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