概要

 連邦宇宙軍府防衛機密漏洩未遂事件は、1787年、ロフィルナ艦隊において実戦投入されたコユール製のワープミサイル技術の漏洩に端を発する、関係諸国による外交紛争の総称である。当初、ロフィルナ政府(連邦理事会三大財閥政権)はコユール国に対し、係る技術の不拡散を約束していたが、親ニーネン路線を取る連邦宇宙軍府(宙軍府)の暴走を止められず、後の共立政権の時代に収束交渉に務めるなど、然るべき精算を行った。外交史上、最大の汚点と評される一連の不祥事を理由に、戦後革命連邦議会は近隣外交の在り方を根本から見直すことで一致する。

背景

 本件に関しては、ロフィルナ連邦を取り巻く様々な国家間の思惑が絡んでおり、かつフリートン政権による複雑な交渉過程を経ているため、漏洩に至るまでの政治的背景を記述する。1760年代。時のネッツェレール政権(連邦理事会)は、政治主導権を巡る連邦宇宙軍との権力闘争に終止符を打つべく、自らが率いる艦隊戦力の刷新に努めていた。開国以前(連合会議時代)にまで遡る、宙軍府主導の旧アルヴェンスト政権の崩壊から、多くの禍根が残るこの頃、再びの内戦を避けるため、連邦理事会は着々と世論工作を進めてきたのである。

 年々、強硬な姿勢を強めていく本国政権の動きに危機感を深めた宙軍司令部は、1768年、緻密な暗殺計画を元に編成された特殊作戦部隊による強襲をもって最高議長が搭乗する基幹列車を爆散させた。更に暗殺者の銃撃を受け、病院に搬送されたネッツェレールの安否は政権転覆を恐れた連邦理事会によって即座に秘匿される。そのような経緯があり、故アルヴェンスト・グループの方針を引き継いだフリートン政権はニーネンからの保護明けを実現するため、自主外交による国際的地位の向上(主権共立構想の実現)を目指した。

フリートン政権による傀儡偽装

 フリートン政権が発足してから1年後の、1770年。ネッツェレール侯爵が死去すると、ヴァンス・フリートン連邦理事会常任最高議長は宙軍司令部と会談し、緊張の緩和を行うことで一致する。これは事実上、近歴代政権が練り上げてきた統合計画に背く行為と見なされ、実情を知らないロフィルナ国民の多くがフリートン議長による裏切り行為を非難した。

 最終的には当時、最も多くの組織票を有するプルームダール財閥が統制に協力し、収束する方向に傾くが、ツォルマールによる一極体制の確立(第2代パッションベルム時代の再来)は不可避であるかのように思われ、ロフィルナ政府も表面上そのように取り繕う。実質的な力を持たないフリートン議長は、各国情勢を調査の上、水面下の交渉を重ねていった。そうした緊張の中、極度の検閲に怒りを爆発させた民主革命派の暴動が頻発。対するフリートン政権はこれを外界工作員による策謀と断定し、治安維持軍を出動させるなど強硬な手段をもって収束させた。(コルナンジェ凱旋門事件

ガイエン宗教社会主義人民共和国との接触

 1771年。三大財閥の同盟により、求心力を高めるフリートン政権は共立の第一歩としてガイエン国との技術提携を目指した。これは表面上、ニーネン政府に追従する形を取るため、特に警戒を招くような要素はなさそうに思われたが、長期的な利益を考慮し、更なる関係性の発展を計画したものである。事前交渉を滞りなく進め、正式な国交締結がなされると、フリートン議長は徐々に具体的な交易関係の調整を進めていった。

 一方、紛争の余波が残るロフィルナ国内においては、メルダ派武装民兵による学生闘争が勃発。先の民主化運動への弾圧から、国際的非難に晒されるロフィルナ政府にとって、これ以上の事態の拡大は取引先を失いかねない重大事項として危惧された。そのため、連邦理事会による国事マターとして布告し、ギリギリまで治安維持軍の出動を見送るなど極めて抑制的な対応を行ったのである。(ルドラトリア第7学区数学教授解放闘争

