「水鏡推理 IV アノマリー」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

水鏡推理 IV アノマリー - (2016/11/21 (月) 15:50:03) の編集履歴(バックアップ)


水鏡推理 IV アノマリー


ASINが有効ではありません。
題名:水鏡推理 IV アノマリー
著者:松岡圭祐
発行:講談社文庫 2016.10.14 初版
価格:\680




 もうかれこれ40年近く近くになるが、学友が少年院の教官という職に就くことになり驚いたことがある。条件は夫婦で院内に住込で生活できること。彼は慌てて妻になる人を説き伏せて結婚、地方の少年院に閉ざされてなかなか会いにくい存在となった。その後彼と再会した時にそこそこ話してもいいと彼の判断する範囲内で少年院事情というものを聞かせてもらった。

 彼が就任した少年院は実は少女少年院であったこと。家で生徒たちとの共同生活を営まねばならないこと。彼女たちがそこに送り込まれた原因はほとんどが少女売春によるもの。生徒に誑かされ職を失った若き教官の話、少女の誘惑の手口、心の暗黒、といったところまで話は及んだと思う。

 さて 本作は少年院の院生たちが、登山を通して早期退所を果たそうというプログラムを、某NPO法人のリードで実験するところからスタートする。例によってスピーディに話は進むが、少女たちはスマホやタブレットで登山の自撮り実況中継を行い、瞬く間にネット・アイドル的存在になってゆく。しかし民間天気予報会社が気象を読み違えたことにより、誤った気象判断をした彼女らは八甲田山において遭難事件を起こしてしまう。

 話はどんどんスケールアップし、文部科学省や気象庁などの国家的陰謀へと広がってゆく。手品のような小説作法を得手とする松岡圭祐は、もちろんそれらから巧みに目線を反らす話術、仕掛けられた伏線の山、思いもよらぬどんでん返しの連続によって展開してゆく。もちろんメディアやマスコミ、インターネット世界までを駆使しての、一大イベントでもあるかのように仕上げてしまうのである。

 現代という葉脈にアンテナを這わせ、話題や興味をディープに掘り下げての小説化という作業は、もはや彼の独壇場と言うしかない。早書きと多作も、彼の特徴であるゆえ、常にライブ感溢れる社会現象や政治汚職など現実のリアルタイム素材は油断なくペン先を向けられる。下地を作るための情報収集努力と分析の鋭さを武器に、松岡ノベルワールドはさらにその地平を容赦なく広げてゆきそうである。

 アノマリー。気象用語で「特異日」のことらしいが、アノマリー(特異)なのは少年院にスポイルアウトされた少女たちの存在にもかけられた言葉でもあると思う。何が間違っていたのか、どう対処するのか、徹底的にとは言えないまでも作者の眼が優しく彼女らの未来に注がれてゆくあたりが、この小説の真価ではなかろうか。

(2016.11.13)