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とりかへばや・国文大観1 - (2015/02/10 (火) 15:47:09) のソース

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いつの頃にか、權大納言にて大將かけ給へる人、御かたち身のざえ心もちゐよりはじめて、人がら世のおぼえもなべてならす物し給へば、何事かは飽かぬ事あるべき御身ならぬに、入知れぬ御心のうち物おもはしさぞいと盡せざりける。北の方ふたどころものし給ふ。一人は源宰相と聞えしが御むすめに物し給ふ。御志はいとしもすぐれねど、人よりさきにみそめ給ひてしかば、おろかならす思ひ聞え給ふに、いとゞ世になく玉ひかるをとこ君さへ生れ給ひにしかば、又なく去り難きものに思ひ聞え給へり。今一ところは藤中納言と聞えしが御むすめに物し給ふ。御腹にも、姫君のいといと美くしげなる生れ給ひしかば、さまざま珍らしく思ふさまに思しかしつく事限り探し。うへたちの御有樣のいづれもいとしもすぐれ給はぬをおぼすさまならすロ惜しき事におぼしたりしかど、今はきんだちの、さまざま美くしうておひ出で給ふに、いづれの御方をも捨て難き者に思ひ聞え給ひて、今はさる方におはしつきにたるべし。君逹の御かたちのいづれもすぐれ給へるさま、唯同じものとのみ見えて、とりもだがへつべう物し給ふを、同じ所ならましかばふよりならましを、所々にて生ひ出で給ふぞいとよかりける。大かだは唯同じものと見ゆる御かたちの、若君はあてにかをりけだかくなまめかしきかた添ひて見え給ふ。姫君ははなばなとはこうかに、見ても飽く世なく、あた</p>
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うにもこぼれちるあいぎやうなどぞ今より似るものなく物し給ひける。いづれも、やうやうおとなび給ふまゝに、若君はあさましうものはちをのみし給ひて、女房などにだに、少し御まへ遠きには見え給ふ事もなく、父の殿をも耻かしくのみおぼして、やうやう御ふみならはしさるべき事ども教へ聞え給へど、おぼしもかけす唯いと耻かしとのみおぼして、みちやうの内にのみうつもれ入りつゝ繪かきひゝなあそび貝おほひなどゑ給ふを、殿はいとあさましき事におぼしのたまはせて、常にさいなみ給へば、はてはてぱ涙をさへこぼして、あさましうつゝましとのみおぼしつゝ、唯母上御めのと、さらぬば、むげにちひさきわらはなどにぞ見え給ふ。さらぬ女房などの御前に參れば、御几帳にまつばれて、耻かしういみじとのみおぼしたるを、いと珍らかなることにおぼし歎くに、又姫君は、今よりいとさがなくて、をさをさ再にも物し給はす、とにのみつとおはして、若きをのこどもわらはべなどゝ、鞠小弓などをのみ翫び給ふ。御いでゐにも人々參うて、文作り、笛吹き、歌うだひなどするにも、走命出で給ひて、諸共に人も敖へ聞えぬ琴笛のねも、いみじ5吹きたて、彈き鳴らし給ふ。物うちすんじ、歌うたひなどし給ふを、參り給〜ハ殿上人、かんだちめをどは、めでうつくしみ聞えつV、かたへは敖へ奉りて、この御腹のをば姫君と聞えしは、ひがことなりけりなどぞ皆思ひあへる。殿のみあひ給へる折こそとりといめても隱し給へ、人々の參るには殿の御さうそくなど玄給ふ程、まつ走り出で給ひて、かく馴れ遊び給へば、なかなかえ制し聞え給はねば、唯若君とのみ思ひて、けうじうつくしみ聞えあへるを、さ思はせてのみ物し給ふ。御心の中に<br />
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四四三<br />
ぞいとあさましく、かへすがへすとりかへばやとおぼされける。がくいひいひても、をさなき程は、今おのつからなど慰めて、さてもあり。やうやうとをにもあ塗り給へど、猶同じさまなるを、こはいかゞずべきと、よとともにば、なげかはしきょゆはかの事なかりけり。さうこも年月過ぎば、おぼし知る事もとのみ待ち給へるを、をさをさなほり給ふまじく見はて給ふに、猶いと珍らしう、世にためしなき御こゝちぞゑ給ひける。今はかろびたる御ありきも、つきなき程の御よそぼしさなれば、殿廣々と造りて、西ひんがしの對に、二所の北の方を住ま</p>
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だちをも、今はやがて聞えつけて、若君姫君とぞ聞ゆなる。春のつれづれ御ものいみにて、のどやかなる晝つ方、姫君の御方に渡り給へれば、御帳の内にぞ箏の琴をしのびやか"彈きずさび給ふなる。女房などこゝかしこにむれ居つゝ碁雙六などうちて、いとつれづれげなり。御帳押し遣りて、「などかくのみうもれては。盛りなる花の匂ひも御覽せよかし。もだちなどもあまういぶせく、物すさまじげに思ひて侍るや」とてゆかに押しかゝ釦て居給へば、みぐしはたけに七八寸ばかりあまりたり。はなすゝきの穂に出でたる秋のけしき覺えて、裾つきのなよなよと靡きかゝらつゝ物語に扇を廣げたるなど、こちだく言ひたる程にはあらで、これこそなつかしかりけれ。いにしへのかぐや姫も、げにかくめでだきかたは、かぐしもやあらざりけむと、見給ふにつけては、目もくれつゝ近く寄り給ひて、「こはいかでかくのみばな<br />
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りはて給ふにか」と涙をひとめうけて、御ぐしを掻きやり給へば、いと耻かしげにおぼし入りたる御氣色、あせになりて、御顏の色は、紅梅の険き出でたるやうに匂ひつゝ、涙も落ちぬべく見ゆる御まみの、いと心苦しげなるに、いとゞ我もこぼれて、つくづくとこともとなくあはれに見奉り給ふ。さるはかたばらいたければ、つくろひけさうじ給はねど、わぎともいとよくしたゐいろあひなり。御ひだひがみも汗にまうかれて、わぎとひ斡うかけたるやうにこぼれかゝわつゝ、らうだくあいぎやうづきたり。白くおびたいしくしだてたるは、いとけうとかうけゆ。かくてこそ見ゑかわけれと見ゆ。十二におはすれど、片なりにおくれたる所もなく、人がらのそびやかにて、なまめかしきさまぞ限なきや。櫻の御ぞの、なよゝかなる六ばかりにえび染の織物の、袿あはひにぎはゝしからぬを着なし給へるを、人がらにもてはやされて、抽ロ裾のつままでをかしげなり。いであさましや、尼などにて、ひとへにそのかたのいとなみにてやかしづきもだらましと見給ふも、くちをしぐ、涙ぞかきくらされ給ふ。<br />
