第453話:3:00(3minutes)
始点・0秒―――
罪ある女は弁明の暇すらなくただいつものように戦うしか無かった。
激昂する男はただ己の正義を信じ、目前の悪を討つべく剣を振るった。
傷ついた男はそのぼろぼろの身体を支える執念を武器に全身全霊を傾けた。
二度とは戻らぬ時間は確実にうつろう全てを刻んでいく。
三つの視線がそれぞれの相手を睨み、あたりを一瞬だけ静寂が包んだ後に
それを破って気合の叫びをあげつつ
サイファーが攻撃のモーションを開始する。
何か言おうと口を開きかけ、本能的にその危険を察知した
アリーナはこの時点で回避行動を始めている。
やや離れて立っていたテリーもその目的を果たさんと動き出す。
神経を研ぎ澄まし間合いを慎重に見切りながら身を躍らせるアリーナ、追うサイファー。
破邪の剣の刀身が二度三度と円を描き空を切り裂く。
お互いに息を継がない高速の演舞。切っ先が僅かに地面に触れて耳障りな音を立てた。
幾度目かの攻撃の後、後方へ飛んだアリーナに対しボロボロ白コートの男は追撃することなく足を止めた。
小休止、説得の好機と見て声を掛けたアリーナを襲う異変。
「待って! 私の話を聞きなさいって…ナニこれッ!!」
「ドロー、オーラ!」
突然に自らの体を包んだ青白い光に驚愕の声を上げるアリーナの目の前で
光は対峙している男の左手へと吸い込まれ、次いでその身体を包みこむ。
どう説明すべきかわからないがとにかくアリーナの目にはその威圧感が増して映った。
「チョロチョロしやがって! 行くぜぇっ!」
「待ってって言ってるでしょう!」
再び動きかけたサイファー、弁明すべく声を張り上げるアリーナ、
二人の間に割って入るのは絶叫と予想外の高速で飛び込んでくる第三の人影。
30秒経過―――
「死ねェェえええッッ!!!」
対峙する二人の左方より気合の絶叫。
先ほどまで二人が行っていた戦闘の速度に劣らぬ速さで隻腕の影がアリーナへ突撃する。
彼の世界では『疾風突き』と呼ばれる技術――サイファーの斬撃を避け続けたアリーナでさえ
腕でガードせざるを得ない速度での不意打ち。
だが、アリーナの驚愕はまだこれからだった。
片足のみでの着地をこなした男の腕は手にした杖を操り、アリーナですら見切れぬ速度での連打を繰り出してきたのだ。
ダメージを犠牲にした『はやぶさ斬り』、しかし驚くべきは杖でそれを為すテリーの天才。
一撃目こそ腕で止めたアリーナの守りをすり抜け力の杖が肩、そして膝に重い衝撃を残す。
「ぐうっ、あなたもいい加減に…」
反撃の姿勢をとろうとしてその場から一気に飛びのく。
一瞬遅れてサイファーの剣がその場所へと振り下ろされていた。
ひらりと着地するアリーナ、しかしずんと与えられた衝撃が打たれた箇所に蟠っている。
(…そういえばルカナン、ね。にしてもこいつら、人の話を聞けっての!)
