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チェーン - (2006/06/23 (金) 06:14:00) の最新版との変更点

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*げんしけんの一年前 【投稿日 2006/06/09】 **[[カテゴリー-現視研の日常>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/49.html]] 2001年、春。 彼、斑目晴信は意気込んでいた。 今までどおり、ある種のサークルに入ると決意していたからである。 (漫研、漫研♪ アニ研、アニ研♪ オタサークルが俺を呼んでいるっ!!) 浮かれ気分で新歓の雰囲気全開の廊下を歩き回る。 高校の頃は伸び放題になっていた髪を切りそろえ、藪にらみの三白眼でニヤニヤしながら歩いている。 ひょろりと長い体、面長の輪郭にこけた頬。三日月の形に開いた口から八重歯が出ている。 猫背でいつも顔が突き出気味に前に出ている。 彼は中学の頃から同人誌を買いあさり、ゲームは格闘モノからRPG、果てはエロゲーまで幅広くカバー、アニメは毎シーズン最低でも10本は欠かさないという、典型的なオタクであった。 (ん?ありゃーE・E・さくらのポスター…。漫研か!) 意気込んで漫研の机へと突進していった。 さて。意気込んで来たものの、初対面の相手である。最初は丁寧に話しかけたほうがいいよなーと思い、まずは会長らしき人に声をかける。 斑「あの~。会長さんですか?ここのサークルに興味があるんですけど、見学とかもできるんですかネ?」 「ん?君、新入生?」 妙に貫禄のあるその先輩は、斑目を見てこう言った。 斑「はい、新入生ですけど?」 「フ、だからか。俺は会長じゃないよ。まだ2年だし」 斑「あ、そ、そうなんすか」 (さっきから見てると、妙に偉そうにしてっからてっきり会長かと思ったぜ…。ていうか2年!?) 斑「えーと…」 「会長はアッチ。俺は掛け持ちで会員やってるだけだから。」 その先輩はくいっと親指で後ろの人を指した。 斑「あ、ども…」 「じゃ。俺はもー話終わったからごゆっくり~」 そう言って、大きい体躯を揺らしながら歩いていった。 漫・会「見学?」 さっき『会長』だと紹介された人に話しかけられた。 斑「あ、そーです。」 漫・会「ウチは放課後いつでも活動してっから、今日は午後になったらまた来ると良いよ。サークル棟の2階に部室があるから。」 斑「あーそうですか。2階っすね。」 漫・会「…さっきのヤツ、あんま関わんないほうがいいよ」 斑「え?あの2年の人っすか?」 漫・会「原口っつーんだけど、何考えてるか分かんないヤツでね。1年のときから、絵描けるヤツ集めて同人誌作って、利益吸い上げたりとかね。ろくな噂聞かないから」 斑「はあ…いるんすね、そーゆー人」 漫・会「ま、いつも来るワケじゃねーし、アニ研とか他にも出入りしてっから。あんま気にしないほうがいーよ」 斑「はああ…。」 …さて、午後になり、サークル棟の漫研の部室まで行く。 (ふむ。さっきの「原口」って人、もういないよな?あんな話聞いちまったら、次に会った時話しづらいだろーなー。 ま、大丈夫か?漫研の人も「ほっとけ」って言ってたし。) 部室前で考え込んでいると、後ろから急に肩を叩かれた。 びっくりして振り向くと、少し背の低い小太りの男がこっちを見ていた。 斑「!?」 「君もここに見学?」 斑「あ、あーそうだけど。…君も?」 そいつもどうやら新入生らしい。雰囲気でわかる。 「そう。実はさっき、君を新歓のトコで見かけたからさ。漫研の机で会長と話してたろ? ちょうど俺も見学に来たいと思ってたからさ」 斑「おお、そうなのか。あ、俺は斑目ってゆーんだけど」 「ま…?ん?ワタナベ?」 斑「ワタナベじゃねーよ。マダラメ!」 「へー、変わった名前だな。俺は高柳って言うんだけど」 斑「高柳か。言いにくいからヤナでいい?」 「言いにくいってお前…(笑)」 こいつとは気が合いそうだと思いながら、漫研の部室のドアを叩く。 漫・会「…で、夏コミと冬コミには毎年出てるから。君らにも数ページずつ漫画描いてもらうし、よろしくな」 斑「え、それ全員なんすか…?」 漫・会「今までそうやってきてっから。漫研なワケだし。ウチは積極的に活動してるから、それだけ評価もあるし。」 斑「はあ………。」 漫研会長が淡々と説明している間、斑目は心の中でこう思っていた。 (…描けないんスけど…ていうか絵とか漫画っていう以前に俺、美術が全然駄目なんすけど…) 高校の頃までずっと、美術の授業なんかなくなればいいのにって思っていた。 小学生の頃だったか、自分の描いた絵を友人に馬鹿にされて以来、できる限り絵を描く機会を回避してきた。 もちろん、人の描いたものを見るのは大好きである。でもそれとこれは全然別だ。 中学、高校と漫研には入ってたが、活動内容がいつもゲームや雑談ばっかで、漫画や同人誌の批評をしたりが中心だったので問題なかった。本を作るときも文章で参加したり。文化祭とか小規模だったし。 だから、いきなりコミフェス参加とか、漫画描けとか、評価に関わるとか言われても困るのだ。 (ええ~~?どーしようかなー。ていうか無理!) そう思いながら、隣のヤナを見る。 斑「…なぁ。君、漫画描いたことある…?」 柳「ん?俺はあるけど」 斑「………は~、そうか…」 柳「君は?」 斑「いやー描いたことない。ていうか俺、絵描くの苦手だからさー」 柳「ありゃ、そーなんだ?」 斑「んん~~~…」 大学からの帰り道、考えながら歩いていた。 (ん~~とりあえず他のサークルもあたってみるか。アニ研とか…) 次の日。斑目はアニ研の部室の扉を叩いた。 ア・会「…と、いうわけで。去年作った自主制作アニメはわりと高い評価を受けてね。去年や一昨年、制作に関わった先輩なんかは、それで就職決めたり飯食ったりしてる人も中にはいるくらいなんで。 もちろんそんなすごいヤツばっかじゃないから、硬く考えなくていいよ。そーゆー人は2、3年に1人出ればいいほうだから。 最初はまー雰囲気に慣れてもらって、そのうち簡単なアニメ制作から作ってもらうことになるけど。GIFアニメとか。 ここまでで何か質問はある?」 斑「………………いや、ないです…。」 (…うわーこりゃ漫研より………。ていうか、こんな活発なサークルばっかなのか?(汗)) そのとき自分の横で「あの~」という声がした。自分と同じ1年だ。 ア・会「ん、君は近藤君だったっけ。質問?」 近藤と呼ばれた1年の男が、「はい!」と大声で返事してから話しはじめた。 近「アニメの作画なんですけど…アナログってゆーか手塗りのセル画とかまだ使ったりしてるんですか?」 ア・会「いやー、最近はデジタルだね。セル画だと時間かかりすぎるっしょ。金もかかるし。」 近「しかしですね、セル画はセル画の良いところがあると思うんですよ!手作業の温かみというかですね。僕、高校の部活ではずっとセル画描いてアニメ作ってたもんで」 ア・会「ふうん?まあ個人でやる分にはかまわないけど。機材もひととおりそろってるし。昔の先輩が描いたセル画とかも保管してるし、あとで見る?」 近「はい、是非!!」 斑「………………………………」 次元の違う会話を聞きながら、斑目はどっ引きしていた。 その日、大学から家に戻ってきて、斑目は考え込んでいた。 (う~~~…何かなぁ…。もっと普通にオタク話ができるようなサークルはないもんかね………? ていうか創作オタだけがオタクってか?創作ってのはたくさんの消費系オタが支えてるんだぞ!いわば需要と供給。 …とは言っても、確かに難しいかもな。作りだすのが目的じゃないとなると、そのサークルは何の活動するんだってことになるし。) ふうむ、と考え込む。 (………ん?そういや、何か…) サークル入会の手引きを引っ張りだし、パラパラとめくる。 (確か………。お、これだ。) とあるサークルの紹介欄に目を落とす。 『現代視覚文化研究会』 ………名前の欄にそう書いてあるのだが、紹介が書いてある四角の中には、びっしりと小さい文字で説明書きが書かれていた。 『このサークルは近代における日本の視覚文化をあらゆる角度から考察、研究することを目的としたサークルであります。特に近代の著しく発達した日本人の粋ともいえる映像文化には………』 最初はここまで読んで興味が尽きたのだった。映画研究会かと思ったのだ。 