「いかなりし昔のつみと思ふにもこの世にいとやものぞかなしき」。西のだいに渡り給ふに、横笛の聲、すこく吹きすましたなり。室に響きのぼうて聞ゆるに、我が心ちもそいうしく珍らかなり。これもさななりと聞き給ふに、又心ちもかき亂るやうなれど、きうげなくもてなして、若君の御方をのぞき給へば、うちかしこまうて、笛はさし置きつ。櫻山吹など、これはいろいろなるに、萠黄の織物の狩衣、えび染の織物の指貫着て、顏はいとふくらかに、いろあひいみじう清らにて、まみらうらうしう、いつことなくあぎやかににほひ滿ちて、あいぎ<br />
四四四<br />
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口四五<br />
やうは、指貫の裾までこぼれ落ちたるやうなり。見まはしく目も驚かるゝをうち見るには、落つる涙も物のなげかしさも忘れて、うちゑまるゝ御さまを、あないみじ、これももとの女にて、かしづき立てたらむに、いかばかりめでだくうつくしからむと、胸つぶれて見たまふ。<br />
御ぐしも、これ・は長ざこそおとりたれ、裾などは、扇をひろげだらむやうにて、だけに少しはつれたるはどに、こぼれかゝれるやうだい、かしらつきなど、見るもとに、ゑまれながらぞ心のうちはくらさるゝや。いとたかき人の子どもなどめまだ居て、碁雙六うち、華やかに笑ひのゝしう、鞠小弓など遊ぶもいとさまことに珍らかなり。あないみじのわぎや、きても、これはかくてあるべき事かは、いまはともかくしなすべき方のなきも、今更にせめて、女にとりなすべきやうもなかめり、是も法師になして、人に交らはせす、後の世をつとめさせむこそよからめと躯ぽすも、心々は又さしもあらじかし。かばかりのすくせなりければ、今少しいひどころあることもこそまざらめ、ほい深き道心ならぬものから、みないだづらにしなして止みなむよしなさよなどおぼしくだく。世に似すつたなかりけるすくせかなと、かへすがへすおぼし知らる。かやうの君逹は、おのつからしどけなくもあるを、こればいといみじく、今よりはかばかしく、ざえがしこくて、おほやけの御うしろみにおひ出で給ふ。琴笛の音も、天地を響かし給へるさまいと珍らかなり。どきやううちし、歌うたひ、詩なとすんじ給へる聲はまこまことに斧の柄も栲ちぬべく、故郷忘れぬべし。何事も更に飽かぬことなき御有様を、かくのみおぼし亂るゝぞいとはしかめる。かゝる御ざえかたちすぐれ給へる事やう<br />
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やう世に聞えて、うち、春宮にも、さばかり何事にもすぐれたなるを、今まで殿上などもせさせす、まじろいせぬ事と、盡せすゆかしがらせ給ひて、大將殿にもたびたび御けしきあれど、いとゞ胸つぶれ、あさましくかだはらいたければ、いまだいわけなきさまを奏して取り出で給はぬ、をわらはすがためならさじとするならむとて、か5ぶりをさへおしてたまはらせてとくとくおとなびさせてまゐらすべきさまにのみ、だびたび御けしきあるにさへ、いかに聞えて參らせぬやう有るべきならねば、さうとては唯きらばあるに任せてあるばかり、これもさきの世の事ならめ、かゝるすぢにても、おのおのさても物し給ふべきちぎりこそはと、ひだぶるにおもはしなりて、今年は御裳着御元服、我も我もと急ぎ給ふ。その日になりて、この殿の御しつらひよのつねならす磨き立てゝ姫君わだし奉り給ふ。ひんがしのうへも渡り給へり。大殿ぞ御腰はゆひ給ふ。ことさとしからぬはねぢけたれど、さすがに傍らいたくおぼすなるべし。かゝる御事どもを聞くよそ人は、思ひよるべき事ならねば、唯若君姫君を思ひたがへ聞きひがめたりけるとのみぞ心えける。まれ按れ委しく知りたる人は、又いかでかうち出づべき事のさまならねば、なべて世に知る人なきぞいとよかりける。若君の御ひきいれは、殿の御せうとの右大臣殿ぞし給ふ。御あげまさりの美くしさ、かねて見聞えし事なれど、いともてはなれ世になきかたちのし給へるを、ひきいれのおとやのめで奉り給ふさまことわかなり。このおとゞは姫君のかぎりぞ四人もち給へる。大君はうちの女御、中の君は春宮の女御、三四の君はだいにておはするを、ならべて見まほしう覺すべし。祿ども贈物など、更<br />
四鱈六<br />
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四興辷<br />
に世になききよらをつくし給へり。かうぶりはわらはよりえ給へりしかば、だいぶの君と聞ゆ。やがてその秋のつかさめしに、侍從になり給ひぬ。みかどとうぐうを始め奉りて、天の下の男女、この君を一目も見聞えば、飽く世なくいみじきものに思ふべかめり。おぼし時めかせ給ふさま、やんことなき人の御子と言ひながら、いとだぐひなきもことわりと見えて、琴笛の音にも、作り出づりふみのかだにも、歌の道にも、はかなくひき渡ず筆のあやつりまで、世にたぐひなくうちうるまひ、交らひ給へるさまのうつくしさ、御かたちはさるものにて、今よりあるべきさまに、うべうべしく、世の有樣、おほやけことを、さとり知りたる事のさかしく、すべてことさとに、この世の物にもあらぬを、父おとゞもさはいかゞせむ、さるべきにこそといふかひなければ、今はやうやうかゝるかたにつけても、嬉しく美くしき事をのみおぼし慰みゆくを、この君、猶をさなき限りは、我が身のいかなるなどもたどられす、かゝる類ひもあるにこそはと、心をやりて、我が心のまゝにもてなしふるまひすぐしつるを、やうやう人の有樣を見聞き知りはて、物思ひしらるゝまゝには、いと怪しくあさましう思ひ知られりりけど、さうとて、今は改め思ひかへしてもすべきやうもなければ、などて珍らかに、人に違ひける身にかなど、うちひとめもたれつゝ、物歎かしさまゝに、身をもてをさめて、物遠くもてゑづめつゝまじらひ給へる、よりいなどいとめでたきを、そのときのみかど四十餘ばかりにて、いとめでたくおはします。春宮は二十七八にて、御かたちなども、唯わうげづきて、けだかくおはしますが、この妹の君の御かたち、名高くすぐれて聞え給へば、いづくよりも、御<br />