これが剣でなくて杖であった事は不幸中の幸いといえるのだろうか。
とにかくアリーナの目の前にはバランス無視の攻撃のせいでリプレイのようにまた地面に倒れるテリーと、
中段に剣を構えなおしてこちらへ鋭く踏み込んでくるボロボロ白コート、休む暇はない。
腰の辺りの高さへの水平なぎ払いに対応して一歩下がるアリーナを見越したように回転を止めずに袈裟懸けの一撃。
切り下ろされる面を見切ってそれと垂直方向にこれを回避するアリーナ。
演舞の続きが始まる。
先ほどと違うのはアリーナの方針。
わずかな距離を隔てて滑りぬけてゆく剣を横目に見、サイファーの懐へと飛び込む。
回避はともかく反撃まではと油断していたサイファーの頬へと拳を叩き付けた。
50秒経過―――
反撃により重なった二人の像へ向けて猛り狂った質量がその目的を果たすべく突撃する。
ヒットアンドアウェイを心がけて即座に反撃の届かない位置まで離れるアリーナ、
殴られた事に短く激しい文句を吐き舌打ちするサイファー。
そこに飛び込んでくるテリーの行動は二人にとって完全に想定外。
なぜならば振り回されるテリーの杖はアリーナではなくサイファーを襲ったから。
目標を定めずに全力でぶつかっていく『皆殺し』。
異常に気づいて咄嗟に身をよじったサイファーは身体への被弾こそなんとか回避したものの背にあるザックを直撃される。
動きの邪魔にならないようにしっかり身に固定してあるザックに引っ張られ、テリーともどももつれ倒れるサイファー。
「うおおっ!? っの、何しやがる! 俺はどうみても味方だろうが!」
背後へ向けてわめくサイファーを無視してテリーはあるものだけを見ていた。
倒れた衝撃でそうなったのか、白コートの背中のザックからのぞく柄。
じろりと顔を動かしてアリーナを見つけると
想定外の事態を見守っている彼女へ向けて腕の力だけで持っている杖を投げつけた。
それから空いた手をその柄へと伸ばし、一気に引き抜く。
ようやく背中にかかっていた質量が離れて素早く立ち上がるサイファーと
投げつけられた力の杖を難なくかわしたアリーナが見たもの、いや感じたものは急激に膨れ上がる敵意。
隻腕の先に握られた剣、それはかつて銀髪の剣士を恐怖させ、勇者の血族を殺意に捉えた剣。
その名は「破壊の剣」。
1分10秒経過―――
その剣を振るっていた人物をサイファーは知っている。
そして彼がどうなったかも。あの時の
パウロと同じ目をした男が眼前に立っている。
剣を手にした相手を見てアリーナは考えを変えるほか無かった。
片手、片足というハンデにもかかわらずあれほどの冴えを見せる技術。それが刃物を手に入れたのだ。
一度でも斬撃を浴びてしまえばてんで話を聞く耳を持たないこいつらに…殺される。
完全に守りきれない以上は、反撃も仕方ない。
いや。
もう殺す気くらいで行かないとこの二人、特に銀髪は止められないのかもしれない。
破壊の剣を地に突き立て、脈動するように全身で呼吸する。
殺せ。
(わかっている)
斬れ。
(わかっているさ。姉さんの、ために…、必ず、こいつ、は、こ、ろ、す!)
テリーはどこかから流れ込んでくる破壊の衝動に抵抗することなく
ただ憎むべき相手の顔をじっと見つめていた。
完全に衝動に取り込まれる前にテリーは大きく息を吸い込み力を溜める。
戦闘開始前と似た緊張をはらんだ静寂がまたわずかな時間訪れる。
短い均衡を破って戦端を再び開くべくテリーが片足で跳躍する。
誰よりも早いその攻撃は引き放たれた矢のようにアリーナへ向かい、
今度は避けようとしたアリーナの左肩を抉り取った。
1分25秒経過―――
「~~ッ、このぉッッ!」
激痛を歯を食いしばって抑え付けて回避運動を利した蹴りをテリーへぶち込む。
鈍い音と共に足が胴にめり込み、吹き飛ぶテリー。
しかしそういう状態でありながら『はやぶさ斬り』へと移行したその神速の剣はカウンターで足を傷つける。
深く傷ついた左肩、切り傷の右足からはたちまちに血が溢れ重力に引かれて落ちた。
目の前にはまるで蹴り飛ばされ叩き付けられた痛みすら感じていないかのようにゆっくり立ち上がってくる銀髪がいる。
(狙うはこめかみ、意識を断ち切る! これぐらいしか思いつかない!)