ただ、もう一度良く読んでみると、ところどころに『アニメブーム』とか『ゲーム世代』とかいう文字がちらほら読める。 『…結論として、日本の視覚文化をクロスオーバー的に研究するサークルが必要だという持論に達し、現代視覚文化研究会はそうした趣旨のもと立ち上がったサークルなのです。』 ………正直、何部なのかさっぱり分からない。ただ、アニメやゲームも研究してるのかも、というのだけはわかった。 斑「………………………………。」 斑目はサークル棟の3階に来ていた。 304号室。「現代視覚文化研究会」と大仰な名前の札のついた扉には、今週少年マガヅンで始まったばかりの「くじびきアンバランス」のポスターが貼られていた。新連載記念で特別付録でついていたポスターだ。 斑「…映画研究会、じゃないのか?」 ポスターを貼っているところを見る限り、オタクっぽさがにじみ出ているが、斑目はなかなか扉をノックすることができないでいた。 「…君、見学の人ですか?」 急に後ろから声がした。 斑「うわ!!」 驚いて振り向くと、そこには色白の少し背の低いひょろっとしたメガネの男が立っていた。さっきまで気配がしなかったので驚いたのだ。 斑「…え、えーと…。そうです、ちょっと見学に………」 会「そう。じゃあどうぞ入って」 斑「はぁ………。」 恐々部室の中に入ると、そこは立派な「オタク部屋」だった。 壁を埋めるように並んだ本棚に、大量の漫画やゲーム雑誌、美少女フィギュア、隅にはいくつも並んだゲーム機、壁のあいたところにエロゲーのポスター。 (おおお………。何か落ち着くな、ここ。何でだろ。 …あーそうか、俺の部屋もこんな感じだからかな………。もっと散らかってっけど) 会「ま、そのへんに座って。」 言われて、とりあえず長机の左側の椅子に座る。 会「さて。僕はここ、『現代視覚文化研究会』、略して『現視研』の会長をしています。よろしく」 斑「あ、ども。斑目といいます。」 会「さて、君はアニメは好きかな?」 斑「え?はあ、好きですけど」 会「漫画は?最近注目してるのは?」 斑「そーですね…。今週連載始まった『くじびきアンバランス』ですかねー。ヒロインの登場の仕方がちょっと面白かったんで。あと、『なんでもくじ引きで決める学校』って設定も斬新で。」 会「そうだね。あの新連載は今後大きくヒットすると思うんだ。アニメ化にもなりやすそうな絵柄だしね。」 斑「ええ?まだ連載始まったばっかで、そこまで言い切っちゃうんですか?」 会「単なる予想だよ。希望的観測。…でもいちおう、そう言うだけの根拠はあるんだけどね。」 斑「へえ、どんな根拠っすか?」 会「それはね…」 斑目は知らないうちに会長の話に引き込まれていった。 斑「…というワケで、富野作品はスバラシイのですよ!!」 会「そうだね。僕はやっぱりファーストかな。」 斑「ファースト!ジークジオン!っすね。」 会「連邦も捨てがたいよ?ホワイトベースの乗組員って、戦闘員が未成年じゃない。アニメではよくある設定だけど、ガンダムでは特に戦争に巻き込まれてゆく少年の心理がリアルに描かれてて、僕は好きだな。アムロが悩みながら闘う姿とか。」 斑「アムロねぇ…でもヘタレですよねぇ。主人公にしては気が小さすぎるってゆーか」 ………いつの間にか話し込んでいた。 会「…こんな感じで、いつものんびりやってるから。活動方針はその都度決めていくけど、強制しないし。自分の好きなことをやってくれたらいいんだよ。」 斑「はー、そうなんスか。漫研とかアニ研は活動内容が『強制』っぽい感じして、入りづらい感じがしたんですよ。」 会「すぐに決めなくてもいいんだよ。掛け持ちも自由だしね。今は僕と、君の一つ上に掛け持ちで入ってる人がいるけど、他の人は卒業しちゃってね。少人数でゆっくりとやってくつもりなんだよ。」 斑「でもいいすね、ゆっくりできる方が。ていうかこの部屋、自分家を思い出して落ち着くんですが(笑)この大量の漫画とかフィギュアとか」 会「落ち着く、ってことは君も立派に同類だね」 斑「ハハ、そうすね」 帰り道、部室を出てから大学の門をくぐる頃には、もう自分の中で結論が出ていた。 そう、俺はこういうサークルを求めていたのだ! 次の日。斑目が再び現視研の部室に行こうとすると、アニ研の会長に呼び止められた。 ア・会「よう、君、斑目君だったっけ?」 斑「ああ、どうも。」 ア・会「この前見学来てくれた時の説明なんだけど、ちょっと堅苦しかったかと思ってさ。普段はゲームしたりしてのんびりもやってっから、良かったらまた見学来いな。」 斑「ん~…それなんすけど、もう決めたところがあるんスよ。」 ア・会「あ、そうなんだ。どこ入るの?」 斑「現視研なんですけど」 ア・会「…ああ~!あそこかぁ…。」 アニ研の会長は何か言いたげな様子で苦笑いする。 斑「? 何スか?」 ア・会「あそこねぇ、確か原口が在籍してたんだよ。最初現視研に入ってたハズだ。」 斑「え、原口っていうとあの…」 ア・会「そうそう。俺らは『ハラグーロ』って呼んでんだけど。」 斑「うわー…(汗)」 ア・会「あ、でもめったに顔出さないらしいよ、たまーに漫研とかうちにも出没するくらいで。」 斑「はあ…。そうなんすか」 (どんな人なんだ、あの人。ろくな噂ねーな) 漫研の会長と間違えて声をかけたときのことを思い出した。 (でも妙に貫禄あったよなあ。敵に回したら危険なタイプかも…) ア・会「しかし、現視研ねぇ…。あそこって、大した活動やってないからつまんないと思うよ。廃部にならないのが不思議なくらいだ。なんで無くなんねーんだろ?そしたらもっとウチに予算…」 斑「………はあ。」 ア・会「…あ、ごめんね。ま、でも退屈になったらまたウチに来るといいよ。じゃね。」 そう言ってアニ研会長は歩いていった。 斑「………………。」 (う~ん、あの会長もちょっとなあ………。) やっぱり現視研の方が自分には合っている、と思った。 ただ、一つ気になることがある。『ハラグーロ』のことだ。 再び現視研の部室にやって来た。 扉をノックすると「どうぞー」という声が聞こえる。 開けると、現視研の会長ともう一人、眼鏡をかけて髪を無造作に後ろで束ねた女の人が座っていた。 (…?誰だろ。現視研の先輩?) 斑「あ、ども…」 会「やあ。」 「へえ、ここにも新会員、入ったのねえ。」 その女の人はおっとりした声でそう言った。 会「いや、まだ入ったわけじゃないんだ。仮入部だよ。」 斑「あのー?」 会「ああ、この人は児文研の会長さん。」 児・会「どうも~。」 斑「どーも。あの、ちょっと聞きたいことがあるんスけど。」 会「何かな?」 斑「ええと、ここのサークルの先輩で、原口って人のことで」 会「ああ、原口君か。最近部室に来ないなぁ。」 斑「…どーゆー人なんですか?漫研でも、アニ研でも、ちょっと何か…」 会「あまり怖がることないと思うよ。」 斑「え、はあ…。」 会「めったに部室に来ないというのもあるけど、彼はそこまで脅威ではないよ。周りからは「ちょっとやっかいな人」という認識をもたれているようだけれど。 …少なくとも。彼のためにウチが潰れるようなことはないよ。」 会長は穏やかな表情でそう言った。 妙に説得力がある言葉だった。このひょろりとしていて頼りなさそうな色白の会長から、何故こんなに説得力を感じるのか分からなかった。 会「…さて。僕はちょっと児文研の部室に用があるから、行ってくるよ。少しの間待っててくれるかな?15分くらいで戻ってくるから。適当に部室の漫画でも読んでて」 斑「え?はい」 会「じゃ児文研の会長、行こうか」 児・会「ええ、アレですね。」 児文研の会長は、そう言って少し笑った。 部室に一人取り残された斑目。 (…15分、って言ってたな。) 実は昨日から気になっていたのだ。この部屋、あらゆる漫画やゲーム雑誌、フィギュア、エロゲーのポスターがある。 …ということは、必ず同人誌もどこかにあるだろう。それも男性向けなのが。 (さーて…きっとどっかにしまってあるハズだ。どこかな?) ワクワクしながら、まずは本棚の下の棚を開けてみる。 (んー、あったけどエロじゃないのか。あとは………。) ロッカーに目をやる。 (あれかな…?あれはアヤシイな!!) ロッカーまで歩いていき、扉を開く。 (お?おおおおーーー???) 戸を開けると、そこには大量の男性向け同人誌が。 (スゲーなこの量!ほほう、けっこう古いのもあるんだな…。 お、これは某大手の!!持ってないのがあるぞ、売り切れで手に入らなかったんだよなー。ここで出会えるとは!! ほほー。ほーほーほー…) 夢中で読んでいると、後ろでガチャリ!