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心をかけて仰ことあれど、せむかたなき御物はちにことよせて、おぼしもかけす、げにさやうにもてかしづきてあらましかばど、いみじき御物思なり。みかどはうせ給ひにし后の御腹に、女一の宮一人おはしますを、あはれにこゝろぐるしき事に、御目はなたず、もてかしづき奉らせ給ふ。さしては内春宮にも男みこのおはしまさぬを、天の下の大事にて、我も我もと御いのうひまなし。右大臣殿の女御、やんごとなくて侍ひ給ふめれど、一の人の御むすめならねば、后にもえし給はす。帝は、この女一の宮の御事を、朝夕にうしろめた弌おぼし歎きて、この侍從の有樣の、、Gの世の物とも見えすなりゆくを、この宮の御うしろみをせさせばやと、御覽する度ごとに御目とゞまる。御うしろみなどの、はかばかしからぬけにや、まだいと若くあふなくおはしますを、妹の姫君のさばかりめでだうなるに見ならひて、めざましき心もや御覽せられむと、まだいと物げなき程も、少しものものしきぼどに見なしてなどぞおぼしめしける。かやうの御けしきを漏り聞き給ふにも、殿は胸うちさわぎて、あはれかゝらぎらましかば、いかにめいぼくあり嬉しからましと、ロ惜しく心憂きものから、少しはゝゑまれてぞ聞き給ふ。侍從の君は、いと心かしこく、かばかりの程にも似すあるべかしくめでだく、うちわたうにも、御かたがたの女房などは見ることに心けさうせられて、つゆの一ことばもいかでかけられしがなと見えしらがひけり。よからぬ身を思ひ知りながら、ありそめにける身を、えもてかくしやる方なくて交らふにこそあれ、何かは目のとまらむ。いとまめやかにもてをさめたるを、さうざうしくロをしと思ふ人多かり。その頃のみかどの御をぢ<br />
四八<br />
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九<br />
に、式部卿の宮ときこゆる人の御ひとつ子の君、この侍從の君には、二つばかりのこのかみにて、かたち有樣、いと侍從のほどにこそにほはね、なべての人よりはこよなくすぐれて、あてにをかしく、心ばへだとしへなく、かゝらぬくまなく、このまくしなまめかしくて、思ひいたらぬかたなき心にて、此殿の姫君、右のおとゞの四の君、とりどりに名高くいはれ給ふを、いづれをもいかでと思ふ心深くて、さるべき方より、あながちに尋ねよりつゝ、心の限かき盡しいられ侘ぶれど、人がらのいとあだなるに、つゆの事もあなゆゝしと、いづかたにも思しはなれて、かへりごとする人もなきを、わりなく歎きつゝ、この侍從のあまりいみじく<br />
物まめやかに、亂るゝ所なくをさめたるこそ、あまりさうざうしきやうなれど、見るめかたちの似る物なく、あいきやうこぼれて、美くしきさまの、かゝる女のあらましかばと、見るたびにいみじく思はしきを、妹もかくこそはものし給ふらめ、女はいまひときはまさるらむほどを思ひやるに、見奉らでやむべき心ちもせす、侘しきま\に、この君をいとよく語らひて、思ひあまる時は、涙もつゝまず憂へ泣きかへるさまの、人よりすぐれてあはれになまめきたるを、いとをかしくあはれに、このひとよりはなつかしく、うち語らひながら、我ばいとうちとけむつびられす、うち出つるごとには、人の御身のよつかざりける事のみ知らるゝに、胸うちつぶるれは、いたくもあひしちはす、ことすくなゝるほどに、心恥かしうのみもてなしたるを、妬くうらめしと、涙をもつゝます思ひいられたるけしきの、心苦しきを見るにも、<br />
「たぐひなきうき身を思ひしるからにさやは涙のうきてながるゝ」とそ答へまはしけれ<br />
四九<br />
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ど、何事をさへ思ふぞと問ひかくらむも、のべどころなければ、唯なさけなくもてはなれ、すくよかなるさまにてぞ立ちわかれける。かゝるはどに、みかど御心地れいならで、久しくなりぬるは、さるべきにこそは有らめ、いにしへも、さるためしなくやはとおぼして、春宮に御くらゐを讓り給ひて、女一の宮を春宮にすゑ奉り給ひて、我が御身は朱雀院におはします。大殿も今は御年七十に及び、御病も重くのみおぼさるれば、御ぐしおろし給ひて、この殿左大臣になり給ひてぞ關白し給ふ。くぎやうつぎつぎになりあがりて、殿の侍從三位して中將になり給ひぬ。右大臣殿の女御、きさきに居給はすなりぬるを、飽かす口をしくおぼして、この中將の君、人がらも人にいとこよなくまさわて、いさゝかあだあだしくかろびたるふるま<br />
ひなどすとも聞えぬに、ます事あるべきならねば、それにおぼし定めて、父おとWにも聞え<br />
給へば、をかしとおぼしながら、何かはいかに言ひてか、あるまじきことゝは物せむと覺し<br />
て、「いかなるにか、かやうによづきたる心は、いめにも侍らぎめるは、さうともまめやかな<br />
る方ばかりは、いとよく人に御覽せらるべきものにし侍る」とうけひき申し給ひつ。北の方<br />
にかくなむとのたまふに、「こめかしからむ人のむすめの、あやしなど思ひ咎めいふべきな<br />
らす、唯うち語らひて、人めをよのつねにもてなして、いでいりせまし」と、うち笑ひて、「よ<br />
きうしろみなり」ものたまふ。まだいと若くおはすれば、うしろめたかうぬべけれど、あふな<br />
くは、又おはすべくもあらぬさまなれば、心やすくて御文かゝせ奉り給ふ。何事もおぼるわ<br />
かす、をのこどものなかにも、このもしくのみ聞きならひ給へれば、けそうの方にこそはと<br />
四.玉。<br />
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思ひて、<br />
「これやさは入りてゑげきは道ならむ山ぐちゑるくまどはるゝかな」と書き給へるえもいはすめでだき見ものなり。御年のほどをおぼすに、いかでかゝうけむと、をかしくもあはれにも涙ぐ寰れ給ふ。右のおとゞには、からうじて言ひおもむけ給へる事なれば、御かへりごとそゝのかして、書かせ奉り給ふ。<br />
「ふもとよりいかなる道に綾よぷらむゆくへも知らぬをちこちの山」。かくて後は、常に聞え給へば、われすゝみ給ひにし、しとなれば、その日とおぼしだちにたり。いとやんことなきいきほひおはする人にて、すぐれてかしづき聞え給ふ御むすめに、大殿の三位の中將をとうよせ給ふ。御けしき有樣、何事も蕉のめによろしからむやは。そのころ大納言なくなりにたれは、次第になりのぼりて、權中納言にて左衞門督かけ給へば、いとゞ花やかにて、めでたしともおろかなり。式部卿の宮の中將も、宰相になり給ひぬれど、かだがた盡しつる心のひとかだは、かく鹽燒く烟に聞きなしつる、しとを、よろこびも何とも思はぬ顏に、ゆきあぶ折々は少し心おく氣色に歎きゑめりたるを、中納言はなぞや、かく思ひたる人を、かひがひしく見給はでとをかしく思ひ給ひけり。中納言は十亠ハ、女君は十九にておはすれば、かたちも心も、かたなりなる所なや、よきほどに、年より始め、飽かぬ所なくめで禿くて、姉君だちよりも、こよなく親たちのおぼしかしづきつる、我がこゝろおさりも人知れす、かみなき位にも及ぶべき身とおぼしつるに、こよなくあさはかなる心地するを、けしきにば出し給はね<br />
