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*妄想少年マダラメF91 【投稿日 2006/03/25】 **[[カテゴリー-斑目せつねえ>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/48.html]] ……平成3年…… ……斑目晴信、10歳の晩夏…… 「妄想少年マダラメF91」 ……And I've seen it before   And I'll see it again   Yes I've seen it before   Just little bits of history repeating…… 【2005年9月24日13:15/秋葉原駅前】 秋葉原駅。電気街口から次々と、リュックを背負った暑苦しい男達の群れが吐き出されては、ラジオ会館や大通りの方へと消えて行く。 この日彼等は、有名エロゲメーカーの新作発売を目指して来ていた。発売日が急きょ数日伸び、異例の土曜日午後の発売となったのだ。 雑踏の中、何十人かは、そわそわといそいそと、同じ方向へ歩みを進めて行く。今にも駆け出しそうだ。 「慌てないでくださいねー。余裕は十分ありますからね!」 大通りに面した歩道に看板を持った男が叫んでいるが、誰も聞いちゃいない。 小走りのオタクが、「何で10時の開店時に売らないのかなァ?」とブツブツ独り言をいっている。 その横で、背を丸めながらボチボチ歩いていた男は、聞こえないほどの小声で、「間に合わなかったからじゃねーの……あんなに根詰めていたのに大変だな高坂も」と呟いた。 その男は、髪を雑に分けている。頬が少しこけた輪郭に、少し大きめの丸メガネ。ひょろりとした長身に、白いワイシャツと、よれたサマースーツを羽織り、磨いていない安物のローファーを履いている。 どこにでもいる疲れたサラリーマン。 彼の名は斑目晴信。この時、就職初年度。今日は午後から代休を取った。 斑目も昔なら、競うように駆け出して、必死に小売店の列にならんでいたであろう。 しかし、就職してからはスタミナと瞬発力を仕事に奪い取られていた。 (プシュケの新作、高坂に頼めば良かったかな? でも春日部さんにスゲー嫌がられそう……) そんなことを考えながら、とぼとぼと歩を進める。 歩道の脇にできた人だかりを避ける。おおかたメイド喫茶のフリフリメイドが立っているんだろう。 「マニアックが大手を振って表を歩くようになっちまったなぁ。昔みたいにアングラな方が燃えるのに」と一人でブツブツ言っている。 「昔か……アキバに初めて来たのは何時だっけ?」 「この道」が長いだけに、さすがに思い出せなかった。 【1991年9月21日13:15/秋葉原駅前】 秋葉原駅。電気街口から次々と、リュックを背負った私服の小学生の群れ3、40人がワラワラ出て来てラジオ会館の手前に並ぶ。 この日彼等は、社会科見学旅行の一環として、この街にやってきた。周りの雑音をかき消すほどに、皆落ち着きがなく、今にも駆け出しそうだ。 「班行動を乱すなよー。3時には集合だからな!」 ジャージ姿でファイルを手にした担任の先生が叫んでいるが、誰も聞いちゃいない。 男子生徒の一人が、「何でここに来たのかな?」と、傍らの生徒に尋ねた。 尋ねられた男の子は、けだるげに、「先生がウォークマンでも買いたいからじゃねーの?」と答えながら、手元のメガネを拭いてかけ直した。 メガネの男の子は、髪はちょっと長髪、えりあしを少し伸ばしている。輪郭に比べて大きめの丸メガネをかけている。 ひょろりとした長身に、長袖と半袖のTシャツを重ね着し、ジーパンと、有名メーカーによく似たパチモンバッシュを履いている。 どこにでもいる男の子。 彼の名は斑目晴信。この時、小学3年生。今日は一部自由行動だ。 大通りに出た班目は、「じゃ、またここで待ち合わせな!」と、班を組んだクラスメートと別れた。 (班行動なんてやってられないよなー) そんなことを考えながら、うきうきと歩を進める。 