と扉の開く音がした。 斑「!!!!!!」 思わずビクッとなり、持っていた同人誌をバサリと落とす。 振り向くと、会長がこっちを見ていた。 斑「あ、いや、これはその!!」 とっさに何か言いかけたが、頭が真っ白になって言葉が続かない。 会「やあ、ばっちり罠にハマってくれたね。」 会長がどこか嬉しそうにそう言った。 斑「…え?は?………罠???」 会「窓から外を見てごらん。四階の窓があるだろう。」 おそるおそる窓から上を見てみると、さっきの児文研の会長が手を振っていた。 会「あそこは児文研の部室なんだ。毎年罠をしかける手伝いをしてもらってる。」 斑「…あの~~~、罠ってなんのために…。」 会「面白いモンで、罠をしかけるとたいがい君と同じような行動をとってくれるんだ。オタク度が濃ければ濃いほどね。」 斑「………………………(汗)」 456 :げんしけんの一年前14 :2006/06/09(金) 22:34:19 ID:??? 会「という訳で、君も十分濃いオタクだ。入会してみたらどうかな?」 斑「…てゆーかもー、会長!人が悪いっすよ!!」 会「そう?」 斑「あービックリした…。わざわざこんなことしなくても入会する気だったんですから!」 会「そりゃあ良かった。…ちなみに、その同人誌」 斑「へ?な、何すか??」 会「貸し出し自由です。どうぞ」 斑「………………」 斑目は拳を握り、笑顔でこう言った。 斑「借りていきますとも、遠慮なく!!」 …彼は筋金入りのオタクであった。 ……………………… 2001年、春。 彼、田中総市郎は考えこんでいた。 入ったばかりのサークルで、目論見が外れたからである。 高校の頃は五分刈りだったが、今は伸ばした髪を後ろでひとつにまとめ、顔には無精ひげを生やしている。 少し低めの背だが、がっしりした体つきなので実際より大きく見える。 毛深いので手の指まで毛が生えている。 (うーん…やっぱ無理か…。) 彼はオタクサークルの中でも特に大規模な活動をしているアニ研に入ったばかりだった。 アニメ作りに興味がないわけではない。ただ、今の彼の興味は『コスプレ』一色に傾いていたのだ。 手先の器用な彼は、高校の頃はずっとプラモ作りに情熱を燃やしてきたが、最近コスプレにハマってから、自分で着るコスを自分でも作り始め、最近では仲良くなったレイヤーの女の子にもたまに作るようにまでなっていたのだ。 そのために服の勉強まで独学で始めて、大したハマりようだった。 作るようになってからは、自分で着るよりも誰かに着てもらうことに、より喜びを感じるようになっていた。 …だから、制作費がかかる。 アニ研は規模が大きいサークルなので、制作費を振り分けてもらえないかと思っていたのだ。 相談してみたのだが、アニ研会長は了承してくれなかった。 田「アニメのコスプレなんかどうでしょう?アニ研の宣伝にも使えますよ」 ア・会「そおね~…コスプレね~…。ていうか、アニメの制作で予算ぎりぎりなんだよねー」 田「そうなんですか?」 ア・会「どっかから予算回して欲しいくらい…ろくに活動してないトコとかさ。無駄なサークルがいっぱいありすぎんだよね。 …だからね、悪いけど予算は割けないよ。個人でやる分にはかまわないけどさ。」 田「…そうですか。」 アニ研の部室でそんな話をしていると、コンコンと扉をたたく音が聞こえた。 ア・会「はい」 ガチャリと扉が開いて、入ってきたのは、痩せた色白の存在感の薄い男だった。 会「やあ、久しぶり」 ア・会「ああ、どうも久しぶりです。珍しいですね、現視研の会長がここに来るなんて」 会「うん、ちょっとね。ここの部室は広くていいねえ」 ア・会「まーそんだけ部員がいますからねー」 田中は横で聞いていた。 (…何かウチの会長、現視研の会長に対して妙な言い方するな。嫌味みたいな…) 会「そういえば原口君、最近こっちに来てる?」 ア・会「そういや昨日は来てましたけど。原口君、現視研の部員でしょ?ヒマだからってあんまり来られても困るんですよね。そっちで活動するよう言って下さいよ」 会「でもねぇ、原口君が来ないから言いようがないんだよ。」 ア・会「はー、そーですか。」 会「…それに、原口君はアニ研で『活動』するほうが好きなんじゃないかな。」 ア・会「…え?」 会「アニ研で、『君のもとで積極的に活動』するのは、原口君の自由だからね。 ウチも、それで『困るようなこと』はないし。」 ア・会「………………」 アニ研会長は急に黙ってしまった。 会「…ホラ、掛け持ちするのは本人の自由だからね。」 ア・会「え、ええ!そうっすね!」 アニ研の会長は妙に焦り始めた。 会「ただ、原口君は自分の思ったままに動く人だから、『君にはちょっと扱いにくい』…と、思うかもしれないけど。 まあアニ研も大きいサークルだから、それほど『急に困るようなこと』にもならないよね。」 ア・会「え!?あ、そ、そうですね!」 現視研の会長はそこまで言ってから、「では僕はこれで」と扉を開けて出て行こうとした。 そのときぽつりとつぶやく。 会「…共存、という言葉っていいよね。僕は好きだな。」 そうして部室を出て行った。 田中は横で会話を聞いていた。 (…? 何だったんだ?よく分からん話だったな…。特に、最後の「共存」って何だ?) ふと見ると、アニ研の会長は冷や汗を流して固まっていた。 田「会長?どうしたんですか?」 ア・会「いや…何でもない…」 (現視研か…大きいサークルで予算がまわしてもらえないとなったら、むしろ小規模の、あまり活動してないトコの方が…) 数日後、田中は現視研の部室の前まで来ていた。 (ここか…。さて) 部屋の中から話し声が聞こえる。オタク話が白熱しているようだ。 扉をノックすると、ぴたりと声がやむ。「どうぞ」とさっきの会長の声が聞こえた。 部屋には現視研の会長と、痩せた眼鏡の目つきの悪い男がいた。 田「あの、見学させてもらってもいいでしょうか?」 会「君は確かアニ研の…」 田「ええ、そうなんですが、このサークルにも興味を持ったので。掛け持ちさせてもらえたらと思って。 あ、俺は田中といいます。」 会「そう、掛け持ちも歓迎だよ、田中君。どうぞそこに座って」 田「ども」 田中は薦められるままに入り口付近の椅子に座った。 斑「アニ研?」 目つきの悪いほうが声をかけてきた。じいーっとこちらを見てくる。 田「あ、そうだけど?」 斑「同じ1年で近藤っているだろ」 田「…ああ!いるなぁ。知り合い?」 斑「いやそーじゃねーけど、俺アニ研に一度見学行ったことあってさあ。近藤ってヤツがすごい積極的に質問してたのを覚えてたからさ」 田「確かにあいつはすごいやる気マンマンだったな、始めから」 斑「アニ研の人ってみんな近藤みたいなん?」 田「いや?そんなことねーけど。俺もあそこまでできんし。」 斑「フーン…」 そいつは考えこんだ。 会「アニ研に入りたくなった?」 会長がそいつに聞いた。 斑「いやいや、そんなことないスよ。俺はここの方があってます」 田「………」 斑「あ、自己紹介すんの忘れてた。俺ぁ斑目ってゆーんだけど」 田「まだ…??どんな字書くんだ?」 斑「『まだらのひも』の斑に、あとはこの目」 そいつは自分の目を指して言った。 田「まだら…『まだらの蛇』の斑か」 斑「そーそー。…俺の前世はヘビだからな!」 イタいことを言い出した。 (変なヤツだな。…部員こんだけ?あとはあの原口かー。ふうん…アニ研の会長の言うとおり、潰れないのが不思議だなあ。) そんな風に思った。 田「あの、活動ってどんなことを?」 会「そうだねぇ、去年までは会誌を作ってたから、今年もやる?」 斑「へえ、そんなの作ってたんスか?」 会「うん、こういうのなんだ」 そう言って会長は棚から薄いコピー本を取り出した。 会「メバエタメという名前で、内輪の中で配るような本なんだ。内容はそのときサークルの人がハマっていた漫画やアニメ、ゲームなどを一人ずつが分析して、『どこに萌えるか』を文章化する。人によっては漫画やイラストなども描いていたよ。それぞれの自由でいいんだ。」 斑「『どこに萌えるか』…。あーそれで『メバエタメ』なんすね。」 田「…あの~~。コスプレ、なんかでもいいんですか?」 田中がおそるおそる聞くと、会長と斑目は「?」という顔でこっちを見た。 田「いや実は俺、コスプレをするんですけど。自分で衣装作ったりとかも。」 会「へえ、それは本格的だね。」 田「…話聞いてると、『萌え』であればどんな活動でもいいのかと思って」 会「うん、かまわないよ。コスプレも現代文化のうちの一つだしね。」 