ジエール内戦は1832年に発生したジエール帝国連邦の内戦。ジエール帝国連邦維新政府が発足したことにより、旧体制である三党連合政府と内戦状態に至った。さらに維新政府とヴァルエルク共和国間で第二次ジエール・ヴァルエルク戦争が勃発した。維新政府の敗色が濃厚になると、帝連構成国が次々と離脱し、シンテーア帝国の正当性が三党連合政府に移ったため、ジエール帝国連邦は解体となった。その後、維新政府の要人は惑星セルーヴァに避難し、内戦は継続した。最終的に三党連合政府が天嶺皇国と旧構成国を再統合し、ジエール帝国連邦を復活させる。



概要

ジエール政府の新政策

 1797年からイェーナス主席はジエールの国力強化案として、軌道上居留地建設とボルガード人移民の許可を提示した。これに対し、国内では軌道上居留地予算のための税金増加やボルガード人に対する偏見から政権批判が相次いだ。また、フォルバ占領以来ヴァルエルクからの軍事的挑発行為が相次いでおり、穏健派のイェーナス政権は「老害政治の事なかれ主義」として統一秩序機構のイレーナから大々的に非難されるようになる。
 特に労働者階級は、不完全燃焼感のある第一次ジエール・ヴァルエルク戦争の終結に不満を抱いており、学者階級と労働者階級で立場の違いが鮮明になっていた。イレーナは労働者階級を扇動し、学者階級の包囲を仕掛けていくことになる。
 軌道上居留地「シャントヴェント」計画は、岩石惑星の軌道上に立て、そこを資源掘削の拠点とし、ジエールのエネルギー状況を改革する案であった。ジエールの顕著な労働者不足を解決するためにボルガード人移民の自治権を認め、移民を許可してそこで働かせるという計画であった。工作AIでは効率不足であったためアンドロイドを流入するという案もあったが、人民のアンドロイドに対する恐怖感が拭えなかったため廃案となっていた。
 1817年のケナイント主席の時代になると、これが完成し、政府もボルガード人の流入を強行した。この頃になると、ジエールの階級の分裂が鮮明となっており、また税金増加のあおりを受けてレーウス直轄地も不安定になっていた。これを受け統一管理機構は政治的権限を持たない労働者階級から支持を集めることとなる。

イレーナの台頭

 ヴァルエルクの度重なる挑発に対し、イレーナはヴァルエルクとの徹底抗戦を主張した。物量では負けるが、技術力で勝る我が国は、敗北主義者を排除すれば必ず勝利できると訴えた。特に、社会的地位が固定化され、変化と刺激を求める労働者階級はイレーナの主張に共鳴し、「弱腰の学者、強気の労働者」として学者政治主義を非難するようになった。
 イレーナはジエールの学会制が高齢化していると非難し(不死技術の情報を一部開示)、若手学者の影響力が低いことを問題視し、「政治のサイクルを復活させる」ことをマニュフェストとした。
 地方学会ではイレーナの主張を受け、勢力が拡大し、中央会議でも過半数に迫るようになる。イレーナは統一管理機構の改革を実行し、アオン・シオンをはじめとする古参学者の排除を始めた。(アオン・シオンの息子が一人サーヴァリアに亡命していることを取り上げた)また、人民連合内で大派閥を持つモイエナと権力闘争を繰り広げた。
 1827年、イレーナは統一秩序機構の自派閥と、民衆の意見を最も組み込んでいる人民連合で連立政権を樹立した(維新政府)。イレーナは政治改革として、労働者が政治参加できるよう人民院を設立させようとするも、しかし、これはカルニエート4世の拒否権を受け断念する。これはケニアズの初の拒否権発動であり、イレーナはケニアズが民衆の意見を無視していると宣伝し、ケニアズ不要論を発表した。しかし、これはケニアズ崇拝層からの支持を失い、結局ケニアズの政治的権限はく奪に落ち着いた。

