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神の火 - (2007/02/10 (土) 23:12:32) のソース

*神の火 

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題名:神の火
作者:高村薫
発行:新潮ミステリー倶楽部 1991.8.25 初版
定価:\1,700(本体\1,650)

 前作『黄金を抱いて翔べ』で強烈なインパクトを与えられて以来、この作家の本は読むぞと決めた。作者は1952年生まれのキャリアウーマンである。しかし一言で言って彼女の作品は全然女性らしくない。しかも少し日本人離れしたキャラクター描写。ここまで描きこまれるキャラクター群像は、日本人作品ではあまり発見できないと思う。文章といい、キャラクターの心意気といい、女性版志水辰男といったところかな。そう言ってもいいような気がする。

 前作は銀行に眠る金塊強奪の話。そして本作は原子炉襲撃の話。ううむ、いいぞいいぞ、と胸高鳴らせ読み進む重厚な冒険小説。前作よりはずっとスケールアップしている分だけ、なかなか物語の焦点が絞りにくく、コンゲーム小説のムードが前面に出ているのだが、これもすべて伏線なのだと  言い聞かせつつ、ぼくには十分堪能できた。人間関係のどろどろは同じでも、一応悪党どもが金塊に挑戦するというシンプルな構成で、作戦準備小説の色合いが強かった前作に較べて、本作は動機小説といった側面が強い。

 しかも北朝鮮やKGB、CIAが暗躍し、正体のわかりにくい脇役がそこら中に蠢いている。もともとロス・トーマスのごった煮人間関係が好きなぼくには、こうした裏切り&どんでん返しの連続状況は大変嬉しい。逆にこうしたどろどろを暗いとか日本人的だと感じてしまう人には、どうもあまり楽しめるエンターテインメントではないようである。

 まあ、そうしたどろどろの中から徐々に絞られてくる二人の男が、最後には原子炉への挑戦をトライするわけだが、その動機が泣けるのだ。ここまで延々送ってきた夏から年末への暴力と逃走の季節が、最後にすっぱりと原子炉襲撃へ収斂してゆくカタルシスは何とも言えぬ読書の快感だ。ああ、これは前作の焼き直しだな、と気づかされない読者もいないだろう。

 なぜってまさしく前作も同じ季節に同じ様に準備と混沌を繰り広げ最後の襲撃にすべてが収斂して行ったからだ。しかし焼き直しであっても、「襲撃の美学」ともいうべきカタルシスは何度味わっても素晴らしいのである。分単位で刻まれる描写がなかなか腹にズシズシとこたえてくれるわけなのである。

 追い込まれ、濃縮されていった人間のエネルギーが核エネルギーに例えられ、プロメテウスの運命にも例えられてゆく。神の座から火を盗むというイメージには喝采を送りたくなってしまった。前作にも書いたが若干男たちの友情が同性愛的な恋愛感情に肩代わりされている部分が感覚的にあり、これが作者の唯一の女性的な視点ではないかとぼくには思えた。

 好き嫌いの激しく出る作品だと思うけど、好きな人にはたまらないだろう。毒気もかなり強く、比重の重い文章はやすやすと読み飛ばせるタイプではない。要するにぼくにとっては決して高くない\1,700でした。

(1991.09.22)