田「ああ、そうっすか。それ聞いて安心しました。」 斑「へえ、君コスプレすんの?」 田「ああ、俺もするけど、最近は知り合いのレイヤーに頼まれて作ることのが多いかな。」 斑「どんなん作るの?」 田「そのときによって色々だなぁ。メイドさんのコスがいいって言われたら作るし、あとはゲームキャラとかも最近多いかな」 斑「ほお…本格的なんだなー。メイド服まで作れんのかー」 斑目はひたすら感心していた。 その日、帰ろうとして部室から出た田中は、廊下で現視研の会長に呼び止められた。 会「田中君、うちでコスプレ作る活動したいんだよね」 田「…ええ、まあそうです。」 会「この前、アニ研の会長と君が相談しているのが聞こえたから。制作費のことで話し合ってたね?」 田「え?ええ、そうですが…」 (活動費目当てって思われたかな…?実際その通りだし…) 内心焦る田中とは逆に、現視研の会長は飄々とした態度で言った。 会「制作費のこと、ウチなら何とかできるよ。現視研内の活動の一環として使ってもらってもいい。 その代わりできるだけウチの部室で活動してもらえればね。」 田「ああ!そうですか。助かります!」 会「もちろん掛け持ちでもかまわないよ。その辺は君の判断に任せるよ。」 田「わかりました、ちょっと考えてから…」 会「うん、ゆっくり考えてね。」 現視研会長はそう言って、ゆっくりと廊下を歩いていった。 (…現視研だったらコスプレの活動だけにしぼれるな。スゲー理想的な話だ………。 ………………それにしても。) (何かうまく話が進みすぎな気も…。あの会長、ちょっと何者か分からないとこがあるし。 …でも大丈夫か。敵に回さなかったらきっと…。) 帰り道、部室を出てから大学の門をくぐる頃には、もう自分の中で結論が出ていた。 そう、俺はこういうサークルを求めていたのだ。 次の日、田中は再び現視研の部室の前にやってきていた。 アニ研の会長とはさっき話をつけてきた。 現視研の会長に誘われた、と説明したら、アニ研の会長はひきつり笑いを浮かべてこう言った。 ア・会「そ、そうか。うん、君が思うようにしてくれていいよ。向こうに移籍するんだね?現視研の会長によろしく!」 …こんな感じだった。何かビビってるように見えたのだが、何故かはわからない。 斑「へえ、ウチに入ることにしたのか。」 田「うん、さっきアニ研にも抜けるって言ってきたから。これからよろしく」 斑「おう、よろしく~。」 現視研の部室でそんな話をしていたとき、斑目の携帯が鳴った。『機動戦士Tガンガル』のオープニング曲だった。 斑目はすぐに携帯を開いて通話ボタンを押す。 斑「はい、あ…はい、わかりました。」 ニヤリと笑い、立ち上がる。 斑「ごめ、急に友達から呼び出されてさ。そのうち会長も来ると思うし、待っててくれるか?」 田「ああ、そう」 斑「じゃーな」 そう言って部屋から出て行った。 (ふー…。と言ってもヒマだな………。とりあえずこの辺の漫画でも…。) 本棚に手を伸ばす。ふと、棚の一つ下の段に並べてあるフィギュアに目がいく。 (………………………………。) 手にとって眺めてみる。 元々プラモやフィギュアを作るのが好きな田中、つい細部までチェックしてしまう。 (このフィギュア、悪くねーんだけど…胸のラインがイマイチなんだよな。横から見たらちょっとたれ気味なのが………。 お、太洋堂のだ。ここのはいつも作りがキレーなんだよなあ。色のつけ方もいい。このつなぎ目なんかの処理も…。 …懐かしー、美少女剣士ブレザームーンだ。ほほー…。いい出来だなあ。) つい逆さにしてスカートの奥を眺めてみる。 (ここの細かいしわの表現が………………) 夢中で眺めていると、後ろでガチャリ!と扉の開く音がした。 田「!!!!!!」 思わずビクッとなり、持っていたフィギュアを落としそうになった。 斑目が携帯を持ったまま、部室に入ってきていた。 田「あ、あービックリした!早かったな」 慌てて取り繕うが、斑目はニヤリと笑う。 斑「逆さにしたら何が見えた~~~?女体の神秘でも見えたかな~?」 田「!!!え、いや、な、何が??」 斑目はくいっと窓のほうを指差す。 斑「窓から外見てみ、正面の上」 慌てて言われたほうに目をやると、向こうのサークル棟の、一つ上の窓から現視研の会長が手を振っていた。 斑「あそこは児文研の部室で、会長同士が知り合いなんだ。いやー、見事に罠にハマってくれたな!」 田「わ、罠??何のために…」 斑「会長曰く!!罠をしかけるとたいがい君と同じような行動をとってくれるんだそうだ!オタク度が濃ければ濃いほどな。」 田「はあ…」 斑目はやたら嬉しそうにしながら言った。 会「という訳で、君も十分濃いオタクだ。入会してみちゃどうかな?」 田「だから入会するって…」 田中は恥ずかしさにがっくりと肩を落とした。 斑「あ、ちなみに、このロッカーには男性向けの同人誌がいっぱいです。」 斑目はロッカーをガチャリと開けた。 斑「貸し出し自由です!どーぞ」 田「…うん、また今度…。」 斑「オススメはここのサークル」 田「おお、これ持ってないやつだ。お!?これってプレミアついてるやつじゃないか?」 斑「そーそー、何気にいいのそろってるだろ?」 田「…じゃ、コレ借りてくわ」 …田中も十分濃いオタクであった。 ……………………… 2001年、春。 彼、久我山光紀は悩んでいた。 サークル見学に行く勇気が、なかなか出なかったからである。 (…う~~~ん………。見たトコ、漫研もアニ研も部員が多そうだったなあ………。 ちょっと入りづらいなぁ…。俺、大勢人がいるところだとあんまり喋れないし………。 少人数でまったり活動しているトコってないもんかなぁ…?) そうこう考えているうちに4月の半ばになってしまった。 少し焦り始めた久我山は、ようやく重い腰を上げたのだった。 見た目はかなりでかい。背が大きくて、横幅もでかい。(自分でもちょっと気にしている。「ブーちゃん」と言われたときは半ば本気でダイエットを考えた。実行はしなかったけど。) よく「山が歩いてるみたいだな」と言われる。(そのくらいなら許す。) 巨体のわりに気が小さく、自分でもおとなしい性格だという自覚がある。人ごみだと声が通らないのであまり喋らないようにしている。 …とりあえずサークルの見学に行ってみよう、行かなきゃ始まらない、とようやく決意して漫研とアニ研へ行ってみた。 ………………そして思ったとおりの人の多さと活発な活動風景に、すっかり入る気を無くしてしまったのだった。 (……だいたいなんで全員漫画描かなきゃいけないんだよ。描けない人は入っちゃいけないのかよ。) 久我山は心の中でキレていた。 漫研の会長と話をして、強制的な感じがしたので正直引いたのだった。 (…そりゃあ、イラストとか描くのは好きだけど………。人に見せられるほど上手くないしなぁ………。 自信ないしなぁ………。漫画ってちゃんと描いたことないしなぁ…………。) アニ研も似たような感じだった。 はあぁ…とため息をついた。 ふと、漫研で「現視研っていうサークルがあるんだけど、知ってる?」と聞かれたのを思い出した。 同じ一年で、確か高柳っていう奴だった。 知らない、と言うと高柳はこう言った。 柳「俺の知り合いが入ったんだけど、そこなら少人数で、とくに活動も強制されないから楽っつってたよ。そいつも元々漫研の見学来てたんだけど、絵が描けないからってウチに入るのはやめたから。」 久「へ、へー…。しょ、少人数かー…」 少人数であること、そして何より『漫画描け』と強制されないところに魅力を感じたのだった。 次の日、久我山は現視研の部室の前にいた。 初めてサークル見学に来たときはどこでも緊張する。 おそるおそる扉をノックした。 「どうぞ」と声がしたので、恐々ドアを開ける。 そこにはメガネの色白の男と、同じくメガネの妙に細長い男と、がっしりした体つきの毛深い男が座っていた。 久「ど、ども。あ、あのう、け、見学…してもいいですか…?」 どもりながら小声でようやく言った。 会「見学?いいよ、どうぞ座って」 斑「ほい」 メガネの細長いほうがたたんであった椅子を広げて薦めた。 久「あ、ど、ども」 久我山はよっこいせ、という感じで巨体を椅子に沈めた。 田「この時期に見学?他に何かサークル入ってるの?」 がっしりした男が聞いてきた。 久「い、いや。まだ。け、見学なら昨日行ったけど。漫研とアニ研」 斑「ほほう、漫研とアニ研はどーだった?」 久「う、うーん…ちょっと人が多すぎて、なじみにくい感じだったな…」 斑「そーだろそーだろ!人が多けりゃいいってモンじゃねーよなー!」 