| モノローグ | そんなことを話していると、店のドアがまた開いた。入ってきたのは、意外なことに私もよく知っている妖精だった。 |
| 魔法使い | あれ?藤? |
| 藤 | 魔法使いさん、本当にいらっしゃったのですね。お久しぶりです。 |
| 魔法使い | お久しぶり。藤はどうしてここに? |
| 藤 | ええと、紫陽花がサプライズをするから、お祭りを楽しんできてと追い出されてしまって……。 |
| 藤 | お散歩をしていたら、人間の魔法使いがこのお店でお手伝いをしていると聞いたんです。もしかしたら、魔法使いさんかなと思いまして。 |
| 魔法使い | あはは、ちょうど依頼を受けてね。でも、こういう祝日は花屋も忙しそうなのに。 |
| ルビーチョコ | あれ〜、魔法使いさんは知らないんだ?毎年この日、フジ花屋はお休みなんだよ。 |
| ルビーチョコ | お陰さまで、こっちの商売が繁盛してるんだ〜。 |
| 魔法使い | そうなの?でも、どうして―― |
| 藤 | バレンタインデーは、色々なもので自分の愛を祝日ですから―― |
| 藤 | 音無花のように、元々感情が込められているものを使うのは、ちょっとずるい感じがしませんか? |
| 藤 | みんなが色々な形で自分の「愛」を表現しようとすること、一生懸命素朴な手段で気持ちを表現しようとすることは、なんといいますか、本当に―― |
| 藤 | ……あ、失礼しました。 |
| 魔法使い | なるほどね……確かに藤らしいかな。 |
| 藤 | ふふっ、そうですか? |
| 魔法使い | それで藤は、今日みたいな日にどんなプレゼントを用意するの? |
| 藤 | ……。 |
| モノローグ | 藤は黙り込んでしまった。その様子に、悪いことを聞いてしまったのかと不安になる。 |
| 藤 | 実は……。 |
| 藤 | その、プレゼントというものをあまり送ったことがなくて……正確に言うと、「愛」を表現するプレゼントというものを、でしょうか……。 |
| 魔法使い | え? |
| 藤 | 毎年この日に、紫陽花はプレゼントを用意してくれています。心を込めた、愛を込めたと、一目でわかるようなプレゼントを。 |
| 藤 | でもそのお返しに……どういったものを返せばいいかわからず、雑誌やお店でお勧めされているような、高価な商品を返すことしかできなくて……。 |
| 藤 | 紫陽花のプレゼントに比べて、私のものは……あまりに適当すぎますよね……。 |
| 藤 | 紫陽花はいつもありがとうと言ってくれますが……本心では、適当さにがっかりしているかもしれません。 |
| 藤 | 今年はサプライズをするからと……いつもより、また一段と念入りに、プレゼントを用意してくれているのだろうと思います……。 |
| 藤 | そういう「愛」に、どんなプレゼントを返せばいいのか、本当にわからないのです……。 |
| 魔法使い | 藤なりの愛が表現できてるプレゼントなら、それで十分じゃないの? |
| 藤 | ……。 |
| 藤 | ずっと音無花を育てていたからか……何を用意しても、なんというか……。 |
| 藤 | お店に売られているプレゼントでは、私が育てている音無花のように、空っぽでどこか偽りめいたもののように感じられてしまって……。 |
| 藤 | あっ、このお店の商品に問題があると言ってるわけではないんです。 |
| ルビーチョコ | うーん……。 |
| ルビーチョコ | 藤さんの悩みはわかったよ。 |
| ルビーチョコ | じゃあ……。 |
| ルビーチョコ | 「愛を表現するプレゼント」っていうコンセプトにとらわれ過ぎずに、もっと気楽な方向で考えてみようか〜。 |
| ルビーチョコ | 藤さん、今、紫陽花さんと一番一緒にやってみたいことって、何かある? |