サニェーラ独立国の策略

 1773年。トゥーオル・ラーオル最高指揮官は、老朽化する自国戦力の再編のため、ギゼヴトラ・ZHL条約からの脱退を含む新たな軍事計画を秘密裏に進めていた。その実現にあたって大きなキーマンになり得たのが、当時、三大財閥の代表として指揮を取るヴァンス・フリートン常任最高議長であり、親睦を深めていたことからロフィルナ正規軍による代理実験を要請する。フリートン議長はニーネン政府を介さないこの案件に大きなリスクがあることを危惧したが、地元エルタンディークにおける秘密交渉の結果、サニェーラ政府に対して緻密な連携を取ることを優先し、将来の主権共立構想に繋げることで一致した。

 そのような経緯もあり、サニェーラ政府は1775年、ロフィルナ国内において関係職員による情報収集活動を本格化させる。当時の公共局長(公共安全管理局長官)は脱ニーネンを目論むフリートン議長に忖度し、あえてスパイ疑惑の捜査を見送るなどサニェーラ政府による関連機関への干渉を黙認した。このスパイ集団は、戦後革命連邦議会が追求を強めるまで活動を継続する。

ニーネン政府による阻止計画

 1774年。ソプゲン=ナプトー星衛主席は、フリートン政権による離反工作を阻止するため、招民院諜報機関"サナト"による監視体制の強化に努めた。亜人盟約の崩壊が不安視されるこの頃、ロフィルナの政財界ではサニェーラによる諜報活動が継続されており、財閥体制のまとめ役を担うフリートン最高議長の真意を見極める必要が生じたためである。また、ロフィルナ、サニェーラ間で共同研究に関する合意がなされたことを確認すると、すぐさま宙軍府に使節を派遣し、対抗策を調整させる方向で合意した。

 プルームダール財閥は、このようなニーネン政府の動きを主権に対する挑戦と見なしており、フリートン議長に対して共立構想の修正を迫るなど、水面下で対外工作の準備を本格化させたのである。計画を実現するための保険として、サニェーラ独立国に外事局社員を派遣。同国中央機関(銀河鉄省・通信省)に対し、両国の利権*1を人質に取った交渉を行わせた。このような試みはフリートン議長を始め、正式な連邦理事会の決議も経ておらず、長期に渡ってラーオル最高指揮官の恨みを買うなど後のアリウス大公の時代(1900年代)まで引きずることになる。

 1775年。更なる主権領域の拡大のため、親ニーネン路線を掲げる連邦宇宙軍府はフリートン政権の承認を得ることなく招民院シャグマ=ラゴン方面軍第一護衛艦隊との軍事演習に踏み切った。フリートン議長は、そうしたニーネン・宙軍両者の動きを憂慮し、経済界との更なる接近を余儀なくされたのである。ニーネン政府は連邦理事会の暴走を抑制すべく、ロフィルナ駐在艦隊の更なる増派を進めた。連邦宇宙軍もナプトー星衛主席の後ろ盾を背景に一極体制の樹立を目指していたことから、以後、フリートン三大財閥政権に対する政治闘争を強めていく流れとなる。

コユール連合王国との交渉

 フリートン政権による主権共立構想により、国際社会における相互依存体制の拡大を目指していたロフィルナ政府は、国産兵器の輸出を模索するコユール政府と接触し、関係閣僚以下国務次官による二国間交渉を開始した。コユール側からは主に自国産ワープミサイルの輸出を提示され、係る機密情報の不拡散を前提にロフィルナ正規軍が取得する戦術データの提供を希望される。対するロフィルナ政府は自国における当面のライセンス生産の用意があることを提示し、その上で戦術データを提出。最終的には自国軍による完全運用(国産化)に漕ぎ着けることを条件とした。

 両国政府は、双方が派遣する監察官について最終調整を行い、同1775年、実働艦船の追跡を可能とする秘密技術協定を締結する。係る建材の輸出に際しては、国際紛争の渦中にあるロフィルナ政府と、リスクを侵さず権益を拡大したいコユール政府の事情を考慮し、複数のルートを介する段階的履行を進める方向で更なる調整を行った。この計画はニーネン政府の同意を得ておらず、宙軍府の承認も得ていない。つまり、フリートン政権の独断によって実行されたことが後の第二次宇宙大戦シャグマ=ラゴン戦争において発覚する。

