*第229話:レナの葛藤――勇者と魔王 騒ぎから数十分後。 ソロたちは、アーヴァインには当たり障りの無い事情を説明し、怪我を理由に兎に角今は休む事を勧めた。 アーヴァインも最初は戸惑っており、納得させるのに難儀するかと思われたが、 最後は明日色々と話すと説明したソロの言葉に首肯した。 その後ヘンリーとエリアはレナと見張りを交代し、ソロもまた起きたピサロと今起きた事の討議と打ち合わせを済ませた後、交代で眠りに就いている。 レナは見張りをしながらも、じっと今は眠っているアーヴァインを見ていた。 「……アーヴァインを殺すつもりか」 微かに耳朶を打つ音を響かせるのは、銀色の魔王であった。 レナはちらり、とピサロに視線を走らせる。 この、恐るべき力を持つ男。それでも、レナとてクリスタルの戦士だ。落ち着きを取り戻せば、 眼前にいるのが例え圧倒的な力を持つ魔王であったとしても、ただ震え上がるだけ、などはありえない。 「いえ……ギルバートさんの事は、悔しいですけど……ソロさんと、約束しましたし……」 「そうか……」 暫し、沈黙。 そしてレナには予想外な事に再び沈黙を破ったのは魔王の側だった。 「……その男は大分殺していたらしくてな。確かお前も仲間が死んだと言っていたな。ティナ……マリベル……心当たりはあるか?」 レナはふるふると髪を揺らす。咽が、こくんと鳴った。嫌な予感が背筋を走る。 もう、止めて欲しい。そう言いだしたいのに、言い出せない。レナにはピサロが、不吉を告げる死神に見える。 「重たい剣を持ったオジサン、とやらに……金髪の女の子――これは大分幼い娘だったようだが」 レナの顔色がはっきりと変わる。それを見て、ピサロは言葉を継いだ。 「長めの髪を後頭部で結い、額を出していたそうだ」 この男が、クルルを殺した――そう、考えただけで手は聖剣の柄へと伸びた。 可愛かったクルル。優しかったクルル。レナにとって、幼い少女は、誰より殺されるべきではない娘であった。 彼女の金髪が陽光に煌き、そのひまわりのような笑顔を見る事は最早永遠に叶わ無い。 どす黒い情念が心を満たすべく、レナの最も深き所から湧き出してくるのを感じる。 だが、レナ自身にそれを抑える術は無い――。 先ほどまで起きて見張りをしていたソロ、ヘンリー、エリアの三人はレナと交代し眠っている。 ビビとターニアは本来起きているべきなのだろうが、小さなその身に今日の出来事は余程応えたのか、やはり夢の中だ。 後は――。 「その男を、殺すか」 「……」 再度同じ事を訊くピサロに今度は沈黙したまま応えない。 そんな彼女から視線を外し、ピサロは浅い眠りに就いているソロを見遣った。 「……。そこで間抜けな面を晒している男はな」 そうして、静かに語りだした。彼にしては珍しくも、饒舌に。 「嘗て、自分を取り巻く世界の全てを魔族に目の前で奪われた。 育ての両親を、剣の師匠を、仲の良かった幼馴染の娘を」 「…そんな話、決して珍しいものじゃないわ」 ピサロが何を喋ろうとしているのか解らないレナは、途中で反発を見せる。 それだけ、レナにとってクルルを殺した仇が目の前にいる、という事は大きな事だった。 だが、ピサロはレナの反発にも、彼女の心境にも頓着せずに話を続ける。 「男は滅ぼされた故郷の村を後に旅に出て、仲間を得、神と出会った。竜神だ。 だが、そこで待ち受けていたのは男から本当の両親を奪ったのは神の側だったという事実だった。 ……竜神はそれらには直接触れず言った。この城からすぐに魔族の王の下へと向かい、ヤツを倒せと」 「……」 「だが、男はそうはしなかった。仲間達とともに、千年に一度咲く、奇跡を起こす花を手に入れ、 一人の娘を蘇らせた」 「それは…幼馴染の…?」 ピサロはゆっくりと、小さく首を振る。 「男と仲間達は、その娘と共に魔族の王の下へと向かった。 