血濡れた聖剣

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血濡れた聖剣 - (2014/04/24 (木) 22:18:47) のソース

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血濡れた聖剣 

その日、帝都には雨が降り注いでいた。 
[[ユグドラシル]]第14代皇帝[[アーサー・フォン・ユグドラシル>アーサー]]は、自身から王位を奪った簒奪者征伐のため、 
皇帝の居城を構えしユグドラシル帝都《[[ファンタズム]]》、その[[中央地区>リヴェルティア]]の心臓部《[[エルネセウム]]》へと
自身に忠誠を誓う臣兵と共に舞い戻ってきた。 

[[マイスナー]]との交渉が決裂したことで全面対決の様相を呈することとなった帝都は、忽ち戦場と化した。 
其処彼処で戦闘が繰り広げられる中、[[悪魔祓いの暴走>Dominance Demon]]という予期せぬ事態が発生したものの、 
遂にアーサーは宿敵マイスナーを追い詰める。 
先の暴走した悪魔祓いの攻撃によるダメージから回復し切っていない今こそ、彼の簒奪者に引導を渡す時。 
互いの護衛が離れ、誰の邪魔も入らない両陣営の大将同士での一騎討ち。
その時はすぐそこまで迫っている――筈だった。 

「何時から我が、貴様との一騎打ちなどという戯れに興じると錯覚していた?」 

直後、[[魔術]]の波紋をフィンガースナップに乗せて、どこまでも澄んだ乾いた音が帝都全域へと響き渡る。 
その魔術の波紋は、アーサーにとって最大の強敵を招き寄せた。 

「―――――――――グァアアアアアアァァァアアアアアア」 

時が止まったかのような錯覚の後、耳を劈くような怒号が降り注いだ。 
見上げればそこには、王宮地下の宝物庫で[[ヘンリック]]らと対峙している筈の[[アインシュナット]]の姿があった。 
マイスナーからの合図にすぐさま反応出来るほどに、アインシュナットの肉体には[[狂犬覚醒(バーサーク)>狂犬覚醒 ]]による身体能力の強化が施されていたのだ。 

王宮の外に出た後にアーサーが一騎討ちの形で自身に挑んでくることを想定していたマイスナーは、 
この若き皇帝自身に従者を殺めさせる策を取ったのだ。 
結果としてどちらが倒れようとマイスナーにとって良い方にしか転ばないこの状況を 
彼はまるで芝居でも眺めるかのように、二人の主従の結末を、その顔に微笑を湛えながら愉しんでいた。 
そしてアーサーがこの男の卑劣な策略を打開することは叶わないのだ。 

説得を試み懸命に語りかけるも、理性を失い文字通り狂犬と化したアインシュナットには
言葉など何の意味も持たず、 
正確に急所を狙い隙を突いてくる剣撃にアーサーは為す術もなく、防戦一方となる。 
王宮の地下でアインシュナットと対峙していたヘンリックたちが駆け付けるまで、という
不確定な望みを糧とするには、その剣はあまりにも重く、 
これまで最も信頼を置いていた従者から完全なる敵意を向けられ続けたことが 
アーサーの動きを鈍らせ、一撃を防ぐたびに気力を削いでいった。 

遂に膝を屈し、狂犬の最後の一噛みが振るわれようとした正にその時、 
虚ろな心がアーサーの魂に刻み込まれた王宮時代の凄惨な血の時代――多くの暗殺者を葬ってきた頃の、
彼の行動原理とも言える防衛本能を呼び起こすのに、時間は幾許も必要なかった。 

一突き。 
肉を裂き骨を断つ、鈍い感触が手の内に伝わる。 

『……アイン…シュナット』 

気が付けば、アーサーはアインシュナットの一撃を躱し懐に飛び込み、その肉体に聖剣を突き立てていた。 

『わ、私は…なんという、ことを』 

「良いのです。王よ。 
 貴方は正しい選択を、為された。 
 貴方はわたくしめを、あの暗闇から救って下さったのです。 
 貴方は何も…間違ったことなどしては、いない……。 
 これで…やっと…アイツに―――」 

そうして、アインシュナットはアーサーへ覆い被さるように力なく崩れ、ゆっくりと目を閉じた。
その口元に微かな笑みを残して――。 

戦争終結の旗頭であるアーサーに最も尽力した[[悪魔祓い]]として、
次期Sランク悪魔祓いへの昇格を期待されていた彼は 
王の聖剣によって簒奪者の呪縛から解き放たれたのだ。 
悪魔祓い教会Aランク悪魔祓い・狂犬アインシュナット――ここに散る。 

ヘンリックらが駆け付けたのはそれから少しした後であり、
アインシュナットの亡骸を抱きかかえ静かに涙を零すアーサーがそこにあった。 
戦意喪失したアーサーでは兵の士気を低下にさせると判断したヘンリックは、
全軍に撤退命令を発し一時帝都を脱する。 
作戦は失敗したのだ。 

これをきっかけに、アーサー・フォン・ユグドラシルはこの戦争の中で仲間を失い続けることとなる。 

後の歴史家アルウェルト・クラフトは、自らの戦史見解においてアインシュナットの死についてこう残している。 
『王の命によって死することは不名誉であり、王の手で死するのは栄誉なことである。 
 誰もが彼の死を悲劇だと言うが、私は彼こそこの大戦において最も幸せな最期を迎えた人物であると、 
 この場を借りて主張したい。 
 それ故に王は、何も悔いることなどないのだ』 

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