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ど、かくやはものをと、心の中にはうち歎かれながらも、唯人がらのいとをかしくすぐれて・<br />
うとましきもてなしもなく、唯いとあはれげにうち語らひつゝみなるゝまゝに、思ひもおとされ給はざりけり。よるのころもゝ人めにはうちかぱしながら、かたみにひとへのへだてば皆ありて、うちとくる方なきも、深くはいかでか知る人あらむ。いとゞ人めに見えて、今めか<br />
しくまつばれ給〜ハ事ぞ殊になく、唯あてやかに、めやすきぼどの御なからひに見ゆるは、かばかりの飽かぬ事なき御有樣を、幾千世重ぬともあくまじきを思ふ程よりはと見ゆれど、男君はまだいと若く物し給へば、さこそはすぐし給へど、物つゝましくおぼさるゝなめりな<br />
ど、罪もなくことわりにて、もてかしづき給  
 さま、世にたぐひなし。又けさうがましく遊び戯れたるけしき、はたゆめになく、大殿、うちの御あそびなどよりは、ことなるよがれなどもし給はぬを、唯月もとに四五日ぞあやしく所せき病の、人に見えかゝづらふべきにあらぬを<br />
「ものゝけ起るをりをりの侍れば」とて、御めのとの里にぱひ隱れ給ふをぞ、いかなることぞ一<br />
と心おかるゝ,沖しにはありける。九月十五日、月いと明きに、御遊にさぶらひて御とのゐなる夜、梅壺の女御のまうのぼら給ふを、里ゆかしくはあらねど、藤つばへ邇る塀のわたりに<br />
立ちかくれて見れば、更け繊る月のくまなくすめるに、火取もたるわらはの、濃き袙に、うすものゝかぎみなめり、透き逋りたるに、髪いとをかしくかゝうて歩み出でたり。女房も皆打<br />
ちたるきぬに、うすものゝからぎぬぬぎかけたり。唯今のそらおぼえてをかしく見ゆる駄、一<br />
{女御は御几帳う.Qはしくさしていみしくもてなしかしつかれ讐まの心にくゝめでたき<br />
二<br />
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四五三<br />
を、あはれ、我もよのつねの身をも心をももてなしだらましかば、必すかくてぞおりのぼら<br />
まし、あないみじ、ひたおもてにて身をあら城さまに交らひありくは」、うつゝの事にはあら<br />
すかしと思ひつゞくるに、かきくらさるゝ心ちして、<br />
「月ならばかくてすまゝしまのうへをあはれいかなる契なるらむ」。我こそちぎうつ差な<br />
くてかゝらめ、姫君だによのつねにてかやうのまbらひし給はましかば、飽かぬ事なからま<br />
し、身を歎きイしも一人はよのつねにておはすと見てこそはかやうのおうのぼりのかしづき<br />
もせましなど、我が身ひとつの事を思ひつゞくるに、これより出でゝやがて深き山に跡も絶<br />
えなまほしく覺さる、まゝに、とばかり見送られて、ありつるひとうもとを思ひつゞくる穉<br />
に、「逢莱洞の月」と、膣は似るものなく澄みのぼうたるを、宰相中將も今宵の御遊に侍ひて、<br />
今は唯ひとかに大殿の姫君の御事を思ひ、しがれて、例のかひなくともこの中納言に恨みも<br />
し、又世になきかたちけはひも見まほしさにも慰めむと思ひて、まかで給はすなるぬるを、<br />
いつくの隈にはひかくれて見えぬなるらむとうかいひありきけるに、この聲を聞き戚ひ尋<br />
ね來て見れば、織物の直衣指貫に紅のつやこぼるゝばかりなるを股ぎかけて、いとさゝやか<br />
に見ゆれど若くをかしげにて、月影に光るばかりめでだく見えて、常よりもうちしめちたる<br />
もてなしけしき藕ぬれわたるに例急めたるに似す、世に巻きかをうなるを、をのこの身にめ<br />
でだく見ゆるを、まして人の此のひとゝともかけよらむを聞き忍ぶ入はあらじかしと羨しく<br />
我が身耻しけれど、ひきといめてわもなき事を恨みいふも、いとえんにをかしうなまめきだ<br />
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るいとにくからす・人はいかに篷て身篆農しそめ語らひ奮せす・いと安-篷<br />
くのみもてすぐる心にも、この人ばかりにはさし放ちが允う哀れなれば、「かうのみのたま<br />
ふを、なべてことよき御つき草のうつりやすきはうしろめたけれど、心苦しう思ひ聞えさす<br />
るをりをり侍れど、みつからの心にまかすべき方なき事にて、唯かくのみ承るこそかひなく<br />
いとほしけれ」とうち歎きて、身を思ひ知壷つる名殘いたくながめつるけしき、かばかり思<br />
ふ事なげなる身に、何のあかぬ事と、世と共に歎かしきならむ、あまりことさらびまめやか,<br />
なるもいみじう思ふ事のあるなめり、見る人とても飽かぬ事ありとは聞かぬを、常の事にそ<br />
れをばめならしていかばかりの事のかくはおぼゆるならむ、この頃の、春宮などの御事か、<br />
それもこの人の御身にはいとみじうありがだかるべきことならす、いたくつゝむ事ある人<br />
の殊の外にあはれなるかなど、推し量りけしきとりて、よりつにとりなし言ひ「覺さむ事は<br />
身にかへても、たばかりけしきとうてかなへ奉りてむ。深く隔て給へるこそ」と恨むるにいらへむ方もなければ、「我が身になりて聞え合せたらむに、玄かやすかう諏べき御心なめり」とうち笑ひて、<br />
「そのことゝ思ふならねど月見ればいつまでとのみ物ぞ悲しき」。答へたる聲もいみじう<br />
にはひあり。なつかし5おぼゆるに今めかしきくせははろほろとなかれて、<br />
「そよやその常なるまじき世の中にかくのみ物を思ひわぶらむ。いと罪深あみ思ひ知られ侍れば、この御けしきを見はてゝ深き山に跡を絶えなむと思ふ」と語らへば、「そはしも<br />
四五四<br />
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四五五<br />
さおぼしたゝむ時は、おくらかし給ふなよ。いかでかくて世にはめらじとそいうに覺ゆる心<br />