その魔族は元々人間を蔑んでいたが、本気で全ての人間を滅ぼそうと考えたのは、 美しいエルフの娘を、追い回し、泣かせ、富を得ようとする人間達から気紛れに助けたのがきっかけだった。 ……結果的に、その娘は部下の裏切りから人間どもに殺されてしまうのだが」 ふっ、と微かな自嘲の笑みが漏れる。 「魔族は怒り狂い、理性を捨て、秘宝による進化を経て真なる化物に至った。人間どもを須く冥府へと叩き落す為に。 ……だが蘇った娘の泪で意識を取り戻し、二度と戻れぬ筈の進化を逆行する――陳腐な話だ」 ピサロがソロを見詰める瞳の色は、レナには窺い知る事はできなかった。 それは、未だ不思議そうでもあり、憐憫の色が浮かんでいるようでもあり。全く別のものをも感じさせる。 「男は……ソロは、両親を奪った竜神を憎まなかっただけでなく、十数年を育ててくれた両親を始め、故郷の村をこの手で滅ぼした私をも救った。 ……。見ていて、苛々する程のお人よし……だが、だからこそ――剣の腕や魔法の腕も十分に相応しいものだが――勇者、と呼ばれるのだろう。 勿論この男とて敵対する魔物を大勢倒してきてはいるがな。戦うべき所を戦っておきながら、戦いに呑まれずにいる。強い男だ」 「ソロさんが…貴方を許せたのは…貴方が奪ったものが、ソロさんにとって大事なものじゃなかったのかもしれないじゃない…」 「自分が一番悲しんでいる、他人の悲しみは自分のそれと比べれば大した事がないというのか?貴様も命以外の全てを失ったというのか?」 「そんな事は…!ない、けど…そうとでも考えないと…信じられないわ…」 「信じろ。私はこんな事で嘘はつかん。勿論、この男にも葛藤はあったのだろうがな…」 話がずれたな、と呟き緩く頭を振る。 「……アーヴァインを殺すなら、ソロが起きる前にやる事だ。でなくば、私も邪魔をしなければならなくなる ソロが起きていれば、奴はアーヴァインを庇うだろう。こいつは、そういう男だ。だからと言って、お前を殺そうともしないだろうがな。 それで傷つき、死ぬ可能性があるとすれば、ソロだけだ。……ソロには借りがある。この男を死なせる訳にはいかん」 それはまた、ソロならばロザリーを決して殺しはすまいという打算だ、と考えて自分を納得させる。 決して、信頼などというものでは無い、と。 「アーヴァインは、例えここで死なずともいずれ酷い死に方をするであろう男だ。 殺した側が都合良く忘れたなどと言ったとて、殺された側の仲間がそれで簡単に済ませられる訳が無い。それは、貴様が良く解るだろう? ……だがな、小娘。アーヴァインを殺せば、貴様も碌な末路を辿れまい。……それが死の連鎖に囚われるという事だ」 人間を大勢殺し、その人間にロザリーを殺され、一度は己を失ったピサロの言葉がレナの心に直接響く。 レナはくっと下唇を噛み、小さく震えていた。じっとピサロを睨むように見ていたが、やがてソロへと視線を向ける。 「……それ以上に、ソロさんこそ長生きできないわ」 「その通りだ。だからこそ、この男には仲間が必要なのだろう。それは嘗て共に戦った者達と、そしてこれから出会う者たちと――」 ライアンの剛剣。ミネアの母性。そして、アリーナの存在。 そういえば、ソロがいつだったか今の自分がいるのはアリーナのお陰だと呟いていた事があった。 他の者のお陰じゃない、という訳ではないと慌てて言い繕っていた姿が印象的で覚えていたのか。 あのおよそ姫らしくないおてんば娘。あの娘が再び、ソロと出会えれば……。 「ピサロさんは……私に、どうしろと言うんですか……。 全てを忘れてへらへらと能天気に笑っていたあの男を許せと……!」 「それは無理な話だろう。私とて、人間への憎しみが無くなった訳では無い」 「ならば、尚更どうしろと――!」 「別に。私はアーヴァインが死のうと、貴様が死に囚われようと知った事では無い。仇討ちも否定しない。殺るなら、今殺れと言っているだけ……。 