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ソロモンの偽証 - (2013/02/13 (水) 13:38:19) の編集履歴(バックアップ)


模倣犯














題名:ソロモンの偽証 第I部/第II部/第III部
作者:宮部みゆき
発行:新潮社 2012.8.25,2012.9.20,2012.10.10 初版
価格:各\1,800



 大作青春小説『小暮写眞館』の流れを引き継ぎつつも、ミステリーへの帰還をしっかりと果たした作品といったところ。ただし、大作度はより加熱して、重量級の枚数を誇る700ページ超×3作(3部構成)といった驚愕作品。

 『このミス』では2位に輝いたけれど、多くはミステリーそのものよりも、この長大な横綱ばりの力作に舌を巻いた口が多かったのではないだろうか。つまり、ジャンル上はミステリーに分類してみたものの、ぼく自身でもこれはミステリーではなく、社会派青春群像小説ではなかろうか、といった読後の感想を持っているからである。

 事件は、クリスマス・イブの雪の夜に発生した。東京のホワイト・クリスマスというのは確率的にとても少ないのだが、雪の積もった中学校で真夜中に屋上から転落したのは、その学校の二年生男子生徒の一人。

 事件の骨格はこれだけであり、通常なら2000ページ超の大作になることは考えにくいのだが、この事件を発端にして、街の全部を巻き込んだような騒動となってゆくのは、自殺か事件ががわかりにくいことから、疑いのかかる不良生徒たち、真偽のはっきりしない告発文、それらに対応するメディアと、これらに振り回される関係者たちの動きなどなどによるのである。

 青春群像物語と書いたが、主人公たちは中学生たち数名でありながら、事件の巻き起こした波紋が、多彩な登場人物の複雑な相関関係を生み出してゆくので、実際には実に多くの子供たちと大人たちの人生ドラマの集合体みたいな小説でもあるというのが本当のところである。だからこそ、の超大作であるのだ。

 雪の日に幕を開けた事件の模様が、年を越え、告発文とともにメディアに照準を捉えられるあたりから、各方面に飛び火する。悲喜劇と言うだけでは済まされない被害者さえも登場する。

 何よりも中学生たちの心の動きを描ききったところが見事である。教訓めいた語調などはどこにもない代わりに、決して親が教えてくれない種類の試練を彼らは否応なく味わわされる。そしてそれは途轍もなく現実に近いことでもあるのかもしれない。

 人間関係図はさほど複雑ではないものの、キャラクターたちのそれぞれの心の裏側へのアプローチが容易ではない故に、最後には学園法廷といった途方もないアイディアに収斂してゆく。真犯人を追い詰めることではなく、曖昧にされて終息させられてしまった事件のあらゆる陰の部分を明らかにし、それぞれの喉にひっかっかった事ごとを、一つ一つ嚥下しては消化してゆくという作業を行うために、中学生と一部教師の発案による学園法定がにわかに出現することになる。

 厳密な法廷(リーガル)サスペンスは違うものの、読み応えとしては近い部分もあり、読書の醍醐味といったところが、ほぼ全編法廷内に絞られる第III部では味わうことができる。

 事件を解決するミステリーとしては、真相らしきものも、うすらうすらと見えてくる中、さほどの謎解き要素には乏しいものの、群像ドラマとしてのここの心の謎解きプロセスには、相当の読み応えがあると思う。

 実際に手に取れば、ノンストップで読みたくなる楽しみに満ちた作品であり、それは宮部みゆきという作家の腕力によるところが当然ながらほとんどである。

 作家としてのライフワークにすら見えるこのエネルギッシュな力作に、かつての『模倣犯』『火車』などとの共通点を感じ取ることのできる、エポック・メイキングなこの三冊。読書好きを標榜する人ならば絶対に見逃すべきではないだろう。

(2013.2.13)