中の人のショートストーリー処女作 練習帳


主な登場人物


  • ヴァンス・フリートン
 この物語の主人公。遺伝子改変によって不死化しているが、旧世代の国産技術のため徐々に老衰した。
中年相当の外見である。革命以前の独裁者で今はアリウス大公の下僕。ジエール帝国連邦に妻がいる。

  • アリウス・エルク=レミソルトインフリー
 事実上の最高権力者。第3世代相当の施術を受けており、一世紀を経てなお若々しい外見を保つ。
拷問とパチスロをこよなく愛する。残念な淑女。冷血母公の異名で恐れられるが、庶民には優しい。

  • テンゼム・ユールヴェトラス=ガルムラット
 第2世代相当の不死者。フリートン政権下で治安維持軍の特殊部隊を率いたが、革命末期に反乱軍へ寝返った。
上級大佐。現在は護衛部隊の隊長を努めるが秘密裏に諜報工作活動も担う。アリウス一番のお気に入り。

  • イェルサ・フォールリング
先の革命において反乱軍を率いた。救国の女性軍人。ジエール帝国連邦の支援で第3世代相当の不死者となる。
 誰もが人権を有する理想の共立社会を目指すが、新体制の現状に失望している。更なる変革のため、暗部の内情を探る。

  • ザルドゥール・ヴィ・ヴェイルストレーム
 フリートン旧政権下で最終防衛ラインを死守した。救国の大英雄。長命種のため革命から200年以上を経た現在も現役である。
現在の階級は宙軍元帥で統合革命軍の実質的なトップに立つ。旧政権の弾圧により一時期ニーネン=シャプチに亡命していた。

側近達の日常


 アリウス・エルク=レミソルトインフリー。 眼前におわすこの国の独裁者は自身の周囲にホログラムを展開した。

 愛用のマルチディスクによって表示された山の如き要望書を難なく捌き、流れるような所作で三次元スクリーンを回していく。まるでどうでも良いと言わんばかりの対応だが、そのひとつひとつの案件に重大な意味が込められているであろうことは想像するまでもなく、彼女の仕事ぶりを凝視する各省長官の表情を伺うだけで容易に察せられた。


「正気ですか?」


 うっかり口を滑らせてしまった高級官僚は即刻近衛兵によって拘束される。
そして彼女に心酔する近衛部隊長ガルムラット上級大佐が吼えるまでが定番の流れであった。


「官僚風情が。アリウス様に口答えをするとは何事だ。 身分を弁えい!」


 例のごとく、深い溜息が漏れる。一体、いつになれば出国の許しを得られるのか。

 獰猛な男の切っ先が、私の喉下に突きつけられる。控えめに言っていかつい風貌だ。短く刈り上げた金髪と剃刀のように鋭いつり眉を逆立ている。北方人特有の浅黒い肌を持つが、共通人種であることを証明するエメラルドグリーンの眼光を放っていた。敵を切り刻むことに至上の悦びを見出す真性の殺人鬼が私の前に。そして、彼が敬愛してやまない当の独裁者の表情は子供を見守るかのような慈しみに満ちていた。


「フリートンさん? 何か、仰りたいことでもあるのかしら」


 にこにこと優美な笑みを浮かべるその様子に殺す気はないことを信じる他なく。
私は連邦理事会の列に目をやり、申し訳なさそうに言った。


「いえ。そのようなことは…… ただ、大公殿下のご公務を拝見し、この者らの仕事が残るのか不安で」


 宮廷評議会の列からくつくつと陰湿な笑いが起こる。侮辱された各省理事の中にはわなわなと震えている者もいたが、最高議長ともなると流石に慣れてるらしく、肩をすくめてウィンクを飛ばしてくれた。独裁者が頷く。この答えに満足したのか、ガルムラットは剣を鞘に収め所定の位置に踵を返した。


「そう。心配しなくても皆さんの功績は逃げませんよ。 安心なさいね」


ある日の憂鬱


 あらゆる政敵を粛清した後、実質的な最高権力者として君臨するこの国の独裁者の伝説から付けられた異名が冷血母公で、「アリウスおばさんを召還すれば敵対勢力もろとも消滅できる」斬新な自殺方法が流布されて久しい。それほどまでに絶大な影響力を誇る彼女の容姿は絶世の美女とまで称えられ、100歳を過ぎた今日に至っても10代同然の若々しい肉体を保っていた。精彩な黄金のセミロングヘアーに透き通るような翠玉の瞳を持ち、もう片方の左目は淡く美しいアクアマリンの色彩を放っている。民族の融和を象徴する尊い血筋で、そこに異議を唱えることは口が裂けても許されない。

