wiki クライムウェイヴ(Sysop読書録 活字をめぐる冒険) 内検索 / 「それを愛とは呼ばず」で検索した結果

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  • それを愛とは呼ばず
    それを愛とは呼ばず 題名:それを愛とは呼ばず 作者:桜木紫乃 発行:幻冬舎 2015.02.13 初版 価格:\1,400  桜木紫乃はぼくの分類ではノワール作家である。釧路出身の作家というだけで興味を覚えるのは、高城高という釧路に生まれた和製ハードボイルド作家の作風を想起できるからだろう。実際に、似ている部分がなくもない。時代を違え、性別を超えても、なおかつ似ているのは、釧路という土地のもたらす地の果てのような孤立した寂しさと、霧や寒さを携えてなおも独歩し得るだけの魂の強さ、そして物語としての陰影の濃さ、等々、であろう。  本作では桜木紫乃得意の釧路、という風土は、わずかな部分でしか使われていない。しかし、釧路の風土をインスピレーションさせるような、もう一方での土地としての新潟、さらに新千歳空港からさほどの距離にもないのだが、湖畔に立つ荒れた別荘...
  • 桜木紫乃
    ... 2014年12月 それを愛とは呼ばず 2015年3月 霧(ウラル) 2015年9月 裸の華 2016年6月 短編小説 氷平線 2007 恋肌 2009年12月 起終点駅(ターミナル) 2012年4月 誰もいない夜に咲く 2013年1月 星々たち 2014年6月 金澤伊代名義 海のかたち 1998年8月 雨の檻 2000年2月 私家版 午後の天気図 2000年7月 IYO・ROOM
  • テロリストとは呼ばせない
    テロリストとは呼ばせない 題名:テロリストとは呼ばせない 原題:Homegrown Hero (2018) 作者:クラム・ラーマン Khurrum Rahman 訳者:能田優訳 発行:ハーパーBOOKS 2022.11.20 初版 価格:¥1,430  ジェイ・カシーム三部作の二作目ということである。前作のラストは異様であった。本作はそれを継いで始まる。ぼくは前作で、町の移民である若者ジェイが悪を倒すために国家的組織に利用される構図を、『傷だらけの天使』のヒーロー修とアキラの兄弟に例えてしまったのだが、それは本作でもあまり変わぬ印象のまま。  『傷だらけの天使』という稀代のTVドラマをかつて青春真っただ中で体感したぼくには、木暮修たちは純情なコアの部分を持ちながら青春を精いっぱい生きる若者たちであるにも関わらず、東京という大都市に蠢く大人たちの欲望や...
  • クラム・ラーマン Khurrum Rahman
    クラム・ラーマン Khurrum Rahman 長編小説 ロスト・アイデンティティ 2017 能田優 テロリストとは呼ばせない 2018 能田優
  • frigia
    フリージア 作者:東 直己 発行:ハルキ文庫 2000.9.18 初版 価格:\880  ヒットマンを主人公にした作品群というのはある意味では魅力的だ。その牙が鋭ければ鋭いほど、小説が締まる。マレルのランボーだって一作目の切れ味は鋭かった。マレルはその後の三部作だって特殊能力を持った二人のヒーローのプロフェッショナルな死闘が歴史的と言えるほどに凄惨だった。ラドラムのボーン然り、船戸与一や高村薫はこういうヒーロー像を作り出すことに長けているから、いつも作品に迫力が出るのだとぼくは思う。  そんなヒットマン型の殺人機械のごとき主人公を登場させたのが、軽ハードボイルドと呼ばれるススキノ探偵シリーズの作者、東直己である。ちなみにぼくはあのシリーズを「軽」とは呼ばない。そこらのハードボイルドが束になっても勝てないほどの確かな小説構築力を持っているのがこの東直己という不...
  • 刑事マディガン
    刑事マディガン 題名:刑事マディガン 原題:The Commissioner (1962) 作者:リチャード・ドハティ Richard Dougherty 訳者:真崎義博 発行:ハヤカワ・ミステリ 2003.11.15 初版 価格:\1,500  拳銃を奪われた刑事が、第二の犯罪を防ぐため、その拳銃の奪回にやっきになる。そんな構図が、刑事モノで一体どれだけ使われただろうか? 黒澤明映画『野良犬』の、まだ若かりし三船敏郎が、汗を拭き拭きぎらぎらした表情で捜査をするイメージが、ぼくの中では一番である。でもそれだけじゃ足りず、どんな警察シリーズでも、この構図は必ず何度となく浮かび上がるし、それは現実の日本の犯罪史にも実際に起こってしまった。  本来それだけの作品である、というイメージを持っていたのが、『野良犬』同様『刑事マディガン』。映画では、敬愛するドン...
  • ジヴェルニーの食卓
    ジヴェルニーの食卓 題名:ジヴェルニーの食卓 著者:原田マハ 発行:集英社文庫 2022/6/15 18刷 2013/3 初版 価格:¥600  美術を言語化したり、美術評論を書くことはとても難しいことだと想像できるが、美術や画家の個性を一般の美術オンチの方でも読めてしまうような普遍化された物語に変えることができる人はとても少ないだろう。  何故なら画家やその作品に命を吹き込む作業というのは、さらに特殊な知識の習得と、作品毎の下調べに要する時間が、相当に必要だろうと容易に想像できるからだ。また、それらをクリアしてなお一般の読者に提供してゆくには、それなりの自信や意志が必要だろう。  本書は短編四編で構成された一冊である。どの作品も、実在した有名な画家たちをモデルとし、彼らに対する語り手もしくは近しい人を主人公として用意している。  マ...