ニーネン=シャプチ遠星系軍軍事基地の設置

 1776年。連邦理事会は、3大首都圏においてニーネン=シャプチ遠星系軍軍事基地の設置することを承認する。加えて、宙軍司令部による政財界への切り崩し工作も進められており、これらの圧力に対する不信から、プルームダール財閥は旧16人委員会など反ナプトー勢力との連携を進めていった。この間にもロフィルナ国内では宙軍府による政治干渉が行われ、フリートン議長は当面の間、軍の後ろ盾となっているニーネンへの対策を余儀なくされる。連邦外務省がのらりくらりと追求を躱す中、プルームダール財閥はそうした連邦理事会の弱みを利用し、脚色、リークすることによってサナトの監視を弱体化するよう画策した。

ガイエン・ロフィルナ貿易協定:同軍事技術協定の締結

 1780年。タシュトヘム外交における水面下の神経戦が続く中、ガイエン・ロフィルナ間の経済交流は大詰めを迎え、貿易協定の締結に至った。係る共同出資によって成り立つ極秘の研究チームが編成されると、フリートン議長は連邦機密費を流用し、正式な手続きを得ることなくプルームダール・グループ関連企業の入札を認めたのである。これは議会の事後承認を前提とする超法規的措置であったが、係る有力者に口止め料を支払い、別件逮捕をチラつかせることで黙認させるという強権的手法が取られた。

 以上の流れから、上程の段階で既に既成事実が成立しており、反対派の封じ込めに走るなど軍事利権に纏わる様々な不正が実行されたという。この時、ロフィルナ・ガイエン両国は将来的に数ヵ国を共同開発に加えることを計画し、秘密裏に調整するなどして更なる戦略協定の締結を画策していた。当のフリートン議長にとって、本来の目的は国内外における様々な不平等を改めることであり、そうした信念を利用する体制内の魑魅魍魎を抑制することが急務となっていた。

ブラックボックス機関の運搬

 コユール製ワープミサイルの製造にあたり、管理体制を整えたロフィルナ政府は、1784年、予め合意された協定に従って複数ルートを介した機密交易を開始する。具体的には、コユールで製造されたブラックボックス部分を複数個輸出し、調査用機材とすることで交易ルートにおける第三国の検査をショートカットさせる(または欺く)計画であった。この内、合意の取れていないマーカス・レゼイル航路についてはコユール船が直接運搬するか、それが不可能とされる場合には長期探査能力を有する輸送船により、航路外からのアプローチを試みるものである。輸出に際しては他国による臨検の可能性を想定し、直ちに隠滅できるよう厳重にプログラムしていた。

 ウビウリから先のルートに関しては、闘争同盟による襲撃や、サーヴァリア・エルトリア艦隊などの臨検、クレデリア機関による虚体解析の可能性を考慮し、3つのルートに沿って運搬を行う。一つはレーウス航路と呼ばれる公式ルートで、プルームダール本社の依頼により、企業契約案件としてウビウリ首長国共同体のココ・ビウン傭兵団が運搬を担った。

 2つ目のルートは、ロフィルナ連邦宇宙軍によって設置された仮拠点を経由する。この宙域では、古くからゴルヴェドーラ海賊との小競り合いが頻発しており、非常な危険を伴うものであるが、正式航路を外れるため、外惑星艦隊の全面的な支援を受けられることが期待された。実際の任務にあたっては、サニェーラ宙軍が保有する大型輸送船を用いる。

 最後のルートは、ツォラフィーナを経由する。正式な航路として利用されるものの、最大の問題点はギールラング政府がジェルビア星系を実行支配していることで、主力の征服艦隊が駐留することから、通常、友好国を除いて航行することは叶わない。そこで導き出された答えが、闘争同盟の一翼を担うファルトクノア宙軍の威光を利用することであり、同国と友好関係にあるサニェーラ政府銀河鉄道省の契約案件として臨検をやり過ごすというものである。この時、ウビウリの使節団も同乗したため、時のジェルビア当局は同国との協定を考慮し、中身を改めることなく通行を許可してしまった。

管理主導権を巡る連邦宇宙軍との争い

 1785年。多くのリスクをクリアし、無事、ロフィルナ国内に到着したブラックボックスは基幹ゲートにおいてチェックされ、コユール側の監察官を通じて国道基幹都市サネーラ・コロニーの中継ステーションまで運搬された。その後、新イドゥニア国際宇宙港を経由し、連邦理事会指揮下の惑星軍が引き取ったのである。この間、運搬の護衛を担った宙軍司令部は、連邦理事会に中身が何であるかの説明を要求するも、対外穏健派を率いるザルドゥール・ヴィ・ヴェイルストレーム上級大将の独断により、詳細な検査を行うことなく本国に移送された。しかし、このことが主戦派である宙軍元帥の怒りを招き、まとまりかけていた連邦理事会との外事交渉が決裂してしまう様相となる。