 社交界の花形に相応しい端整な顔立ちのその人は、この国の人間であれば多くの者が憧れる高嶺の華となって国中を魅了したのである。この場で虐げられている側近達を除いてだが。そんな彼女は今、亡き先代の形見である赤いベレー帽を被り、漆黒の軍服に一切の勲章を飾らない質素な正装を身に纏っていた。そしてまたひとつ、ロフィルナの命運を決定付ける重大な決定事項が下されようとしている。

 さすがに我慢ならなくなったようで、最高議長の真横に立つ財務省長官が声を荒げて抗議した。


「お待ちください! それは、あまりにもご無体が過ぎます!」


 ああ、同感だ。全くもって同感だが、知る人ぞ知る反重力スロットの刑をこの男は恐れていないらしい。


「大公殿下っ!! これは人の生死に関わる案件ですよ!」


 高級なプルームダールブランドのスーツに身を包んでいるが、相変わらずの迫力だ。すらりと引き締まったその体は優に平均身長を抜いており、意識転送を禁じている諸外国の人間からすれば300歳を超えた老人とは思えないだろう。尤も、外見が老けて見えるだけで高度な医療を享受している彼もまた軽快な運動能力を誇るのだが。

 この国を蝕む階層の固定化は、如何に電脳施設による恩恵で誤魔化そうともリアルに活動できない多くの仮想市民の憎悪を誘った。そして、富裕層による現実空間の独占を良しとしない強大な武装勢力がロフィルナ本土の大部分で睨みを利かせている。そんな状況にも関わらず大きな行動に出るいうことは、既に暗部の了承も得られたと見るべきか?ガルムラットとともに直立不動の姿勢を保つフォールリング中佐が私に目配せをする。ロフィルナでは珍しい黒髪の美人だ。

 私は良識ある宮廷評議会の従士として、今にもアリウス大公に掴みかかりそうな財務相の肩を制止する。
そして、これ以上はない964年分の哀愁を込めて警告した。


「やめなさい。 無駄です」


 今はシンテーア暦2019年である。ロフィルナ新暦に直すと964年の冬で彼にも家族がいるのだから。事実、周囲の者は屈強な近衛兵も含め誰一人として口を開かない。この場にいる全員が恐怖によって統制されていたからだ。そうこうしている間に公務を終えた件の冷血母公はゆるりとこちらを見やり、儚く微笑む。 


「……」


 吐き気を禁じえない。いまはもう21世紀だというのに。なぜ私はここにいるのか?


「フリートンさんの助力でわたくしの仕事も順調ね。ご褒美を楽しみにしてなさいね」


 いらんわい ババア

 それ以外の感情が沸かなかったが、決して本心を表に出すことはなく、胸に手をやり、深々と頭を下げて礼を述べた。


「ありがたき幸せに存じます……」


ブラック御前会議


 いまやこの国でこの女に逆らえる者は存在せず、かの三大財閥でさえ自ら尻尾を振って新体制への移行に協力する始末。そのこと自体は歓迎されるべき点に違いはないのだが、それでも私はこの独裁者の公約に別種の陰謀を疑わずにはいられなかった。実際にどれほどの犠牲を強いたのか。そして何度亡命を試みたことだろう。全て失敗してこの様である。忌々しい。ガルムラットのクソ野郎が言わなくても良い嫌味をぶつけてくる。


「いま、貴君が公職に留まっていられるのはひとえにアリウス様の温情によるもの。 それを忘れるな」
「肝に銘じております。 私フリートンはこれまでの言動を深く反省し、忠誠を尽くすことを誓いました」


 連邦理事会の列からどっと笑いが起こる。うるさいぞ……まったく。


「うん。 もう下がっていいぞ」


 あのロフィルナ革命の前夜……

 一時的にであれ、全てを手中下に収めていたこの私が今の有様を見たら何とするであろうな?
そこまで考えて、不毛であることを再確認する。歩く破滅概念が手を叩き、皆の解散を促した。


「それでは、本日の会議はここまで。お分かりかと存じますが、くれぐれも本件に関することは内密に」


 なにを今更。通過チェックの時点で暗示をかけてるだろ。

 近衛兵の敬礼を受け、すごすごと退散していく各省の長官達には19年分の悲しみが宿っている。私はその光景にある種の感銘を受けつつも深い諦観の念を再確認していた。国民のための段階的な行政改革。これまでに多くの偉人が挑戦し、幾度となく失敗してきたその計画を眼前の独裁者が成し遂げようとしている。そう、この女に対抗でき得る政治勢力など、もはや存在しないのだから。それは、多くの連邦国民が求めてやまない理想の共立社会のようで実際にはコントロールされているも同然の地獄だった。例え更なる屍を積み重ねようとも、常に御側に付いていなければならない私の絶望の方が遥かに重い。残念な美魔女の命令が場内に響く。