執念を漂わせ向かい来るテリーに対しアリーナは覚悟と狙いを定め、握る拳に力を込める。
どこかで出会ったシチュエーション。遥か昔に感じる昨夜のこと。
制御不能の大きな力を携えて悪役に立ち向かう男の姿。
だが、そこにいるのは何なのだろうか。少なくとも英雄の姿には見えない。
(こいつは……)
自分以外の二人が再び交錯する。
覚悟の上か、腕輪で向かってくる剣を弾くという曲芸をやってのけた女の拳が銀髪のこめかみを捉える。
代償として腕輪をしている右手の皮、あるいは肉までも削ぎ取られ持っていかれたようであるが。
糸が切れたかのように崩れ落ちると見えた男の身体はしかし途中で硬直し、驚愕に染まる女の顔に紙一重で肉薄して跳ね上げられた剣が天を衝く。
あんな使い方をしていては腕、いや全身がいかれてしまうだろう。
激発した女の足が飛び銀髪の顎を砕く。
妙な回転で地面へ倒れ伏せる男。だがその身体は倒れ休むことを良しとしない。
(無茶苦茶じゃねぇかよ……やめろ、もうやめろって)
「お前ら、もう止めろ!!」
1分40秒経過―――
誰かの絶叫がする。
ようやく朦朧とした状態から意識を取り戻した
クリムトが感じたものは
辺りに満ちている怒気と殺気、そして爆発したように増大している黒い衝動。
状況は分からない、どれほど意識を失っていたかも分からない。だが、その危険だけは理解できる。
異常な気配に焦燥しつつようやく現場まで辿り着いたウネが見たものは、
身体のあちらこちらから流血しているアリーナの姿と異常な姿で跳躍し剣を振るう銀髪の男の姿。
禍々しい白刃がアリーナへと迫り―――
「やめよ、テリー!」
「アリーナ!」
別々の方向より発せられた二人の賢人の声が重なって響く。
けれどどうすることもなくテリーの剣は遂にアリーナのわき腹を貫き、銀髪が朱に染まる。
死命の刹那、その瞬間アリーナのどこかで何かが切れる――そんな感じがした。
痛みも苦しみもない、まるで時が止まったかのように敵がよく見える世界がそこにあった。
腹から生えた剣をたどり腕、そして標的の頭を確認する。
ゆっくりと腕を振るい、力を乗せ、当て、それを標的へと伝えていく。傷から血飛沫が宙へ舞い散る。
そして、アリーナの拳は打撃ごとテリーの頭を石畳へと叩き付けた。
ごちゃり、と表現する感じの嫌な音がその拳と地面の間の状態を教えていた。
走馬灯。
たおやかな長い金髪の女性、凛とした紫髪の女性、栗色の髪をした女性。
(
ミレーユ姉さん、迎えに?)
それが破壊の剣から離れた最後の数瞬にテリーが見た全て。
1分45秒経過―――
舞台の静止を許さぬように側面からの攻撃がその場面を吹き飛ばす。
あたりを巻き込むように炎の魔法が拡散し、それを追うように衝撃波。
サイファーの技――始末剣・雑魚散らし。
栗色の髪に帽子の女は吹き飛ばされながら何とか受身を取ろうと反応する。
その一方隻腕の銀髪の男はただゴミのように吹き飛び、動かない。
十数秒の傍観の結果は最悪の形で証明されていた。
「やりやがったな…俺の目の前でよぉッッ!」
逆上していた。自分は何のためにここへ飛び込んできたのか?
殺人鬼を〆るため? 目の前で怪我人一人助けられずに?
怒りの半分は自分への怒り、それでいったい何を救うことができるヒーローだというのか?
もう余裕さえなく、非情さを剣先まで満たすつもりで剣を構える。
下手人である女は傷のためか俯いたままこちらを見ない。
代わりに強烈なプレッシャーをまとった老婆がサイファーの前へと進み出た。
「なんだ、バアさん!? 俺はそこの殺人鬼を止めるんだぜ? それとも邪魔する気か?」
「……はっきり言って何が起こったか分からんさね。
だがあたしはこの子…アリーナを信じてるよ。…退いてくれないかね?」
その手に、戦場に似合いの魔力を集めながらあくまで穏やかな口調で、
しかし無言の威厳というか圧力というかを隠そうともせずにウネは語りかける。
けれど相手の危険度を察知してなおサイファーの内なる熱量は外へ噴き出ようとするのをやめない。
「殺しの仲間って奴か? 俺は、俺は騎士だ。悪を無視なんざできねぇ!