の年月に添へてもまさり侍れど、さすがにえこそ患ひだち侍らね」とあはれにうちかだらひ<br />
朋しておのおのまかでゝも、この中納言萬めでだくすぐれたるなかにも、けちえんにこまや<br />
かなるけはひなどの・女にていみじう見姦しうをかし耄ある蒙と戀し郵にぞ・いとや<br />
妹の姫君は恵ひやられける。かく心を盡し思ひまどへど、かけてなすらひに聞きいるべき氣<br />
色なら諏を、いかにせむと思ひ侘ぶるに、院のうへ、春宮を今はたち離れて近くもえ見奉ら<br />
せ給はぬを、御めのと衣ど言ひてもはかばかしく心ばせある人も侍はす、我が御みつからは<br />
いと物はかなくいはけなくのみおはしますを、うしろめだく覺束なくおぼし歎き聞えさせ<br />
給ひてぐGの大殿の姫君、聟どりうちまゐうの方は思ひ絶えて聞し召すを、此御うしろみに<br />
せばやと覺しなりて、參り給へるに御物語などこまやかに聞え給ふについでに、「中納言の<br />
妹はいかにゑなきむと思ひおきてられたるぞ」と問はせ給ふ。例の猶御けしきあるかと胸潰<br />
れて、「いかにもいかにも思ひ給へす、親と申せどあさましううとく耻かしきものに思ひて、<br />
見え侍れば汗になりて心地さへたがへたる人なれば、尼などになしてその方におもむけて<br />
止みなまし縞みな慧う給へなり奚る」とてうち泣き給ひぬるをげに婁遁れむと、匹<br />
はあらざりけらと、哀に御らんじて、「それいとあるまじき事なり。春宮はがばかしき人な<br />
く、おのれを立ち離れていと心苦しきを、その君御あそびがたきに參らせ給へ。世の中にと<br />
魅かくもあかば后には居給ひなむ」と仰せらるゝに、中納言の事おぼし出でられても、これ<br />
----<br />
一六<br />
もさるべきやうこそはあらめと、嬉しくも珍らかにもさまぎ嚢御心亂れて、「げにさほどの交らひは仕かもやせむ」とて、「母なる人にのたまひあはせむ」と!しまかで給ひぬ。うへにか</p>
<p><br />
の位に定まり給ふやうもありなむ、思ひの外にめでだき事にて∵Gそはあらめとおぼすあら<br />
ましことにも、胸うちさわぎ給ふや。御いの・りさまざまにせらる。「同じくはとく」と仰せら<br />
るれば、十一月十日むうに參らせ奉り給ふ。何事かは飽かぬ事あらむ。女房四十人、わらはし<br />
もつかへ入人、めでたくかしづき立てゝ參らせ給ふに、よのつねなるべき御交らひにもあら<br />
ぬに、その事となくて侍ひ給はむもそいうなれば、ないしのかみになりてぞ參う給ひける。<br />
春宮は梨壺におはしませば御つぼねは宣耀殿にせられたり。玄ばゑば夜々のぼりてひとつ<br />
御帳に御とのむもるに、宮の御けはひはあたわいと若くあてにおはどかにおはしますを、さ<br />
こそいみじうものはちし、つゝましき御心なれど何心なくうちとけたる御らうたげさには、<br />
いと忍び難くて、よるよる御殿居の程いかゞさし過ぎ給ひけむ。宮はいとあさましう思の外<br />
におぼさるれど、見るめけはひは聊うとましげもなく世になくをかしげにたをたをとある<br />
人ざまなれば、さるやうこそはと、ひとへによき遊びがだきとおぼしまとはしたる、世にな<br />
くあはれにおぼえ給ひけり。晝などもやがてうへの御つぼねに侍ひ給ひて、手ならひ爵かき<br />
琴ひき潔ど、おきふしもうと勢に見奉るに、よりつつゝましく耻かしきものと、うもれし程<br />
四五六<br />
----<br />
七<br />
のつれづれよもけ何事も紛るゝ心ちし給ふ。今とても煩嫉しき思ひあるま、じきならねば、宮}<br />
の宰相も離れす、なかなかさびしき窓のうちに籠り給へりしはどこそ思ひまうく方なかう<br />
しか、なかなかかゝる方に立ち出で給へるはいと嬉しくて、夜ひる宣耀殿のわたわを離れ<br />
す、大方のけしきをも見るに、けだかうもてなしたるさま大方のおぼえ世にもいみじきを、<br />
いかならむ世に我が思ひかなへむとのみぞ思ひける。その年の五せちに、僧中院の御幸あり<br />
.ければ、皆人々をみにて參る中にも、宰相中將權中納言あをすりいとゞいみじう見ゆ。宰相<br />
はいとゞそいうかにをゝしくあぎやかなるさまして、なまめかしうよしあり、色めきたるけ<br />
しきいとをかしう見ゆ。中納言ははなばなと見れども飽くまじうにははしく、こぼるばかり<br />
のあいぎやこノ似るものなきにもてなしありさまもさはいへどなこやかにだをたをといとな<br />
つかしきほどの、人にこよなくすぐれてめもあやなるを、御方の人々惜しと見るに、宮の宰<br />
相はいさゝかも人のけはひする所はだいにも過ぎす、必す立ちとまり物などいふを、中納言<br />
は見るめに逹ひて、宰相の行きもやらす滯うがちなるをしりめに見おこせつゝ過ぎぬるを、<br />
ひのくま川ならば暫し水かへとも、うち出づべく皆見送らるゝなかにも、ゑみていみじと思<br />
ふ人ありけり。御隨身の立ち後れて參れる、申す。へき駆ありがほにけしきばみて侍へば、「何<br />
事ぞ」と問はせ給ふ。コ麗景殿の細殿の一のロにうち招きといめて、參らせよと侍りつる」と<br />
て、いみじうえんなる文取り出でたわ。「あなおぼえな」とで見給へば、<br />
「あふことはなべてかだきの摺むうもか附りめに見るぞゑづこゝろなき」といとをかし<br />
七<br />
----<br />
げなるを・「あやし蒙らむ」とうちはゝゑまれて・さわがしければかへごとも芋。な三<br />
けなしやと、いとほしさに、事はてゝ皆人も靜まうぬるに、夜深き月のいと明く澄めるに、麗<br />
景殿の細殿をとかくだゝすみて、<br />
「あふ事はまだ遠山のすうめにてゑづこゝろなくみけるたれなる」とうそぶくに、人むゑ"<br />
もせす。人のなきにやと思ふに、文いだしつる一のロに、<br />
「めづらしと見つる心はまがはねど何ならぬ身のなのわをばせじ」と答へたるけしきもなべてならすをかしかなり。立ちよりて、<br />
「名のらすば誰と知りてかあさくらやこの世のまゝも契かばさむ。これやかだきのすう<br />
衣なりける」などそこぱかとなく言ひすさむけはひの、ちかまさりぱだなつかしう、いみじ<br />
くあいぎやうづきたるを、いとゞ心にしみてをかしと思ふに、のどやかに立ち給へる、いか<br />
