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大統領特赦 - (2008/03/30 (日) 23:28:00) の最新版との変更点

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*大統領特赦 #amazon(4102409211,image) #amazon(410240922X,image) 題名:大統領特赦 上/下 原題:The Broker (2006) 作者:ジョン・グリシャム John Grisham 訳者:白石 朗 発行:新潮文庫 2007.03.01 初版 価格:各\667  ジョン・グリシャムの長編作品をちゃんと読むのは何年ぶりだろう。かつては一年一作ペースで出るハードカバー作品を、次々と楽しんだものだ。リーガル・サスペンスという枠の中に納まりきらない、はち切れんばかりのエネルギーを詰め込んだスリラーを、ストーリー・テリングの巧さとヒューマンな内容とで、とにかく「読ませる」作家であった。  日本ではシドニー・シェルダンで当てた無名な出版社が、超訳という訳者不詳、原作文章を変質させても日本人向けに強引に訳してしまうという乱暴な所業で、グリシャム作品の何作かを持って行ってしまい、それらは当然ぼくの読書タスク・リストからは外れてしまった。  2003年に出版された『ペインテッド・ハウス』は、ミステリーではなく、南部作家であるグリシャムのヒューマン・カントリー・ストーリーとして、とても優れた長篇小説だったが、それ以降は、クリスマス用に出版されたライト・ノヴェル2005年の『スキッピング・クリスマス』が最後だ。いずれも2001年の作品であり、本当に永いこと、グリシャムの作品はまともな邦訳をされずに日本出版界から掻き消えていた印象がある。  本書はだから、本当にひさしぶりのエンターテインメント小説なのだ。だからこそ期待した。リーガル・サスペンスとしての真価を見せてくれるグリシャムを。高揚を。感動を。葛藤を。しかし、その意味では、残念ながら、本書はそうした期待に応えてくれる作品ではなかった。驚いたことに、この作品は、グリシャムというよりは、むしろフォーサイスであり、ラドラムであり、カッスラーであり、アーチャーであり、フォレットであったのだ。別の意味での収穫なのかもしれない。 とにかく、本書は、リーガル・サスペンスではなく、むしろ国際謀略小説である。スケールにおいても、語り口においても。アメリカから離れた物語を書くことが絶対にないわけではない。『テスタメント』では、一部南米を舞台にしている。しかし本書の舞台の大半は、イタリア、ボローニャである。映画化したらさぞ美しい街であろうと思われる世界描写が、本書にはある。  大統領特赦を受け出獄したものの、CIAのセッティングにより、ボローニャの町で潜伏を余儀なくされる主人公。彼を付け狙うは、複数の暗殺集団。イスラエル、中国、ロシア、サウジアラビア。さらにCIA対FBIの権力対決の前線ともなってしまうのがこの静かで平和な異国情緒溢れる町なのである。  ボローニャに作者がよほど深い取材を繰り広げ、おまけに愛着を抱いたのだろう。作中からは、その異国情緒こそが本編の主役なのではないかと思われるほど、ある種の舞台設定へのこだわりが感じられる。そしてそのボローニャを象徴するかのような存在として描かれるイタリア語教師フランチェスカが、スリル連続する展開の中で現実感溢れる日常の側の代表者のようだ。  主人公は明確なコントラストを持つ川の彼岸を、物語の中で行き来する。平和で金目当ての貪欲であった過去がもたらした謀略渦巻く国際政治の世界から、穏やかな町での散歩とエスプレッソを味わう日々へ。ワシントンDCの権力交代の世界から、市井の貧しい一家が暮らす住むアパートへ。命をやりとりする暗殺集団の暗躍する街路から、子や孫の生活するテキサス州片田舎の町へ。  グリシャムの作品では、常にこうしたコントラストが浮き立つ。ジェットコースター的と言われる展開の中でも、貧しい側、差別される側、庶民の側に必ず戻ってくる作品の軸があり、それが常に作品の中にある種の言い難い魅力と印象を残してゆく。トリックの解き明かしと面白さの追求だけに終始するディーヴァー作品とは、根本的に異なるものがあり、だからこそシリーズ作品ではなく、一作一作にオリジナリティの変化が激しく見られるのだと思う。  さらに未読である『最後の陪審員』、ノンフィクションである『無実』を読み残している今は、作品毎の違った魅力にまだまだ触れることができるわけで、グリシャム・ファンとしては、このスピードで連続して翻訳を進めてくれている白石朗氏、および超訳と闘っている出版社には、ひたすら感謝し、応援したい気持ちでいっぱいである。 (2008/03/30)