  • towanosima
    永遠(とわ)の島 作者:花村萬月 発行:学習研究社 1993.9.20 初版 価格:\1,600(\1,553)  花村萬月はもともとどこかぶっ飛んでいるのだけど、こういう風にぶっ飛ばれても困るなあというのがこの小説。花村萬月というのは、いわばジャンル度外視の作家なんだけど、ここまで破壊的であると、小説としての興味はあっても面白味はなくなるなあ、と感じさせられてしまうのが、この本なのであった。  変な小説である。プロローグさえなければ、最初はバイク小説であるように見える。でも途中からこれは、そんな言葉はないと思うけど「物理学小説」になってしまう。そしていったいなんだ、この話はと思っている間にあっと驚く結末にすかされてしまうのだ。  えーと、何に似ているかと言うと、「浦島太郎」に似ているなあ、この話。現代版竜宮城物語。なんでもありの小説であるから、ぼ...
  • 眩暈を愛して夢を見よ
    眩暈を愛して夢を見よ 題名:眩暈を愛して夢を見よ 作者:小川勝己 発行:新潮ミステリー倶楽部 2001.8.20 初版 価格:\1600  独自な作家ではあるなあと思っていたが、ここまで奇妙な作りの作品を書くとまではさすがに予想だにしていなかった。今までの二作はいわゆる日本離れしたドンパチ活劇だったのだけれど、本作は静かな日常の中に忍び寄った血と狂気と夢と幻惑の世界。  乱歩的な世界とも言えるし、初期山田正紀あたりがミステリーで使いそうな手法でもあるし、一人称小説の持つ不可思議な語りの視点を絡めに絡めた錯綜のモザイクでもある。作中作、劇中劇を用いた多重構造の物語というのはそれだけでもわかりにくいのだが、実に多くの物語が内包された奇妙な本なのだ。  本格、ではないし、サイコでもないし、ミステリーですらないような奇妙なジャンルでありながら、本...
  • 熱愛
    熱愛 題名:熱愛 著者:香納諒一 発行:PHP研究所 2018.9.28 初版 価格:¥1,800-  オープニングはタランティーノ、クライマックスはジョン・ウー。映画監督の演出で例えた場合のぼくの印象。まさに『パルプフィクション』の有名なシーンそのままのショッキングな幕開けでスタートする本書。何たる登場人物たちだと心配になるほどのキャラクターたち。とても懐かしく、香納諒一初期長編作品二作『時よ夜の海に瞑れ』『石(チップ)の狩人』の安元兄弟を想い出す。やはりこの作者、主役のみならず脇役キャラを作るのが相変わらず上手い。  香納作品としては、相当活劇性の高い作品である。アクション、ノワール、ハードボイルド、とサービス満点のダイナミックなストーリー展開で見せる、非常に娯楽的作品である。しかし、同時に主人公である一匹狼・鬼束啓一郎の人物造形のために、本書まるま...
  • 10ドルだって大金だ
    10ドルだって大金だ 10ドルだって大金だ (KAWADE MYSTERY) 題名:10ドルだって大金だ 原題:The Crime Machine and Other Stories (1958-1989) 作者:ジャック・リッチー Jack Ritchie 訳者:藤村裕美、好野理恵、白洲清美、谷崎由依 発行:河出書房新社 2006.10.30 初版 価格:\2,000  ちょうど『クライム・マシン』から13ヶ月。本書でも短編集が合計3冊しかない作家でありながら、350篇もの短編を書いた作家であるジャック・リッチーを本にするには、日本でだけ特別編集してゆくしかないのだろう。しかもたった一人の短編作家が日本という読書市場でモノになるためには何かで話題にならなきゃならない。  ミステリー系作品の年別序列付けとしては、「文春」「このミス」が取り上げられ、各...
  • 愛と悔恨のカーニバル
    愛と悔恨のカーニバル 作者:打海文三 発行:徳間書店 2003.03.31 初版 価格:\1700  大薮賞を受賞した『ハルビン・カフェ』が話題になっている作家・打海文三を初めて手にとる。怪テンポでいきなりテンションの上がる物語にいろいろと面食らう。まずこれがシリーズであるらしきこと。初物なのにいきなり最新作に食らいついてしまったということ。さまざまな探偵たちがどうやらシリーズ・レギュラーらしい扱い方をされているので不思議に思った。この作品を全く独立した作品としてなにげなく手に取ったぼくのような読者にとって、いろいろなものが唐突過ぎるのだ。 だが唐突さは、シリーズだからということだけでもなさそうだ。唐突さが怪テンポを呼んでいる。妙に行間を匂わせる形での、簡潔な章立てが続く。最初は本当に面食らった。だが、活劇の多さ、そのテンポの速さに乗せられて、いつの間にかペ...
  • 待たれていた男
    待たれていた男 題名:待たれていた男  上/下 原題:Dead Man Living (2000) 著者:ブライアン・フリーマントル Brian Freemantle 訳者:戸田裕之 発行:新潮文庫 2002.2.1 初版 価格:各\667  チャーリー・マフィンの部内での生き残り戦争だけでも、まるで企業内出世小説のように面倒で、ほつれた糸球を解くような神経質なものがあるのに、ナターリアもまた別の省内でのパワーゲームに終始する。せっかくのツンドラから現れた謎の死体たちが、こうした権利争いの中で薄れてゆくのは、もう最近のマフィン・シリーズの定番か。  また近頃、好評なのがダニーロフ&カウニーという米ロ捜査陣による合同捜査シリーズだが、この色調がついにマフィン・シリーズにも浸透してきたと思われるのが、本作でもある。国際捜査にはその背景となる政治ゲ...