大通りの賑やかな店舗の数々に目を移す。ファミコン人気やスーパーファミコンの登場、パソコンの普及によって、秋葉原にもゲームソフトを扱う電気店や、ゲーム専門店が続々と現れていた。 「ドラゴンクエーサーⅣ・中古で売ってないかなあ!」 【2005年9月24日13:20/大通り】 斑目は大通りをプラプラと歩く。大手レコード店が近づき、目当てのゲーム店が視線の先に見えてきた。 しかし、前方の横断歩道を歩いて渡っている女性の姿が目に入ってきた瞬間、彼は我が目を疑った。 (嘘だー!なんでこんな所に春日部さんがいるよ? 幻でも見てるのか)幻ではない。春日部咲がいかにもつまらなそうに、秋葉原の街を1人で歩いているのだ。 咲は重い足取りで横断歩道を渡りきり、トボトボと末広町方面へと歩いていく。5、6メートル離れたところに立っている班目には全く気付かない。彼はアキバ男たちの間に、ものの見事に馴染んでいるからだ。 (コーサカが来てるのか? でも何か変だぞ) 思わず4、5メートル後ろを歩く班目。付かず離れず。 前を歩く咲がふと立ち止まり、量販店の店先で山の様に飾られた携帯電話に目を向けた。 瞬間、班目も思わず立ち止まり、反射的にゲームセンターの柱に身を隠す。(何やってんだ俺、まるで尾行じゃないか)身を隠しながら自己嫌悪に陥る。 脳内のスクリーンには、恋愛ゲームのイベントシーンのように、萌え絵に変換された咲を追いかける自分を思い描いている。 (あーもぅー! 相手は知り合いだぞ! とにかく声を掛けてみよう。何かトラブルかも知れん) そう思って意を決したとき、脳内スクリーンにお馴染みの恋愛シミュレーションの会話シーンが映し出され、コマンド画面が現れた……。 (よし!)咲の背後から肩を叩いた。 「あの、かすかb……」 その瞬間、斑目は目の前が真っ暗になった。大きな衝撃と激痛が腹を貫いた。咲が振り返り様、反射的にボディに拳をブチ込んでいたのだ。 「もしかして…オラオラですかあぁ……!」 斑目は古いネタを叫びながら、ドッギャァァァンッ!と仰向けに倒れた。 「痴話喧嘩か?」「何やってんだ?」周りの歩行者が少し足を止めて2人を見ては、また動き出す。 咲は思わず殴ってしまった相手の顔を見て驚いた。 「あれ? あぁッ斑目!? ゴメン! 変な人がつけて来てると思ってつい……! どうしてこんな所に……」 薄れていく意識の中で斑目は、上から自分を覗き込んでいる咲の心配そうな表情と、薄手のシャツから覗いた豊かな胸元に、ちょっと幸せな気分を味わった。 【1991年9月21日13:20/大通り】 ドラゴンクエーサーを売っている店を探す斑目少年は、大型電気店の前で、明るい栗色の髪の女の子を見かけた。 赤いランドセルを背負い、ひまわりの柄をしたワンピースを着ている。瞳が大きくて美人で、斑目は思わず見とれてしまった。 リコーダーを手に、不安げに周りをキョロキョロ見回している。自分より下級生みたいだ。フラフラと行くあてがなさそうで、誰かを探しているようにも見える。 (迷子かな?)思わず4、5メートル後ろを歩く班目。付かず離れず。 後をつけるだけでなかなか声を掛けられない。女の子がふと立ち止まり、電気屋の店先を覗き込んだ。 瞬間、斑目も思わず立ち止まり、反射的に別の電気店の柱に身を隠していた。(何やってんだ俺、これじゃ尾行じゃないか)身を隠しながら自己嫌悪に陥る。 脳内のスクリーンでは、ドラクエ(ドラゴンクエーサー)の町中のシーンのように、平面ドット絵の秋葉原の街で、ドット絵の女の子にピッタリくっついて歩く自分の姿を思い描いている。 (あーもぅー! 女子は苦手だよ! とにかく声を掛けてみよう。本当に迷子かも知れない) そう思って意を決すると、脳内スクリーンがピロロロロロ!と変わって、ドラクエのお馴染みの戦闘BGMと、コマンド画面が表れた……。 (よし!)女の子の背後から肩を叩いた。 「あの、ちょっときm……」 途端、斑目は目の前が真っ暗になった。大きな衝撃と激痛が腹を貫いた。