でなくば、本懐を遂げられなくなるのは小娘。貴様だと、な」 その割には、饒舌過ぎたとピサロ自身もそう思う。 それは恐らく……レナが、レナの髪の色が、ロザリーのそれに、彼女に少しだけ似ていたから――。 「……ソロはさっき私にこう言っていた。 『今、告げるべきなのかどうか解らないけど、だけどもし後に残して突然決断を迫られるような事になったら、レナはきっと辛いから。 だから、明日全て話そうと思う』 だが、それでは少々私には不都合なので先に伝えた。 ……ヤツならこう続けたかもしれないな。全てを伝えた上で仲間になって欲しい、と。貴様を救う為に。 だが私は、貴様がどうしようと、どうなろうと知った事では無い」 ピサロとレナの視線が絡む。 「まだ、全てを失った訳では無いのなら……その者達の顔を思い出してから、貴様が、泪を流さずに済む選択をするが良い」 それきり、ピサロは視線を外し、口を開かなかった。 レナは聖剣を引き寄せ抱き締めて、ピサロを見、アーヴァインを見、そしてソロを見た。 碧色の髪をした、鋭い眼光の青年。 レナは先ほど、夜営の準備をしていた頃の一幕を思い出した。 ソロは支給された本のあるページを見るや否や顔面を蒼白にしたかと思えば、揺れる瞳をピサロに向けた。だが、何も喋らずに。 此処でブライやトルネコの事を知るのはピサロだけだったから、なのだろうが、ピサロはそこで気の利いた台詞を言う事は無かった。 言う気がなかったのか、言う事ができなかったからなのか。 眼を伏せ胸の辺りを力任せに掴み、すぐ戻ると言い残して皆から離れるソロを心配し、レナはそっと遠くから見守る事にした。 一本の木に力任せにぶつけられる拳。ブライさん……トルネコさん……。そう、微かに聴こえてきた言葉。 彼の肩は震えていた。そして、哭いていた。 ソロの過去を想うと聖剣を持つ手が震えた。 悲しくて、悔しくて。 何を選択しても、レナは泪を流さずに済むとは思えなかった。 「姉さん……バッツ……私……私ぃ……」 堪えきれず嗚咽が漏れる。 それを、ピサロは聴こえないかのように見張りを続ける。 レナには、それが有りがたかった。 ソロの――直接話した上で、修羅の道に行かぬよう手を引いて救おうとしてくれたであろう勇者の優しさと。 ピサロの――ソロが眠っている内に話してしまう事で、自分に選択の機会を与えた厳父の優しさと。 その二つの熱い想いがレナの心で螺旋を描いていた。 【レナ 所持品:エクスカリバー 第一行動方針:夜明けまでにクルルの仇であるアーヴァインをどうするか(場合によっては一時的なものでも良いので)決断する 基本行動方針:エリアを守る】 【ヘンリー(睡眠中、6割方回復) 所持品:G.F.カーバンクル(召喚可能・コマンドアビリティ使用不可) 第一行動方針:不明 第二行動方針:デールを殺す】 【ターニア(睡眠中) 所持品:微笑みのつえ 第一行動方針:不明】 【ピサロ(HP3/4程度、MP3/4程度) 所持品:天の村雲 スプラッシャー 魔石バハムート 黒のローブ 第一行動方針:不明 基本行動方針:ロザリーを捜す】 【ビビ(睡眠中 所持品:スパス 第一行動方針:不明 基本行動方針:仲間を探す】 【エリア(睡眠中 所持品:妖精の笛、占い後の花 第一行動方針:不明 第二行動方針:サックスとギルダーを探す】 【ソロ(睡眠中 MP3/4程度) 所持品:さざなみの剣 天空の盾 水のリング グレートソード キラーボウ 毒蛾のナイフ 第一行動方針:状況の把握 第二行動方針:これ以上の殺人(PPK含む)を防ぐ+仲間を探す】 【アーヴァイン(HP1/3程度、一部記憶喪失(*バトロワ内での出来事(広間での説明含む)とセルフィに関する全ての記憶。睡眠中) 所持品:竜騎士の靴 G.F.ディアボロス(召喚不能) 第一行動方針:状況の把握】 【現在位置:レーベ北西の茂み、海岸付近】