その細長いメガネはやたら元気良く喋った。 会「それでここに来たんだね?ウチは少人数だから」 久「え、ええ。ま、漫研の人が、現視研を薦めてくれたんです」 斑「へー!誰に?」 久「えーと…た、高柳っていう1年」 斑「ああ、ヤナかー。あいつが薦めてくれたのかー。へー」 久「し、知り合い?」 斑「ああ、ちょっとな。最近良く喋るからさ、あいつと」 会「さて、自己紹介しようか。僕はこの現視研の会長をしています」 田「俺は田中。」 斑「田中はすぐ覚えてもらえていいよな。俺ぁ斑目ってゆーんだけど」 久「ま………?」 斑「ほらやっぱコレだよー。えーとな、『まだらの蛇』の斑に、目ん玉の目で、マダラメ!!」 久「あ、ああ、斑目っていうのか。」 自己紹介が終わったあと、斑目たちは雑談を始めた。 会「さて、今日の会議の議題は何にする?」 斑「昨日はくじアンでしたね。だがあえて言おう、今日もくじアンでいくと!!」 田「またくじアンの話か(笑)まーそれもアリだな。」 少年マガヅンで連載されている「くじびきアンバランス」の話を始めた。 斑「連載3回目にして、早くも人気出てきたみたいっすね。」 田「あの会長と副会長の関係がいいよな。」 斑「お、田中は会長萌えか~~?」 田「いやーどっちかというと副会長かな。」 斑「ほほう、副会長もツルペタぶりがなかなか。…しかし、やっぱりあの『忍先生』なくしてツルペタは語れんだろう!!」 田「いつの間に乳の話になったんだ(笑)」 会「忍先生はメガネをかけたら別人のように性格が変わる、というのが面白いね。」 斑「そう、あれは外界への抵抗と自己抑圧の象徴なのであります!理性と本能のせめぎ合いとゆーか…」 久我山はずっと聞いていて、妙に居心地の良さを感じた。こんな話でマッタリ過ごすのが理想だったのだ。 会「…さて、斑目君、ちょっといいかな」 会長がそう言って立ち上がる。 斑「はい?…ああ!そーですね、行きましょうか。じゃーちょっと出てくるわ。しばらくしたら戻ってくっから」 田「あいよ」 そう言って会長と斑目は出て行ってしまう。 田「フー…」 久「な、なんかいつもこんな感じでやってんの?」 田「ああ、いつもこんなんだ。基本的に自由」 久「サ、サークルとしての活動は?」 田「特に決まってないなー。自分の好きなことやってたらいいって感じで」 久「は、ハハ。そうなんだ。て、適当だな」 田「…適当だとやりにくい?」 久「い、いや、むしろ歓迎」 そんな話をしていると、田中の携帯が鳴り出した。 昔のFFの戦闘曲だった。 田「はい。…ああ、わかった、うん、すぐ行くから。 すまん、俺もちょっと友達に呼び出された。会長達がそのうち帰ってくるから、その辺の漫画でも読んどいて」 久「え?あ、ああ。分かった」 部室に取り残される久我山。 (………うーん…。みんなどっか行っちゃったなぁ………。漫画…漫画かぁ。) 最新号のマガヅンがあったので、くじびきアンバランスのページを開く。 (………………………。) 机に置いてあった落書き長に手を伸ばし、山田の絵を描き始める。 …最初は普通に模写をしていたのだが、そのうち好きなように描き始めた。 服を描かなかったり。体をしならせてみたり。 だんだん興が乗ってきて、ちょっとエロい感じの絵になってきた。 落書き帳の紙をやぶり、どんどん描いていく。 夢中で描いていると、後ろでガチャリ!と扉の開く音がした。 久「!!!!!!」 慌てて机の絵を隠そうとして手を伸ばすが、反動で机が揺れ、何枚か床に落ちてしまった。 斑目が携帯を持ったまま、部室に入ってきた。 久「………………!!!」 驚くやら恥ずかしいやらで声が出ない。斑目が床に落ちた絵を拾い上げ、ニヤリと笑う。 斑「ほっほ~~~?………エロいな!!」 田「………………!!!」 真っ赤になって何も言えない久我山。 田「へえ、結構上手いなあ」 斑「なぁ!こりゃあ戦力になるぜ!」 田「何の戦力だっての」 斑「向こうから見てたときは何の絵かわからんかったけど…」 久「む、向こう??」 久我山がようやくそれだけ言うと、斑目はくいっと窓のほうを指差す。 斑「窓から外見てみ、正面の上」 慌てて言われたほうに目をやると、向こうのサークル棟の、一つ上の窓から現視研の会長が手を振っていた。 斑「あそこは児文研の部室で知り合いが多いんだ。君もまんまと罠にハマってくれたな!」 久「え?は?わ、罠………?」 斑「会長曰く!!罠をしかけるとたいがい君と同じような行動をとってくれるんだそうだ!オタク度が濃ければ濃いほどな。」 久「こ、濃いオタク………??」 斑目はやたら嬉しそうにしながら言った。 会「という訳で、君も十分濃いオタクだ。入会してみちゃどうかな?」 久「………はぁ…。」 久我山は椅子に座り込んだ。 斑「いやーそれにしても、このリサのエロ絵はいいな、マニアックなとこが(笑)」 田「こっちの絵、山田と蓮子をからませるとは…。蓮子×山田じゃなくて山田×蓮子かぁ(笑)」 久「…い、いいからもう返してくれよ」 斑「おお、スマン。でもけっこう上手いな君」 田「おお、絵もなかなかかわいい感じの絵だし。」 久「え、そ、そうかな…?」 誉められるとまんざらでもない久我山であった。 ……………………… 会「風が吹くな………。」 その日、会長は一人で部室にいた。 あの新会員の三人は秋葉原の0時売りへ行ったのだった。 会「三人か………今年はよく入ったほうだな。これでしばらくは安心だ…。」 会長は独り言をつぶやいた。 ここ数年、ずっと廃部の危機に晒され続けていたのだ。 あの三人なら、現視研を潰さずうまくやっていってくれるだろう。 斑目君は意外と顔が広いので、他の部との情報交換や付き合いをしてくれるだろうし。 田中君は積極的に活動して、コスプレで現視研の特異性を出してくれるだろうし。 久我山君は得意の絵を描くことで、現視研の活動としていつか大きい仕事をすることになるだろう。 きっと現視研にとって無くてはならない三人になる。 そして、現視研の基礎を一から作っていってくれれば………。 そうすれば、さらに来年、新入生が入ったときにもきっと………。 『初代』会長は一つ大きく息をついた。                      END
*チェーン 【投稿日 2006/06/17】 **[[カテゴリー-現視研の日常>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/49.html]]  3月も2週間を過ぎようとするある晴れた火曜日。荻上千佳は現視研の部室で個人誌用のネームを 書いていた。だいぶ春らしく、暖かくなった午後。昼過ぎにはいつものように斑目がコンビニ弁当を 提げて現れ、いつものように中身のない会話をして昼飯を平らげ、会社に戻って行った。  春休みも佳境で、キャンパスに人影は見当たらない。部室までの道行きで誰にも会わなかったし、 斑目が来なければ今日は1日言葉を発せずに終わったのではないか……そんなことを考えていた頃。 部室のドアノブが遠慮がちに回され、鉄扉がゆっくりと開いた。  千佳が顔をめぐらすと、そこには笹原完士が立っていた。千佳を認めるとうれしそうに微笑むが、 眉間には疲れが見て取れるしスーツも皺だらけだった。 「あ、笹原さんこんにちは……なんか疲れてるみたいですよ?」 「や、こんにちは、荻上さん。徹夜あけなんだよ~」  笹原はパイプ椅子を引き出すと千佳の隣に腰をおろした。後ろの本棚に背中をもたせかける。 「え~?なんでココ来てんですかぁ?帰ってお休みになったらいいじゃないですか」 「荻上さん今日部室で漫画描いてるってメールに書いてたじゃない。だからこっち来たら会えるかな って」 「あ、ええ、ココでやるとネームの進みがいいんで。あれ?メールって言えば笹原さん、明日まで カンヅメって書いてませんでしたか?」 「奇跡が起こったんですよ、それが」  笹原は卒論提出後、週のほとんどを四月からのはずの勤務先に出社していた。実務研修という名目 だったが、要するに人手の足りない会社で一足早く雑用をさせられているのだ。週末からこちらは、 教育係の社員が担当している雑誌の締め切りに巻き込まれ、二人は電話とメールでしか会話していな かった。 「先生に神が降りてきてさ、原稿上がっちゃった。俺は先輩と一緒にいたんだけど、あれにはオドロキ」  ネームの段階で行き詰っていた作家に強力なインスピレーションが降ってわき、締め切り大幅超過 を覚悟していた原稿が一晩で完成したのだと言う。 「荻上さんもそんなことってあるの?」 