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*かなしいライオン 【投稿日 2006/08/13】 **[[カテゴリー-笹荻>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/47.html]]  ……そしてシマウマと友達になったライオンは、このことを仲間のライオンに秘密にして、ときどきシマウマと一緒に遊びました。 仲間のライオンとは今までどおり狩りをしたり、鹿やウサギなどを食べたりしてすごし、シマウマと一緒にいるときは水ばかり飲んでお話をしたり、かけっこをしたりして遊んだのです。ライオンはシマウマが好きになっていました。  そんなことが続いたある日、仲間のライオンの一頭がこう言いました。 「いつも俺たちと狩りをしてくれて感謝してる。今日はお前が来る前に、すばらしいご馳走をしとめておいてやったぜ。俺たちはあとから行くから、先に行って食事していてくれないか?」  ライオンはちょうどお腹が空いていましたので、仲間に言われた岩場に行ってみました。そこには元が何の動物だったかは判りませんが、確かに仲間がしとめた獲物が倒れています。ライオンは喜んでこれを食べておりました。  そこに聞こえてきたのはワライカワセミたちの歌う声です。 「かわいそう、かわいそう、かわいそうなシマウマ」 「友達と間違えてライオンに声をかけた」 「ライオンはそう、シマウマが大好物さ」 「シマウマはかわいそうに、あっというまに噛み殺された」 「バカな友達を持ったばっかりに、バカな死に方をした」 「バカな友達のほうはほら、そのシマウマを食べているよ」 「かわいそうなシマウマ、バカなライオン」 「かわいそうなシマウマ、バカなライオン」  歌の内容に驚いていると、岩場の影から年取ったイノシシがあらわれました。イノシシはライオンに言います。 「鳥たちの歌のとおりだよ、ライオンさん。あんたと仲良しだったシマウマは、いまあんたの胃袋の中だ」  ライオンはそこから走って逃げ出しました。大きな声で叫びながら、大粒の涙を流しながら。自分が死んでしまえばいいと思いました。だって、大切な友達を食べてしまったのですから。誰か他のシマウマに蹴り殺されればいいと思いました。彼らの仲間を殺したのですから。  イバラの藪に飛び込みました。鋭いとげがライオンを傷つけますが、ライオンは死にません。深い谷へ身を投げました。とがった岩に体がぶつかりましたが、ライオンは死にません。  他の動物を殺して食べるのをやめようと思いたちました。ところが、お腹が減ってくると体が勝手に動物を殺し、食べてしまいます。どうしてもやめることができません。  何週間か経って、ライオンは仲間にそそのかされてシマウマを食べてしまった岩場に戻ってきました。シマウマの肉は、とっくに他の動物たちが食べ、そこには赤黒い染みしか残っていません。このあいだの年取ったイノシシがライオンに話しかけます。 「あんたは何か変わったかね?ライオンさん」 「俺は……やめたんだよ」 「肉を食べるのをやめたのかい?」  ライオンはイノシシに向かって悲しそうに笑い、言いました。 「変わるのをやめたのさ。俺は俺でしかないから、変われないんだ。俺はこれからも他の動物を殺して、食べて生きていくよ。その代わり、俺は俺と、俺の仲間の肉を食う奴ら全部を憎む。殺す奴なんか最低だ。肉を食う奴なんか最低だ。俺なんか、最低なんだ」  ライオンは乾いた青空に向かって大声で吼えます。泣きながら怒りながら、吼え続けます。 「俺はこれからも殺すよ。俺はこれからも食うよ。だけど俺は誰かを殺すたびに、俺は俺のことを殺したくなるんだ。食うたびに、俺が誰かに食われればいいと思うんだ。俺ができることはもう何もないよ。だから、俺は一生俺を許さずに生きて、一生俺を許さずに死んでゆこう」  ライオンの悲しい吼え声は、いつまでも乾いた青空に響いていました。  **** 「あ、荻上さんこんにちわ……ええっ?どうしたの、なんでそんなに泣いてるの?」 「あーん、ささはらさあんっ!」  笹原が部室に入ってきたとき、ただ一人部室にいた千佳は、ぽろぽろと涙を流しながら本を読んでいた。その有様に驚く笹原に、千佳はありったけの力で抱きついた。 「わっ……あれ、その本は大野さんが児文研から借りてきた……え、荻上さん、童話読んで泣いてたの?」 「ひっく、は、はいぃ……。ひっ、だ、だってライオンが、かっ、かわいそうなんですぅ」 「ああ、うん、よしよし。かわいそうだったんだ、うん」  笹原は千佳を抱きとめ、優しく頭をなでた。 「ライオンは他の動物を殺して食べなきゃならないのに、そのたびに自分のことが嫌いになるんです」  千佳が読んでいた本は、先月出版された童話の一冊だ。現視研と各方面にわたってつながりの深い児童文学研究会の会長から、サークル誌に掲載する新刊レビューの手伝いを大野加奈子が請け負ってきていたのである。 笹原たちも原稿書きの巻き添えとなったのだが、千佳に当てがわれたのがこの本だった。 「自分が好きになったシマウマを間違って食べちゃったのに、自分は死のうと思っても死ねないで、どんどん自分を嫌っていくんです。自分のしたことをいつまでも呪いながら、変われないままで生きていかなきゃならないんです」 「あ……そう、なんだ」  笹原はこの童話の内容は知らなかったが、話を聞いて読めてきた。