  • 獏の食べのこし
    獏の食べのこし 題名:獏の食べのこし 作者:中島らも 発行:集英社文庫 1993.1.25 初刷 価格:\420(本体\408)  うーん、この人はエッセイが巧いなあ。雑誌に連載されていたのだろうと思われる細切れエッセイ集だけど、本当に中島らもの文章というのは楽しめます。  『道頓堀あたりのこと』---- 道頓堀を見ていると、映画『ブレードランナー』の「強力ワカモト」の宣伝と、ハリソン・フォードが屋台のうどん屋に入るシーンを思い出してしまうという。「ウドン・フォー」「二つで十分ですよ」「イエス。ウドン、フォー!」。うーん、この辺りぼくの好きなシーンでもあったなあ。  「混沌の世紀末」はリドリー・スコットの中でこだわりとなり『ブラック・レイン』へと繋がって行くのだったなあ。   『「ええ男」の謎』---- 芸術家的・創造的な仕事は女...
  • それぞれの断崖
    それぞれの断崖 題名:それぞれの断崖 作者:小杉健治 発行:NHK出版 1998.04.24 初版 価格:\1,600  この作者は初めて読むのだが、割と衝撃的であった。いわゆる家庭内暴力に始まって少年犯罪のもたらす惨劇、それをとりまく被害者と加害者の家族の葛藤、破滅と再生、孤独と親子の絆、少年法の抱える問題、仕事の矛盾……実に現代的で多彩なテーマに真っ向から挑んだ小説である。  驚いたのはページターナーであること。とにかくぐいぐい読んでしまうのは、テーマの鋭さもさながら、主人公の駄目さ、不運さがどこまでも、文字どおり地獄の底までも彼自身を堕としてゆくあたり、最近にない破滅の快感まで覚えるほどで、やはり小説というのはここまでやらねば、と感慨を新たにさせられてしまったほどである。  とても身近なできごとからここまで破滅的な物語を紡げる作家の力量...
  • 凶眼
    兇眼 作者:打海文三 発行:徳間書店 1996.11.30 初版 価格:\1,600  アーバン・リサーチのシリーズではある。このシリーズの特徴をここにきてようやく掴めてきた。要するにシリーズと言っても、常にゲストの個性がレギュラー陣と変わらぬ優遇を得るということだ。この主役を置かない複数主人公という設定になるシリーズにおいては、ゲストとは言え毎度、レギュラー以上の個性とロマンを与えられることになるのだ。 だからレギュラーを張るということは、逆にゲストの、過激と言えるほどの個性と常にバランスを取れるくらいの存在感を示さねば苦しいと言えるほどの打海世界なのである。鈴木ウネ子然り、佐竹然りである。 さらに言えるのはゲストといえどもいつレギュラー確保があるのか不明なほどの人材パラダイスが打海的世界なのである。最新作『愛と悔恨のカーニバル』では『されど修羅ゆ...
  • aihamuzukasi
    愛は、むずかしい 作者:花村萬月 発行:角川書店 2006.02.28 初版 価格:\1,400  花村萬月が『夕刊フジ』に連載していた曰くありげなエッセイを纏めたものである。曰くありげというのは、何しろ、女そのものをテーマにして、シモの話題あれこれに関して萬月が、豊富な自己体験に基づき(?)自信たっぷりの女性学を披露してみせる本であるから。  第一章「愛とヒモ」では、男がヒモになるというある種特異な状況を分析する。ヒモの定義、ヒモになりやすい男たちのパターンなどなど。  第二章「売る女、買う女」では風俗最前線の女たちの実態、そして男の側から女を買う論理とは何かを改めて分析。結婚は売春の一つの形で、女は皆快感を売り物にする売春婦で、男は皆金でそれを買い取る客であると豪語する、ある意味とても危険な論理。  第三章「男の躯、女の躯」ではまさに身体...
  • 義八郎商店街
    義八郎商店街 義八郎商店街 題名:義八郎商店街 作者:東 直己 発行:双葉社 2005.2.25 初版 価格:\1,700  どちらかと言えば寡作家であったこの作家も、最近ではコンスタントな仕事をきちんとするようになっているみたいだ。コンスタントな仕事そのものの是非は別として。  日本の作家が職業的にコンスタントに仕事をしようとすると、大抵は月刊文芸誌に短編を掲載し始める傾向になるみたいだからだ。かくしてどの作家も短編集ばかり沢山出すようになる。短編がそこそこ面白い作家であれば問題はないが、そうでもない作家が、長編の代わりに月決めで、予め要求された原稿枚数を入稿するようになると、世の中にやたらと氾濫してゆくのが、連作短編集という形式。  このスタイルにしても、得意とする作家ならばそのほうがいいのかもしれないが、本来の長編作家としての魅力を、雑誌社のほ...
  • キング・オブ・クール
    キング・オブ・クール 題名:キング・オブ・クール 原題:The King of Cool (2012) 作者:ドン・ウィンズロウ Don Winslow 訳者:東江一紀 発行:角川文庫 2013.8.25 初版 価格:\952  映画版『野蛮なやつら』をまだ見ていない。ラップミュージックで刻んだ詩のような小説原作がとても印象的かつ唯一無比のウィンズロウ節であまりの個性にぶっ飛びそうになっただけに、それの映画版を観るのがどうやら怖いらしい。言葉で刻まれたテンポ良いクライム小説を映画版で見るべきなのかどうか迷っているらしい。美しくも残酷極まりない血と硝煙の物語を叙情味たっぷりに描いた傑作小説が映像化されることによってどのくらい変容されてしまうものなのかを検証するのが耐え難い。それほどにぼくは『野蛮なやつら』という作品に魅せられたのだ。  しかしそろそろ気を...