「経験ないっすねえ。あはは」  笹原は肩越しに、本棚から漫画雑誌を取り出して読み始めた。千佳の手はノートの上で忙しく動いて いる。 「……だいぶあったかくなったねえ」 「そうですね」 「今描いてるのも個人誌?」 「はい。またゴールデンウイークに即売会出るんで、それ用なんですけど」 「ジャンルは?ハレガン?」 「そのつもりです。劇場版もDVD出ちゃいましたし、たぶん最後かなーとも思うんで」 「けっこう評判よかったんでしょ?なんか賞でもとれば、もうちょっといけるんじゃないかな」  ……なんのことはない、とりとめのない会話。いつもこの部屋で交わされている心地よい雑音たち。  千佳の瞳にふと影が差す。笹原に気づかれないように目をぎゅっとつぶり、それを打ち消す。 「あー、あと10日で卒業式かー」  笹原がぼんやりと口にする。千佳の瞳に、ふたたび影がゆらめいた。 「……そうですね」 「もう毎日フツーに通勤してるから、むしろこっちに顔出せるほうが新鮮だよ、なんか。毎日ココに 来ちゃう斑目さんの気持ちが解るよーな、解んないよーな」 「笹原さんは……卒業したら、現視研にはもう来ないんですか?」 「え?いやー、来る気はあるんだけど、勤務時間メチャメチャだからねー。あはは」 「春日部先輩も」 「うん?」 「……もう、ほとんど新宿住まいだって言ってました。高坂先輩も仕事場で生活してるようなもん だって」  下を向いたまま話す千佳に異変を感じる。ペンは握っているが、なにも描いていない。 「私は毎日ここに来て……夕方まで原稿描いて……でも……誰も来てくれないんです」 「荻上さん……?」 「斑目先輩がお昼食べて帰ると、もう誰も来ないんです。笹原さんも、春日部先輩も、高坂先輩も、 大野先輩も。なんか……この世に私ひとりっきりになったんじゃないかって気分になるんです」  ぎゅっと目を閉じ、搾り出すように話す。 「私。……卒業式が終わっても……4月になっても、なんにも変わらないんじゃないかって私、 思ってたんです」 「……」 「ここに来てれば、いつでも笹原さんの顔見られて……あと斑目先輩や、春日部先輩たちもちょく ちょく来て、特になんでもない会話して。私はその横で漫画描いてて、……時々、笹原さんと斑目 先輩のこと妄想したりして」 「……あ、妄想は今でもしてるのね」 「朽木先輩がロクでもないこと口走って、春日部先輩にひっぱたかれたりして。……そんな」  千佳が口ごもる。言葉の後半は細かくふるえていた。 「そん……な日が、ずっと続いてくって……お、思ってたんです。バカですよね私、昔のアニメじゃ あるまいし、いつまでも同じ日が続くわけないのに」  笹原は千佳の肩に手を置く。千佳は彼の胸にしがみつき、突っ伏してしゃくりあげた。 「みんな……いなくなっちゃう」 「……」 「前に大野先輩が言ってたこと、だんだん身にしみてきました。私がここに来たとき、私をここに おいてくれた人たちが、どんどんここに来なくなっちゃう。私だけが現視研に取り残されてく……私 だけがこの部屋につなぎとめられてる」 「荻上さん」 「……」  くたびれたスーツのズボンの膝に、暖かい水滴が落ちる。  自分の脚に覆いかぶさる千佳を抱いたまま、笹原は彼女の頭をなでていた。千佳の肩の震えが おさまるまで、何度も、何度も。  何分経ったのだろうか。いつか千佳の呼吸は規則正しく、穏やかなものになっていった。 「……そういえばさ。初めてうちに来たときの荻上さん、ヤバかったよなー」  笹原は急に明るい口調で話し始めた。千佳は笹原の膝の上で目を開ける。 「覚えてる?一言目が『オタクが嫌いな荻上です』って。ありえなくない?」 「あ、あのときは……っ」  思わず身を起こして抗議する。 「大野さんとも真っ向対立だったよね。春日部さんは春日部さんでオタク呼ばわりされて怒ってたし」 「だってウチなんかにいるんですよ?オタクだって思うじゃないですか」 「それと朽木君。考えてみると結構がんばってフォローしようとしてたんだよね、あん時さ。…… まあ、結果は伴なわなかったわけだけど」 「暴力振るう人なんか最低です」 「盗撮もされたし?」 「ハイ!」 「今もウザい?」 「とーぜんです!……まあ、前よりは幾分マシになったんじゃないですか?」 「おー、高評価だー」 「幾分です。イクブン」 「荻上さん」  笹原は千佳の顔を覗き込んだ。 「荻上さんとみんなの関係。俺とみんなの関係。俺と、荻上さんとの関係」 「……?」 「全部さ、現視研が中心になってるじゃない」  にっこり笑ってみせる。 「俺は4年前に現視研に来て、みんなと仲間になることができた。荻上さんもここに移ってきて、 まあ色々あったけどさ、今はみんな仲いいじゃない。……それに、荻上さんがうちに来なかったら、 俺はひょっとしたらきみのことを、顔も知らずに卒業してたかもしれない」  言われて、気づいた。もしも、椎応大学に現視研がなかったら。漫研で受け入れてもらえなかった 自分が、たとえば学内のほかのサークルでも溶け込むことができないまま、この2年を過ごしていた としたら。  高校の制服を着た自分がフラッシュバックする。趣味に没頭することで自分の過去を……その 趣味自体がもたらした傷を封じ込めようとあがいていた3年間。自分に差し伸べられる手を拒否 することで、自分の心を守れると思っていたころ。  もしこの大学生活が、あの時と変わらない日々だったら。もしも笹原さんと出逢うことがなかっ たら。ふたたび目に涙があふれる。 「そんなの……やです」 「ああ!ごめん、そんなつもりじゃなくてね」  笹原は慌ててハンカチを探すが見つからない。一瞬悩み、今度は笹原の方から千佳を抱きしめた。 「現視研はさ、『つなぎとめられる』ようなものじゃないってこと。荻上さんは『取り残されてる』 んじゃないんだよ」  千佳の涙は笹原のワイシャツに吸い取られてゆく。 「俺たちがこれから色々な道を行くことになっても、そのスタート地点には必ずこの部屋がある。 俺たちが迷子にならないように、現視研と俺たちは細くて長いチェーンでつながっているんだ。 暗くて道が見えないときは、少しの光でもちゃんと輝くように。吹雪や嵐にさらされても、簡単に 千切れたりしないように」 「チェーン……」 「怪物をつなぎとめる太くて乱暴な鎖じゃない。どこかに行こうとするのを阻む檻でもない。雨や風 で簡単に切れるような糸とも違う。ただそこに在りつづけて、永遠になくならないもの。荻上さん、 現視研はね、たぶんそういう場所なんだと思うよ……って、んー、解りづらいよなー、俺説明ヘタ だなー」 「ううん、解ります!……たぶん、笹原さんの言いたいこと」  頭をかく笹原にそう言う。漠然とではあるが、千佳の頭に彼女なりのイメージが沸いていた。 ファンタジーRPGの宿屋だ。みんなが集まり、話し、冒険の旅に行き、また帰ってくる場所。遠大な 旅を志し、なかなか戻ってこないものもいる。あるいは近場のダンジョンで気楽に過ごし、毎日の ように食事に来るものもいる。それでも、彼らが冒険を終えた後に目指すのはこの場所なのだ。 疲れを癒し、友と語らい、英気を養って、また冒険に赴くために。  私もいつか行くのだ、と彼女は思った。今はまだその時ではないのだろう。でもいつか、誰か 仲間とパーティを組んで、遠い冒険の旅に出てゆくのだ。……それならば。  その時までは私はこの場所を守ろう、と千佳は思う。たまには客がいなくいなることもあるだろう。 荒くれ者が入り込んでくることがあるかもしれない。私にどこまでできるかわからないけれど、 とにかく私はこの宿屋を守ろう。旅の途中で疲れた者を受け入れられるように。旅を終えたものが 安らかに眠れるように。そしていつかまた、新しいチェーンがこの場所から伸びてゆけるように。 「笹原さん……私、また自分のことばっかり考えてたみたいです」  笹原の胸に抱かれたまま、千佳は言う。 「春の新歓で会員が増えなかったら、ホントに現視研の存続の危機なんです。そんなときに私が こんなこと言ってたら皆さんに申し訳ないですよね」 「うーん。この春には新入会員、欲しいよねー」 「私、もっとがんばります。今なら大野先輩もいますから、サークルとしてのインパクトは学内随一 って言えるし。大野先輩にはいろんなコスプレしてもらって、私はコピー誌とか作って現視研紹介して」 「えーと、朽木君は?」 「思ったんですけど……こんな言い方していいのかどうか……『こういう人でもサークルこなせる』 っつう見本にならないすかね?あの人」 「あはは、いーねソレ。