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白夜の警官 BLACKOUT - (2019/05/06 (月) 22:07:42) のソース

*白夜の警官 BLACKOUT

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題名:白夜の警官 BLACKOUT
原題:Myrknaetti (2012)
著者:ラグナル・ヨナソン Ragnar Jonasson 
訳者:吉田薫訳 
発行:小学館文庫 2019.03.11 初版 
価格:¥770

 読み始めたら止まらない、というのも北欧ミステリの特徴なのかも。本シリーズはアイスランド語から英語に訳されたものを日本語に訳して漸くぼくら日本人の手に渡るという経路を辿るが、英訳出版社が頼りないことに、キンドル首位として有名になった作品から英語訳してしまったために、第一作→第五作→第二作という順番でシリーズとしての価値を甚だしく損ねている。邦訳作品は、アイスランド語翻訳者が希少なために、英語版からの邦訳となるから、英語圏出版社の通りの順に書店に出回る。作者にとっても読者にとってもそれはとても不幸なことだ。

 というのは、北欧ミステリに関わらず、シリーズものには大きなシリーズならではのストーリー展開というものがあるからだ。とりわけ北欧ミステリは、人物の関連というものはシリーズの面白さの重要なファクターであり、この大きな流れは一作一作の個々の中ではなく、全体を通した大河の流れのように、個々の川が合流したり分岐したりして作り出されるものだからだ。

 その思いをより強くしたのは、評判とされ先に翻訳された第五作を先に読むのではなく、第一作の次に今春邦訳発売されたばかりのこの第二作を読み始めてすぐのことである。第一作の、主人公とレギュラーキャスト陣の流れをそのまま受けて第二作ではそれぞれのその後の物語を紡いでいる。時にそれらは、第二作の主たるミステリプロット以上に重要な、シリーズの基幹になりそうな物語だし、この太い軸はそのまま読者が甘受する本シリーズ最大の魅力であると言える。

 『太陽にほえろ!』で言えば、マカロニ刑事やジーパンの死を知らずして、いつのまにかロッキー刑事主演の新作を展開されるのは酷ではないか? ということだ(いささか例えが古いのは、どうかお許し願いたい)。

 そのくらい、読む順番は重要なので、ぼくは二年も前に発売されているこのシリーズの第五作『極夜の警官』は、次の第三作、第四作を読むまで待つつもりである。一作にたとえ一二年待たされようとも(宜しくお願いします>出版社&翻訳者様)。

 さて、本書、主人公の若手警察官アリ⁼ソウルは、事件よりも前作から続く女性トラブルに悶々としている。この辺りのリアリティも本作独特な恰好悪さで、それがまた良かったりする。土台カッコいいキャラクターなど、このシリーズには一人として出て来ないのだ。いずれも、何かの煩悩に引きずり回され、心理的葛藤を繰り返しながら、人口34万のアイスランドでは滅多に起こらないとされる犯罪被害者は、あたかもその狂言回し役のように、周囲の人間たちを真実の光で容赦なく攪拌する。それらの動的に連関した個々のストーリーがまた良いのだ。

 毎作毎に、レギュラーキャラが増えたり減ったりするのかどうか、今のところ不明だが、本書ではまさにそういう現象を作者は示してくれている。シリーズの出だし二作目でこれほど掻き回し、人間たちの距離感を動かす作家というのは珍しいかもしれない。むしろそれを売りにするという点で、抜きん出た書き手、と言えるのかもしれない。

 とにかく事件を軸として、人間たちを掻き回す。本書では、新しく極北の街にやって来るイースルンという女性がまるでヒロインのように存在感を見せ、重要な歯車の役割を果たす。同時にヒーローたるアリ⁼ソウルはまたも人生の重要な選択の局面に立たされる。連作シリーズとしての面白さとともに、白夜ミステリを楽しんで頂きたい。特に一作目では吹雪続きだった世界が、6月初夏を迎え、がらりと環境を変えている。極北の人口1200万の街は、首都レイキャヴィークのように、経済危機、噴火による火山灰大気汚染といった国家的マイナス因子から遠く、相変わらず美しい風景を見せてくれる。

 極北という個性に、ミステリ、そしてそこに生きる人間たちの個性と、絡み合いが心を釘付けにする物語、次作がとても待ち遠しい、傑作シリーズの一つであると思う。

(2019.05.06)