第二次ジエール・ヴァルエルク戦争

 イレーナは民衆の支持の下、軍拡を推し進めた。1827年これによる経済状況の悪化から、レーウス直轄地は帝国連邦からの離脱を示唆した。また、旧体制派の軍人がクーデタ(8月クーデタ)を画策したが、これを事前に察知したイレーナに排除され、軍人改革が推し進められた。旧体制派軍人は罷免されるか、解決処分を受けることになったが、リェニュト6の陰謀により多くの高級軍人が死亡判定を受けた状態でヴェオン・レギトに匿われた。8月クーデタの失敗を受け、ヴェオン・レギトは旧体制派の学者を集め、ジエール帝国連邦三党連合政府の設立を宣言した。しかし、三党連合政府は軍艦のほとんどを維新政府に奪われており、また求心力を失っていたことから従う構成国が現れなかった。また、この際モイエナはクーデターに関与したとして解決処分を受けた。これにより三党連合政府はシンテーア帝国の政府となり、ジエール帝国連邦を脱退した。

 イレーナはケニアズの離脱を受け、人民院を設立した。さらに1830年にヴァルエルクの軍事挑発を受け、奇襲的にヴァルエルクに戦線を布告した。人民は初め熱狂状態にあり、維新政府軍はフォルバの戦いに勝利し、さらにフォルバに進行し、地上軍を投下した。
 維新政府はヴェオン・レギトの攻略を同時に行っていた。「サイクルの復活」作戦により、新規製造のシュッリスムスライトを洗脳し、三党連合政府の要人の暗殺を謀った。これは一定の成功をおさめ、複数の古参政治家が暗殺された。しかし、要塞化が図られていたヴェオン・レギトの攻略に失敗し、ヴェオン・レギト攻略はジエール・ヴァルエルク戦争終了後に延期された。
 シュッリルムスライトの統制権は三党連合政府が握っており、通常の陸軍で戦った維新政府は最初の地上戦で失敗した。兵力増強のため、維新政府は徴兵制を導入を発表したが、はじめは熱狂状態にあった民衆たちも自分が戦う番となると突如消極的になり始める。多くの民衆は活動家に釣られ、憂さ晴らしに過激で無責任な発言を繰り返しSNS等を盛り上げていたが、自分の番が来るとは思っていなかったのである。 
 フォルバ地上戦の失敗したが、艦隊はベレーヌ包囲の為に進撃した。しかし、フィハネの戦いで艦隊は数の差で敗北し、遠征艦隊は半壊となる。

天領皇国の内乱

 ジエールとヴァルエルクの戦闘中、天嶺皇国では共産主義者による大規模ストライキが発生していた。ジエール帝国連邦の求心力低下に伴い、天嶺皇国では労働者階級による反乱が発生し、天嶺社会主義民主共和国が独立を宣言した。天嶺皇国はこれの鎮圧にあたるため、ヴァルエルクとの戦闘にほとんど関与できなかった。
 天嶺社会主義民主共和国にはグロスクロイツが支援したほか、ヴァルエルクが武器をレンドリースしていたため、天嶺陸軍は苦戦を強いられた。

帝国連邦の解体

 1835年、維新政府の配色が濃厚になると、ヅェアトロット、エルトゥンユルントが帝国連邦離脱を一方的に宣言した。ヴァルエルクは惑星ヒェルニエに上陸し、維新政府の要人は惑星セルーヴァに避難した。維新政府はヴァルエルクと停戦協定に入る。ヴァルエルクは惑星ヒェルニエをすでに陥落させ、エルナーゲリテーンにも上陸を開始した。
 しかし、維新政府の逃亡先であるセルーヴァを攻撃するには交戦状態にない三党連合政府の惑星ヴェオン・レギトが障壁となっていた。ヴァルエルクは維新政府とではなく、三党連合政府と戦後処理の協議を開始した。そのころ惑星レーウスの国家トレス=プトーキオンが急拡大を続けておりヴァルエルクはそれを抑えるべく停戦を急ごうとした。ヴァルエルクにとってジエールの内戦が継続し、国力が消耗されることは好ましいことであり、ヴァルエルクは意図的にジエールの内戦を継続させた。
 とはいえ、窮地に立たされた三党連合政府も交渉の余地はなく、ヴァルエルクの言い分をそのまま飲むことになった。戦後処理は以下の通り。