少女が振り返り様、反射的にボディにリコーダーの先端をブチ込んでいたのだ。 「ア……アテナぁ~!」 斑目は古いネタを叫びながら、ズシャアァァァッ!と頭から倒れた。 「イジメか?」「病んでるのね最近の小学生は 」周りの歩行者が少し足を止めて2人を見ては、また動き出す。 女の子は、思わず人を攻撃してしまったことに驚いた。 「あれ? あぁッゴメンナサイ! 変な人がついてくると思ったから……」 薄れていく意識の中で斑目少年は、自分の側にしゃがみ込み、潤んだ瞳で心配そうに覗き込んでいる女の子の表情と、スカートの奥に覗いたぱん○に、ちょっと幸せな気分を味わった。 【2005年9月24日13:35/大通り】 ようやく痛みが治まってきた。 斑目は歩道脇のガードに腰を下ろして休んでいる。咲が隣に寄り添い、「ほんとに悪いね!」と、片手を上げてゴメンのポーズ。もうこれで3度目だ。 咲は、自販機でジュースを買って来てくれていた。2人とも同じ銘柄の紅茶。フタまで空けてくれた咲の気遣いに、斑目は(ケガの功名か……なんかこういうのも悪くないな)と、思わず顔がほころぶ。 「でも何で春日部さんがアキバにいるんだよ?」腹をさすりながら斑目が問う。 彼女が言うには、斑目も会ったことのある昔の女友達が、話題のドラマ「電波男」に感化され、アキバに行きたいと話を持ち掛けたらしい。 「あぁー、新宿に居た人ね」 斑目は相づちを打ったが、あの夜のことを思うと、ほんの少し胸がチクチクする。憂い顔を悟られぬよう、すぐに、「最近多いからねー、勘違いした人」と愛想良く話を合わせた。 「でしょー、あんたらの実態も知らないニワカが多いのよ」 「さすがオタに詳しい春日部さん」 咲はその台詞に反応、「それよ! 友達も“彼氏オタクデショ、詳しいデショ”ってね。それでも店の準備で忙しい中、1日空けてあげたのよ」と呆れ顔。 もう斑目を置いてけぼりで話を進める。 「そしたらどうなったと思う? 駅で待ち合わせしてたら、“彼氏に呼ばれた。また今度ね”ってメールが来やがって! 腹立たしい!」 言い終わるやいなや、咲は凶暴な顔つきで手にしていた紅茶の空カンを地面に叩き付けた。目の前の歩道をいそいそと歩いていたオタクどもが一瞬足を止める。 「高田馬場におばあちゃん家あるんだけど、このまま行くのもシャクだし……」 歩き去っていくギャラリーの視線を無視しながら、咲は空きカンを拾い上げる。腰を下ろしながら髪をフワッとかきあげる所作の美しさに、斑目は見とれていた。 (周りから見たら、俺たちどんな関係に見えるのかな……つり合わないかな?) (あ……何か昔、こんなことがあったような……) 「…………を買って帰ろうと思ったけどオタクばかりで、息を止めて歩くのが精いっぱい……って、ねえ斑目聞いてる?」 【1991年9月21日13:35/大通り】 ようやく痛みが治まってきた。 斑目少年は歩道の脇に腰を下ろしている。女の子が隣にチョコンと座って寄り添い、「本当にゴメンなさい~」と、両手を合わせた。もうこれで3度目だ。 斑目は、「ダイジョーブ、ダイジョーブ!」と引きつった笑顔を見せる。 シャンプーの香りが漂ってくる。斑目は顔がボーッと火照ってくるのを感じ、(カワイイなあ、うちのガッコこんな子いないよ……)と、思わず顔がほころぶ。 「でも何で1人で歩いてたの? 迷子?」腹をさすりながら斑目が問う。 彼女が言うには、友達が本を買いたいと言うので、学校帰りについてきたという。古本だから普通の本屋にはないそうで、電車を乗り継いで近くの駅まで来たのだ。 どうやら本を買った後、歩いているうちにはぐれたらしい。 「近くに古い電車の博物館もあるからって、ドンドン先に行っちゃうんだもん」 このあたりの地理に疎い斑目は、「ここら辺の街は、中古のモノを売ってる店が多いんだね」と答える。自分もゲームの中古ソフトを探しにきていただけに、変な納得の仕方をした。 斑目は、話に出てきた「一緒だった友達」が男の子だと知って、ほんの少し胸がチクチクした。 