守らなくちゃならねぇんだ、ここで折れる訳にゃいかねぇんだよ!」
「やれやれ、だから若さってヤツは。……アリーナの治療もせにゃならん、時間はかけない。
あたしは容赦しないよッ!」
2分経過―――
一触即発。ウネとサイファー、その対峙はわずか一瞬の動きで終結する。
サイファーが攻撃動作のために踏み込む、ウネが魔法詠唱のために手を掲げる、その一瞬。
「バシルーラ!」
「うおわあっっ!??」
盲目の賢者より放たれた青い光が尾を引いて飛び、その勢いのままサイファーをどこかへ運び去る。
強制転移呪文、バシルーラ。
音量を減らしながらなにかの捨て台詞を吐きつつ白いコートが宙の彼方へと消えていく。
目標を失ったウネは魔法のために手にまとわせた魔力を魔力の形で保ったまま、
クリムトの方を振り向く。
「助けてくれたのかねぇ? ま、あたしもわけの分からない戦闘は勘弁ってとこだったしね。
……敵意も殺意も無いその沈着な気配、見事なもんだ。余程の賢人と見受けるよ。信用しよう。
さて…ケアルガ!」
後背のアリーナの方向へ手を一振り。まといついていた魔力が光と為してアリーナを包み込む。
回復の力が弱まっているために実際のところ少し上等なケアル程度の効果にしかならないが文句は言っていられない。
応急の回復を行って傷を検分する。肩、腕、足、そして危険な腹の傷。
今度は直接回復魔法の光を当てて怪我した部位を照らす。
「片腕の嬢ちゃんの時は杖があったけどねぇ、今回は何とも言えない…
いや、あたしらしくないね。なぁ、そこの…」
「我が名はクリムト。あなたの名は、異界の大魔道士殿」
背中越しの呼びかけを予測していたかのように答えが返り、
後ろから重ねるように回復呪文の光がアリーナを覆う。彼もどうやら手助けしてくれるらしい。
「ウネだよ。ノアの弟子、ウネ。大魔道士はちょいとこそばゆいかな、クリムト」
「…ウネ殿、宜しく願う。…アリーナは…かなり生命力が弱っているな」
「賢者二人だよ、あんたとならなんとかなるさ。……助力感謝するよ」
「いや。私もこの娘とは多少縁がある身だ。事態がやや呑み込めぬが、な」
「あんたもわからないのかい? なら、後でアリーナに聞くしかないね。
それに………その子も葬ってやらないと」
終着点・3分―――
アリーナはいつしか痛みない心地よいまどろみへと落ちていた。
ウネは、とにかく彼女の回復を考えて魔力を研ぎ澄ませ、癒しを注ぐ。
クリムトは、複雑な心境をその失われた眼窩の奥で隠し持ちつつ目の前の生命を救わんとする。
サイファーは、女拳士と老魔術師に敵愾心を滾らせつつどこかへ落着する。
テリーを救えなかったこと。
手を汚したアリーナ。
わずか三分間の現実は彼らの心に影しか落とさない。
【アリーナ (左肩・右腕・右足怪我、腹部重傷、昏睡)
所持品:プロテクトリング、インパスの指輪
第一行動方針:不明
基本二行動方針:アリーナ2を止める(殺す)】
【ウネ(HP 3/4程度、MP消費) 所持品:癒しの杖(破損)
第一行動方針:アリーナの回復
基本行動方針:
ザンデを探し、ゲームを脱出する
【クリムト(失明、HP2/3、MP消費) 所持品:なし
第一行動方針:アリーナの回復
基本行動方針:誰も殺さない。
最終行動方針:出来る限り多くの者を脱出させる】
【現在位置:カナーンの町・中央部】
【サイファー(右足軽傷)
所持品:破邪の剣、G.F.ケルベロス(召喚不能) 白マテリア 正宗 天使のレオタード
ケフカのメモ
第一行動方針:マーダーの撃破
基本行動方針:
ロザリーの手助け
最終行動方針:ゲームからの脱出】
【現在位置:浮遊大陸のどこかへ落着】
【テリー(DQ6) 死亡】
【残り 59名】
最終更新:2008年02月15日 01:42