| 藤 | えっ?どういうことですか? |
| ルビーチョコ | あるいは、紫陽花さんと分かち合いたいものってあるかな? |
| ルビーチョコ | 紫陽花さんと一緒に経験したいこと、どうしても紫陽花さんに感じて欲しいもの……。 |
| ルビーチョコ | どうしても思いつかなければ、「紫陽花さんと一緒に食べたいもの」だっていいんだよ! |
| 藤 | ……。 |
| 藤 | うぅん、紫陽花と……? |
| 藤 | 紫陽花と一緒なら、何をしても楽しいですが……。 |
| 藤 | 一緒に何か食べる、と言われたら……自分で作ったものをいっしょに食べたいですけど……手先が不器用なので……。 |
| ルビーチョコ | うんうん、オッケーオッケー。 |
| ルビーチョコ | それなら、おススメがあるよ……! |
| ルビーチョコ | じゃじゃーん。 |
| ルビーチョコ | チョコフォンデュセット〜。 |
| ルビーチョコ | これは当店の新商品なんだ〜。大切な人と一緒に料理を作る楽しさと、美味しいチョコを味わえるんだ。面白いよ〜。 |
| ルビーチョコ | せっかくの休日だし、プレゼントの案で困ってるなら、こういうので楽しむのもいいんじゃない〜? |
| 藤 | これは……。 |
| 藤 | ええ、面白そうですね。 |
| 藤 | 紫陽花も喜ぶと思います。ありがとうございます、店長さん! |
| モノローグ | 藤は気前よくチョコフォンデュセットを買った。この珍しいものを、紫陽花と一緒に楽しめるといいね。 |
| モノローグ | 彼女が店を出ると、ブラックチョコは何やら考え込んでいる表情で、じっとその後姿を見つめていた。 |
| ブラックチョコ | ううん、そういうのも……あるのか。 |
| ルビーチョコ | うん?なにかおかしかった? |
| ブラックチョコ | いや、てっきり……「愛」ってもっと特別な何かだと思っていたんだ……。 |
| ルビーチョコ | 「愛」は確かに特別なものだけどね……。 |
| ルビーチョコ | でも、特別なものにしたいからって理由で、特別だと「設定」するのは、ちょっと違うよ。 |
| ルビーチョコ | 「愛」の意味にこだわり過ぎると、このプレゼントの元々持ち合わせている意味が、なくなっちゃう。 |
| ルビーチョコ | それならいっそ、相手と楽しい時間を過ごした方がいいんだよ。 |
| ブラックチョコ | そういうものなのか? |
| ルビーチョコ | あんまり力み過ぎるとね、愛が偽りのものに見えてしまうこともあるよ。 |
| ルビーチョコ | 藤さんと紫陽花さんみたいな……家族間での「愛」は、もうなんていうか、細かいことの一つ一つから自然に感じ取れちゃうよね。 |
| ブラックチョコ | ……。 |
| ピンクローズ | ブラックチョコも気づいたんじゃない? |
| ピンクローズ | 「愛」表現するプレゼントが思いつかなくても……あるいは、自分の「愛」をどう表現していいのかわからなくても。 |
| ピンクローズ | 藤さんは、「妹は自分を愛しているし、自分も妹を愛している」って信じている。 |
| ピンクローズ | 妹さんも同じでしょうね。 |
| ピンクローズ | お姉さんからもらったプレゼントが、どれもおススメされているような商品だろうと、そこから自分に向けられた愛を感じとれるはず。 |
| ピンクローズ | 藤さんは妹さんががっかりするかもなんて思ってるけど……。 |
| ピンクローズ | 紫陽花さんはもう、不器用なお姉さんの愛情表現になんて慣れっこでしょ。だからこそ、毎年心を込めて藤さんへのプレゼントを用意してるんじゃないかしら。 |
| ピンクローズ | それって……愛されているひとにしか持てない自信なのよ。 |