やあらむと、いとつゝましうなやましけれど、よのつねのさまに、亂れい5などすべうもあ<br />
らす。女も、女御の御おとうとやうの人なるべし。なべてのけしきならすと見知らるれば、な<br />
さけなからぬほどに語らひて、人々來る音すれば、うち忍びて、立ちあがれぬ。かやうにひと<br />
めも見る人の、心をつけてまちおぼさむ所も、人の聞き傳へむ事も知らす、聞えさちかくる<br />
あまれあれど、人のほど輕らかならす、いとをかしかりぬべければ、なさけなからぬ程に折<br />
々いひかはしさら繊かさませのほどは、知らす顏にて聞きすさし、いとこよなく物どはく、<br />
薯をさめ給へるを、玉のきすと、飽か疼しと意大々㌢。、しの宰相の、あ碧すぐさ」<br />
四五八<br />
----<br />
蓋ーいひかゝううかボありくを・をかし患夫お讐・』そ爨ちかはう・朔一<br />
日もろ霞める空は、春の氣色とのみ見えながら、まだふるとしにかよふ雪、うち散りをかし<br />
き程に、宣耀殿に參う給へれば、中納言も侍ひ給ひけり。里の御ずまひにてはいにしへはう<br />
へたちの御いどみむゝろの名殘殊の外にうとうとしかうしかど、この二灰の外にはヌたぐ .<br />
ひ魅なし。我が世も知らぬを世つかぬありさまをも、こと人に言ひ合せ給はむよりは、かた<br />
みにうち語らひつゝこそすぐしたまはめと言ひ知らせつゝおのおのおよずげ給ひしより、<br />
みすの内には入れ給ひしかど、殊の外の御物はちに、母屋の内のみすのへだてば、猶あべか<br />
うしを、うちに參り給ひては、おうのぼbの御かしづきの程に、けぢかくならひ、かんの君も<br />
世をおぼし知り、やうやうおもなれゆく心にゃ、今はたい几帳ばかりのへだてにて、物など<br />
なつかしう聞え給ふ。世に似すをかしき御けはひなど我が身はさるものに言ひおきて、この<br />
御有樣をだに、例の人に見奉らばやと、飽かす悲しうおぼす。かんの君も、この御ありさまを<br />
見る度むとに、胸うちつぶれつゝかたみにおぼし亂るゝ心のうちにも、おのつからさるべき<br />
はどゝ言ひながら、うとからすあはれも深かうけ・り。御玄つらひは、紅梅の織物の御ぞ、御几<br />
帳はみへなるに、女房などは梅のいつへをひとへうち重ねつゝ、紅梅の織物の唐衣、萌黄の<br />
みへの色あひも、世になくつくして、數もなくなみゐ侍ふに、中納言紫の織物の指貫、紅の色<br />
ふかくつやこぼるばかりなるを出して、あきやかについゐ給へる形の、常より唱はなばなと<br />
あたりにごぽるゝあいぎやう、見まぼしくなつかしげなる事、いとたぐひなきを、例の世と<br />
塗こ旧ワかへばや物紐四 一、<br />
----</p>
<p>。<br />
共に胸あく世なき。殿の御心のうちなれど、見るにはうちゑまれて、物思ひも忘るゝ心ちし<br />
て、御帳の内をさしのぞき給へれば、紅梅のうへ薄/、、匂ひたる御ぞどもに、濃き掻練、櫻の織<br />
物の御小袿、紅梅がさねの御扇をもて紛らはし給へる御かたち、中納言の顏のにはひを、う<br />
つしと-孝bむ得、見雪奚婁で邇ひ給へれど、、・れ募少しあてに薫-套ぎ丞<br />
る所や、し蟇くをかしからむ。御ぐしは、つやつや妄よふすちなく、ゆるゝ鷲か、皇、}<br />
たけに二尺ばかり餘り給へる。すゑつきの白き御ぞにけぎやかにもてはやされたるなど、い<br />
つくとも畜く、繪に書きたる程なるを見るもとに、あないみじと胸うちふたがうて、この御<br />
有樣のよろしやかに飽かぬ所あらましかば、さればや、尼法師になして、深き山に跡を絶え<br />
給はむ事もあたらしき思ひはうすくやあら按し。かくすぐれ給へる御さまどもにつけては、<br />
うれはしうもかなしくも、かたがたもろき涙ぞこぼるゝ。暮れて月いと明きに、「御琴の音も<br />
いかゞなりたる。「中納言の笛の音に合せて、承らむ」とて、箏の御琴そゝのかし聞え給ひて、<br />
中納言.に横笛奉り給ふ。例のすみのぼうをかしげなる音の、遙に雲居を分けて響きのぼるや<br />
うに、おもしろういみしきを、涙とやめがたきに、かき合せ給へる御琴の音、劣ら33限なき<br />
を、あたうもさら繊宮の宰相、立ち聞きけるに、筑の普も琴の音もいみしの・とぬ、此の世の物<br />
ならぬいもせの御ざえどもかな、かたちありさまも、かくこそはあらめと聞くに、そ"うに<br />
涙こぼれて忍ぶべくもあらねど、まやのあまうをうちうそぶきて、そうはしの方に立ち出で<br />
たれば、中納こん琵琶を〜ハと取り替(、て、おし開きて、さませと掻きならしたるに、「とばり<br />
四穴C<br />
一<br />
四六一<br />
二まら松こそ侘しけれ』とて心時めきせらるれど・おとあ…耄しきさまして・出でゐ<br />
給ひぬれば、かひなくロ惜しうて、いとすぐよかになり松。、Gとてんじやうびと、かんだめな<br />
ど參うて、御たいめんあるにも、宰相は、ありつる御琴の音の耳につきて、さばかり何事にも<br />
世の一つものなる、中納言のめうつしにも、いかばかり験らむ琴の御耳にもとまり奉りなむ<br />
と思ふに、いと惣だくロをしうて、琵琶奉り給ふを、わわなくすまひ給ふ。女房など、中納言<br />
殿にこそひとしからね、なべての人にはこよなくすぐれたるを、いとなつかしうをかしと見<br />
けり。同じみ垣の内になりては、時々かやうの音を聞くにも、岩うつなみのとのみ思ふ事の、<br />
かなぷべき世はなげなるを思ひ侘びて、霞み渡れる月のけしきにも、心のみ、室にあくがれ<br />
にたる.に、ながめ侘びて、れいの中納言殿に語らひて、慰むめとおぼして、さきなどもことむ<br />
としうもおはせす、忍びやかにておはしたれば、例ならすしめやかにて、「うちの御とのゐに<br />
參らせ給ひぬ」といふ。かひなくロをしう、うちへや參らましなどながむるに、箏の琴の音は<br />
のかに聞えたるに、きと耳とまうて、さならむかしと思ふに、これもあさからす、心を亂わし<br />
入の鹽燒く烟になりにしそかしと思ふに、今とても思ひ放だぬ心は、胸うちさわぎて、とか<br />
く紛れ寄うてかいまめば、はし近くすだれを卷きあげて、彊∵き出でたる音を聞くよりも、月<br />
影にいと身もなくきぬがちにて、あえかに美くしう咨まめきたるさま、ないしのかみときこ<br />