だがすぐに、「大丈夫か? 一緒に友達を探してあげようか?」と話掛けた。 「んにゃ! いらない!」と、女の子はきっぱりと断り、「アイツも私も、駅が分かればちゃんと帰れるもん」と、すくっと立ち上がった。 斑目を倒した後で背中のランドセルに刺しておいたリコーダーをむんずと掴み、ズバッと引き抜いた。 (おぉっ! Tガンガルのビームサーベル!!)思わず激しく反応する斑目。気付くと女の子は険しい目つきになっていた。 ポンポンと、リコーダーを警棒のように手の上で踊らせながら、「勝手に歩き回りやがって、アイツ絶対シメてやるもん!」と幼い声でドギツイ一言を吐き捨てた。 (あ、あれ? ドユコト?)嫌な予感がよぎる斑目。女の子が斑目を見下ろして言う。 「ねーねー、ちょっと」 「ハイ?」 「ツマンないからどっか遊びに連れてってよぉ」 「さっきまでの弱々しいキミハイズコ?」 「あれはゴメンナサイをしてたからぁ。上級生なんでしょ、どっか連れてってー“オニイチャン”!」 ささやかな幸せの直後に、危機感を感じる斑目少年であった。 【2005年9月24日13:40/大通り】 「……ちょっと、斑目、聞いてるの!?」 咲の声にハッと我に返った斑目は、「あー、聞いてるよー」と慌てて返事をした。 遠い記憶は思い出されないままにかき消された。 咲の話を聞いていなかった斑目は、上手くごまかそうとして、「高坂の会社のゲーム、今日出るんだけど、知ってた?」と尋ねた。 「え、ホント!スゴイネ…!」咲は何も知らなかったらしい。 パッと明るい笑顔を見せたが、すぐにジト目で斑目をにらみ、「……って、何でアタシがエロゲーの発売を喜ばにゃいかんのよ!」と毒づいた。 さらに咲は汗をかきつつ、「……まさかここら辺歩いてるオタどもはエロゲーを買いに……」と、歩道を行き来する男達に視線を移す。 「……斑目も?」と尋ね、一歩二歩と後ずさって距離を置く。「え、俺、俺はエーと……」すぐに赤くなる顔はごまかしがきかない。 「悲惨だわー、こんなオタどもの性欲のためにコーサカが命削って働いているなんて!」 さすがの斑目も、「ヒドイ言いぐさだー」と苦笑いするしかなかった。 もう咲はヤケになってきた。周りに聞こえるように大声で、「ホントにこいつら、アニメ絵にしか発情しないのかねー」と一言。オタクどもの足が再び、一瞬止まったように感じられた。 嫌な予感がよぎる斑目。咲はガードレールに腰掛けている斑目を見下ろして言う。 「斑目、ツマンネーからどっか食べに連れてってよ。ここら辺においしい店ねーの?」 「うわー、なんか春日部さん1年生のころのテンションに戻ってね?」 ささやかな幸せの直後、危機感を感じる斑目であった。 (あれ?……やっぱり昔、こんなことがあったような……) ……それは昔見たことを   再び見ているだけ   そう、昔見たこと   ただ、ちょっとした歴史の繰り返し…… (つづく)
*妄想少年マダラメF91・2 【投稿日 2006/03/25】 **[[カテゴリー-斑目せつねえ>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/48.html]] ……Why do I live my life alone with nothing at all.   But when I dream, I dream of you,   Maybe someday you will come true.……    【2005年9月24日13:50/大通り】 咲は、慣れない秋葉原での不安といら立ちからとはいえ斑目をKOし、あまつさえわがままをこねて困らせていた。 悪気があるわけではない。 「えー、俺がおごるの?」と渋る斑目に、「そんなんじゃないよ。私も出すし。ここが良く分かんないだけ」とぶっきらぼうに答える。 しかしその内心は、(せっかく知り合いに会ったんだから、一緒に行動したい……)と思っていた。 起業の準備に明け暮れていた日々に思わぬ時間の空きが出来て、心にポッカリと穴が開いたような気持ちになっていたのだ。 