 一方のフリートン議長は、シャグマ=ラゴン戦争を間近に控えての軍事クーデターは事実上不可能であると確信しており、実際、その通りに事が進むにつれてカウンタークーデター(ネッツェレール作戦)を実行するための最終調整を進めた。宙軍元帥は連邦理事会に不穏な動きがあることをニーネン政府に相談したが、解放陣営との戦いでそれどころではないナプトー星衛主席はサナトの引き締めを図る形で連邦理事会に対する働きかけを強める程度に留めた。

経緯

 1787年。それは、激戦極まるシャグマ=ラゴン星系に突如として現れた。戦闘母艦ゼクメテリス・ツェイク・ラッフィーナのミサイル攻勢により、暫しの猶予を得たロフィルナ宙軍は、現場指揮官たるヴェイルストレーム将軍の命令を受け、中央突破による巻き返しを断行したのである。この段階に至り、はじめて新兵器の存在を確信したニーネン政府はロフィルナ連邦に対し、関連情報の共有を要求するも協定違反を良しとしないフリートン政権に拒否されてしまった。加えて、プルームダール財閥はガイエン政府によるアリバイ作りの協力を得ており、対外的には同国との機密保持条項に抵触することから、ガイエン首脳部に問い合わせを行うよう打診したのである。

宙軍司令部情報機関による製造施設襲撃

 1788年X月X日。ニーネン・ロフィルナ両国の緊張が高まる中、体制転覆の危機に立たされる宙軍司令部はサナトの承認を待たずして、外務省職員を拘束、コユール側の監察官を隔離した後、目的の艦艇を拿捕する作戦に踏み切った。この時、ワープミサイルの量産体制を整えつつあったプルームダール財閥は、私兵による抵抗を試み、国際宇宙港において戦闘が起こるなどニーネン政府を刺激するに十分すぎるほどの情報がもたらされたのである。ナプトー星衛主席は、ニーネン国内にあるプルームダール関連利権の接収を検討したが、長期的な観点からロフィルナ政府と亀裂が入ることのリスクを考慮し、断行には至らなかった。

 X時X分。係留ステーションにおいて、当該艦艇の確保に失敗した特務陸戦部隊は、治安維持軍と交戦しつつ国際宇宙港からの脱出を試みた。その際、別件で訪れていたニーネンの大型輸送船に乗り込み、新型兵器を格納。一旦は追撃を免れるものの、離陸後、まもなくして連邦惑星艦隊から停止命令を受けることになる。一連の報告を確認したナプトー主席は、ロフィルナ政府に対し、当該船舶に踏み込まないよう圧力をかけたが、乗員の命を預かるXX船長は追撃艦隊の警告に屈し、無血開場を試みたところで特務作戦部隊によって射殺された。

 船長を失った乗組員らの慟哭は凄まじく、激昂した宙軍大佐の暴走により更に多くの死傷者を出す事態に発展する。この件に関しては、後日ロフィルナ政府が保障するということで一定の収束(完全合意ではない)を見るも、輸送船を事実上拿捕する形になってしまった特務作戦部隊は警告が出ているにも関わらず強硬突破を試み、まもなくして乗員もろとも連邦惑星軍によって撃墜された。

 そして、プルームダール財閥はこの悲劇を大いに利用し、長らく練りに練り上げてきたフリートン議長による軍政改革(ネッツェレール作戦)の実行に踏み切らせたのである。機密を守るためとはいえ、このようなロフィルナ政府の動きにナプトー主席は当惑。同国首脳を取り巻く複雑な情勢はさることながら、益々先鋭化していく「見えざる敵」の策謀に頭を痛めた。しかし、当のフリートン議長はプルームダールの計略に嵌っており、用済みであるとして同年勃発したロフィルナ革命の責任を取らされる格好となる。

影響

戦後遺族団体の怒り

 1793年。ロフィルナ革命の終結から間もなくして、ある職業組合(スガイユン)から非公式の抗議文書がルドラトリアに届けられた。曰く、先のロフィルナ軍による輸送船撃墜事件は、両国の友好関係に大きな禍根を残すもので、今後、二度と同じことが起こらぬよう外交事案の共有を強く求める内容である。また、係る遺族に対する十分な保障を要求するとともに、事の次第によってはロフィルナ企業が有するニーネン国内利権の接収を求める声に苦悩していることも書かれていた。これを受けて、時のアルバス大公は遺族を気遣う内容の書簡を送り、その上で関係スガイユンとの和解に務めるよう暫定政府に命じたのである。