  • 鷹の王
    鷹の王 題名:鷹の王 原題:Force Of Nature (2012) 著者:C・J・ボックス C.J.Box 訳者:野口百合子 発行:講談社文庫 2018.11.15 初版 価格:¥1,100  猟区管理官ジョー・ピケットシリーズにこれまで濃い陰影で奥行きと謎深さをもたらしてきたもう一人の魅力的なキャラクターネイト・ロマノウスキが、とうとうこの作品でベールを脱いだ。  ウォルター・モズリーのイージー・ローリンズシリーズにはマウス、アンドリュー・ヴァクスのバークシリーズには音無しマックス、ロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズにはホーク。いつだって探偵のシリーズには、バイオレンスのサイドに生きる影のような存在が付きまわる。ヒーローのやれない力を悪の側から行使して、主人公の存在をより複雑にしてみせる。  本シリーズでは、まさにネイトロ...
  • パリのアパルトマン
    パリのアパルトマン 題名:パリのアパルトマン 原題:Un appartement à Paris (2017) 著者:ギョーム・ミュッソ Guillaume Misso 訳者:吉田恒雄 発行:集英社文庫 2019.11.25 初版 価格:¥1,150  これはミステリーなんだろうか? 犯罪があって、その真相を突き止める経緯を描く小説が、すべてミステリーと言うならばそうなのだろう。本書はミステリーとして商品化されているのだと思うが、特段ジャンル付けしなくても、もしかしたら純文学、一般小説としても読めるのではないだろうか。  賃貸仲介人のネットサイトの誤りにより、ダブルブッキングされてしまった二人の男女が、その建物の元の住人で所有者である画家の抱えていた秘密を、それぞれに、やがては共同で探り出そうという物語である。男は、アメリカ人劇作家。女は英国人元刑事...
  • 月光
    月光 月光 題名:月光 作者:誉田哲也 発行:徳間書店 2006.11.30 初版 価格:\1,600  明らかに加速している作家である。2006年だけでも5冊の新作出版。うち3冊は『ジウ』シリーズなので一作とカウントしても、他に『ストロベリー・ナイト』と、本書『月光』。いずれもエンターテインメントとして安定したレベルでの小説作りをしている。30代後半の脂の乗った時期の作家として、様々な現代風の犯罪にチャレンジして注目してゆきたい気がする。  『ストロベリーナイト』も『ジウ』もどちらかと言えば暴力の色濃い、映画だったらR指定がついてしまいそうな怖い犯罪を扱いながら、それを女性捜査官というマイルドな甘みでやわらげているといった微妙なバランスが特徴であった。いずれにせよ過激で、冷血な、社会と時代の歪みがもたらす現代の犯罪を扱っている点で毒気が強かったのだが、本書...
  • ドリーミング・オブ・ホーム&マザー
    ドリーミング・オブ・ホーム&マザー 題名:ドリーミング・オブ・ホーム&マザー 作者:打海文三 発行:光文社 2008.02.25 初版 価格:\1,700  故人の本を読むのは、大変に複雑な気持ちだ。それもごく最近故人になったばかりの作家の場合。しかもそれが突然の死であった場合。さらにその作家が、唯一無二の作風を持つかけがえのない作家であり、その作家に読者として個人的に極めて入れ込んでいた場合。  その最悪の喪失感を迎えて間もなく、この白鳥の歌は上梓された。もちろんぼくにとって、かけがえのない大切な宝だ。天才作家・打海文三が、最後に完成させた楽曲である。ページの合間から聴こえてくる音色の一つ一つに耳を傾け、全神経を集中させて読むのだ。かくして、作家以上に、読者の側が力んで取り組む読書の時間が、札幌の片隅でひそやかに成立する。  本書は恋愛...
  • 透明な螺旋
    透明な螺旋 題名:透明な螺旋 作者:東野圭吾 発行:幻冬舎 2021.9.10 初版 価格:¥1,650  東野圭吾の最近の作品の傾向は、現在と過去の捩じれた関係の中に謎解きの要素をまぶし込み、こねてこねて、最後に何枚もの皮相に包まれた真実のありかを見せる、といった傾向が強いのかな? 本書はガリレオ・シリーズ最新刊でありながら、主人公・湯川学をも事件の軸に巻き込んでゆくことで、一種の転機を見せる作品となる。  本書には、今年の新作『白鳥とコウモリ』との間に、ちょっとした共通項が見られる。過去に蒔かれた種が、捩じれた成長を遂げて、思わぬ皮相を見せてゆくという展開がそれだ。事件は見られた通りではなく、時間の層を何度となく掘り下げないと見えてこない。捜査はそれを露にするために進んでゆくのである。  このような作品を読むと、人間と人間の関係には少なか...
  • 幸福と報復
    幸福と報復 題名:幸福と報復(上・下) 原題:The Pursuit Of Happiness (2001) 著者:ダグラス・ケネディ Douglas Kennedy 訳者:中川聖 発行:新潮文庫 2002.07.1 初版 価格:上¥857-/下¥819  かれこれ17年前くらいの作品だが、この本に限ってはいくら年月が経とうとあまり古くならない。戦後すぐのアメリカに吹き荒れたマッカーシーの赤狩りの時代を背景とした恋愛小説であるからだ。赤狩りの時代はそのままアメリカのゲシュタポ時代として歴史に刻まれてしまった汚点のままだし、時代がどうあれ恋愛小説は恋愛小説でしかないからだ。  ぼくは恋愛小説に偏見を持ち過ぎていたかもしれない。この本を読みながらずっと思っていたことだ。恋愛小説には真犯人を突き止めたり、トリックを見破ったりする楽しみはないのだが、そ...