「そんな疲れた顔をされても、政治の責務からは逃れられませんよ? ほら、さっさと済ませてきなさいな」


 ここは研鑽主義者の巣窟なのか?時刻はとうに日付を超えている。
意図したわけではないが、そこらへんで屯するチンピラのように顔を顰めてしまった。
隣に座るヴェイルストレーム連邦宇宙軍元帥が目を閉じたまま呟く。


「これは独り言だが。 イドゥニア侯。 統合参謀本部は貴君の軍政改革を高く評価しているようだぞ」


 彼なりの皮肉か、慰めのつもりか知らんが。懐かしい故郷の名を聞き、切なくなった。

 ツォルマリア人特有の淡いパープルヘアーでオールバックに整えている。透き通ったアクアマリンの瞳。この国で最も誉れ高く名声も揺ぎない真の英雄だ。ロフィルナが建国される遥か以前から宇宙艦隊を率いてきた。私が政権を掌握していた頃には随分と酷い仕打ちをしたものだが。全く恨みを感じさせない。そんな彼に礼を述べようと立ち上がったが……


「大公殿下のお越しだ」


 迫りくる瘴気にヴェイルストレーム元帥は敬礼を返し、素早く立ち去ってしまった。


「……」


 一通りの調整を終えて、満面の笑みを浮かべた不動の殺害聖母がこちらに近づいてくる。恐ろしい…… 後年、共立改革の英雄に列せられるであろう本物の怪物が今、私という存在を吟味していた。この凄惨たる状況から彼女が望む最良の選択をしなければならない。私は、意を決して前に出た。

在りし日の地獄分岐点



「……お疲れ様でございました。殿下。 茶と菓子を用意しております。 どうぞ、こちらにお寛ぎください」


 奴隷道を極めしプロフェッショナルは一瞬の緩みもなく次の呪言に備える。この机に並べたるは大宇宙の中でも最上の品質を誇る偉大な創作物であり、それでいて鼻に付かない至高の彩りを演出した。これを手に入れるためにコツコツと溜めてきた全ての私財を投じて立派な茶菓子職人を召集したのだから、笑うしかない。そう、この国から支給される私の所得はこの女を喜ばせるためだけに存在するのだ。


「ありがとう。 貴方も一緒にね」


 悪魔が微笑む。 心にもないことを。 この慈しみに溢れた様子に騙されてはいけない。


「はい、アリウス様」


 この女のことだから、きっと。


「お話しようか」


 こうなる。鳥肌が立つほどのトーンで、光を失った獰猛な上目遣いでこちらを睨みつけてくる。この悪魔はいつだってそうだ。人を安心させておいて奈落の底まで突き落とすんだ。まさに鬼畜の所業。はやく老いさらばえて死ねば良いものを。そんな冷血母公の頭上から、例のスロットマシーンが降りてくる。私は足元でガタガタと震えている軟体生物(?)すらんちくんをそっと蹴り飛ばし、側面の安全地帯へ転がした。それを護衛のフォールリング中佐が拾い上げ、こちらを見据えたまま後方の窓に素早く放り投げる。つよく生きろよ……


(ばふぅうぅぅ)


「……」


 可愛らしい叫び声を聞き届けたところで、例の物体に目をやる。

 禍々しくも淡い光を放つその黒き存在は丸い形をなしており、精密な反重力機構によって滑らかに飛行することも可能となっていた。そして、中心部のスライドが開いたその瞬間をもって厳粛な審判が始まるのである。尤も、眼前の悪魔は拷問の内容をリールの揃い具合で決めているため、運が良ければ赦されるかもしれないが。これから起こるであろう地獄の苦痛を和らげるべく、溜息交じりに返答した。


「謹んでお受けいたします……」


 いったい、わたしがなにをしたというのかね。

 遥か遠い地で帰りを待つ愛しき妻との思い出に浸りながら最後の時を噛み締めた。何せグリーンとブルーほど想像力を駆り立てる組み合わせはない。狂気の色を帯びるオッドアイの瞳に射抜かれた時、何者であろうと生き残ることは叶わないからだ。飛行スロットのリールが、回り始める。共立体制の紋章が三つ揃えば大当たり。この世のものとは思えぬ、酷薄な地獄絵図が、そこに。

 ああ……始まったな



 BAD END



関連項目

最終更新:2019年10月18日 21:57