 1794年。アルバス大公の勅令を受け、早期の対応を迫られたロフィルナ政府は、関係各界に書簡を送り、対外主戦論を叫ぶ惑星軍部を説得するよう求めた。紛糾する革命派の手前、事前調整は相当の困難を極めたが、1795年に独自の支援策を講じるということで、一応の収束を見る。フリートン元議長に対し、戦争犯罪を追求する戦後政権は、撃墜事件の保障を前提として、旧ナプトー政権による不当な政治介入を強調する戦術に打って出た。このようなロフィルナ政府の対応は遺族側の不快感を誘うものであったが、同国との関係悪化を望まないニーネン政府の希望もあり、連邦外務省による補償金を受け入れることに合意したのである。

 一方のロフィルナ連邦では国民の血税を投じて前政権の尻拭いをすることに多くの議員が猛反発。各地の倒閥運動が再燃しかねないことからプルームダール・グループは支配下の提携領主に所有財産の殆どを供出させる形で当該戦役に係る損失分を補填させた。ヴァンス・フリートンという強力な後ろ盾を失った中小貴族に抗う術はなく、彼らの多くが、後のアリウスの乱まで憎悪を募らせていく様相となる。財界のトップに立つゾレイモス侯爵は、「そこまでしなければ革命派を抑えることはできない」と熱弁し、先の財閥政権における自らの連立責任を有耶無耶にしたまま戦後処理の終幕を図った。

ニーネン・ロフィルナ外交平等協定の締結

 具体的な交渉にあたり、ロフィルナ政府は、まず、三大首都圏に駐留するニーネン艦隊を含め、全ての軍事戦力を引き上げるよう求めた。次にタシュトヘム同盟における意思決定プロセスの見直し。連邦国内において曖昧とされるサニェーラ独立国との関係を始め、アクース連合の国際的地位を再確認したい、というものである。これに対してニーネン側は前向きな反応を示し、係る同盟諸国の地位は対等であり、ロフィルナ国民の希望に応じることを約束した。そのため、ロフィルナ政府は引き続き両国関係の修復に務めることを伝えたのである。その後も交渉は滞りなく進み、1796年、革命派の暴走が懸念される中、両国政府による外交平等協定の締結を迎えた。*2

コユール政府に対する戦後精算

 1796年。アルバス大公の親政を経て、新たに発足した戦後政権はコユール使節団の要請に応じ、交渉にあたった。再発防止にあたり、まず前置きしたことは、1788年の軍政改革によって全ての命令権者が処断されたことである。また、実行の主体者である連邦宇宙軍府も解体されて久しく、1790年、ファールリューディア講話条約の締結をもってフリートン政権の総辞職に至った経緯が補足された。そして、監督責任を含む数多くの罪状により、戦後フリートン侯爵が拘束された事実を説明する。

 コユール側はそれで免責されるわけではないことを強調し、ロフィルナ側の不快感を誘ったが、「相応の措置は当然である」との同意を得て具体的な調整に入った*3。ロフィルナ側が提示する示談の条件は、当時最新鋭と目される航空戦闘母艦の造船技術を提供すること。その上で両国監察官を大幅に増員。再発防止のための調査委員会を設立し、協力して管理体制の見直しを進めることであった。然る後に再契約を行い、次世代ワープミサイルの独自運用に漕ぎ着けるというものである。

 コユール側はロフィルナ政府が培ってきた運用ノウハウの提供を希望し、特にギールラング艦隊との戦闘データを求めるなど更なる調査船団の任務に活かしたい考えを伝えた。ロフィルナ側は一時返答を保留するも、そう遠くない日に結論が出るであろうことを伝え、連邦議会に正式な契約案件として上程したのである。1797年。同胞院の賛成多数をもって成立した決議案を元にロフィルナ政府は更なる調整を進めた。最終的にはコユール側の提案を受け入れる方向で合意し、ロフィルナ側がライセンス運用するワープミサイルのブラックボックス部分を開示。旧世代のものとはいえ、想定していたよりも早く独自運用への道が開けたことに多くの軍人が喜びの声を上げた。