  • love & groly
    愛と名誉のために 愛と名誉のために (ハヤカワ・ミステリ文庫) (↑amazonで購入) 題名:愛と名誉のために 原題:Love And Glory (1983) 著者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker 訳者:菊池 光 発行:ハヤカワ文庫HM 1994.7.15 初刷 1996.11.15 2刷 価格:\505  この本のほとんどの部分は、東京出張の行き帰りの飛行機の中で読んだ。だからほとんどのストーリーが、ある意味で地球の重力から解放されたような状態で進行した。スペンサー・シリーズが地球の重力を感じるようなある意味リアルなアメリカ生活を背負ったシリーズであるとするならば、このノン・シリーズ『愛と名誉のために』はそうしたリアルさから解放され、愛について、名誉について、翼を与えて大陸横断の旅に発たせたような一冊であった。  ...
  • 囁く谺
    囁く谺 題名:囁く谺 原題:The Echo (1997) 作者:Minette Walters 訳者:成川裕子 発行:創元推理文庫 2002.4.26 初版 価格:\1,100  この人の本はたいてい読んでいる。英国女流作家で「ミステリーの新女王」と呼ばれていたら、普通はぼくはそれだけで読まないのだが、版元がどう売り出そうと、所詮、初代ミステリーの女王アガサ・クリスティとは全然違うリーグに所属する作家であることは、誰が読んだって一目瞭然だろう。だから時には、出版社というものは適正な読者を逃がすような反広告をしてしまうこともあるということなのだ。  女流ミステリー作家であることに間違いはないが、プロットの面白さもさりながら、いつもこの作家の重要な要素であるのは犯罪現場の特異さ、凄惨さということであった。のっけから異様な犯罪現場に凄惨な死体が転がってお...
  • 楡の墓
    楡の墓 題名:楡の墓 作者:浮穴みみ 発行:双葉社 2020.2.23 初版 価格:¥1,500  自分のすぐ近くにある物語との出会いは、嬉しく、また有難い。これをお貸し頂いたのは仕事の古く永い先輩であると共に、ぼくの中に北海道愛を最初にインジェクトしてくれた方である。本書の作家・浮穴みみも千葉大仏文科卒だが北海道生まれの作家である。本書は北海開拓に纏わる人たちを絡めた美しくも逞しい短編集である。  『楡の墓』タイトルにもなっている最初の短編は、札幌市に堀を引いた初期開拓の責任者である大友亀次郎。札幌市東区に彼を記念する郷土資料館があり、それを偶然にも先月だったかぼくは訪れている。また大友がトウベツの開拓に関わろうとした経緯など実に興味深い。  『雪女郎』続いて北海道神宮にゆくとガイドさんが必ず紹介する大きな銅像で印象的な島義武の開拓と挫折。...
  • 幕末・維新 シリーズ日本近現代史 1
    幕末・維新 シリーズ日本近現代史 1 題名:幕末・維新 シリーズ日本近現代史① 著者:井上勝生 発行:岩波新書 2006/11/21 初版 2006/12/20 5刷 価格:¥780  自分のすぐ近くにある物語との出会いは、嬉しく、また有難い。これをお貸し頂いたのは仕事の古く永い先輩であると共に、ぼくの中に北海道愛を最初にインジェクトしてくれた方である。本書の作家・浮穴みみも千葉大仏文科卒だが北海道生まれの作家である。本書は北海開拓に纏わる人たちを絡めた美しくも逞しい短編集である。  『楡の墓』タイトルにもなっている最初の短編は、札幌市に堀を引いた初期開拓の責任者である大友亀次郎。札幌市東区に彼を記念する郷土資料館があり、それを偶然にも先月だったかぼくは訪れている。また大友がトウベツの開拓に関わろうとした経緯など実に興味深い。  『雪女郎』続い...
  • ドリームガール
    ドリームガール 題名:ドリームガール 原題:Handred-Dollar Baby (2006) 作者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker 訳者:加賀山卓朗 発行:早川書房 2007.12.15 初版 価格:\1,900  エイプリルがスペンサーの世話になるのは三度目らしい。一度目は『儀式』で、二度目は『海馬を馴らす』で、スペンサーに世話をかけた。スペンサーは世話好きと言えば世話好きなので、その辺はあまり苦にならないのかもしれない。むしろほっておけないオヤジといったところなのかもしれない。  『初秋』『晩秋』と少年ポールの世話をしたことは記憶に印象的であるのだが、一方で売春少女エイプリル・カイルの方はあまり印象に残っていない。『初秋』のインパクトが強すぎて、似たような設定の少女版として、ぼく自身では片付けてしまったのかもしれな...
  • 黒い絵
    黒い絵 題名:黒い絵 著者:原田マハ 発行:講談社 2023/10/30 初版   価格:¥1,700  作家には、既存のレールから離れた作品を書きたいという欲望があるのだろうか? 本書はタイトルの通りノワールである。本書は、著者のカラーである美術ミステリーを基調にしながら、人間の影の側の部分である欲望や暴力、死や暴力などネガティブな側面への、いわゆる異常と呼ばれる志向をテーマに綴られた短編集である。  欲望には様々なものがあるが、そればかりを集めて綴る短編集とは、まさに危険物そのものである。欲望とそれを実行すること。エゴの極致問いも言える暴力とそこへの憧憬。消えてしまいたい。消してしまいたい。殺されてもいい。殺したい。なぶりたい。忍耐ではなく快楽へ。モラルではなくブレーキのない世界へ。暴力へ。そんなものばかりを集めた黒い美術館とさえ思わせる一冊であ...