ゆともかぎりあれば、これにはいかゞまさり給はむとする、優れたる名は高けれど、かくは<br />
思はぎりしを、まことにいみじうありけるかなと思ふに、又たましひは、この人の袖のうち<br />
一二<br />
----<br />
一三<br />
に入りぬる心地して、見すてゝ立ちかへるべき心ちもせす、うつしこゝろ慾なく毒うにけれ<br />
ば、さは今宥入りなむと思ふに、夜更くれば人々はとかくより臥し、あるは庭におうて、花の<br />
影に遊びなどして、御まへには人もなきに、琴の上に傾きかゝりて、つくづくと月を詠めて、<br />
「春の夜も見る我からの月なればこゝろづくしのかげと塚りけり」とひとりもち九る、父<br />
母とても數多の中に優れたるおもひ限なかなり。見る人とても、さばかりめでだく優れて、<br />
ゆきかゝづらふ所もなく、いとあまう世つかぬまでまめやかなるを、何事の心づくしをるに<br />
かと聞くに、いよいよすぐし難くなり綾さりて、押しあけて、つゝます歩み入り給ふを人々は、中納言のおはすると思ひて驚かぬに、ぷとよりて馬、<br />
「わすられぬこゝろや月にかよふらむ心づくしのかげと見けるぱ」。けはひはあらぬに、<br />
あさましとあきれて、顏をひき入れ給ふを、かき抱きて帳の内にゐて入りぬ。「やゝ」とおび<br />
ゆるやうにゑ給ふを、御まへ近き御めのとこの左衞門といふ聞きつけて、「殿のおはしまし<br />
つると思ひつるをいかなれば」と驚きて寄うたるに、言ひやる方なくいみしき御けしきなる<br />
に忍びやかに泣き給ふけはひなるを、「あな心うや。いとつらく覺しすてしか」と、ゑふねき心<br />
に逅れぬ御契はかゝる世もありけるぞかし。「いかにおぼすとも、今はかひあるべき事かは。<br />
唯さうげなくてを」とこしらへ給ふに、その人なりけりと聞くもあさましういみじけれど、<br />
げにいふかひなければ、人にだに知らせじと思ひ、「御まへには入らせたまはねなり。まろは<br />
御雲へに候はむ。月をもはなをも、よく見あかし給へ」といへば、わかき人々、「あはれ知れら<br />
四六二<br />
----<br />
むにこそ」と言ひながら、あそび出でぬめり。女君は中納言にならひて、人はたいのどやかに<br />
はつかしう、うちかたらふことより外にはなきものとのみおぼすに、いとおしたちなさけな<br />
きもてなしなるに、絶え入りぬばかり泣き沈むけはひありさ嚢の、限なくあばれにらうだ<br />
げなるに、かくてのち裾心安く、あひ見ぎらむ事のわりなきに、猶中納言は怪しかりける入<br />
かな、いみじうまめなるは、この人に志のたぐひなきとのみ思ひしを、さま異なりけるひじ<br />
うなゝうにこそありけれと、めづらかにもさまざまおぼゆ。あぶ人にしも飽かぬ夜を、まい<br />
てはかなりあけぬなり。左衞門いられわぶれば、出でぬべき心ちもせねど、さうとてあるべ<br />
きならねば、なくなく心のかぎりたのめ契うて、出で給ふ心ち、いめのやうなり。<br />
「我がためにえにふかければみつせ川後のあふせも誰か尋ねむ。猶おぼし知らぬこそかひなけれ」といへど、いらへもせす。左衞門にいみじき事ども語らひて、立ちかへうて、夢かとだにえ思ひわかす、よゝと泣かれ諏。女君はましてあさましう、うつゝともおぼえぬ心ま<br />
ハ<br />
どひに、滑え入る心ちして、起きもあがり給はねば、「御こゝちの侘しきにや」など、人々見奉りあつかふに、中納言、うちょうまかで給ひて入。給へるに、いとゞいかで見え奉らむと、侘しさまゝに、ひきかつぎ給へるを、「などかくは」と問ひ給へば、御前なる人、「よべよりれいならすおはしまして」となむ聞ゆれば、いとほしく心苦しうおぼして、そひ臥し給ひて、「い<br />
かにおぼさるゝぞ。今まで御せうそこ●のなかりけるよ」など、いとなさやかに、あてはがに、<br />
あつかひ給ふにつけても、いとゞめづらかなりつるけしきは、ふと思ひ出でられて、胸ふだ<br />
一三<br />
----<br />
がうぬ。うへもいかなる御こゝちぞとおぼしさわぎて、まつりはらへなにゃかやとさわがしければ、中納言も立ち出で給はす、添ひ居給へば、左衞門が許に立ちかへう、ひまなき御文を</p>
<p>
か垂ぽ委しかば・會でいきめぐ髮しやはとおぼえて・、航かれと葵どすべきやともなし。左衞門が許には、日にちたびみくらの山の所なさまでかきつくし給ふを、若やかに<br />
物深からぬ心地には、えもいはす、あてになまめきたる氣色して、命も絶えぬばかり、泣き侘び給ひしあかつきを、いとあさからす心苦しと見奉りにし心のしみにしかば、御ふみのひま<br />
なき言の葉など、あはれに悲しげなるも、いとはしくはなちが虎く、色めきたる心に思へれば、いとゞめのやうなることの後、そのまゝにいみじくおぼし入らせ給ひて、御心ち例ならす物し給へば、殿のひまなく添ひおはして、かひなさまでも、えこの御交をひき出でぬよし<br />
を、同じさまに書きおこす。げにさもあらむかしと、滔え入りぬばかりなりし氣色も思ひ出つるに、うらめしさも忘れて戀しく悲しきに、我も起きあかう、あ,うきせむともおぼえす、つくづくと起き臥し歎き侘びつゝ、さても中納言の淺からず見えながら、いかなりける事ぞと<br />
よ、ありし世のぼどにこそ、中納言も泣き沈むらめ、大かだの人がらは、いとめでたく目もあやに優れて、なハ・がしうあいぎやうづきながら、かやうの方は、あながちにもと、妬くうち思ひ放ちて、なきけなくもてなしてすぐすなりつらむかし主思ひやるも、いと珍らかに、あり<br />
四六四<br />
----<br />
がだかりける人の心なり。今よりのちうちやとけむと思ひやるさへ、胸うちふだがれば、い<br />
かにかまへて、盜み出でゝしがなと思へど、かけても我に心をかはし、露の言の葉をかはさ<br />
ばこそあらめ、さうとてひたぶるに亂れ入るべきやうもなし。さばかりこめかしく、あえか<br />
なりつるけはひ有樣には、中納言のめでだく、なよぴかになつかしう、唯うち語らふのみこ<br />
乃ゝあはれに心につきて思ふらめ、我をばなさけなくうかりしとぞ、思ひ出で給ふらむと思<br />
ひやるに、涙もとゞまらす。月を見るにも、「見るわれからの」と一人こちし思ひ出つれば、か<br />
きみだる心ちす。中納言は、さしてその事とおどろおどうしからぬ御心ちにて過ぎゆけば、<br />