かつてクラスメートを自分の趣味の餌食にしてしまった彼女自身に、千佳はそのライオンをなぞらえてしまったのだ。 「荻上さん……あのさ」  千佳を抱いたまま、笹原は言う。 「その話、ライオンは死んじゃうの?」 「死なないです」 「それならさ……ライオンは、かわいそうじゃないよ」 「……でも、だって」  顔を上げる千佳を、正面から見つめる。 「たぶんライオンは、自分は死んじゃだめだって思ったんだよ。死ねなかったんじゃなくて、死ななかったんだ。いま自分のことが嫌いだったとしても、生きていかなきゃって思ったんだ。そうすれば、いつか自分の生き方に折り合いをつけられる日が来るから」 「……え」 「本当の自分のことを知らないまま誰かに好きになられて、騙し討ちみたいに会えなくなってしまうんじゃなく……いつか自分のことを、『それでも好きだ』って言ってくれる相手が見つかるから」  笹原は千佳の肩を両手で抱いて、もとの椅子に座らせた。自分は彼女の隣に椅子を引いてくる。涙で濡れた絵本をめくりながら、どんな話だったのかを確認していった。 「ライオンは、自分が好きになったシマウマを食べちゃうのか。だけど、シマウマはそのことでライオンに死んで欲しいと思ったかなぁ?シマウマもライオンのことが好きだったのなら、ライオンが死ねばいいなんて思わなかったんじゃないかな?」 「でも、シマウマはライオンのせいで」 「失敗は誰にでもあるし、それが取り返しのつかないことだってあるよ。でも、それを全部ひっくるめて好きだって思うのが本当なんじゃないかな。……少なくとも、俺はそうだよ?」 「……」 「俺はさ、荻上さんの全部が好きだよ。荻上さんの顔も心も、腐女子なところも。俺と斑目さんでやおい妄想してるのも、攻撃的なワリに自爆体質なところも、全部まとめて荻上さんなんだから」 「笹原さん……」 「荻上さんは、昔いやなことがあったって言ってたけど、それでも自分は変われないって思ったんだよね?このあいだ、俺はきみを好きだって気づいて、きみにそれを打ち明けて、きみは俺を受け入れてくれた。きみが死んじゃってたら、こうはならなかったんだよ」 「それは……そう、ですけど」 「死ぬってことは逃げるってことだ。人が逃げないことを選ぶのは、一生を不幸せで終えるためじゃないよ。たとえばそれが『いま』じゃなくても、いつか自分が幸せになるためだ。自分のために不幸になった人がいるなら、その人のためにも自分は幸せになるべきなんだと思うな」  千佳は彼の言うことを黙って聞いている。聞きようによっては自分本位にも受け取れる説明を、一生懸命納得しようとしているのが笹原にも解った。 「荻上さん、荻上さんはいま、不幸せかな?」 「えっ?え……そんなことは、ないと思います」 「よかったぁ」  彼女の顔を覗きこみ、にっこりと笑う。彼女はこの笑顔に安心してくれるだろうか。 「あのね、俺も幸せ。きみと二人っきりで、こんな話できて。もしこの本読んだのが春日部さんだったらきっと一刀両断だよ、『甘ったれるんじゃねー』って。『食っときゃいいじゃん、馬肉だろ馬肉』ってさ」 「……そんなこと言いませんよ、春日部先輩」  かなり無理のある物真似に、千佳の口元がほんの少しほころんだ。ハンカチを取りだして渡す。千佳は黙って受け取って、涙のあとをぬぐった。 「あの……俺たち、付き合いだしてまだ少ししか経ってないけど……なにか不安なことがあったら、俺にも話してくれる、かな?その、自分だけで抱え込まないで?」 「……ありがとうございます」 「頼りないかもしれないけど……一応きみより2年ほど余分に生きてるし、少しは役に立てると思うからさ?ね」  ハンカチを両手で持って小さくうなずく。頬を染めてこちらを見つめ、ようやく嬉しそうに笑ってくれる。まだあまり多くはないが、この笑顔に出逢えるたびに笹原は幸せな気分になる。  この笑顔のためなら、俺はどんなことでもできる。童話の解釈のひとつやふたつ、どうってことないさ。必要とあれば物理法則だって塗り替えてみせる。 「荻上さん……」  千佳の細い肩に手を置く。 「……あ……」  今なら部室には自分たちだけだ。彼女がきゅっと身を硬くするのを感じる。  笹原が顔を近づけ、千佳は軽く目を閉じ、そして……そして現視研のドアが勢いよく開いた。 「こーにょにょーちわ~!あれ、笹原セン……パイ」 「やあ、朽木君。今日も元気だね」 「……笹原センパイ……なんでボクチンにそんなに急接近なさるのですか?」  その瞬間の笹原の動きは神がかり的だった。朽木の視線が千佳を捉える前に、彼の視界は笹原の顔で埋まっていたのだ。この位置なら、炎を吹き出しそうになっている千佳の顔は見えないだろう。 「いやははは、ちょっと今荻上さんと次の原稿の話しててさ、瞬歩と飛簾脚の体さばきはどう違うんだろうってことになって」 「おおうっ、今度は『ブリード』やるんスね!?カップリングは何でゴザイマスカ?」 「……茶×石?」 「くっはーっ!キターーー!」 「なんで朽木君がやおいで喜んでるのさ」 「……や、なんとなくノリで」  ともかく、窮地はしのげた。笹原は内心胸をなでおろした。もうしばらくこの位置で朽木の話につきあえば、千佳の呼吸も整うだろう。  ……そうさ、物理法則だって塗り替えてみせる。  自分の潜在能力にたまげながら、笹原は想いを新たにしたのであった。 おわり

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