  • ホンキートンク・ガール
    ホンキートンク・ガール 題名:ホンキートンク・ガール 原題:The Widower s Two-Step (1998) 作者:リック・リオーダン Rick Riordan 訳者:伏見威蕃 発行:小学館文庫 2004.3.1 初版 価格:\695  テキサス州を舞台に女性カントリー・シンガーのデビュー劇を巡って巻き起こる連続殺人事件。現代にしては、いわゆる相当に地味な事件であり、時代遅れでローカル色豊かなカントリー&ウェスタンという音楽ジャンルの上に展開するこの人間悲喜劇は、派手さもなければ、取り立ててアピールするほどのアクションもさしてない。どちらかと言えば、人間たちが本音や虚言で語り、自然や季節がそれを取り巻いているゆったりしたリズムで、すべてが進んでゆく。  逆に言えば、失われた開拓史時代からの連綿とした流れを意識したかのような南部エンターテ...
  • stone cold
    影に潜む 影に潜む (ハヤカワ・ノヴェルズ) 題名:影に潜む 原題:Stone Cold (2003) 作者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker 訳者:菊池 光 発行:早川書房 2004.3.31 初版 価格:\1,900  アメリカの犯罪を扱った小説を読むと、銃文化の影響で日本よりもずっと軽く人を撃ち殺す傾向があるなということが、少しばかりリアルさを伴ってわかるようになる。ナイフで殺すことと銃で殺すこととの間には、天と地との差があるようにさえ思える。自分の手を汚すナイフと違い、銃は離れた人間を軽い一握りのグリップで殺傷することができる。  とりわけそのありさまを三人称のクールな文章で描写された日には、射殺者の感情については類推するしか手がないわけで、逆にこうした犯罪者に対する憎悪は複雑な心境に彩られることになる。このあたりを小説...
  • ブルー・ベル
    ブルー・ベル 題名:ブルー・ベル 原題:Blue Belle (1988) 著者:アンドリュー・ヴァクス Andrew Vachss 訳者:佐々田雅子 発行:早川書房 1990.5.15 初版 1990.12.15 4版 価格:\2,000(本体\1,940)  これは既に読んだ何人かの人からいろいろ意味ありげなことを言われていて、ぼくが使った「バイオレンス」という言葉も即座に否定されてしまったんだけど、やはりこの作品はバイオレンスなしには成立してない気がした。人にあれこれ前もって言われてると当然その部分に気を取られるので、あまりいいことではないように思うが、この作品はそんな細かな批評精神を真っ向から粉砕して余りあるくらいに素晴らしい出色の作なのだ。小説にエネルギーというものが存在するとするなら、こういう作品こそそれを容易に証明し尽くしてくれる。とにか...
  • 眩暈
    眩暈 題名:眩暈 作者:東 直己 発行:角川春樹事務所 2009.3.8 初版 2009.4.8 2版 価格:\1,900  札幌という地方都市だけの物語でありながら、出版一ヶ月ですぐに版を重ねる。東直己はいつの間に売れっ子作家になったのだろう。この作家の魅力は何なのだろう。  そう考える時、やはり一つの魅力は時代性だろうと思う。かつてのススキノ便利屋シリーズでは、作家の追憶の向うにあるような昔の話、それこそ1970年代のススキノあたりでシリーズを開始している。一方で本書の続ずるシリーズである私立探偵・畝原の方は等身大でリアルタイムな札幌を描く。  やがて便利屋シリーズのほうもあっという間に現代に追いついてしまったが、そこはそこで、作家から見れば利便性があったのだと思う。目的の一つは、きっとシリーズ・キャラクターを同じ時代、同じ場所に集めることで、競演を...
  • 夜行観覧車
    夜行観覧車 題名:夜行観覧車 作者:湊かなえ 発行:双葉社 2010.6.6 初版 価格:\1,500  事前に、湊かなえが、メディアで、或る程度ストーリーをかたっちゃっているのをご存知だろうか? ミステリなのに。信じられない。 殺人者がいる一方で、殺人を思いとどまる普通の人は、世の中にいっぱいいる。殺人を犯してしまった人と、殺宗とは思ったけれどそうはしなかった人の差は、もしかしたらわずかかもしれない。しかしそこに立ちはだかる壁の存在がその後の本人や家族の運命を決定付けてしまう。 またある人の殺人を止めようとする助力者の存在によって、殺人者にならずに済んだという多くの人が存在するに違いない。本書では、だから******(ネタバレ)のケースを書きました、って作者本人が言っちゃってるのだ。そりゃない!  まさに作品のクライマックスに当たる部分で...
  • たゆたえども沈まず
    たゆたえども沈まず 題名:たゆたえども沈まず 著者:原田マハ 発行:幻冬舎文庫 2021/9/10 7刷 2017 初版  価格:¥750 おれはアルルへ行く。そこに、おれの「日本」があるんだ。  原田マハの描くゴッホと言えば、2021年、『リボルバー』を読んでいたのだが、もう一作、別のゴッホ作品があったことを本書で知ることになった。『リボルバー』は、画家で言えばゴッホとゴーギャンの二人に焦点を当てていたのだが、本作はゴッホを主題とした単独作品である。  ちなみに本作中にもリボルバーという銃器は登場する。この頃に後作のアイディアが既にあったのか、孵化したばかりだったのかは不明だが。  本作の目線に浮上するのは、ゴッホだけではない。実は当時知られざる日本の、知られざる美術である浮世絵が、世界的に評価をされ始めた時代でもあり、本書では、日本美術...