  1. ジエール帝国連邦の解体(維新政府はジエール帝国連邦を名乗っているが、国とは認めない)
  2. レーオント・レイオンをヴァルエルクの直轄地とし、ヅェアトロット、エルトゥンユルント、ヴェルゼンを独立させる。ヒェルニエ共和国とし、それぞれ自治州とする。
  3. 惑星レーオントレイオンをアインスネルク共和国として独立させる。
  4. 過去及び、現在の戦争犯罪人としてケナイント、プロアイス、ケルスト、イレーナを引き渡すこと。イレーナに関しては、シンテーア帝国が惑星セルーヴァを攻略しとらえること。

反知の時代

 三党連合政府は4の条件に関して、最後まで抵抗したものの、イレーナ以外の当事者たちがシンテーア存続のため、それを受け入れ、すべての条件を承諾することとなった。その結果ケナイントは惑星ヒェルニエでの虐殺の罪を問われ死刑、プロアイスはジエール・サーヴァリア戦争での生物兵器の罪を問われたが証拠不十分で無罪となる。ケルストはフォルバでの資本家弾圧の罪を問われ、懲役30年が求刑された。しかし、フォルバの人民が減刑を求め、結局懲役8年の判決を受けた。その後最終的に3年に減刑された。
 維新政府が惑星セルーヴァで存続しているものの、ジエール帝国連邦が事実上解体となったこと。1840年にトレス=プトーキオンが超古代文明の起源を主張すると、各国ではスピリチュアルブームが巻き起こる。ジエール帝国連邦という学者の土台を失ったことにより、各国では同時に学者の社会的地位が低下し、インフルエンサーが世論を扇動し、学者が弾圧される時代へと移り変わっていた。スピリチュアルが足かせを失い、レーウス宙圏は科学的な主張が非科学的な主張に捻じ曲げられる混乱の時代を迎えることになる。
 1844年のサーヴァリアでのB型解雇事件など様々な反知的事件を受け、多くの科学者がシンテーア帝国への亡命を求め始める。三党連合政府はあくまで管理主義を掲げていたため反知の影響を抑え込むことができたが、独立した惑星ヒェルニエは半管理主義的なヅェアトロットと反知に飲み込まれたヴェルゼン、エルトゥンユルントの分裂が顕在化した。ヴァルエルクではプトーキオンの台頭を受けて、非人類弾圧の流れが過激化し大混乱を迎えることになる。特に、プトーキオンが主張するレーウス人類起源説の影響を受け、各国では人類の優越感が発生しており、非人類への迫害へとつながっていた。特に、多種族国家となっていたヴァルエルク共和国はこれの扇動を受け、かなりの被害を受けることなる。

 1850年〇〇事件が発生する。差別を受けた非人類が人類を逆差別したヘイトクライムである。これを受け、各地で反知勢力が非人類種族への弾圧を強める。ヴァルエルクでは非人類批判のデモ隊が治安維持のため制圧され、さらなるデモに発展するなど暴動が相次いだ。さらに人類至上主義、神秘主義が盛り上がると、数十年で所属国が転々としていたフォルバ、パグル、ジェダが完全に反知により占領される。さらに、自然崇拝が盛んな天嶺皇国でも反知が活発化し、「前衛皇道派」が台頭し、共産勢力に加え、三つ巴の内戦となった。

内戦へ


三党連合政府による統合


ロヅロナ・エミュンスの誕生


関連項目

最終更新:2021年11月10日 08:05