こういう時、一緒にいて心を満たしてくれるはずの高坂は、軽井沢の旅行以来再び忙しく働いており、会う機会がない。今まで忙しいからこそ、ここまでの寂しさも感じなかったのではないだろうか。 そんな思いを知ってか知らずか、「場違いな場所にきちゃったのがそもそも間違いじゃねーの。俺も忙しいの!」と言い放つ斑目。咲もついつい、「忙しいってぇ? どうせエロ本やエロゲー買いにきたんでしょ!」と毒づいてしまう。 「……」「……」にらみ合って沈黙する2人だが、斑目が矛を収めた。 「……しょ、しょーがねーな。俺も小腹が空いていたから、い、一緒に食う?」 落ち着きのない口調で咲に語り掛けた。小腹が空いているというのは嘘である。昼食を食べていなかった彼は、駅に着くなり駅構内のソバ屋でキツネソバを食べていた。 咲は、(気を使ってくれている)と気付き、「うん。ありがとう」と素直に答えることにした。 「……でも、私と一緒にいる間はエロ本購入なし!」 ガックリ肩を落とす斑目は、「俺のイメージはそれしかないのか?」と突っ込む。咲は腕組みをして、「私に買いに行かせたことだってあるじゃない。ここでは真っ当なところに案内してネ」とニカッと笑った。 【1991年9月21日13:50/中央通り】 少女は、初めて出会った斑目少年を、不安と勢いからとはいえKOし、あまつさえわがままをこねて困らせていた。 悪気があるわけではない。 「俺もこの街初めてなんだけど……。まあ、歩いているうちに友達も見つかるかもしれねーしな」と受け入れてくれる(実際は断りきれない)、人の良い斑目に甘えたくなっていた。 しかし、「ま、俺のバイオコンピュータで探せば、バーニヤ1つでも大丈夫」と、アゴに手を当て意味不明な自信を覗かせる少年を見て、(う……この人大丈夫かな?)と、やや不安になった。 「で……名前なんだけど……な、なんて言うの?」 斑目がちょっと緊張ぎみに尋ねてきた。女の子には慣れていない。胸についた名札に目をやった。「春日部」と書かれている。春日部咲はこの時、小学2年生だった。 だが斑目少年は名札の字を、見たまんま、「……ハルヒブ?」と読み上げた。 カチンときた咲は、相手の鼻先でリコーダーを振り回し、「ひどーい!……私の名前はネ……」と本名を言いかけたが、すぐに、「……そうだ。名前の字の一つをあだ名にしようよ!」と提案した。 彼女のクラスの女子の間では、「春」や「日」などの1字を可愛く呼び合うのが流行っていたのだ。 「えー、じゃあ……はる?」 斑目は単純に、名字の頭に付いた「春」の一字を取って、咲のことを「ハル」と呼んだ。 ハルも、「じゃあ、キミの名前もね」と、少年の胸に付いた名札をじいっと凝視する。斑目は思わず猫背の背を伸ばし、胸を張った。少し頬が赤くなっている。 名前を読み取ろうとした咲だが、小学2年生には、「斑」「目」「晴」「信」を組み合わせてどう読むのか分からない。 それどころか、(「斑」ってどう読むの? 「晴」って何だったっけ……)としばらくの間、やぶにらみで名札を見つめた後、顔を上げて口を開いた。 「……め……?」 ガックリ肩を落とす斑目は、「それしか読めんのか?」と突っ込む。ハルは、「しょうがないでしょ。分かんない字使ってるんだもん。メーくんで決まりね」とニパッと笑った。 【1991年9月21日14:00/外神田】 「ハル」は「メー」と一緒に、初めて訪れた町を散策することにした。中央通りから小道へと入ってみる。 通りは雑然としていた。ジャンク品やラジオの部品などを売る露店や、買い求める人たちのにぎわい。先に見える高架線を電車が通過する。小さな2人には空を埋め尽くされているように思えて、圧倒された。 「スゴイネ!」 目を輝かせるハル。メーも無言でうなずいた。 美少女と、ちょっとやぼったい男の子。不釣り合いな2人が並んで歩いている。 「どこか面白そうなところないかな……あそこに入ってみようよ!」 「え?」 ハルはニヤリと笑うと、アニメ絵の看板がかかっている雑居ビルへと入り、階段を駆け上がる。