  • 灰色の嵐
    灰色の嵐 題名:灰色の嵐 原題:Rough Weather (2008) 作者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker 訳者:加賀山卓朗 発行:早川書房 2009.06.15 初版 価格:\1,900  スペンサーがボディガードを引き受けた結婚式に、かつてスペンサーを撃った灰色の男=グレイマンが姿を現す。そして結婚式の会場は銃撃に洗われ、血の海に。  そんな前振りを受けていたせいか(少しは過剰な思い込みがあったとしても)、おお、あのグレイマンがスペンサーをてこずらせにやって来たのだなと、たまにこのシリーズにも訪れるハード・アクション・ストーリーへの期待を込めて巻を開く。  ところが期待したそれと違って、グレイマンはグレイマンでありながら、どこか第三者的な距離の伺えるプロフェッショナルな存在のようには見えない部分があり、それもそ...
  • 限界集落株式会社
    限界集落株式会社 題名:限界集落株式会社 作者:黒野 伸一 発行:小学館 2011.11.30 初版 2012.2.5 4版 価格:1,600  限界集落とは、人口の50%以上が65歳以上の高齢者で構成され、運営維持が困難となった集落のことを指す。かつては過疎という一言で人口のみに注目されていたが、現在では国家規模での高齢化・少子化に伴って、人口のうちの年齢分布に焦点を当て、未来への維持存続可能性というところに注目した観点であろうと思われる。  実は北海道で住んで頃は、この概念はごく当たり前に道新紙面に日常的に登場していた。実際、北海道の山野を走ると、ときどきこうした限界集落に行き当たる。疎らに建つ崩れかけたような古い農家と、人っ子一人歩いていないアスファルトに、鳥や蝉のかまびすしい声。めまいがするほど静かでひそやかな村に、細々と営まれる畑地。極度な寒...
  • 冤罪法廷
    冤罪法廷 題名:冤罪法廷 上/下 原題:The Guardians (2019) 著者:ジョン・グリシャム John Grisham 訳者:白石朗 発行:新潮文庫 2022.01.01 初版 価格:各¥710  グリシャムは無骨である。小説の構想は緻密であるけれど、語り口は無骨だ。装飾とか修辞ということにはあまり縁がないように思える。修辞的要素を至って好むぼくは、ではグリシャムのどこにこんなに惹かれるのだろうか。グリシャムの小説に毎度のように、ぐいぐいと惹き込まれてゆく要素は、この作家のどこにあるのだろうか。  それは彼の作品がドラマティックであることとともに、登場する人間たちが魅力的であることだろう。彼ら彼女らは、底知れぬ必死さを携えて、およそ考えられそうにない難問に挑んでゆく、その姿は何とも魅力的なのである。そしていつもハイレベルで心を惹...
  • レイトショー
    レイトショー [429] Client error `POST https //webservices.amazon.co.jp/paapi5/getitems` resulted in a `429 Too Many Requests` response { __type com.amazon.paapi5#TooManyRequestsException , Errors [{ Code TooManyRequests , Message The request was de (truncated...) 題名:レイトショー 上/下 原題:The Late Show (2017) 著者:マイクル・コナリー Michael Connelly 訳者:古沢嘉通 発行:ハヤカワ文庫HM 2020.02.14 初版 価格:各¥880  楽しみ...
  • 君たちに明日はない
    君たちに明日はない 題名:君たちに明日はない 作者:垣根涼介 発行:新潮社 2005.3.30 初版 価格:\1,500  今年の長者番付でサラリーマンがトップを獲った話題に関してTVでかまびすしい。年間所得が百億円と、半端ではない数字ゆえに、メディアの取り扱いに対する熱心さも、国民のおそらく平均感情よりはるかに、際立っているみたいだ。  当たり前のことをやっていては決して獲得できない所得を、人並みではない方法により、目の付け所を変えて稼ぐ以外に、サラリーマンがのし上がる可能性は、あまりないだろう。だから、百億円の所得を得るというところに関心があって当たり前だというのが、TV側の言い分なんだろう。  しかし、それ以前にノースーツ姿のホリエモンが、ああしたオタッキーでもてない男との典型みたいな坊ちゃん面を曝け出しながら、野球球団やメディア会社...
  • ブラック・ベティ
    ブラック・ベティ 題名:ブラック・ベティ 原題:Black Betty (1994) 作者:Walter Mosley 訳者:坂本憲一 発行:早川書房 1996.1.31 初版 価格:\2,000  本シリーズの主人公イージー・ローリンズとのつきあいもそろそろ長くなるかなと思いきや、この作品でまだ4作目とは、意外に短い。そういう気がするのも、作中の時間経過ばかりがいやに早く、新作を手に取るたびに、イージーや彼を取り巻く環境が大きく変貌しているからなのかもしれない。  本作の冒頭も、いきなり五年も前の、親友マウスの殺人を目撃する悪夢に、幕を切る。この悪夢が、この作品の最後までイージーにつきまとうのだが、これとメイン・ストーリーの「ベティ探し」が絡んで、相変わらず一級品のハードボイルドの香り。上質で、人間臭く、そしてモズリィならではのオリジナリティが健在...
