*第148話:虚空の彼方から あれからどれだけの時間がたっただろう。 日は沈み、悪夢のようなあの声も聞こえなくなって、今はただ、薄暗い草原の中を佇んでいる。 ここにいるのは俺とフリオニール、二人だけだ。 レーベの村に戻る理由は、もうない。 俺は決めた。こいつと、フリオニールと共にここを生きると。 もちろん、それは俺なりにいろいろ考えて決めたことだ。 フリオニールが飛び出したとき、咄嗟に後を追った。追わなければならないような気がした。 いや、そんなことを考えるまでもなく、俺の体は動いていた。 あいつ足の速さには、トレジャーハンターの俺も驚かされる程で、追いついた時にはレーベの村からだいぶ離れていたと思う。 でもそれも、実はあまり自信がない。 もしかすると、追いついたのは案外レーベの近くだったのかもしれない。 どちらにしても、今となってはそれも関係がないこと。 今は、レーベの村からひとしきり離れたこの場所にいるんだから。 フリオニールを捕まえると、あいつはそのままぐったりとして、何の抵抗もしなかった。 俺はというと、捕まえてどうするということも考えてはいなかったんだけれど、 ただなんとなく手持ち無沙汰で、とりあえずレーベの村へ連れて帰ろうと思った。 だけど、レーベの村のほうへ行こうとすると、腕を振り払って、あいつは頑なに動こうとしなかった。 正直、意外だった。 それは多分、あいつがみせた初めての意志表示だったからだと思う。 そのときに、俺はフリオニールが人形じゃないことを知った。 どうして行きたくないのかと考えてみても、心当たりはヘンリーとのことしかない。 俺は、あの行動を攻めることは出来ない…ああしなければ、なにも出来なかっただろうから。 だからヘンリーとのことは気にするなといった。 それでも、フリオニールは動こうとしなかった。 あのときはわからなかったけど、ヘンリーに会いづらくて拒んでいたわけじゃなかったんだろう。 多分、そういうことを考えられるほどの感情が、今のフリオニールにはない。 俺が思うには、ただ怖かったんじゃないかと思う。 フリオニールの悲痛な叫び声は、今でも覚えている。 たしかにあのときあいつは、「死ぬ」という言葉に過剰な反応を示していた。 フリオニールはその言葉から逃げている。 それを思い出さないために、あの場に戻ろうとしない…でもそれも、結局は俺の頭の中で考えたことだ。 真意はわからない。 まあとにかく、俺はこれからどうするかを考えなければならなかった。 意志表示をしたといっても、状況は酷い。話しかけても、機械的な言葉さえ返さないんだから。 かろうじて開かれていた心が、閉じかかっている。 俺は辟易した。 そんなときに…あの、アルティミシアの声が聞こえた。 読み上げられていく名前の中にあったのは、俺も良く知った名前が二つ。 シャドウと…ティナ。(正直、シャドウに関しては、最初の場で名前が呼ばれたときも驚いた…あいつは死んだはずだったから。 でも、ケフカやレオもいるこのゲームは、それ自体不思議なことじゃないのかもしれない) あの呆然とした感じは、今まで味わったことがないものだ。 自分の仲間が死ぬ現実。そして皮肉なことに、あいつらの死こそが、俺自身の生還への道となっているという事実。 といっても、そのときの俺にはそんなことを考える余裕もなくて、 口をだらしなく開いたまま、焦点の合わない目を動かすだけだった。 そんなときでさえ、フリオニールは相変わらずぼーっとしていた。 今読み上げられた中に、仲間や知り合いはいなかったのだろうか? いたのかもしれないけれど、それすら理解することもできないのだろうか。 俺はなんとなくフリオニールの横顔を涼しげな眺めていて、そしてはっとして気づいた。 気づいたというよりは、俺が聞いたフリオニールのもう一つの叫び声を、突然に思い出した。 一番最初に、誰よりも早く死ぬことになったあの女の、すぐそばにいた男の―― 「フリオニール、おまえは…」 不意に、口から言葉が漏れたけど、そのあとに言葉は続かなかった。 覚えていないはずはないのに、どうして気づかなかったんだろう? でも、俺はそのときに、自分のおかれた状況を悟った。 フリオニールはきっと、俺の未来の姿なんだと思う。 俺の望みは、セリスと共に――もちろん、仲間もいることがベストだが――生きること。 そのセリスがこのゲームでいなくなったときの俺の姿が、今のフリオニールの姿に重なって見える。 (ティナの死も、俺のこの想いに大きな影響があるのかもしれない) 共に行動することを決意したのは、このときだった。 それまで俺は、何をすればいいのかもよくわかっていなかった。 だけど、はっきりとした。 俺はこのゲームの鎖の中では、生きることができない。 この鎖から抜け出す、この狭い世界から。それこそが、俺の、俺たちの生きる道なんだ。 そんな俺の決意も素知らぬようで、当のフリオニールはといえば、時折するまばたき以外に動きが見受けられない。 フリオニールは、このゲーム最初の犠牲者だ。 もしフリオニールが立ち直って、再び前をむき始めたなら――そのときが、レジスタンスの始まりだと、そういう気がする。 …俺がこれだけいろいろなことを考えたのは、どれだけ久しぶりだろう。 コーリンゲンの、レイチェルの家の前で待っていた日々以来じゃないだろうか。 このいかれたゲームに不似合いな、退屈がいけない。 世界一のトレジャーハンターとして、退屈は一番の敵だ。 いつまでも感傷浸ってはいられない。 これから、手探りで鎖を解き放つ方法を見つけださなければならないんだから。 ふと、フリオニールが歩き始めた。そして、止まった。 俺は思った。 どんなことでも、起きてくれればいいと。 そう思いながら、フリオニールがじっとひとつの方向を見ていることに気づいた。 何もない。 そう思う。 でも、フリオニールはその方向を見ている。 見ている…? 俺は目をつむった。 断続的な金属音が聞こえる。 俺は思わず、目を見開いた。 そして、叫んだ。 「フリオニール、行くぞ!」 言い終わる前に、二人とも走り出していた。 【フリオニール(感情半喪失) 所持品:銅の剣 行動方針:レオンハルトたちの場所へ】 【ロック 所持品:キューソネコカミ クリスタルソード 第一行動方針:金属音の方向へ 最終行動方針:ゲームをぶち壊す】 【現在位置:レーベ西の平原】