さのみもえ籠う居給はす、大殿うちなどに參り給はむとて、「かくのみはればれしからぬ御<br />
心ちを、ありき侍らむほどこそいとしづ心なか・りぬべけれ。よのつねに起きあがりなどして<br />
試みさせ給へ。何事も同じ心に聞え合せて過しつるこそは、いつまでと心細く覺ゆる道のは<br />
だしにも、まつ誰よりもひきといめらるゝ心ちもし侍りつれ。かくてのみしづみ臥し給へる<br />
一<br />
を見侍れば、いとゞながらふべくも侍らす、物むつかしう覺え侍る」と、御ぐしをかきゃうつ<br />
ゝ、はなばなとにほひみちたる御顏に、涙をうけ給へるまみのけしき、いみじうあはれなり。<br />
女君、いさゝかをゝしく、荒々しきけはひもなく、唯うち語らひて過しつるは、つゆにて魅心<br />
おくふしまじうても覺えぎうつるを、我が世に知らぬ憂き契ゆゑ、この人にも隔だうおぼえ<br />
ぬべ蝕事とおぼしつゞくるにごたべもやう給はす、いとゞ顔をひき入れて泣き給ふけしき<br />
なれば、いと心得がたく、もし我をおろかなりなど、人の聞えたるにやといとほしく心ぐる<br />
----<br />
六<br />
しければ、うちなけき、「いと疾うまかで侍りなむ。御前に人多く侍ひ給へ。ものゝのなどの<br />
するわぎなめり。心え織御けしき。のまじるは」と、言ひ置きて出で給ひ諏。うちに參う給へれば、ないしのかんの君の御方に、女房など珍しがうきこえて、日ころの物語などするついでに、「宰相の君といふ人はいかにぞ。里のゑるべにあらぬ身の、常にうらみらるゝがむつかしきに、ゆづり聞えてし都鳥は、あなづらはし、わだくしの志そへられしとにや、この日頃は音</p>
<p>
りけれ。い表しかりける事かな」と聞き葉れて、うちょうまかで給ふぞに、立ち寄り董へれば、うち聞くに胸つぶるゝものから、あさからす驚かれて、たいめんし給へれば「日もろ例巻ら諏びやうぎにかゝり侍りて、閉ぢ籠う侍りつるがいぶせさに、うち・に參りて侍彑つ<br />
るに、いたはらせ給ふ事ありて、久しく參らせ給はすといふ人の侍りつれば、驚きながら」とのたまふ。顏赤む心ちして、いとゞゑつかならぬ心の中ながら、「わさとしとさとしかるべき}に侍らねど、みだわがはしうおこわ立ち侍りぬる時、はた動きなどもせられぬくせにて、ゆでなどし侍るとて籠わ居侍るに、この物暫させ給ふびやうざ、誰にか」といふにも、うち忘れてひがもともゑつべし。ことことしからす言ひなせど、いとゞカく青みおもやせて、まめやかにくしたるを、れいは見る度ごとに、うるささまで、よりつに語らひ亂るゝに、ことすくなにしめりたる、げにむぼろけならすこゝちのあしきなめりと見ゆる鮎いとほしけれど、女君<br />
六六<br />
----<br />
四六七<br />
の例ならぬ氣色のおぼつかなければ、「まことに御けしき猶例ならすげなり。瀧の露どみ耻しげなるまでもやせ給ひにけるかな。御心ちの苦しきにはあらす、いかな乃御心ちの亂れぞ」とうちはゝゑみて言ひあてたるに、おもて赤む心ちすれども、これにをうち笑はれてゑをれ姿は、今のみや御覽する」といたく亂れ諏程のけしきにて、かへり出で給ふ。夕暮のたどたどしき霞のまより、にほひこぼれたる櫻の花もにほひおさるゝまでめでだきを、つくづく"と見途うて、かゝる人に朝夕めなれて、我をば何とかは思はむ、盡きせすつらき毯、ことわりかなと思ひつゞくるに、いとゞ思ひやるかだなく涙こぼれて、つゆ按とろまでのみ夜を明し給ふ。かくのみなげきいられ、人目もえ憚りあぶまじく責め侘び給ふ。左衞門、いと心よわく語らひ靡かされて、中納葺、例のうちの御とのゐ{仏る折々、夢のやうに導き入れ給るを、女君<br />
,は、たびもとに涙にまつはれて、つゆにても人にけしき聞きつけられては、いかでながらふべき身ぞと、おぼし入りながらも、ほのかなるゆきあひのをりをり、うつし心もなさまで泣き誠ひいらるゝさゆよ、なまめかしう哀げなるも、たび重なれば、見知られ給はすもあらすc中<br />
納言のいとめでたく優れながら、よそよそにて、人めばかりなさけあるまさにのどやかにさまよきめうつしには、かういといみじう、死ぬばかり思ひ艶いらるゝ人を、志あるにこそと思ひながら、けしきにても人の漏り聞きだらむ時と、恐ろしうそら耻かしきに、人ゑれぬ哀のみ知れすしもあらすなりにけるも、我ながらいと心うと思ひ知らるゝ。かくのみ物を思ひ、はればれしからで明し暮すに、殊におぼしもわかぬに、みつきょつきにもなりぬれば、皆人<br />
一<br />
二弟<br />
----<br />
一バ<br />
見奉り知るて、おとゞ「この月ころ、さしてそこはかとなき御こゝちの、かくのみ例ならぬは、もしあるやうあるにや」と尋ねあないし給ふにも、たしかならぬ限は、さも聞えぎうつるを、御湯などまゐる人々見奉りて、「さにおはしけう」と聞ゆれば、いといみじとおぼして、ゑみひろむうて、今まで御いのうなどもせぎりける事と騷ぎ給ひて、「中納言の志などの、よこめもせずねもごろなる樣にて、きばかりの人ざまにては、殘る隈なくてずきありかむも、いかに咎むべきぞ。聊のまよひなく、まめやかなるさまのあり難く、世のためしにも引き出でつべきぞかし。ましてこの人の顔つきに似允る人さへきし出でなば、我がなの光にこそはあらめ」と涙ぐみつゝ言ひつやけ給ひて、いみじくゑみて渡り給ひて、帳の前に居給へるに、いと苦しくて寢給へるに、殿も御けばひの近くすれば、起きあがり給へるに、いみじく嬉しとおぼしたるさまにて、寄り給ひて、「いかにぞ。例ならぬ御心ちを、今まで聞かぎりげる事、御いのりなどもせさすべき事」と泣きに泣き給ふを、あやし、かやうには常に心ちなやましくのみ覺ゆるを、怪しかりける事の後は、物なげかしく心細くのみ覺ゆるを、まことにさる事もあらば、中納言いかにおぼさむ、同じさまにて見え奉らむことの、いみじさをおぼ寸心まどひに・あせになりておはすれば、「あいなの御物はちや」とていみしく嬉しとおぼしたるさまぞ、かぎりをきや。かへう給ひても、さまざまのくだもの、なにやかやとおぼしいたらぬ隈なく・あつかひ聞え給ひて、うへにも、「疾く渡りて見給へ」と聞え給へば、「耻しうもおぼすらむ。あまりけゑよりにな聞え給ひそ」との給へば、「いでやそこぞ大將女御の御かたがたを<br />
六八<br />
----<br />
ハ九<br />
こそ思ひ聞え給へれ。この御方に・は愚なるなめり。かく^ゑるくなるまで知らぬ人やはある。</p>