リドスウニファ主義(lidosunifa shazak)とは、現:全シルア労働者連盟、惑星シルアアラにおいて発展した、各国のカルツァーハにおけるナンレ体制を「カールバルセヌーシェを超えたカルツァーハにおいてカールバルスタを増長する不必要な体制」であるとし、カールバルスタを構築するナンレスハーシャスィボルーシャ足りうる存在であるとして、カルツァーハからナンレ的制度を取り除くことによって、リドーシャによるコミュニティ化(リドスウニファ化)並びにハピの公平な分配を達成しようとする姿勢。
一般的に、惑星シルア史におけるリドスウニファ主義をクリャハ主義、大宇宙世界におけるリドスウニファ主義をクラニアスリヤ主義とすることが多い。

(リドスウニファ主義のカラー)


概要

シルアにおいて主要な思想である。
リドスウニファ主義の原則は「公平」であるとされる。これは「ナンレからの脱却」、「リドスウニファによるカルツァーハの管理」、「カールバルスタへの対策」「ナンレスハーシャの排除」を含むとされる。

ナンレの否定

ナンレとはユナイスハ語で直訳すると「権威」を意味するが、本稿におけるナンレはユナイスハ哲学における「権威主義体制によって制御されるカルツァーハ」の意味を含む。これは貴族や資本家などの「カルツァーハを管理統制する者(ナンレスハーシャ)」が「権威によってカルツァーハを支配している」状態のカルツァーハのことである。リドスウニファ主義において、ナンレ体制のカルツァーハがカルツァーハ内部にカールバルセヌーシェを超える豊かさを保持してしまった場合、カルツァーハ内部での支配・被支配階級が固定されてしまい、悪意のある支配階級者の存在によって安易にリドーシャへのハピの分配が損なわれるとされ、それを防ぐために一定以上に成熟したカルツァーハはナンレから脱却するべきであると主張される。

カールバルセヌーシェ

カールバルセヌーシェの条件は「リドーシャの社会貢献を受け取るナンレスハーシャがカルツァーハにおける社会基盤の維持を行う」カルツァーハ状態のこと。
技術革新により大量生産などの技術が確立し、"ブランド"が品質を保証しなくなった時、カルツァーハの中身は"ブランド"によって溢れかえり、ブランドの数だけ価値の需要を生み、それらはブランドを作るナンレスハーシャの価値を高める。
これらが究極的に加速した場合、ブランド生産者はブランドという形でカルツァーハ内部の本来有限である価値を独占し、ナンレスハーシャは自らが供給する価値の量、つまるところ市場に流れる価値の量を制御することによってカルツァーハを支配することができるとした。
アース人に説明しやすくるならば、「インフラを作る組織が、その組織のインフラ規格でのみ動作する装置を同時に売ってはならない」と形容できる。シルア外においてはもっぱらゲーム機で例えられており、
「ゲームを行わないと死ぬ宇宙人がいたとする。そいつらの星ではゲーム機とゲームソフトを同時に売れば神になれる」
という発言が有名であろう。
つまるところ、インフラ規格(ゲーム機、アンドロイドOSなど)とその上でのみ動作するもの(ゲームソフトやAIコア)を同時に販売することは、その販売元の製品の価値と需要を強制的に上げてしまい、その販売者は敢えて値上げを許し暴利をむさぼって民衆を自らと線引きする(=アラニシュ王国)か、馬車馬のごとくリドーシャを働かせ続けることによって価格を下げて自組織のリドーシャを殺すか(=パルキ民衆共和国、大ルーア大衆国)の二択になる、という解釈である。
惑星シルア史において、アラニシュでは前者、パルキやルーアでは後者の現象が発生し、もとより貴族による選民思想が色濃いアラニシュではリドスウニファ主義急進派による革命を招く羽目となった。
つまるところ、カルツァーハ内の需要と供給で物の価値が決まるのであれば、カルツァーハ内の価値の量が変わることはなく、故に「価値」の価値が暴騰して一般民衆の存在価値が無視できるまでに小さくなる、という解釈である。考え方としては管理主義の「オートマタによる労働力の価格が人間による労働力価格を下回った時~」の一節との共通点も見られ、レーウスにおける拝金主義の台頭と比較して考えられることは数多い。
シルアで基盤維持業務といった形で卸売業や運送業がリドスウニファによって厳格に統制されているのはこのためであり、マーカス内戦ではリヴァダー・アイロームによるアンドロイドの企業支配がカールバルセヌーシェの破綻であると考えられ、シルアによる出兵の口実となった。

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関連項目

最終更新:2022年12月19日 22:43
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