去年の変なコスプレ、まだ彼ハマってるんでしょ?田中さんにウケ狙い重視 のやつ作ってもらって……着ぐるみとか露出度の低いやつね、そのカッコで司会とか力仕事とかして もらえばいいよ」 「目に浮かぶようです……ちょっと複雑な気分ですけど」 「朽木君、笑われるの好きだからね、いけるよきっと。あと紹介誌だったら久我山さんにもカット 提供してもらえばいいし。そうだ、高坂君とコンタクト取れたら、プシュケにうちの出身がいるって アピールできるよ……てか、堂々とやるのはビミョーかな……俺もさ、手伝えることはするから」 「ありがとうございます、笹原さん。なんか元気、出ました」  すこし名残惜しかったが笹原から離れ、自分の椅子に座りなおして思いをめぐらす。今日描いて いたのは個人誌用のネームだが、新歓用のコピー誌に集中するほうがいいだろう。笹原はサポート してくれると言うが、実質これも個人誌だ。  ぼんやりと冊子の構成を考え始めたとき、いきなり目の前にブルーの箱が出現した。 「……?」  リボンのかかった箱は手のひらに載っている。手は、もちろん隣にいる笹原のものだ。笹原は 千佳の顔を、なんだかとてもうれしそうに見つめている。 「わ、……え?なんですか?」  一瞬わけがわからず顔を引き、笹原を見つめ返す。 「そんな、がんばる荻上さんにプレゼント」 「え?どうして」 「今日、ホワイトデーでしょ。先月のお返し。今朝仕事あけて、新宿で開店と同時にデパート行って 買ってきた」 「ええ?え?まさか私に会いに来たって……このため、ですか?」 「ん」 「そんな……申し訳ないですよ!私なんかなにも」 「なに言ってるの。バレンタインデーの時にはおいしいチョコご馳走になっちゃったしさ」 「い、今だってあんな重たい愚痴聞いてもらっちゃって」 「いーんだって。俺があげたいの。荻上さんに」  笹原が強い口調で言うと、千佳はなにも言い返せなくなる。 「う、ん、はい。ありがとう……ございます……」 「中身、開けてみてよ」  白いリボンを解き、箱を開けるとアクセサリーケースが出てきた。その中からは銀のネックレス。 「わ……きれい」  手にとって見る。二連のプラチナのネックレスで、薄く丸い金のペンダントヘッドがそれぞれの チェーンに通してあった。 「つけてみてくれない?」  鎖の端を首の後ろに回し、つなぐ。 「えと、こう……ですかね」 「うん。ねえ、髪、下ろしてみてもらってもいい?」 「……はい」  言われるままに、頭の髪留めを外す。自分ではゴワゴワしていやだと思っている黒い髪が、意外な ほどふわりと頬に当たった。恥ずかしくて、笹原の顔をまともに見れない。こわばった顔で横を 向いていると、彼は髪をそっとなでた。 「髪下ろしてるほうが可愛いよ、荻上さん」 「……なに言ってるんですか、もう」 「卒業式の日さ、それつけてきてほしいな。髪もその感じで」 「やですよ、恥ずかしい」 「えー」 「やですっ!」 「まあ、考えてみてよ」 「……考えるだけですからね」  笹原はイスに座ったまま千佳に近づき、彼女の肩に手を置く。千佳が身を固くする。 「荻上さん」  千佳の顔を見つめる。千佳も笹原の目を見つめ返す。 「笹原……さん」  二人の影が近づき、そして……そして現視研のドアが大きくノックされた。 「おっはよーございまあすっ!」 勢いよく入ってきたのは大野加奈子だ。いつにないハイテンション。後ろから恋人の田中総市郎も 顔を覗かせるが、明らかに彼女に気圧されている。 「お二人ともお久しぶり!今日はいーお天気ですねー」  とはいえ、いま一番心拍数の高いのは笹原だった。 「あっあっおっ大野さんに田中さん、ご、ご無沙汰してます。今日はいっ一体……」 「うーふふー。来週の咲さんとの撮影会の衣装の整理なんですー。ちょうど田中さんも空いてたんで 来ていただいたんですよー」 「よっよう笹原、しばらくだな」 「あらぁ、荻上さんは原稿書きですか?」  加奈子は硬直している笹原の横をすり抜け、千佳の方へ歩いてゆく。しまった!笹原は思った。 こんなタイミングで来られたらまた荻上さんが! 「荻っ……」 「あ、大野先輩こんにちは。田中先輩も」  振り向いた笹原の視線の先には『いつもどおりの』千佳。ネックレスはしまい込まれ、頭頂には 筆の穂先が屹立している。 「って元に戻ってるし!ハヤワザ!?」 「?どうかしたんですか?」 「いっいえ……なんでもない、です」 「ちょうどよかった、大野先輩と田中先輩に春の新歓の件でご相談したいことがあったんですよ」 「いーですよお。なんでも相談にのりますよおー。ねー田中さぁん」  なにか変だ。笹原は声を殺して田中に尋ねる。 「田中さん?今日の大野さん、なんかおかしいですよ?お二人何かあったんですか?」 「笹原なあ」  田中は頭をかく。同じくささやき声で返答する。 「ソレはお前の胸に聞け」 「……!!?」  ばくん。笹原の心臓が跳ね上がった。ま……さ、か。 「お……大野さんちょっと田中さん借りますぅっ!!」  田中の腕を引っつかみ、火のついたような勢いで部室から飛び出す。室内は千佳と加奈子だけになる。 「……どうしたんですかね、笹原さんと田中さん」 「さーねえ。さあさあ荻上さん、相談ってなんですかぁ」  5分後、サークル棟の階段裏で笹原は、久しぶりになる『やられた』表情を顔に貼り付けていた。 田中から衝撃の事実を聞いたところだったからだ。……また、やられたのだ。田中と加奈子は、 現視研の向かい斜め上にある部屋……児童文学研究会の部室から、笹原と千佳を観察していたのだ。 「い……いったい、いつから」 「たぶん最初から」 「……どのあたりまで」 「1回目のクライマックスまでかな」  その日、現視研の部室で田中を待とうと思っていた加奈子は、遠くから歩いてくる笹原を見つけた。 部室に千佳がいることは知っていたから、これはチャンスとばかり田中を呼び出して二人で児文研に 忍び込んだのだ。まあその、なんだ、と煙草に火を点けながら田中は続けた。 「お前らがものすごく順調なのはよく判ったよ。とりあえず心配すんな。さっきのことは俺と大野 さんだけしか見てないし、絶対誰にも言わないって大野さんと決めたから。荻上さん、あの感じ じゃ気づいてないだろ?」 「……すいません」 「いやいや、仲のいいのはいいことじゃないか。って俺なんかお前の親父みたいなコメントに なっちまってるなあ」 「すいません」 「謝るなって。だけどなあ笹原」  田中は笹原と並んでしゃがみこみ、肩に手を回す。 「はい」 「部室でアレはやりすぎだ」 「……は?」 「やはりなあ、そういうことは、だ。しかるべき場所でしかるべき手順でだな。お前ら家も近いん だし、なにもそんな高校生じゃあるまいし。ここらはホテルだってたくさんあるんだから」 「ホテル?あっあの?」 「ま、そんなこと言いながら俺たちもまーその、なんだ、いやいや」 「……田中さん?」 「ん?」 「俺たち今……その、キス……とかもしてなかったんですが、なにか勘違いをしてるんじゃ……?」 「なに?……あれ?え、どういうこと?」  どうせ見られてる。笹原はさっきの経緯をかいつまんで説明した。田中がなにか思い違いを しており、それに対する興味が恥ずかしさを上回った。  説明を終えると、今度は田中がうろたえ始めた。 「……え?それだけ?荻上さんが泣いて、お前が慰めて、それだけ?」 「それだけって言われても……」 「だ……だってお前、あれはどう見ても」 「え?」 「あ、いや、いやもういいんだ、すまん……えーとそうだな、荻上さんがさ、お前に抱きついたろ?」 「……はい」 「アレ見て俺たち、てっきり」 「てっきり?……って?え……え?つまり」 「……最後までイッちゃったんだと……」  妄想は止められない。……いつだったか、笹原自身が使った言葉だ。いまその言葉を、笹原は 噛み締めていた。自分の顔はきっと今、赤面を通り越してる。  最後の力を振り絞り、笹原は田中に懇願した。 「田中さぁん。このことホンットに荻上さんに言わないでくださいねええ」 「お、おう」 「それにさっき言いかけたのって、つまり田中さんも大野さんと児文研の部屋で……。大野さん、 顔ツヤツヤしてましたもんねえ?どうかお互いに秘密ってことでひとつ」 「……笹原……おまえ、カンが鋭くなったというか……駆け引き巧くなったな」 「イノチがけですもん、ある意味。……戻りましょうか、部室?俺、ちょっとトイレ行って顔洗って きます」 「おう。じゃあ先に行ってるわ」  大野さんの方は田中さんが念押ししてくれるだろう。