対ガイエン戦略協定の棚上げ

 ロフィルナ革命が終結して暫く、戦後処理を巡る諸勢力の和解に努めていたアルバス大公は、自ら臨時執政官を兼任し、体制内に残る監督責任者の選別を進めたという。これは誰に詰め腹を切らせるのか追求することを意味しており、実際のパワーバランスを考慮せざるを得ない苦行とされた。戦後体制の在り方を巡るヴァルエルク共和国との対立も激しさを増す中、孤立を避けたいロフィルナ政府は当面の間、係る実働試験を見送る方針を固めたのである。

 無論、これは表向きの体裁を取り繕ったに過ぎず、次世代兵器(通称、量子鉄球)の開発自体は継続されたが、その事業規模は戦前の10分の1にまで縮小するなど、ファルトクノア内戦が終結する1809年まで事実上凍結に等しい措置が下された。ガイエン政府は、そうしたロフィルナ政府の事情を考慮し、プルームダール財閥を始めとする三大グループに炭酸技術の有用性をPRしていく流れとなる。これにより、ロフィルナ国内では多くの関連商品が生まれ、戦後世代による新たなファッション文化の熟成に繋がった。

外界工作員に対する取り締まりの強化

 1800年。時の共立政権による理事会政令が施行されると、これまで活動を継続していた多くの工作員が公共当局によって拘束された。この方針転換は、戦後共立体制に連なるプルームダール財閥(ゾレイモス・ヴィ・ケレキラ=プルームダール侯爵)の要請に基づいて実行されたものと指摘される。本件は対外強硬路線を主張する革命派の抗議に押される形で上程され、結果的に経済界の圧力を招くなど更なる混迷を深めていった。以上の経緯により、連邦理事会は同盟国を含む全てのエージェントを摘発対象として指定したのである。

スパイ疑惑に関する対サニェーラ交渉

 当時のロフィルナ国内において、最も大規模に活動するサニェーラ政府に対しては、連邦外務省による次官級の抗議文書が送付された。その返答如何によっては、トップレベルでの争点化も辞さないという強烈な警告を含んだ内容である。サニェーラ政府は、ロフィルナ連邦に対する一連のスパイ疑惑を否定。その上で同盟国を相手に強硬路線を取ることの長期的な損失を主張し、戦後ナショナリズムに傾倒するロフィルナ政府を説得した。水面下における交渉の結果、両国政府は次の通りに合意する。

 まず、公共当局によって抑留されている関係者の釈放と引き換えに、主要な都市鉄道利権をロフィルナ側に譲渡すること。更に係る職員の帰国費用をサニェーラ側が負担すること。また、然るべき安全保障が実行されるまで同国製アンドロイドの入国禁止措置を受け入れるという、一定の忍耐を強いるものであった。ラーオル最高指揮官は、一連のスパイ活動から得られた情報を精査し、少なくとも現時点において、ロフィルナ艦隊による対ファル全面戦争の調整は行われていないことを確認する。

 これは同共和国との友好関係を持続したいサニェーラ政府にとって、大きな活路になり得た。ロフィルナ国内で暗躍する反サニェーラ勢力に関しても、差し迫った脅威ではないとの結論に至る。一方のロフィルナ政府は、係る機密情報が流出した場合に捜査対象を絞らざるを得なくなることを警告しており、万全の訴追体制をもって追い詰める用意があることを示唆していた。以上の流れから、両国は暫しの間、重度の神経戦を繰り広げる様相となる。ロフィルナ・ニーネン両国は件のZHL計画を含め、条約違反も厭わないサニェーラ政府の動向を注視することで合意した。*4

プルームダールによる戦後共立体制の確立

 真の裏切り者とされるゾレイモス侯爵は、戦中、ロフィルナ国民のナショナリズムを煽り、内戦に至らしめた戦犯であるにも関わらず非常な論理でアルバス大公を説得し、保革共立の交渉を主導させた。更に戦後軍拡を推し進めるなど、影の最高議長として長らくロフィルナの政財界に君臨し続けたのである。このような人物が連邦の意思決定に影響を及ぼし、更なる残虐行動*5を招いていることに多くの知識人が疑問を抱いた。そのため、プルスティア主導の戦後捜査に一定の進展を見たが、実際の訴追に至るには1900年代アリウス大公の覚醒を待たなければならなかった。

関連記事

最終更新:2020年10月24日 06:59