メーが慌てて追いかけた。 上りきったところには、ガレージキットやアニメグッズを売るショップがあった。2人はおそるおそる入って行く。 「うおーすごーい!」 店内のガラスケースには、精巧な造形のアニメキャラや特撮キャラの塗装済みガレージキットが並んでいた。 精巧なガンガルの塗装済みキットを見て、メーが、「これ俺も持ってるよ」と語った。 ハルに、「メーくんもこんなの作れるの?」と聞かれた斑目は、「ハハハ、まあねー」と頭をかく。実は、小遣いをはたいて通信販売で取り寄せたものの、作れずに涙を飲んでいる。そんな裏事情はハルには分からない。 ハルは別の一角に視線を移して、「これ知ってる!」と駆け寄った。マネキンに黒いワンピースの衣装と、赤い大きなリボンがつけられていた。数年前に公開された映画「魔女の○急便」のコスプレ衣装だ。 しかし、はしゃぎ回る2人は店員ににらまれ、ハルはそそくさと退散した。狭い階段を急いで降りて外へ出るなり、ハルは、「あはははっ」と笑った。 ところがメーがなかなか降りてこない。「怒られてるのかな」と心配してビルの階段を覗き込むと、ようやく遅れて降りて来た。ハルは、「おそいよー」と声を掛けた。 メーは、先ほどの赤いリボンが処分価格になっていたのを見て、一念発起して買ってきたのだ。 「ええー、いいよぉ」と遠慮するハル。メーはドキドキしながら髪に触れ、ワンタッチ式のリボンをつけてあげた。 照れくさそうに笑うハル。赤い大きなリボンは、弾むような歩みに合わせてゆらゆらと揺れた。 【2005年9月24日14:00/外神田】 咲は斑目と一緒に秋葉原を散策することにした。「大通りしか歩いたことがない」という咲に、斑目は中央通りから小道へと案内した。 通りは雑然としていた。パソコン部品やジャンク品などを売る露店や、買い求める人たちのにぎわい。変なチラシを配る人。先に見える高架線を電車が通過する。 咲は「ん?」と上を見上げたまま立ち止まる。 視線に気付いて、「あ、何でも無い。……これが斑目の生息域かぁ」と見渡す。 「なんだか人聞き悪いな」 「でも面白そうだよね。ヌルい活気というか……」 「ヌルい活気って、意味わかんねー」 斑目はブツブツ文句を言いながらも笑顔になる。こぎれいな女性と疲れたリーマン。不釣り合いな2人が並んで歩いている。 咲は、そばに誰かがいて、屈託なく笑えるのが楽しかった。最近の忙しさ、寂しさを忘れさせてくれる。 「ねえ斑目。食べる前に、ココの雰囲気を味わってみたいな」 「え?」 咲はニヤリと笑うと、すぐ側にある、無難そうに見える雑居ビルへと入り、階段を駆け上がる。斑目が慌てて追いかけた。 「うわ何だこりゃ」 階段の壁にはパウチされた極彩色の広告が所狭しと貼られている。機種表示の英数字や値段表示に、咲はカルチャーショックを感じた。 店はパソコン周辺の小物を扱っていて、倉庫のように商品がひしめいている。かわいいマスコットのグッズも売られていた。アスキーアートと言われてもピンとこないが、マスコットを手にして、「高坂、こういうのも好きかなあ」とこぼした。 気を取り直し、「ここまで雑然としてても成り立つんだー」と唸る。店の雰囲気は興味深かった。 「春日部さんの思う店とは違うからね。俺はこっちの方が落ち着くよ」 「キモオタ向きの空間だ!」 声が大きかった。店員ににらまれ、咲はそそくさと退散した。狭い階段を急いで降りて外へ出るなり、咲は、「あはははっ」と笑った。 ところが斑目がなかなか降りてこない。心配してビルの階段を覗き込むと、ようやく遅れて降りて来た。咲は、「おそいよー、どうしたの?」と声を掛けた。 「ゴメン何でもない……何笑ってるの?」と斑目。咲は、「お店を冷やかして逃げるなんて、子どもみたいだよねー」と笑顔を見せた。 笑いながら咲は、(……昔、こんなことがあったような……)と思った。 【1991年9月21日14:20/電気店】 様々な電気製品が並ぶ大きな店に入ったハルとメー。