むしろ、俺の様子で荻上さんがなにか 気づかなきゃいいけど……。笹原は、歩きながら深呼吸した。  春らしい暖かい空気が肺を洗ってゆく。田中が先を歩いて向かう現視研の部室の方向をながめ、 次に自分の足元を見る。  あそこから、ここまで。目には見えないが、きらきらと光る細いチェーンがつながっている。  苦し紛れで千佳に説明した、チェーンのこと。寝不足の頭でショップを何軒も回り、あの ネックレスを見たときにこれだと思った。買い物馴れしている咲なら笑うかもしれないが、 けっこう勇気の要る金額だった。  千佳にさぐりさぐり語ったチェーンの話は、ネックレスのことで頭の中が一杯になっていたから だったが、話した内容はその場しのぎではない。以前から笹原が現視研に感じていたことだ。  我ながらたどたどしくはあったが、どうやら気持ちは千佳に通じた、と思う。現視研という場所が 自分に与えてくれた、一番大切な人に、自分の思いの一片でも示すことができたなら……その欠片を 繋げることができたなら本望だ。  部室では千佳が、笹原を待ちながら加奈子と新歓の打ち合わせをしていた。計画の骨子は理解 してもらえたのだが、案の定加奈子は千佳にもコスプレを強要していた。今しがた戻ってきた田中 にも、加奈子を止める気配はない。 「そこまで張り切ってるんなら荻上さんもしましょーよ、コスプレ!」 「だからそれとこれとは話が別だって言ってるじゃないですか!朽木先輩にも着ぐるみ着せるん だから、全員がコスプレじゃかえって怪しいサークルになっちゃいますっ」 「じゃあ、じゃあですね、交代でどうですか!午前中がわたし、午後は荻上さんが」 「ソコから離れろ!」  息を切らしながら、千佳は考えていた。もうじき部屋に戻って来てくれる笹原のことを。あと 何回会えるか判らない、咲や高坂のことを。  ここから、あそこまで。みんなの足元まで伸びるチェーン。  さっき慌ててズボンのポケットに隠した、笹原のプレゼントを意識してみる。二連のチェーンは、 彼と私をイメージしてくれたのだろうか。 「わかりました!新歓ではやりませんけど、こうしましょう」 「はい?」 「新入会員3人ゲットしたら、大野先輩の卒業のときに合同コスプレ撮影会!」 「!」  加奈子の双眸に火が宿る。 「言いましたね荻上さん!笹原さんも聞きましたね!」 「え?笹原さんいつの間にっ」 「荻上さん……なんてこと約束してんの」  あちゃー、ちょっと失敗したか?……いや、かまうものか。  どんな道を歩いていったって、チェーンは必ずつながっているのだから。 side大田 田中が加奈子から電話を受けたのは、大学前の駅を降りたときだった。 「ああ大野さん、今ちょうど……え?」 「いいから!大至急児文研の部室へ来て下さい!」 「児文研って……ええ?また誰かのこと見てるの?」 「荻上さんが来てたのは知ってたんですけど、さっき笹原さんが部屋に入っていくのが見えたん です。ふふふ、これは楽しい事が起きる予感がしますよぉ」 「大野さん……あんまりソレばっか熱中しない方が……」 「何言ってるんですか田中さん!あたしは会長として神聖な部室を汚されないようにですね」 「……それなら直接現視研に行った方が確実でしょー?」 「いーから!もうっ、ノリの悪い人ですねえ」  最後のセリフの途中から、加奈子の声がくぐもった。あ、マスクした……田中は確信し、 サークル棟へ向かった。  児文研のドアをあけると、すでに窓際にかがみこんでいる加奈子が見えた。他に人影はない。 「今日は大野さんだけなの?」 「さすがにこの時期学校にきてる人なんかそうそういませんよ、はじめから田中さんにしか声 かけてません。それより早く早くう」 「……趣味わるいなあ」 「なんですか?」 「あっいや」  主張もそこそこに、加奈子の隣にかがみこむ。向かいの棟の窓の奥、ポスターの隙間から 見えるのは荻上千佳と、その奥に座る笹原完士だった。表情はまったく読み取れないが、体が 動く様子で会話をしているということは判る。 「……実は、ちょっと荻上さんのことが心配だったんです。休みに入って何度か顔合わせて ますけど、明らかに元気なかったし。笹原さんはお仕事が忙しいみたいで、あんまり会って なかったみたいなんですよ」 「ああ、もう働かされてるんだってな」 「帰ってくる時間も遅くて、寝に帰ってるみたいなもんですって。荻上さんは平気なふり してますけど、寂しいと思うんですよね……。わたしは田中さんでよかった」  くるりと振り向いて田中に微笑む。マスクは早々に外したようだ。田中は加奈子に笑顔を 返す。……いろいろな寂しさを知っているこの人は、人の寂しささえ許せないのだ。去年の夏、 あの二人に何があったのかは後になってから加奈子が詳しく説明してくれた。 『荻上さん、本当によかったですね~』  目をうるませて自分に同意を促す加奈子の姿は、まるで娘を嫁にやる母親のようだった。 そんなふうにからかっても、加奈子は平気な顔をして言ったものだ。 『だって、自分が認めてもらえるのはとても幸せなことじゃありませんか。わたしは田中 さんに認めてもらえたから、次の誰かが認めてもらえるお手伝いをしてあげたかったんです。 幸せが次の人につながっていくのも、また幸せなことですからね』  いま加奈子は、その相手を見守っている。……ノゾキ行為だが。 「な、なあ大野さん、二人とも楽しそうじゃないか」  加奈子の肩に手をかける。 「もういいだろ?そろそろあっち行って、冷やかしてやろうよ」 「しっ!」 「え?」  加奈子は窓の外を凝視したまま肩の手を探り、握りしめる。 「あ……っ!」 「大野さんどうしたの……っうお!?」  取り乱し始めた加奈子に異変を感じ、再び階下の窓を凝視する。  現視研の窓の内側では、千佳が笹原に抱きついていた。 「な、なんという……笹原、やるなあ」 「……というより……やりすぎ……ですね、はは、あ、あんまり二人がエスカレートしない うちに行きましょうか?」  言葉ではそう言いながら、加奈子はその場を動こうとしない。田中の手を握る力が増して きた。呼吸が荒くなる。 「そ……そうだよ大野さん、俺たちはデバガメ目的でここに来たわけじゃないんだ。あくまで 彼らを見守るために、だな」  笹原、そうだ、笹原はこの部屋のことを知っている。覗かれる可能性がある場所でまさか そんな……まさか……ええっ?  加奈子が息をのんだ。田中の視界に入ってきたのは、笹原の腰にかがみこむ千佳の頭だった。 「(さ……っ)」  あわてて窓に背を向ける。な……なにしてんだ笹原!?ウソだろ?  肩越しに再確認する。笹原の膝の上では、千佳の頭がリズミカルに動いていた。笹原が彼女の 髪をかき上げる。 「(笹原ぁーーーっ!!!)」 539 :『チェーン ~ side大田(4/4)』 :2006/06/17(土) 12:54:52 ID:???  俺にテレパシーが使えれば!田中は冗談抜きで願った。それがダメなら、俺じゃない誰かから 奴に電話でもかかってくれないものか。 「まずいよ大野さん、さすがにこれは……大野さん?」  震えながら握る手の力が強くなる。気分でも悪くなったか?大丈夫か……声をかけようと中腰 になったとき、跳ね起きるように加奈子が立ち上がった。田中の背中に両手を回し、全体重を 彼に預ける。 「んむうっ!?」  田中の口を加奈子の唇が覆った。あたたかく湿った感触。  加奈子は田中の唇を舌でこじあける。熱く甘い吐息が田中の口腔に充満する。 「……くはあっ」  加奈子による蹂躙は永遠に続くかと思われた。堪らず唇を離し、空気を求めて喘ぐ。彼女の 唇はさらに田中に追いすがり、二人は折り重なって床に倒れた。 「田中さん!田中さんっ…!」  すすり泣くような囁くような、加奈子の声。甘く濡れた瞳。彼女の手が、何かを探し求める ように田中の体の上をさ迷う。胸に肩に脇腹に腰に。 「田中さん……わたし……わたし、もう……っ!」  加奈子の手は目標を探り当てた。  田中は彼女に気付かれないように、ひとつ小さく溜息をついた。児文研の入口を施錠していた ことを思い出し、少し気が楽になる。加奈子の背中に手を回し、彼女を強く抱きしめた。 「(笹原……場合によっては恨むからな)」  後に自分たちの勘違いに気付いた二人が、このことを誰かに話すことはなかったという。  もちろん、田中が笹原を恨む筋合いも存在しなかった。

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