  • フランドルの冬
    フランドルの冬 新潮現代文学 76 加賀乙彦 フランドルの冬 夢見草  初期作品で、どちらもフランス留学した精神科医の狂気を扱ったもの。祖国から長く離れることで存在の基盤自体が孤絶してゆく姿が結構恐ろしい。狂気のシーン、それを表わす文体、会話体は、ちょっと他の日本作家を寄せ付けない表現力ではないかと思っています。まあ、心理小説的な部分が多いです。エキゾチックなヨーロッパの乾いた暗さ(日本的暗さではない)という意味では、この人と辻邦生が双璧でしょう。  『荒地を旅する者たち』とは姉妹作品ということになるのでしょう。 (1992.07.19)
  • 流れは、いつか海へと
    流れは、いつか海へと 題名:流れは、いつか海へと 原題:Down The Riveer Unto The See (2018) 著者:ウォルター・モズリイ Walter Mosley 訳者:田村義進 発行:ハヤカワ・ミステリー 2019.12.15 初版 価格:¥1,900  国産ミステリーの犯罪のほとんどが、極めて個人的な犯罪を扱うのに比して、世界の賞を獲るような作品は必ずと言っていいほど、国家レベルの犯罪、あるいは政府機関の犯罪、もしくは制度の生み出す社会悪が生み出す犯罪を描くものが多い。単なる謎解き小説にとどまらず、犯罪を小説の題材として描くことで、何らかの社会的メッセージを描くもの、そうではなくても高位なレベルで行われる犯罪に、個人として立ち向かわねばならない状況を小説の背骨に据えているものが多いと思う。  国産小説にそれが皆無とは言えないけ...
  • 美しき屍
    美しき屍 題名:美しき屍 作者:藤田宜永 発行:朝日新聞社 1996.8.1 初版 価格:\2,400  手を入れたとは言え、初出でない作品が、ここにきて\2,400っていうのはいただけない。せっかくモダン東京シリーズとして4冊一気読みと行きたかったのだが、なぜか三巻目以降を手に入れることができないことなども手伝って、この作品止まりになりそう。それにしても、出版社、暴利だぞ。  小説自体は『蒼ざめた街』と同じ味わい。またも素人助手が事件の追跡を手伝ってくれるなど、前巻の形式を踏襲したまま、ゴージャスな時代、ノスタルジィの帝都を、モボ探偵が歩き回る。当時、自動車に乗るっていうだけでもすごくロマンであろうし、その自動車が今の原チャリほどのスピードも出ないことに、時代の優雅さを感じてしまう。とにかくこの小説はそういう雰囲気を味わいながら謎を楽しむシリーズだ...
  • そして夜は甦える
    そして夜は甦える 題名:そして夜は甦える 作者:原 りょう 発行:早川書房 1988.04.30 初版 価格:\1,300  やっと読みました。この完全にチャンドラー志向の小説。う~ん、100%ハードボイルド小説であったなあ。  この本はぼくが前にいったあるひとつのことを実践している。それは何かというと、アイデア主体でなく、状況を変化させることで新しい味わいを持たせてしまう種類の本ということだ。もちろんアイデアもあり、プロットもある。元ジャズ・ピアニストで、射撃の名手という殺し屋の設定なんて、たまらないではないか。しかしこの本は、基本的にチャンドラーの模倣といって言いほどに、徹底して皮肉のスパイスを利かせた文体で成りたっている。しかし模倣は、舞台を東京というわれわれが見慣れ聞き慣れた土地に展開されるのであって、LAではない。この点で、私立探偵が西新宿に事務所...
  • それでも、警官は微笑う
    それでも、警官は微笑う 題名:それでも、警官は微笑う 作者:日明 恩 発行:講談社 2002.6.20 初版 2002.8.7 3刷 価格:\1,900  探偵やハードボイルドの世界で、いわゆるアンチヒーローが席巻し始めたのはいつ頃のことだろうか? アンチヒーローであっても能力が高いというのではなく、もっと本格的に駄目なアンチヒーローのこと。駄目だけれども持てる能力の何倍もをその努力によって補うという種類の。ドン・ウィンズロウがそうだろうか。アンドリュー・ヴァクスの世界もそうだろうか。花村萬月は破滅的だし、馳星周となるともっと破滅的だ。  しかし警察小説となると、アンチヒーローには日本ではそうお目にかからない。アメリカのよれよれの警官(たとえばウォルター・マッソーやバート・ヤングに演じて欲しいような種類の)がいかにも日本にはいそうもないし、...
  • ざわめく傷痕
    ざわめく傷痕 題名:ざわめく傷痕 原題:Kisscut (2002) 著者:カリン・スローター Karin Slaughter 訳者:田辺千幸 発行:パーカーBOOKS 2020.12.20 初版 価格:¥1,360  本書はグラント郡シリーズ『開かれた瞳孔』に続く第二作である。現在の人気シリーズであり今も続くウィル・トレントのシリーズに、三作目から登場しレギュラーとなっている医師サラ・リントンの過去の、それも二十年前ほども前の過去シリーズなのである。このグラント郡シリーズは、第一作『開かれた瞳孔』が先年改めて再登場したということで、過去シリーズも改めて翻訳されるようになった珍しい運命を持つシリーズなのである。  年間、二、三作品の勢いで、過去作と新しい作品が邦訳出版されている海外作家は、あまり思い当たらない。翻訳作品は、売れる見込みがなければ打ち切...
  • 指名手配
    指名手配 題名:指名手配 原題:The Wated (2017) 著者:ロバート・クレイス Robert Crais 訳者:高橋恭美子訳 発行:創元推理文庫 2019.5.10 初版 価格:¥1,360  この作家は女性の描き方がうまい。訳者もあとがきでそう言っている。そう。実に巧いのだ。主要登場人物のみならず、ワンシーンのみ登場するだけの脇役に至るまで、こと女性に関しては個性が際立っている。作者はよほど女性から痛い目に遭っているのかもしれない。あるいはとても優しくて女性にもてる作者の人間観察力がそうさせるのかもしれない。  さて、ともかく。スコット&マージという捜査犬シリーズを離れ、いよいよエルヴィス・コール&ジョー・パイクという作者のメイン・シリーズである。ぼくには初読である。しかも新作。二人の単独シリーズとしては何と19年ぶりとなるらしい。...
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