品物を選ぶわけではないけれど、店内を歩き回るだけでもとても楽しかった。 時折、メーがハルに手招きをして、2人でショーケースのかげに隠れた。棚の間から覗くと、メーと同じ名札を付けた子どもの姿が見えた。メーはハルのことを友達に見せたくないらしい。 ハルはワクワクしながら周りを見回し、(かくれんぼみたいだ!)と喜んだ。 店内で、ふとハルが立ち止まる。視線の先に、黒髪を束ねた女の子が「あ~う~」と、一生懸命に電子辞書をいじっては首をかしげていた。 ハルは駆け寄って、「どうしたの?」と尋ねる。すぐにメーの方に振り返って、「ねえメーくん! 凄いよこの子、私と同い年なのに、もう英語の勉強するって!」と大きな声で叫んだ。 傍らで黒髪の子が、「メー?」と首をかしげる。 「一緒にいいのを探してあげるよ!」と目を輝かせるハルに、黒髪の子は、「そんな大げさなことじゃないよぉ」と、翻弄されて慌てた。 ハルが、「よくここに来るの?」と尋ねると、黒髪の子は首を横に振った。 「お引っ越しの準備でお買い物。私来年から……」 その時、レジの方から、「カナちゃん、変圧器買ったから次に行くわよー。いらっしゃい」と呼ぶ大人の声がした。 「あ、ごめん。行くね……どうもありがと。お兄さんもありがとう……」 黒髪の子は、手を振って駆け出して行く。その先には荷物を抱えた親らしき人の姿が見られた。 ハルは手を振りながら、(お兄さんかー、そう見えるよね)と、自分よりちょっと背の高いメーを見上げた。 親切なお兄さんに甘え、楽しいひとときを満喫してはいるが、ふと、(コーサカ、何やってるんだろ……)と思った。 【2005年9月24日14:20/中古ソフト店】 様々な中古DVDやCDが並ぶ店に入った咲と斑目。咲はCDを買い求めたが、斑目は店内を歩き回っては、時折、咲の物色する品にコメントする。 「あー、その歌手、去年アニメの主題歌を歌ってたよ」 「ゲゲッ、そうなの?」 「ソ○ーとか、アニメ主題歌で歌手を売り出すからな。アニソンにはアニソンの良さがあるのに、面白くもない歌が増えて許せんのよまったく!」 熱く語る斑目。いつもの咲なら無視して終わるところだが、今日のところは話に合わせて軽くうなずいていた。 こんな姿は一般人の友達には見せたくない。咲は周囲が気になって周りを見回し、(ちょっと隠れたいかな)と思った。 「あれー、咲さん?」 自分を呼ぶ声にビクッと反応する咲。キョロキョロと声の出所を探す。視線の先には大野が立っていた。店内に入りつつ手を振っている。 黒髪が揺れる。その後ろから、荷物を両手に抱え、汗をかきつつ田中がついてきた。 コスプレ用の素材の買い出しを兼ねたデートらしい。意外な場所で出会ったことを喜ぶ大野の脇で、斑目と田中は、「よう……」「田中、大変だな……」とあいさつを交わす。 咲が、「生地もアキバで買うの?」と尋ねると、田中が首を横に振り、「いや、特殊なものだけ。生地は西日暮里で買うさ」と答えた。 大野は、「珍しい所に珍しい組み合わせですね」と笑う。 ため息を一つついた咲は、「話すと長くなるけど、一言で言い表すと、地獄に仏というべき状況かな」と返し、「それよか一緒に何か食べていかない?」と誘ったが、コスプレカップルはこれから西日暮里だという。 大野はあっけらかんとしていて、咲と斑目の仲を疑う様子は全くなかった。咲は大野たちとの別れて際、ふと(私ら、ほかの客からは、どんな関係に見えるのかね……)と考え、自分より頭一つ背の高い斑目の横顔を見上げた。 斑目を従え、楽しいひとときを満喫してはいるが、ふと、高坂の顔が浮かんだ。斑目と高坂を比べてしまっている自分に驚き、(コーサカ……いまどこにいるのよ~)と心の中で叫びつつ、ブルブルッとがぶりを振った。 ……なぜ私は孤独で何も無い人生をおくっているのでしょうか。   だけど、夢を見れば、あなたの夢を見れば、   いつの日か本当にあなたに会える…… (つづく)

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