*大統領特赦 #amazon(4102409211,left,image) #amazon(410240922X,image) 題名:大統領特赦 上/下 原題:The Broker (2006) 作者:ジョン・グリシャム John Grisham 訳者:白石 朗 発行:新潮文庫 2007.03.01 初版 価格:各\667  ジョン・グリシャムの長編作品をちゃんと読むのは何年ぶりだろう。かつては一年一作ペースで出るハードカバー作品を、次々と楽しんだものだ。リーガル・サスペンスという枠の中に納まりきらない、はち切れんばかりのエネルギーを詰め込んだスリラーを、ストーリー・テリングの巧さとヒューマンな内容とで、とにかく「読ませる」作家であった。  日本ではシドニー・シェルダンで当てた無名な出版社が、超訳という訳者不詳、原作文章を変質させても日本人向けに強引に訳してしまうという乱暴な所業で、グリシャム作品の何作かを持って行ってしまい、それらは当然ぼくの読書タスク・リストからは外れてしまった。  2003年に出版された『ペインテッド・ハウス』は、ミステリーではなく、南部作家であるグリシャムのヒューマン・カントリー・ストーリーとして、とても優れた長篇小説だったが、それ以降は、クリスマス用に出版されたライト・ノヴェル2005年の『スキッピング・クリスマス』が最後だ。いずれも2001年の作品であり、本当に永いこと、グリシャムの作品はまともな邦訳をされずに日本出版界から掻き消えていた印象がある。  本書はだから、本当にひさしぶりのエンターテインメント小説なのだ。だからこそ期待した。リーガル・サスペンスとしての真価を見せてくれるグリシャムを。高揚を。感動を。葛藤を。しかし、その意味では、残念ながら、本書はそうした期待に応えてくれる作品ではなかった。驚いたことに、この作品は、グリシャムというよりは、むしろフォーサイスであり、ラドラムであり、カッスラーであり、アーチャーであり、フォレットであったのだ。別の意味での収穫なのかもしれない。 とにかく、本書は、リーガル・サスペンスではなく、むしろ国際謀略小説である。スケールにおいても、語り口においても。アメリカから離れた物語を書くことが絶対にないわけではない。『テスタメント』では、一部南米を舞台にしている。しかし本書の舞台の大半は、イタリア、ボローニャである。映画化したらさぞ美しい街であろうと思われる世界描写が、本書にはある。  大統領特赦を受け出獄したものの、CIAのセッティングにより、ボローニャの町で潜伏を余儀なくされる主人公。彼を付け狙うは、複数の暗殺集団。イスラエル、中国、ロシア、サウジアラビア。さらにCIA対FBIの権力対決の前線ともなってしまうのがこの静かで平和な異国情緒溢れる町なのである。  ボローニャに作者がよほど深い取材を繰り広げ、おまけに愛着を抱いたのだろう。作中からは、その異国情緒こそが本編の主役なのではないかと思われるほど、ある種の舞台設定へのこだわりが感じられる。そしてそのボローニャを象徴するかのような存在として描かれるイタリア語教師フランチェスカが、スリル連続する展開の中で現実感溢れる日常の側の代表者のようだ。  主人公は明確なコントラストを持つ川の彼岸を、物語の中で行き来する。平和で金目当ての貪欲であった過去がもたらした謀略渦巻く国際政治の世界から、穏やかな町での散歩とエスプレッソを味わう日々へ。ワシントンDCの権力交代の世界から、市井の貧しい一家が暮らす住むアパートへ。命をやりとりする暗殺集団の暗躍する街路から、子や孫の生活するテキサス州片田舎の町へ。  グリシャムの作品では、常にこうしたコントラストが浮き立つ。ジェットコースター的と言われる展開の中でも、貧しい側、差別される側、庶民の側に必ず戻ってくる作品の軸があり、それが常に作品の中にある種の言い難い魅力と印象を残してゆく。トリックの解き明かしと面白さの追求だけに終始するディーヴァー作品とは、根本的に異なるものがあり、だからこそシリーズ作品ではなく、一作一作にオリジナリティの変化が激しく見られるのだと思う。  さらに未読である『最後の陪審員』、ノンフィクションである『無実』を読み残している今は、作品毎の違った魅力にまだまだ触れることができるわけで、グリシャム・ファンとしては、このスピードで連続して翻訳を進めてくれている白石朗氏、および超訳と闘っている出版社には、ひたすら感謝し、応援したい気持ちでいっぱいである。 (2008/03/30)

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